第9話 闇に笑って光に消える

 闇の中に蠢く影が、にやりと笑う。己が視線の先で胎動する破壊の権化に愉悦を滲ませ、天に感謝するように両腕を掲げれば、廻る時計が狼煙を上げる。

 レトロな無線がノイズを発し、獣達の嘲笑を響かせた。轟く嬌声ににやりと笑みを深くして、奏者は静かに腕振り告げる。


「さあ――パーティーのオードブルだ。存分に味わってくれたまえ、テイカーの諸君」


 始まりなど無く、故に終わりも無い。暗闇に這い蹲る狂想曲の幕が、今切り落とされた。


 ~~~~~~


「やっぱりかわいい~!」


 ショッピングモールの四階にある服屋から出てきたリエラは、歓喜の声と共にニーラへ飛び掛った。抱きつかれたニーラは、平静を装いながらも、その褐色の肌をほんのりと赤く染めている。

 恥ずかしがる彼女に一層気分を高揚させ、リエラは抱きついたまま更に頬ずり。


「随分とニーラがお気に入りのようだね、君は」

「当然でしょ、こんなにかわいくて良い子なんだから。全く、どうしてこんな子があんたみたいな変人のメイドなんてやってるんだか。ましてそれだけに飽き足らず……」


 出会ったその日の夜に告げられた衝撃の事実を思い出し、リエラは僅かに顔を赤くしながらも渋い表情になる。一緒に暮らしているなかで分かったことなのだが、ニーラは決して仕事としてレストに仕えている訳ではなく、純粋な好意から彼のメイドをしているようだった。

 レストの世話を甲斐甲斐しく焼く彼女は、固い表情の中に確かに喜びをちらつかせていたのだ。あれは単純な仕事における満足感などでは無く、もっと熱を帯びたものだったように思う。


(まあ、レストも悪い奴じゃないみたいだし……彼女の恋路に、私が変に口出しするもんじゃない、か)


 己の服装を主人に褒められ、嬉しそうに微笑む彼女を見て、思う。

 ニーラは今メイド服ではなく、新たに買った、リエラの見繕った服に着替えていた。

 リエラとお揃いの短いスカートに、ノースリーブのシャツ。白を基調とした上下は、彼女の肌の色と合わさり互いを引き立たせている。

 更に身に着けられた黒のオーバーニーソックスとオペラ・グローブ(肘上まである手袋)は、ニーラの細い手足に良くフィットし、彼女の美しさを更に際立たせていた。


「でゅふふふふふふふふ……って、あれ?」


 しゃがみ込み後ろから、ニーラのスカートとニーソックスの間の所謂絶対領域を眺め悦に入っていたリエラだが、ふと周囲の異変に気付き立ち上がる。彼女も他人をどうこう言えない程の変人に成りかけている訳だが、彼女自身の名誉の為にも、あまり深く突っ込むことはしまい。

 リエラの様子に気付いたニーラが振り返るも、彼女は変わらず周囲をきょろきょろと見渡すばかり。そうして真剣な顔で、


「ねぇ、おかしいと思わない?」


 突然の疑問提起に首を傾げる二人へと、彼女は続けた。


「さっきまであれだけいた客の姿が、一人も見えない」


 休日の昼間、まして巨大なショッピングモールということもあり、客は溢れるほど大量に居たはずだ。それが今や、フロアはしーんと静まり返り、人っ子一人見えやしない。

 当たり前の日常から変質した異常事態に、リエラの目がすっと細められ、警戒を顕にする。そこには学生とはいえ、確かに天才と呼ばれる戦闘者としての風格が漂っていて、


「何だ、今更気付いたのかい?」

「はえ?」


 間抜けな声と共に、霧散した。ぎぎぎ、と硬い動きで振り返る彼女に、レストは大きく落胆の溜息。


「え、今更って……もしかして、ずっと前からそうだったの?」

「ああ。君達が一度服を買って、その後まだ楽しみ足りない、とぎゃあぎゃあ騒ぎながらファッションショーを再開した辺りで、店員を含め皆逃げ出してしまったよ」


 衝撃の事実、判明。どうやらニーラを着せ替えるのがあまりに楽しくて、周りの状況が見えていなかったらしい。なまじ格好つけただけに生まれてしまった居た堪れない空気に、リエラは顔を覆い蹲る。


「あ~、うあ~。……って待ってレスト、逃げ出したってどういうこと!?」


 さらっと紡がれた言葉を一瞬聞き逃しそうになったリエラだが、流石に彼女もそこまでポンコツではない。

 再び漂う緊迫した空気。だがそれをものともせず、レストは昨日の夕食でも語るような気軽さで、


「ああ、どうやらこのショッピングモールはテロリストに占拠されたらしい」

「は? ……はああああああああああああああああ!?」


 絶叫。しかしすぐに口に手を当て、声を抑える。あまりに荒唐無稽な答えではあったが、もし彼の言っていることが事実ならば、騒ぎ立てるのはあまりに危険だ。

 幾ら異常な状況とはいえ冗談だと受け流したりせず、素早く判断して行動に移せる辺り、やはり戦闘関係においては彼女は優秀なのだろう。


「どういうこと、テロリストって!? そんな漫画みたいなこと、ありえる!?」


 ひそひそと小声になりながらも器用に驚愕を表現した彼女に対し、レストはというと、欠片も身を潜める素振りも声を抑える素振りも見せない。全く以っていつも通りの余裕っぷりである。

 そんな傍若無人な彼の姿に、リエラの心に落ち着きが戻る。


「……本当なの?」

「魔法で調べた、間違いないよ。今は一階を掌握し終えて、二階、三階と手を伸ばしているようだ」

「数と武装、それから避難状況は?」


 冷水をぶちまけられたかのようにリエラの態度が豹変する。レストの淡々とした声音の中に真を感じ取った彼女の脳内が、肉体が、戦闘体勢へと移行する。

 見つからないように物陰へと移動しながら、彼女はいつ襲われても対処出来るよう気を張り巡らせ、魔導機を即座に取り出し振るえる体勢に身構えた。


「数は全部で十一。サブマシンガンが四に、アサルトライフルが六、スナイパーが一だ。それから全員がハンドガンとナイフを携行している」

「銃器? それじゃあ、テイカーじゃない?」

「恐らくはな。録に魔力を感じない。それから客や店員についてだが……ほとんどは無事逃げおおせたようだ。一階で数名が人質として囚われている位だね」

「良く逃げられたわね」


 テロリストがどんな風に突入して来て今の事態を引き起こしたのかは知らないが、普通に考えてこの規模のショッピングモールを襲撃したにも関わらず、人質がたった数名だけしか居ないというのはおかしい。或いは管理の面倒さを鑑みて、あえて少数に留めたのかもしれないが――。

 そう常識的な思考で判断する辺り、リエラはまだこの街、この島のことが分かっていないらしかった。


「それはそうだろう。何せこの島に暮らす者のほとんどはテイカーだ。戦える程の力は持っていないにしても、逃げるだけならば大半の人間が何とかなるさ」


 例えば銃を撃たれても、魔法でそれを逸らしたり、多少であれば防いだり。追いかけられても、魔力で強化した身体能力で逃げれば良い。

 それは決して武装した十数人の男達に立ち向かえるほど強力なものではないが、それでも逃亡を成功させる位の働きは出来る。

 特に二階以上の階層に居た者達は、襲撃者の情報を耳にした途端、揃って窓から逃げ出した。多少の高さなど、落下速度を軽減させる魔法や単純な身体強化で補えば良い。

 それらが使えない者にしても、使える者に助けてもらえば、この建物から逃げ出すのはそう難しいことではないのだ。捕まってしまったのは、まだ事態が飲み込めていなかった最初期に偶々テロリストの近くに居た、運の悪い者達だけであった。


「そ、そう。しかし、ただの強盗じゃなくてテロリストって……どうしてこんな所に?」


 世間に何かを主張したいのならば、何の変哲もないショッピングモールなどではなく、もっと重要そうな施設、注目の集まる施設を狙えばいいものを。犯人達の狙いが分からず、もしやただの愉快犯か、と考えるリエラへの答えは、意外……でもないところから返って来た。


「彼等はどうやら、反テイカー主義者らしい」


 反テイカー主義者――別名、隔絶異能排斥派。彼等を簡単に説明するならば、魔法などの特別な力を持った存在を危険と断じ、排除しようとする者達、である。

 アーテンホクス・ベラ・テイカーが起こした革命から五百年余り。既に当たり前と言える程に社会に溶け込んだテイカー達だが、それでも反発する者は未だ存在する。

 個人が強大な力を持つことへの危機感や、自身に理解出来ない得体の知れない力への恐れ。更には嫉妬や、羨望が反転したものも含め、潜在的にテイカーに反発心を抱いている人間は存外多い。

 中でも明確にテイカーを排斥し、特異な力をこの世界から根絶しようという主張を掲げる者達こそ、反テイカー主義者なのだ。

 とはいえその反テイカー主義者も一枚岩という訳では無く、武力によってテイカーを殲滅しようとする過激派や、話し合いによって魔法などの異能の使用禁止を制定しようとする対話派、テイカー達の扱う力がいずれ世界を終末に導く、と主張し自重を促す終端論者派など、様々な派閥が存在しており、連携も何も無く派閥ごとに勝手に動いているのが現状だった。


「武装した上でテイカーを人質に取ってモールを占拠したってことは、テロリストは過激派?」

「ほぼ間違いない。漏れ聞こえる声からも、テイカーへの怨み辛みが読み取れる。最も、そのほとんどは下らない愚痴や嫉妬の類でしかないがね」


 良くある話だ。社会で上手くいかない者達が、自分に無い『便利な力』を扱えるテイカー達に、その不満をなすりつけぶちまける。一番傍迷惑な存在でもあるだろう。正直言って、テイカーにとってもそれ以外にとっても、ほぼ害しか無い。


「だが、動きは悪く無い。それなりに訓練を積んだのだろう。胸中のヘドロをぶちまける為だけに、随分とご苦労なことだ」

「全くよ。その努力をもっと別の所に向ければ良いのに」

「……その別の所で、また問題を起こすだけな気もしますが」


 全く以って同意見、と揃って顔を見合わせる。三人の心が完全に一致した瞬間であった。


「それで、これからどうする?」


 レストの問いに、リエラは僅かに逡巡した後、


「取れる選択肢は三つ、かな。此処から逃げる、このまま隠れて解決までやり過ごす、そして最後に――テロリスト達を、ぶちのめす」


 最後だけやけに気合が入っていた気がしたが、レストは無視した。本当に脳筋な少女である。


「一番楽なのは逃亡だと思われます。私達ならば、この建物の何処からでも出ることが出来るでしょう」

「そうね。最悪、壁を壊して出ても良いし。隠れてやり過ごすのは……いつまで掛かるか分からないし、リスクばかり無駄に高いから却下。後はぶちのめす案だけど……私達が下手に手を出して人質に何かあっても大変だし、此処はプロに任せておくのが無難、か」


 リエラは戦闘に関しては幼い頃から学び、実力も備えているが、救助のエキスパートでは無い。意気揚々と戦いを挑んで人質が殺されました、何てのは勘弁して欲しかった。

 囚われている人達に悪い気はしたが、彼等も下手に素人に手を出されるよりも、きちんとしたプロに対処して貰った方が安心だろう。

 既に多数の人が逃げ出したというのなら、警察に連絡も行っているだろうし、邪魔にならない内にさっさと逃げようか――そう切り出そうとしたリエラの意見はしかし、レストがぽつりと告げた一言に遮られる。


「良いのかい?」

「? 何がよ?」

「いや、何。このまま行けば、人質は――皆、死ぬことになるよ」


 思考が一瞬飛んだ。空白の頭でぱちりと一度瞬きした後、レストの胸ぐらを掴み取る。


「どういうこと?」


 自分でも驚く位低い声が出た。それ程までにレストの一言は衝撃的であり、かつ重大事項であったから。


「ふむ。まず警察についてだが……これは暫くは来ない。どうやら相当計画的な犯行だったようで、島中の警察署に陽動が掛けられている。おまけに此処の近くの転移魔法装置に対してジャミングが仕掛けられているようで、陽動を払い切ったとしても即座に到着、とはいかないだろう」

「陽動って……」

「武装した無法者の集団が警察署を襲撃しているようだ。それも相当な数でね。単に規模だけで考えればそちらが本命のようにも見えるが、それならば此処を占拠するタイミングが妙だ。此方に人員と注目を集めない内に襲撃を掛けたのでは、陽動の意味が無い」

「二つが全く別の事件、って線は?」

「それは無い。それぞれの現場を取り纏めているリーダーらしき男達が、無線で会話しているのを確認している。それも互いに利用しあうのでは無く、双方共通の目的の為に動いているようだ」

「成るほど。……ってレストあんた、そんなことまで分かるの?」


 このモール内のことだけならば魔法でどうとでもなるだろうが、遠く離れているはずの警察署の仔細まで分かるなど、おかしな話である。携帯で情報を仕入れた(というかそもそもこの男が持っているかも定かでは無いが)素振りもなかったし、そもそもニュースになっていたとしても、主犯格の無線の内容まで書かれている訳が無い。

 しかし彼は、まるでそれが当たり前のように言うのだ。


「ああ。何を驚いているんだい? ほんの五十キロ程度の距離だろう?」


 再び飛びかけた思考を、今度は頭蓋骨の淵でぎりぎり捕獲したリエラは、しかし言葉を出せず固まってしまった。

 今こいつは何と言った? ほんの五十キロ? そんな先で起きた事象についての把握を、こいつは当然のように成すというのか。

 確かに魔法の中には、遥か遠くを見通す魔法や、特殊な魔力体を飛ばすことで情報を収集する魔法、魔力波を拡げて周囲の様子を探る魔法など、遠隔地で起きた事象を知る手段は様々に存在する。

 また、レストの魔法行使は非常に自然で波が少なく、感知しにくい、というのもいつかの飛行登校事件や先の気温操作から判明している事実であり、彼が何らかの魔法を行使したことに気付けなかったというそれ自体は、特段驚くべきことでは無い。

 だがそれにしても、五十キロ先の情報を詳細に、それもこうも容易く入手するなど、リエラがこれまで築いて来た魔法観においてはありえない。何より恐ろしいのは、

 彼から魔導機を使用している素振りが微塵も感じられない、という点であった。

 此処に来て初めて、リエラはレストという存在に得体の知れない戦慄を抱いた。


「あんた、一体……」


 身を強張らせる彼女を無視して、レストは話を戻す。その平淡さまでもが、何処か薄ら寒いものを宿している気がして、リエラの背筋がきつく締め上げられる。


「さて、それで人質についてだが……現在一階のホールに集められている人質八名全て、身体の何処かを撃ち抜かれている」

「なっ!」


 与えられた情報に、凍結していたリエラの感覚が熱を取り戻す。撃たれている? 誰が? 人質が。それも、全て?


「どうして」

「逃亡を妨げる為、と後は憂さ晴らしだろうね。幸いまだ死人は出ていないようだが、このまま時間が経てば、出血多量で死に至るのは想像に難く無いだろう」

「そんな……治療魔法は?」


 人質全てがテイカーだというのならば、その中に治療が出来る者が居るかもしれない。重症を完治させるような魔法までは使えなくとも、応急処置の一つも出来れば当座は凌げるかもしれない。

 そんな淡い期待を、レストは容赦なく散り砕く。


「さて、使える者も居るかもしれないが……残念ながら、状況がそれを許してくれないようだ。もし魔法を使う素振りを見せれば、その瞬間頭を撃ち抜く腹積もりらしい、反テイカー主義者達は」


 ならば魔法を使わない処置ならば、という甘い考えも、彼によって否定される。


「テイカーを憎んでいる、と言っても過言では無い彼等が、そんな真似を許可すると思うかい? どうやら彼等の狙いは更に別にあるらしくてね。人質は、その目的が果たされるまで持てば良い、ただの消耗品扱いだそうだ」


 人を人と思わない外道の所業に、リエラの感情が振り切れる。まさに怒髪天をつく、押さえ切れない魔力によって真っ赤な髪がゆらりと立ち昇り、空間の温度が一瞬で三度は上昇した。

 そのまま踏み出さんとした彼女を止めたのは、対称的に冷たい小さな手。


「リエラさん」

「……止めないで、ニーラちゃん。今すぐ行って、助けないと」

「いけません。確かに貴女の実力ならば、単騎でテロリスト達を制圧することも可能でしょう。しかしそれでは、人質の無事は保障出来ません」

「なら、どうすればっ……!」


 歯噛みする彼女に答えたのは、やはり冷たい唇だった。


「私が協力します」

「ニーラちゃんが?」

「はい。 ……レスト様」


 無表情の中に確かな熱を宿して、ニーラはレストへと向き直る。必要なものはただ一つ、彼の許可のみ。

 ニーラは決して、レストの指示を待つだけの人形などでは無い。きちんと自らの感情、心を持ち、己が判断で行動しもする。

 今許可を求めたのもそう。レストの顔色を窺っているのではない、彼ならば許可を出してくれると、そう分かっているからこその、形だけの要求だ。

 従者の内で燃える想いを見抜いたレストは、こんな所も『彼』譲りか、と心の中で呟いた。どうにもこういった『心の輝き』に自分は弱い。漏れ出る笑みを抑えるだけで一苦労だ。


「許可する。リエラと協力してテロリスト達を打倒し、人質を無事救って見せろ」


 いつもの掴みどころの無い浮いた雰囲気では無い、それはまさに人の上に立つ者の風格だった。熱せられていた空気が彼に掌握され、支配される感覚。

 主人の許しを得て、ニーラは想いを解き放つ。


「はい。必ず」


 短いその言葉に、常人には分からぬ微細な変化しかしないその表情に、全てが乗せられていた。隣のリエラが、同調し頷く。


「って、レストは?」


 いざ行かん、としたリエラは気付いた。自分が行く、ニーラも行く。しかしレストはどうなのか、と。

 まさかこの変人でも何の罪も無い人質を見捨てることはしまい、と思っていたリエラだが、レストは先程までの威厳を天へと飛ばし、


「いや、私は行かないよ」

「はあ!?」


 慌てて口を押さえた。周囲を窺うが、テロリスト達にばれた気配は無い。ほっと安堵に胸を下ろしながら、リエラの口が再び開く。


「どういうことよ。もしかしてレストって、支援専用?」


 それならば、五十キロ先の情報を瞬時に収集する、という異業も納得……は出来ないがともかく、自分達に付いてこないのは理解出来る。

 直接的に戦えないというのならば、隠れてサポートに徹するのが常道ではあるだろう。残念ながらレストはそんな殊勝な性格でも性質ではなかったが。


「いや、そんなことはないよ。私も戦える」

「じゃあ、何で……」

「私は此処とは別、彼等の本命を叩く」

「本命?」

「ああ。言ったろう? 彼等の狙いは別にある、と」


 これ程の事態を起こしているのだ。その狙い、本命とやらは余程大きな何かであるのは間違いなかった。

 反テイカー主義者の、それも過激派が狙う巨大な目標。どう考えても成立させてはいけない予感しかしない。


「でも、分かるの? その本命について」

「既に大体の情報は掴んだよ。戦力も不足無い」


 揺るがぬ余裕に呆れながら、リエラはそう、とだけ呟いて彼に背を向けた。もういい加減突っ込むのにも驚くのにも疲れていたし、彼の言う本命を叩く、という行為が必要であることも理解出来ていたからだ。

 彼と別れニーラと二人、人質救出の為動き出す。レストはたった一人で最も危険であろう場所へ乗り込むことになるのだが、リエラの心に心配はなかった。正直この男が死ぬ所が想像出来ない。

 ただでさえいつ人質が死ぬかも分からない状況なのだ、変人の心配をしている暇など無い。そんな余裕があるならば、これからの自分達の行動に全神経を傾けるべきである。

 作戦を立てながら、振り返りもせず手だけを振って、二人が闇に紛れて消えて行く。

 小さく手を振り返し彼女等を見送ったレストの足元に、彼を包む小さな魔法陣が描かれた。


「これで少しは期待出来るようになってくれれば良いが。頑張って成長してくれ――リエラ・リヒテンファール」


 魔法陣の輝きと共に、レストの身体がショッピングモールから消え失せる。光に溶けるその口元は、僅かに吊り上げられていた、ように見えた。

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