第8話 求める強さ
細々とした生活用品の類を買い終えた三人は、揃って手ぶらで街の散策を続けていた。荷物は、魔導機を収納している亜空間に纏めて入れてしまっている。
基本的には魔導機・魔導真機を仕舞っておく為の空間だが、こういった便利な使い方も可能であった。流石に、家具のような大きな物を入れておくスペース的余裕までは無いが。
さて、とりあえず必要な買い物を終えた以上このまま寮に帰っても良いのだが、それでは少々味気ない。という訳でリエラは、二人に一つ、これからのプランを提示してみる事にした。
「ねえ、せっかくだし服でも買ってかない?」
自分で買いたいというのは勿論、いつも(といってもまだ出会って三日目だが)メイド服を着ているニーラに何か別の服を着てみて欲しい、というちょっとした愛玩欲求が発揮された結果でもある。レスト? 彼の服装など端から眼中には無い。
だが残念なことに、ニーラが彼に仕えるメイドである以上、彼の意思を無視して連れ歩くことは出来ないのだ。
愛する主人との二人部屋に割り込んできた自分にも何かと気遣い、好意的に受け入れてくれているニーラを、リエラは妹のように溺愛し始めていた。まだ知らぬ人間ばかりのこの学園、この島で、対比となる一番近しい人間があのレストなのだから余計だろう。後は藤吾に、綾香に……結局変人だけか。
内心悪態を吐かれているとも知らない――恐らくは、気付いていない――レストは、何故かあらぬ方向へと向けていた視線を彼女へと戻し、ふむ、と一つ頷いた後、
「私は構わないよ。特にする事もないしね」
「レスト様が良いと言うのなら、私も構いません」
主人に追従し頷くニーラに、リエラは嬉しそうにはにかんだ。半ばレストを無視したようにも見えるが、別段彼女はレストを無視している訳でも、悪感情を抱いている訳でも無い。ただ、特に気を使わないでも良い相手だと認識しているだけである。
最も、それこそが一番近い友人の距離なのでは? という疑問点については、気付いていないらしかったが。
「そんじゃ、行きましょうか」
息巻くリエラだが、服屋が何処にあるか分かるわけでもない。レストに視線で促され、ニーラが好条件な服屋の場所を提示したことで、三人はようやく目的を持って動き出したのであった。
~~~~~~
さて、それから十分と経たない内に近くの大きなショッピングモールに辿り着いた三人だが、その中に入った途端、リエラがちょっと待ったと手を上げる。
「どうしたんだい?」
「ちょっとお手洗いに行って来るから、待っててくれる?」
何なら服屋の場所だけ教えて、先に行ってても良いけれど。そう提案する彼女に、今度はニーラが小さく手を挙げ、
「私も一緒に行きます」
リエラに同意した。付き合い、という訳ではあるまい。幾ら親しくなったとしても、彼女の優先順位は絶対的にレストが最上位だ。純粋にトイレに行きたかっただけだろう。
そうして残る一人、レストへと二人の視線が集中する。彼は特に尿意を催した様子も無く、淡々と了承の意を返した。
「ああ、私は此処で待っているよ。気にしないで何分でも掛けると良い」
「そんなに掛かんないわよ!」
顔を赤くして怒りを露にしながら、リエラはニーラの手を引くとトイレへ向かって駆けて行く。
ちなみにレストは、別段彼女をからかった訳では無い。ただ、女性がお手洗いに行くのならば、ついでに化粧直しもして時間が掛かる場合もある、と何処かで聞いたからこその、云わば気遣いのつもりであったのだ。結果は大外れだったが。
二人を見送り、近くのベンチに腰掛ける。特にすることもなく、人間観察に勤しんでいたレストだが、そんな彼の耳に野太い男の声が飛び込んでくる。
「おい」
低く、渋い声だった。その声音だけで判断するならば、四十台と言っても通じるのでは無いか。
聞き覚えのある低音に、レストは誰にも分からない程に小さく笑みを浮かべ、振り向く。目に入ったのは、やはりと言うべきか思った通りの人物だった。
「やあ。こんな所で会うなんて奇遇だね、ソーゴン君」
「俺の名前は荘厳そうげんだ。馬鹿にしているのか、レストっ……!」
「ほんの冗談だよ。そう怒ることもないだろう? 古賀こが ソーゴン君」
からかわれたから、だけでは無い怒気を立ち昇らせ此方を睨む彼の少年は、レストと同じく総学に通う男子生徒の一人である。クラスは違うものの学年は同じ二年生。だが、その見た目はとてもそうとは思えない程に堅く厳つい。
二メートル近い巨躯に、全身に付いた筋肉。流石にボディビルダーには及ばないものの、引き締まった肉体は実用的な『漢の身体』を体現していると言えるだろう。
顔は決して不細工では無いのだが、いかんせん少年とは呼べない程に老けている。三十を超えていると嘯かれた所で、きっと誰も疑わないのではないか。
そんな、見た目中年実年齢十七歳の少年は、出会った時からずっと、明らかな敵意をレストへと叩きつけていた。彼とレストの間に横たわる、もう一年以上にもなるとある因縁が原因なのだが、今は割愛しておこう。
「まあいい、此処で会ったのも何かの縁だ。俺と戦え、レスト」
「断る」
拳を握り締めなされた彼の宣戦布告を、レストは即座に一蹴する。一切の容赦のない即断即決。
一瞬呆気に取られたものの、すぐに憤怒を再燃させた古賀は、勢い良くレストへと詰め寄った。掴みかからなかったのは、此処が公共の場であると、彼の僅かに残った理性が判断したからだ。
「ふざけているのか、貴様っ!」
「ふざけてなどいないよ。そもそも、此処は学園では無く市街地だ。一体どうやって勝負しろというんだい?」
「そんなもの、学園へ戻ればいいだろう!」
「却下」
再び即断され、遂に古賀はレストの襟元を掴み引き立たせる。これでも殴り掛からなかっただけ、理性はまだ働いている方である。
そんななけなしの理性さえ今にも振り切ってしまいそうな程いきり立つ古賀を、手間の掛かる子供に向けるような目で見詰め、レストは己を捉える手を軽く払う。
まるで埃でも落とすような自然なその動作一つで、古賀の手は呆気なく打ち払われた。いや、離してしまったと言うべきか。叩かれたという感触すらほとんど無かったにも関わらず、そうすることが当たり前であるかの如く、彼の手はレストから離れてしまったのだ。
魔法でも使われたか? だが、魔力は感じなかった――困惑する古賀を尻目に、ベンチに座り直したレストは、目の前の巨漢とじっと目を合わせた。途端、古賀の激情は身の内へと収められ、発散の手段を失い徐々に萎んでいく。
敵意が消えたのでは無い。レストへの敵愾心と怒りは、確かに存在する。しかし、彼の眼光に乗せられた静かな『気』とでも表現すべきものが、古賀の気を呑み込み、本人も与り知らぬ内に圧倒されてしまったのだ。
けれど古賀のプライドは、そんな事実を認めない。認めないから、気付けない。気力で圧倒されているということは、即ち心の何処かで負けを認めてしまっている、ということに。
「私は今、友人と買い物に来ているんだ。それを今すぐ学園に戻れなどと、横暴と言う他無いだろう?」
物分りの悪い子供に噛み砕いて説明するような、優しい口調だった。そのくせ、声には微塵の情も滲んでいない。相反する二つの事象が混ざり合い、心が異様に不安定に掻き立てられる。
得体の知れない化け物と相対している感覚に陥り、古賀の脚が自然と下がる。たった一歩の後退ではあったが、それは決定的な決着であった。
「理解出来たのなら、退くと良い。勝負ならばいずれ、きちんと学園で受けるさ」
「……本当だな?」
最後の抵抗、とばかりに食い下がる。しかしそんな敗者の足掻きを一顧だにせず、レストはいい加減君に付き合うのも飽き飽きした、という態度を隠しもせず、
「本当だよ。君が私と戦うに値するだけの強者ならば、ね」
「ちっ。今に見ていろ……!」
ありきたりな捨て台詞を残して、古賀はショッピングモールから出て行った。悪態をつきながら苛立たしげに去って行くその後ろ姿に、鋭い眼光が突き刺さる。
(あの様子では、私の言う強者が何か、も理解出来ていないのだろうな)
レストが彼に求めた強さとは、決して単なる戦闘力の話では無かった。例え天地がひっくり返った所で彼の力が自身に及ぶべくも無いことは、レストは良く理解出来ている。何せあの古賀荘厳という男は、単純な実力という点ではリエラや藤吾よりも下なのだから。
ならば何かと問われれば、答えは単純――心だった。レストの放つ冷徹な気にも呑まれず、彼我の圧倒的な実力差にも恐怖しながらしかし臆せず。
そんな、自身が尊敬し目標とし打倒しようとしている『彼』のような、輝く心の持ち主こそ、レストの求める好敵手なのだ。
古賀荘厳にはその才能がある。そう思い発破を掛けてみたが、はてさてどうなることか。目を掛け始めてからおよそ一年、そろそろ開眼しないようならば、見切りをつける必要があるのかもしれない。
幸い、新たな候補者は見つかったことだし――
「お待たせ、レスト」
思考を中断、声に反応しベンチから立ち上がる。ゆったりとした動作で振り向けば、そこにはお望み通りの少女の姿。
「いや、丁度良かったよ」
「? 丁度良い?」
「ああ。少し知人と、話をしていたものでね」
レストの口から出た知人、という言葉に一瞬ぎょっとしたものの、リエラはすぐに気を取り直した。友人は少なそうだが、流石にこの変人でも知り合い位はそれなりに居るだろう。
相も変わらず失礼なことを考えながらも、背に引き連れたニーラと共にレストと合流した彼女は、早速二人を促し服屋へ突き進む。
早足で進む彼女の背中を見詰めるレストの双眸は、獲物を捉えたジャッカルのように鋭く細められ、爛々と不気味な輝きを放っていた。
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