第2話 二人部屋の三人
太陽が次第に影を落とし、水平線と交わろうとする時間。
第一魔導総合学園は全ての授業を終え、放課後と成っていた。
あるものは部活動に精を出し、あるものは街へと遊びに出かける。そんな中レストは一人、学園寮への道を静かに歩いていた。
(眠い)
小さな欠伸が夕焼けに溶けて消えて行く。別段寝不足ではないはずなのだが、おそらくは窓際の席で一日中暖かな陽射しを受けていたせいであろう。
襲い来る眠気に録に抵抗することもなく、ふらふらと揺れながら、彼は何とか寮へと辿り着く。
この学園に通う数万を超える生徒の内、約半数が住むその寮は、そこらのマンションなど比較にならない程に巨大で広大だ。効率性の為か大きさ以外に目立った特徴や装飾は無いが、高さにしろ横幅にしろありえないほどに高く、長い。
高速エレベーターに乗り、寮の中程にある自身の部屋の前まで来たレストは、扉横の液晶へと手を当てる。
途端、ピーと小さな音と共に鍵が開いた。
魔法技術の発展に連動するように一部の科学技術もまた飛躍的に発展したこの世界では、この手の認証システムは一般家庭にも当たり前についている程に普及している。
ただ実際には、この寮の認証システムは単なる指紋認証だけでなく、個人の魔力パターンによる照合も入っているので、そこらの家庭に比べれば大分高度なものではあるのだが。
さて、靴を脱ぎ廊下を歩き、部屋に入ったレストだが、そこには本来ありえない光景が広がっていた。
「え……?」
声を上げたのはレスト、ではない。部屋の中央に居る、真っ赤な長い髪を備えた少女――即ちリエラ・リヒテンファールである。
しかも彼女はどういうわけか、バスタオル一枚の格好であった。シャワーでも浴びていたのかその美しい髪は濡れており、時折ぽたぽたと雫が床に落ちて行く。
「な、な、な……!」
僅かに呆け、しかし徐々に事態を理解したのか、彼女の顔が真っ赤に染まっていく。
そうして、感情のままに叫びを上げようとして――
「…………」
己を無視して横を抜けていったレストに、呆気に取られる事となった。
まるで彼女など眼中に無い、と言わんばかりに悠々自適な態度で歩く彼は、そのまま部屋の奥へ向かうと一人の少女に話し掛ける。
――少女は、銀色の髪に褐色の肌を持っていた。身長はレストと比べると大分低い。
年の頃は十五、六といったところか。小柄な体つきのせいか幾分年下にも感じられる。またその身には学園の制服ではなく、白と黒の、シンプルなメイド服を纏っていた。
彼女はかわいらしく、しかし何処か冷たい顔に付いた透き通るような青色の双眸でレストを見上げる。
窓から流れ込むそよ風に揺らされて、肩程までで切られた髪が優しく靡いた。
「ニーラ」
「はい。何でしょう、レスト様」
少女の名を、ニーラといった。
レストに呼ばれた彼女は、指示を待つ犬のようにじっと彼を見詰めて動かない。
「私は暫く眠る。夕食の時間になったら起こしてくれないか」
「はい。かしこまりました」
用件だけを伝えると、上着を脱ぎ、ベッドへ入ろうとするレスト。
傍若無人すぎる彼に、リエラは思わず叫んでいた。
「ちょ、ちょっとーー! この状態の私を前にして、無反応ってどういうことよ!」
「……何か問題でもあるかい?」
「問題でもって、問題しかないでしょうが!」
レストの目は眠そうに細められており、冗談抜きで彼女の痴態に興味はなさそうだ。
別段見られたいわけではないが、しかしこうも無視されると腹が立つ。そんな思いをリエラは抱いていた。自分への自信と、プライドが高いが故だろう。
「そもそも、何当たり前のように私達の部屋で寝ようとしてるのよ!」
「……此処は、私の部屋なんだが」
「え? ちょ、ちょっと待って。だって私、今日から此処に住むことになるって……。ていうか、この子がルームメイトじゃないの!?」
困惑しながらも、ニーラを指差す。
指された彼女はこてん、とかわいらしく首を傾げ、
「……? 私は、レスト様のメイドですが」
「いや、メイドって」
「そのままの意味です。レスト様にお仕えし、共にこの部屋で暮らしています」
「え。じゃあ何、この子もルームメイトってこと?」
「正確に言えば、私のおまけ、だね」
言いながらも、レストはいつの間にやらベッドに潜り込んでいた。しかし、混迷の極みにあるリエラには突っ込む余裕もない。
わたわたと焦りながらも、事実を確認しようと疑問のままに問い掛ける。
「で、でも、それなら既に二人住んでいるわけだから、この部屋に私が割り当てられるのはおかしくない?」
答えたのは、静かにその場に座り込んだニーラであった。
「いえ。私はこの学園の生徒ではなく、あくまでもレスト様に付いているだけですので。人数にはカウントされないのです」
「そ、そんなのありなの!?」
目を見開くリエラ。幾ら何でも無茶苦茶だ。そんなおかしな理屈が通るなど、とてもではないが信じられない。
その驚きに答えを返したのは、またもニーラだった。
「学園長の許可は貰っています。しかしだからこそ、貴方はこの部屋に住むことになった、とも言えるでしょう」
「どういうこと?」
訳が分からず聞き返す。先ほどから質問ばかりだが、そんなリエラにも気を悪くすることもなく、メイドな少女は変わらぬ冷徹な表情で真実を告げた。
「先日聞いた話では、この寮、すでに全部屋満杯だそうです。近い内に増築工事をするそうですが、それまでは空いている場所が此処しかなかったのでしょう」
元々、学園の生徒でないとはいえ既に二人で住んでいる為に、ルームメイトを宛がうのは後に回されていたのだが……遂にその最後が来てしまった、という訳らしい。
しかし、当然それで納得出来るリエラではない。僅かに頬を赤らめながら、彼女はしどろもどろに反論に出る。
「だ、だからってこんな、男女で一緒の部屋だなんて……」
「此処には私が居るため、二人きり、という訳ではありません。それに加えレスト様の性格を考慮したうえで決められたのでしょう」
と、そこでようやくリエラは彼の存在を思い出した。
慌ててベッドを見れば、そこには――
「zzz……」
「寝るなーー!」
この日二度目の叫びが、部屋中に響き渡った。
今度は怒りで顔を赤く染め、リエラは急いで彼へと近寄ると、肩を掴んでがくがくと激しく揺さぶる。
「さっきから会話に参加してこないから変だと思ったら、何でこの一大事に当たり前のように寝てるのよ!」
「今日は日当たりが良くて、ね」
「それよりも現状の問題について何か意見はないの!?」
「……それじゃあ、一つだけ」
人差し指を垂直に立てたレストは、じっとリエラを見詰め、
「いつまでその格好で居る気だい?」
そう、指摘した。
途端、今の自分の姿を思い出したのか、彼女の顔がこれまでで最高潮に真っ赤に染まる。熟れたトマトを思い切り床に叩きつけても、きっとこうはなるまい。
「~~~~!!」
そうして。声にならない叫びを上げ、彼女は一直線にバスルームへと戻って行った。
去っていった彼女を見送り、レストは呆れたように溜息を吐く。
「全く、騒がしいものだ」
「ええ、それには同意します。これから先が思いやられますね」
騒がしいのは嫌いではないが、自室で位落ち着いて過ごしたいものだ。常に狂喜乱舞しているなど、趣味が悪すぎる。
と、己が従者と今後について話しながらも、レストはふと疑問を抱く。
「というか、そもそも彼女は何故あんな格好で出てきていたんだ?」
「着替えを忘れたそうで。どうせ女の私しか居ないだろうと、そう思い取りに出てきたとか」
「……で、彼女は着替えを持っていったのかい?」
「あ」
その後。恥ずかしそうに扉から顔だけ出したリエラに頼まれ、ニーラが着替えを持っていくことになったとさ。
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