ナインテイカー

キミト

第一章 『魔導戦将』

第1話 イギリスからの転校生

 遥か過去、中世末期。世界に大きな変革が巻き起こった。

 虐げられ、世間の裏に隠れて生きていた魔術師や魔法使い、呪術師などと呼ばれる非科学的な異能を持つ者達の一部が、自由と正当なる評価・扱いを求め、独自の運動を開始したのだ。

 当然ながら彼等の多くは眉唾ものの目で見られたり、恐れ、忌み嫌われ一層迫害される事となった。しかし諦めることなく世界へと立ち向かい続けた彼等は、遂に自分達の存在を人々に認めさせることに成功する。

 成功の理由は幾つか挙げられるが、中でも最たるものは彼等の持つ強大な力だろう。当時の武器・兵器はおろか、現代の技術でも対抗は容易でない程の力が、彼等にはあったのだ。

 特に指導者として皆を率いた男――『アーテンホクス・ベラ・テイカー』は、ただ一人で世界とも互角以上に戦えると言われる程の力を持ち、その高いカリスマ性も相まって、魔術師界最大の功労者として歴史に名を残すこととなる。


 それから数百年、時は現代。世界には魔力を扱う者――即ち魔法使いが多数存在し、社会の中に溶け込んでいた。更には少数ではあるものの超能力者や常人を超えた異常な身体能力を持つ者等、特異な能力者までもが発生し、世界を大いににぎわせることになる。

 彼等異能の力を持つ者達は一纏めに『テイカー』と呼ばれ、様々な分野で活躍の幅を広げていた。呼び名の由来は言うまでも無く、かつての運動の功労者だ。

 このお話は、そんな世界の日本に存在するテイカー達の教育・育成機関である『第一魔導総合学園』、通称『総学』に在籍する一人の青年を主軸とした物語である。


 ~~~~~~


「おい、聞いたか!?」


 窓から差し込む陽射しによって明るく照らされた、第一魔導総合学園、二年A組の教室内。

 登校したばかりの生徒達がざわざわと騒ぎ立てるその場所に、一際大きな声が響いた。

 その声に、窓際、それも一番後ろという隠れて眠るには最適な席に座る青年が、疑問気に眉を歪める。

 彼は浮かんでいた思考を払い、そっと横――声の主へと、顔を向けた。


「どうしたんだい、そんなに慌てて?」


 彼の名は、レスト。レスト・リヴェルスタ。

 派手さはないものの非常に整った顔立ちをしていて、髪は美しい金色のショートカットに、同じく金色の流麗な瞳。身長はおよそ百八十センチ程で、体格は細め。白を基調としたこの学園の制服に身を包んでいる。

 顔立ちは少々大人びており、二十歳前後にも見えた。落ち着いた雰囲気のせいでもあるだろう。


「どうしたもこうしたも、大変なんだって!」


 何処か貴族のような雰囲気を持ったレストは、騒ぎ立てるばかりでおよそ要領を得ない友人へと、訝しげな目を返す。

 先ほど声を上げ、現在進行形で騒音を口から発し続けているこの少年の名は、芦名あしな 藤吾とうご。短い茶色の髪を揺らし、お調子者の雰囲気を纏った、レストの友人である。

 どうにも何かを伝えたいらしい友人へと、レストは短く問い返す。


「何が?」

「いやそれがさ、転校生が来るらしいんだよ! それも、このクラスに!」


 その手の話が好きな彼らしい。そうレストは思った。


「成程。しかし、そんなことで騒いでいるのかい?」


 この学園は、世界中に存在する魔導学校の総本山とでも呼ぶべき場所だ。その規模も設備も、そして何より在籍する生徒達のレベルが他とは格段に違う。

 結果として、他の魔導学校から成績優秀な者が途中編入してくる、などという話はしょっちゅうだった。今更こうまで騒ぐことでもない。


「いやそれがさ、その転校生ってのが、この子なんだよ!」


 興奮冷めやらぬ、という様子の藤吾が見せてきたのは、一枚の新聞の切り抜きだった。

 そこにはでかでかと、こう書かれている。


『天才テイカー、リエラ・リヒテンファール!』と。


「この子は?」


 少女の顔写真を見ながら、レストは呟いた。

 写真には真っ赤な髪を持った美しい少女の姿が映っている。まるで炎のような子だ。


「記事の通りさ。天才、と呼ばれてる優秀なテイカーらしいぜ」

「らしい?」


 自ら記事を持って来たにしては、随分と曖昧な情報だ。


「いや、正直そっちに関してはあんまり詳しくなくて……」

「なら、何故?」


 こんな記事を持って、大騒ぎしているのか。

 言外にそう問い掛ければ、彼は苦笑と共に答えた。


「いや~、以前たまたま見つけた記事だったんだけど、あんまりにも可愛いもんだからさ、取っといたんだよ。そんな彼女がこの学園に転校してくる、って教師達が話しているのを聞いちゃってさ。大慌てでお前に話しに来たって訳」


 昔から可愛い女の子には目が無い奴である。

 変わらぬ彼に小さく溜息を吐きながらも、レストは改めて記事へと目を通した。


 『イギリス第五魔導学校ナンバー1の、天才少女!』


 記事の紹介文には、そう書いてあった。どうやら優秀なテイカーとしてあちらでは有名な存在であるらしい。

 最も、十年に一度の天才だとか、百万人に一人の才能だとか、この手のものは毎年の如く何処かから湧いて出てくるものなので、この記事がどの程度信用できるかは甚だ疑問ではあるが。


「く~、早く会いたいぜー!」


 隣で再び騒ぎ始める藤吾。

 いい加減鬱陶しく成って来た友人を一瞥した後、誰にも聞こえない程小さな声で、レストは呟く。


「……潰れなければ良いけれど」


 その瞳には、平淡さの中に僅かに憂いが混じっていた。


 ~~~~~~


「はーい、皆席に着いてー」


 朝のホームルームの時間。当然ながら、此処二年A組にも教師がやって来る。


「さえちゃ~ん、早く早く~」

「紗枝先生でしょ、藤吾!」


 転校生が待ちきれないのかやかましく立ち上がって催促する彼を、このクラスの担任である高梨たかなし 紗枝さえは嗜めた。


「え~、でもさぁ」

「いいから、ちゃんと座る!」


 女性らしい豊満な身体を持ち、真っ黒な髪を短めに整えた彼女は、多くの生徒からも頼りにされている所謂『出来る教師』である。

 そんな彼女は一通り教室を見渡し他に騒ぐ生徒が居ないことを確認すると、早速本題を切り出した。


「え~、今日も特に何もない普通の一日……の、はずでしたが」


 わざわざそこで一度言葉を切り、溜めを作ってから、彼女は続ける。


「何と! 今日はこのクラスに、転校生が来ます!」


 どうだと言わんばかりに生徒達を見渡す紗枝。

 しかし皆の反応は、


「「「…………」」」


 ごくごく、静かなものだった。


「あ、あれ?」


 思わず疑問の声を上げる彼女に、近くに座る女生徒が手を上げる。


「先生ー、そのことなら芦名君がさっき大声で騒いでたので、皆知ってまーす」

「藤吾~?」

「い、いや、たまたま聞いちゃってさ!」


 恐ろしい形相で己を見る担任に、さしもの藤吾も恐れおののいたのか、必死で弁明の言葉を口にする。気分は正に蛇に睨まれた蛙である。


「はぁ。ま、良いか」


 弁明という名の言い訳が功を奏したのか、何とかお叱りを避けることに成功した藤吾は、ほっと一息吐きぼやく。


「ったく、俺が悪いわけじゃないのに、酷いもんだぜ」

「何か言った~? 藤吾~!」

「い、いえ、何も!」


 またも下らないやり取りに精を出し始める彼等を横目に見ながらも、レストは感じ取っていた。教室の前の扉、その向こう側に佇む気配を。


「まあとにかく!」


 大きく手を打ち放たれた言葉に、注意を戻す。

 紗枝が大きく息を吸い込んだ。


「分かっているのなら話は早い。早速入って来ちゃって!」


 彼女が大声で廊下へ向かって声を掛ければ、がらりという音と共に教室の扉が開き、一人の少女が入って来る。一目見るだけで、思わず感嘆の息が漏れる程の美少女だ。


「ほえ~」「美人~」「綺麗~」「ツンデレの気配がする……」


 そんなざわめきが幾つも聞こえ、しかしその全てを無視して教壇の前に立った少女は、何一つ臆すことなく堂々と自身の名を名乗る。


「私の名前は、リエラ・リヒテンファール。リエラと呼んで頂戴」


 真っ赤な長い髪を持ち、勝気な目をした彼女。それなりに発育の良い身体つきをしており、その顔は成程確かに称賛されるだけのことはある。

 しかしそんな天才少女を前にしてレストが抱いたのは、喜びではなく小さな落胆であった。


「こんなもの、か」


 呟く。幸い件の少女は勿論、クラスの誰にもその声は届かなかったようである。

 仮に聞こえたところで、彼は取り繕ったりなどしなかっただろうが。


「えー、リエラはイギリスの魔導学校から、特別に転校生として転入することになった」

「へ~、それじゃあやっぱり優秀なんだ」

「どの位凄いのかな~」


 口々に期待の言葉を発する生徒達を手で制し、紗枝はリエラに目を向ける。


「それでは、ん~……そうだな。リエラ」

「はい」

「何かこの学園での、目標とかはあるか?」


 何でもないような、良くある質問。皆と話しクラスに馴染む切欠の一つにでもなれば、と軽く聞いただけだったのだが、その問い掛けにリエラは力強い目により一層力を籠めると、クラスメート達へと向き直る。

 そうして、


「私の目標は」


 目標は? と首を傾げるクラスメート達へと、


「この学園の、そして全テイカーの、頂点に立つことよ!」


 誰憚る事無く、そう宣言したのであった。


「「「…………」」」


 沈黙。彼女の宣言に、皆押し黙り静かになる。

 かと思うと次の瞬間には、喧騒がクラスを支配していた。


「おいおい、まじかよ」「本気か?」「冗談でしょ?」「いや、でも……」


 そしてそんな教室の中で、冷や汗を浮かべながら、藤吾は隣の席に座る友人へとこそこそと話し掛ける。


「なぁ、レスト」


 ちなみにこの学園の席順はそれぞれ男子は男子、女子は女子、と二人組みになって交互に並んでいる。その為藤吾の左隣はレストの席なのだ。


「何だい?」

「実際どうなの、あの子」


 その問いは詰まるところ、彼女の実力はどうなのか、と。あの目標は達成出来そうなのか、と。そういうことだった。

 友人の問い掛けに、レストはじっとリエラを見詰めながらも冷静に返す。


「さて、これからの彼女の成長次第ではあるが……現状では無謀、と言うほかあるまい」

「あ~、やっぱり?」

「当然だよ。向こうの学校でトップに立っていたからといって、この学園のトップに立てる訳ではないさ」

「まあ、流石に此処は世の魔導学校の頂点に位置する場所だしなぁ。レベルの違いはしょうがない、か」

「ああ。……さて、彼女は果たして何処までやれるのか」


 そう言って。レストは静かに、目を閉じたのであった。

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