第3話 君のベッドは誰の物?
「う~~」
夜。二人、ではなく三人部屋になった己の部屋で、リエラは唸り声を上げていた。
彼女の前のテーブルには幾つもの料理が並べられている。豪華というわけではなかったが、それでもどれもしっかりと作られており、美味しそうな匂いが部屋中に漂っていた。
これらは全て、ニーラが作ったものだ。
この学園の寮は、食堂もあるが、個々の部屋で自炊も出来るようになっている。レストの場合ニーラが居るということもあり、食事は部屋で取ることが多いのだ。
「そう怖い顔をすることもないだろう。それとも、ニーラの料理は口に合わなかったかい?」
「いや、料理は滅茶苦茶おいしいけど……」
言いながらも、不満は消えない。
結局あの後、リエラがバスルームに籠もっている間に、レストは眠りに入ってしまった。何とか起こそうとした彼女だが、ニーラに強い眼光と共に止められ断念。彼女が夕食を作ったところでレストを起こし、そのままなし崩し的に共に食事を取ることになったのである。
(何でこうなったのかなぁ。……あ、これ美味しい)
内心愚痴りながらも箸は止めない。騒いでいる間に食堂も閉まってしまった為、ここで食べなければ明日の朝まで食事抜きだ。
成長期の彼女に、それはいささか以上に厳しい。
「で、改めてこの部屋のことだけど」
食事を終え、食後のお茶を三人揃って啜っている時、彼女は切り出した。あからさまに不満です、と顔に書いてある。
「やっぱりおかしいと思うのよね。男女一緒なんてさ」
「それを私に言われてもね。不満があるのなら、学園長に直接言うと良い。ただ……」
「ただ?」
「取り合ってはくれないだろうさ。彼女は自堕落で、基本自分が楽をすることばかり考えている。部屋の割り当ての調整など、面倒だと言って却下するだろう」
まさかそんな、と思ったリエラだったが、よくよく思い出せばそんな気がしないでもない。
転入の挨拶の際に学園長とは会ったが、何せ挨拶の全てを机に突っ伏し、だらけながら聞き流していたような人物だ。おまけに話が終わると、しっしっ、と手を払われ追い出される始末。
あれってもしかして邪険に扱われていたんじゃなくて、面倒臭がっていただけなのか――。そう思い至り頭を悩ませる彼女へと、ニーラが追撃。
「既に学内ネットワークを通じて学園長に問い合わせを送りました。が」
「が?」
「返ってきたのはこの定型文だらけの却下です。あの人のよく使う手段ですね。他の要望も含め、それらしい文章で一括返答することで、手間をなくす。正直、此方の送った内容をまともに読んだのかも怪しいものです」
「じゃ、じゃあ……」
最後の希望、とばかりに縋るような目で己を見てくるリエラに、彼女は変わらぬ感情の薄い声と表情のまま結論を下す。
「部屋の変更は不可能、ということですね」
この学園における学園長の権力は強い。よほどの成績を出しているのならばともかく、他校では一番でもこの学園ではまだ何の成果も出していないリエラでは、要望を無理やり通すのは不可能だ。
無慈悲な現実を理解し、彼女は大きく肩を落とし嘆いた。
「そ、そんな~」
「まぁ、まだ良かったと思いますよ。相部屋がレスト様で」
「え~?」
不満と共に、さっきから暢気に茶を飲み、ぼーっと一息吐いているレストを見る。
(お爺ちゃんか!)
しかし確かに、最初の時の反応を思い出せばまだましな方なのかもしれない。
(隠してる、とかじゃなくて全然興味のない目をしていたし。ニーラちゃんも一緒だし、襲われたりすることはないかも)
無論、襲われた時には返り討ちにするつもりではあるが。とはいえ彼女も女の子、そんな危険は無い方が良いに決まっている。
実際、僅かな時間ではあるが共に過ごし、彼が悪い奴ではないとは何となく理解出来ている。完全に納得したわけではないが、下手に学園長に逆らい退学にでもなったら目も当てられない。
仕方が無いか、とリエラは渋々妥協を選んだ。
「しょうがない……。けど、共に生活していく以上色々と気をつけてよね」
「むしろ、気をつけるのは君の方だと思うが」
夕方のこととか、と指摘する彼を、リエラは唸りながら睨み付けた。その顔に僅かに赤みが差しているのはご愛嬌だろう。
下らない雑談と共に、三人の夜は深けていく。
~~~~~~
「で、疑問なんだけど」
少し遅い夕食の後、何だかんだで打ち解けた三人は仲良く団欒していたわけなのだが。レストとニーラも風呂に入り終え、それからまた少し雑談し、もう遅い時間だしさぁ寝ようとなった時、問題は起こった。
「この部屋、ベッドが二つしかないんだけど……どうやって寝るわけ?」
そう、元々二人部屋のここには、ベッドは二つだけ。しかしこの場にいるのはレスト、ニーラ、リエラの三人。何度目を擦ったところでベッドが増えるわけもなく、このままでは誰かがあぶれることになってしまう。
当然だが、リエラは床で寝るなど御免である。どうあってもベッドを確保する、と息巻くが、そうなるとレストかニーラのどちらかがあぶれる。
ちなみに、予備の布団なんてものはない。現実は非情である。
さて、そうなると。床で寝る第一候補は――
「レスト! あんたね!」
「何だい、突然指を差してきて。まぁ、予想は付くがね。一応理由を聞いておこうか?」
「そりゃ、あんたは唯一の男だもん。私やニーラちゃんのようなか弱い女子に、まさか床で寝ろっていうの?」
「か弱い……?」
「か弱い!」
首を傾げるレストを一蹴し、強引に迫る。一応、後から入ってきたのはリエラなわけだが、学園の決定で無理矢理この部屋に決められた彼女にそれを言うのは酷というのものだろう。
さてそれじゃあ私はもう寝るわ、と下手な反論が出る前に寝床を確保しようとしたリエラ。しかしそんな彼女に言葉を返したのはレストではなく、
「問題ありません」
相変わらず、感情に乏しそうな冷たい表情をしたニーラだった。実際には表情に出にくいだけで、情緒が薄いわけでも何でもないのだが。
「問題ない、って。私が言うことじゃないけど、本当に大丈夫なの? 貴女のご主人様のことなんだけど」
「はい。本当に、問題ありません」
「まぁ、それなら良いんだけどさ。……って、まさか!」
そこでリエラは一つの可能性に思い至った。そうこれならば、確かに問題ないのだ。レストは。
「貴女が代わりに床で寝る、とか言わないわよね!? だめよ、そんなの。幾らレストが主人だからって、自分を犠牲にすることなんて無いんだから!」
「……何か変な勘違いをしているようですが。私の言う問題ない、とはそういうことではありません」
「じゃあ、どういうこと?」
特に思いつかず、聞いて見る。しかし返って来た答えは、此方の度肝を抜くものだった。
「私は、レスト様と一緒のベッドで眠りますので」
「は~ん、一緒に、ね。確かにそれなら、何の問題も……?」
数秒、考え。
「って、何ですってーーーーーー!!」
寮中に響き渡るような、大絶叫を上げた。
不意打ちの大声と衝撃に、頭を揺らすニーラ。一方、レストはちゃっかりと耳を塞いでいる。その上、手の内に魔法で遮音の結界まで張っている念の入れようだ。
彼曰く、こういう時こそ魔法を使わなければ、とのこと。ちょっとずれた男である。
ともかく。ニーラの発言によって混乱の極みにあったリエラだが、やがて頭を落ち着かせると急いで詰め寄った。レストに。
「ちょ、ちょっとちょっと、どういうこと! 一緒のベッドに、って……! はっ! まさかあんた、ご主人様だからってこの子にあんなことやこんなことを強制させているんじゃあ……!」
「あんなこととは、どんなことだい?」
「い、いや、それは……あんなことったら、あんなこと、よ!」
何を想像したのやら、真っ赤な顔で捲くし立てるリエラに、レストはしょうがない奴だとでも言いたげに軽く息を吐いた。実際心の内では八割方呆れている。
そんな彼に、リエラはぷんすかと怒気を昇らせ、
「な、何よその溜息は!」
「いや。ただ、私は随分鬼畜に見られているのだな、と思ってね」
「う、い、いやだって、あんなこと言われたら……」
流石に一方的に決め付けて非難するのは悪いと思ったのか、言葉が尻すぼみになっていく。そんな彼女にもう一度溜息を吐き、レストは冷静に返した。
「別段、そう騒ぐものでもない。そも、私達はずっとそうだよ」
「そ、それって……?」
「はい。昔からずっと、共に同じベッドで過ごしていた、ということです。その為、二つあるベッドの内の一つは元から使っていませんでしたから……どうぞそちらはリエラさんのお好きに御使用ください」
「え、ええ~……」
正直そう言われたところ、ですぐに納得できるものでもない。少なくとも、彼女には。
やけに此方のことを気にしてくるリエラの態度が純粋に疑問だったのだろう、レストは特に邪険な感情を乗せることもなく、問いかけた。
「というか、これはあくまで私達の問題だろう。君がどうこう言うことでもないと思うが」
「う、それは、確かにそうなんだけど。でも、やっぱり同じ部屋で過ごす以上気になるじゃない」
「気にするな。すぐに慣れる」
「慣れるかーーーー! 毎晩毎晩、隣で同じ年頃の男女が一緒のベッドに入っていくのに、慣れるわけないでしょ!」
実際には何もないのだとしても、それだけで思春期の彼女には刺激が強すぎるようだ。何せ彼女が否定する理由の大半は、単に恥ずかしがっているだけなのだから。
「しかしリエラさん。私は、ずっとそうしてきました。今更やめろと言われても、かえって困ってしまいます。何とか認めては貰えないでしょうか?」
「う、で、でも……」
「駄目、でしょうか」
「う」
「(じ~)」
「うう……!」
何処か悲しそうな瞳でじっと己を見詰めてくるニーラに、彼女は遂にその心を折られ、屈した。しなしなと気力を萎ませ、座り込む。
「わ、分かったわよ。二人がいいって言ってるのに、私がいつまでも否定してるのもなんだし……」
「ありがとうございます、リエラさん」
表情が薄いながらに嬉しさを滲ませて頭を下げるニーラに、もうリエラにはこれ以上言えることはなかった。
(まあ、私の裸にも興味を示さないような奴だし……。大丈夫、かな)
夕方の時を思い出し、そう結論を出す。正確にはあの時の彼女はバスタオル姿だったが、そんなもの、彼女の中では全裸とたいして変わらない。全く同じでもないが。
「それでは、結論も出たところでそろそろ寝るとしようか」
(こいつ、いけしゃあしゃあと!)
説得に何一つ役に立っていないにもかかわらず、当たり前のように話を進めるレストに多少なりとも怒りを覚えたが、すぐに鎮火した。どうせこれ以上言ったところで意味はないだろうと、これまでの会話からでも察せたからだ。
「そうね。私ももう寝るわ」
出会って数時間にもかかわらず、何だか随分と彼のことを理解できてしまった気がする自分に複雑な思いもあったが、全て無視してベッドに入り込む。
転入のごたごたで疲れた体は睡眠を欲しており、もうこれ以上細々と考えるのが面倒になったのだ。
「それでは、灯りを消しますね」
部屋の入り口に小走りで駆けて行ったニーラによって、部屋の明かりが落とされる。真っ暗になった部屋の中で、ごそごそと音が。
ニーラがレストの居るベッドに入っていく音だ。思わず先程の妄想を思い出し、リエラの顔が赤くなる。
「そ、それじゃあお休みなさい!」
「ああ。お休み」
「はい。お休みなさい」
照れを誤魔化すように少し大きめの声を上げれば、対照的に落ち着いた声が二つ返ってくる。当然それは同じ場所から聞こえてきて、思わず彼女は――
(よ、よそう。これ以上考えてたら妄想に嵌るだけだ)
目を瞑り、馬鹿な思考を振り払う。そうすれば、疲れた体はすぐに睡魔に蝕まれて。
(あぁ。今日は、凄く、疲れ、た……)
ゆっくりと眠りに落ちて行く。そうして意識が完全に闇に落ちる、その直前。
「ああ、そういえば」
(な、によ。わたし、は、もう、ねむ……)
伝えられた、言葉に。
「君の妄想は当たっているよ。強制ではないがね」
「そ、う。……って……え? ええーーーーーーーーーーーーー!?」
再び寮中に響き渡るような、大絶叫を上げたのだった。
今日も一日が終わっていく。レストとリエラ、二人の出会いは小さなものか大きなものか、それは誰にも分からない。
だが少なくとも、この時の彼女には想像も出来なかった。この数奇な出会いが、後の大きな――大き過ぎる戦いへと、続くことになるなどとは。
まだ、炎は燃えない。
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