第10話
湯船に浸かりながら、今日あったことを整理していく。
あの文章が本当にあったことならば、一か月以内に妖狐とやらを見つけなければならない。
もう一人も、だ。
――もしかして、妖狐はもう一人に化けていて、このままずっと身を隠しているつもりではないだろうか。
そう考えるが、それではわたしたちにはどうしようもできない。
それはないだろうと、信じるしかないのだ。
――あるいは。妖狐は、わたしたちをからかっている節がある。より深く、絶望させるような。そんな仕掛けを過去には行ってきていた。
生徒による裏切りもそうだ。最後に裏切られるなんて、誰も思ってなかったはずだ。だからこそ――わたしたちも、慎重に行かなければならない。
それでは、文章中に出てきた名前は? あれは名前の部分だけ黒く塗りつぶされていた。一体誰が?
本人、あるいは妖狐だろう。あのページには、起点の人物に裏切られたと書いてあった。なぜ、その人は元に戻りたくなかったのだろう。妖狐に騙される――ということは、起点の好きな人が、妖狐だったということだろうか。
いや、それでも元に戻れば本物の好きな人が待っているはずだ。では、どうしてだろうか。わからない。
記憶が、変わっていく。それは、とても恐ろしいことだと思う。けれど、今のところ変わった実感はない。一か月が経った後に消えていくのだろうか。
では、隠された条件は? これについても、考えてもどうしようもない。他に条件がないという確証もない。
結局、大きな進展はあったものの、謎が多くなっただけのような気がする。
けれど、元に戻れる可能性が見つかったのは大きい。
着実に、情報は増えている。大丈夫、きっと戻れる。
勝負は一か月だ。
◆
夢を、見た。
◆
目覚めると、陰鬱な気分になった。
夢を、見た。ノートに書いてあったような夢。
そこには何もなく、ただ六人だけが存在した。わたしたちは声を出すことができなかった。ただ、見て、聞くことしかできなかった。
妖狐と思しき声は言った。
「今回は、条件を変えようと思う。今ここに、六人が存在する。六人目を探せ。そうすれば、元に戻ることができるだろう。期限はひと月だ」
そう言い、声は間を空けてから、告げる。
「君たちの目には、六人目は誰に見える?」
そう言い捨てられて、わたしは目覚めた。
六人目は北村浩二の姿をしていた。
◆
その日の放課後、わたしたち五人は再び生徒会室に集まっていた。
菜月が口を開く。
「昨日、夢を見たよな」
その言葉に、全員が首肯する。
「六人目は、誰に見えた?」
その言葉に、皆詰まっていた。私はどう答えればいいのかわからないでいた。
浩二さんは、男のままだ。だったら、六人目ではないはずなのに――。
どうなっているのだろうか。
「俺の目には――深山に見えた。深山が、あの場に二人いるように見えた」
菜月がそう言った。
わたしは思わず目を見開く。
見える人物が人によって違うのだろうか。わたしには北山浩二に、菜月には深山涼に見える。ということは、もしかして――。
「僕にも、涼さんに見えました」
彼方も小声でそう答える。どうやらわたしの考えは当たっているようだ。
つまり――六人目は好きな人の姿に見えるのだ。
だからわたしには浩二さんに見えた。
「ほんとかよ? 俺には吉子に見えたぜ?」
そう言う藤原に、彼方が応える。
「多分ですけど、その……好きな人に見えるんじゃないかと」
「……マジか?」
不審げに藤原はそう言った。そういえば――ふと、木下の様子を見ると、少しだけ焦っているように見えた。
彼――彼女は、誰の姿を見たのだろう。
「いや、ランダムに適当な人間の姿を見た可能性もある。二人は誰に見えたんだ?」
わたしと木下は菜月にそう訊ねられた。
菜月がわたしに訴えるような目線を送る。もし木下が菜月を見ていた場合――そして好きな人に見えるということの場合。その状況が藤原に発覚することは避けたい。
菜月は変わらず、わたしを見ている。おそらくは、乗れということなのだろう。
木下が見た六人目が、菜月だった場合――もしそうだった場合、それが好きな人を見たということにしてはいけないような気がした。
「わたしは……藤原くんに見えたよ」
わたしがそう言うと、彼方は少しだけ驚いたような顔をする。
「本当ですか、涼さん」
「うん。もちろん、昨日会ったばっかりで彼氏……彼女? のいる人を好きになんてなっていないから、何か他の条件があるのか、ランダムなのかだね」
「……そうですか」
「それで、木下さんは誰に見えたの?」
わたしがそう訊ねると、木下は安堵したような、不安なような複雑な表情をした。
「私には、会長に見えました」
「なんだ、じゃあやっぱりランダムかぁ? それじゃあ、連城っつったか、お前だけ誰にも見られていないっていうのは逆に怪しいな」
冗談を言うように藤原はそう言った。
本当はあなたも見られていないですよ、とはとても言えなかった。そしておそらく、本当は好きな人に見えるのだということも。
つまり、木下は――いや、考えても仕方のないことだ。結局は、本人が納得できるかどうかなのだから。
「本当に」
小さく呟く木下は、少しだけ寂しそうに笑っていた。
「結局、六人目を探せってどういうことなんだろうな」
誰かに見えた、ということは、誰かに化けて誰かを騙すのだろうか。
わたしに化けて、彼方や菜月を誑かすとか――そんなことを考えたが、わたしに化けてそんなことをしても本人でないとバレバレだろう、と思った。
「誰かに化けて、近づいてくるのかもな。それを見破れって話じゃないか? ――おそらく、六人目に見えた人物に化けて俺たちの前に現れる、とかか?」
「だったら、二人で誰かに会うのは危険だってことかよ?」
「可能性の話だけれどね。このメンバー以外でも、誰かに会う時には気をつけて見ていた方がいいかもしれない」
そう言った話をして、本日は解散した。
「結局、深山は本当は誰の姿を見たんだ?」
こっそりとわたしにそう聞く菜月の言葉は無視した。
限りなく似た、違う世界で。 肌黒眼鏡 @hadaguromegane
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