第5話
夢を見た。昔の夢だ。
――これは、恋じゃない。憧れだ。
二人の人間が立っていた。
わたしと、もう一人。これは、憧れだ。
「わたし、大きくなったら――――のお嫁さんになる!」
「ぼく、大きくなったら――――みたいになりたい!」
――これは。
これは、わたしだ。どちらも、わたし。
おかしいじゃないか。二つの言葉を――わたしと、ぼくを。
この二つの言葉は、わたしは、誰に対して言ったんだろう。
ひとつは、恋愛感情だ。幼い日の、小さな思い。届かないと知っていた、恋とも呼べない、小さな憧れだ。幼いわたしには、彼は何でも知っていて、何でもできると思えたものだ。
では、もうひとつは。これは――これも、憧れだ。幼い日のわたしは、彼に憧れていた。彼は、かっこよく見えた。わたしの、お兄さんのような存在で。だから。
◆
「涼はさ、どんな人が好みなの?」
そう、奏に訊ねられたのは、いつのことだっただろう。
「わからないよ。好きになるって、よくわからない」
私がそう答えると、今度は美香がこう言ったっけ。
「恋がよくわからない、なんていう人は、大抵過去の失恋を引きずってるか、恋愛したことがないってことをかっこいいとでも思っているかのどっちかだと思うね」
「そんなこと言われても。失恋なんてした覚えはないから、どちらかと言えば後者なのかな。そんな風に思ったことはないけれど」
「でも、涼の場合は――恋愛を拒んでいる気がする。なんで?」
「いや、なんでって言われても。わたしにもわからないよ」
「もしかして、昔に好きだった子がいたんじゃない? 忘れちゃっただけでさ。その人が心の隅に居るから、きっと他の人にそう言った感情を持てないんだよ」
「そんなこと、言われても――」
――わからないよ。そう答えたわたしは、きっと気づかないふりをしていたのだと思う。
◆
目を覚ました。
違和感は健在だ。
身体が怠い。どうやら昨日はベッドに倒れ込んだまま眠ってしまったようだ。
今の時間は――六時。まだ早い。けれど、何もしたくはなかった。
夢を、見た。昔の夢を。
そうか。わたしは、彼を、好きだったのか――そんなことを、まるで他人事のように思った。
どうして、忘れていたのだろう。忘れようと、していたのだろう。
いや、簡単だ。彼には、わたしじゃない好きな人がいると、知っていたから。
きっと彼は、わたしのあの言葉を、軽く思ったのだろう。わたしは、取られまいと必死だったのに。
では、もう一つの言葉は。
そちらの言葉は、きっと男の――この世界のわたしが言った言葉だ。何故か、そうだと思えた。
朝食を食べ、仕度をして学校へと向かう。
きっと、今のわたしは酷い顔をしているのだろう。母には「大丈夫? 学校休めば?」と言われてしまったが、体調に不備はない。
精神的に、やつれただけだ。
当然だ。ただでさえ、妙な現象で疲れ果てていたのに、それに加えて昔の恋を――いや、言い訳はよそう、今も、わたしは浩二さんが好きなのだから。
風呂に続き、睡眠ですらリラックスできない現状に嫌気が差していた。
学校では、昨日と変わらずの一日だった。きっと、これは昨日だけではなく、普段と変わらない日常なのだろうけれど。
わたしの中の日常と違う点があるとすれば、それは男子が話しかけてくることくらいだ。――とくに、中島が、奏のことを聞いてきてうるさい。
わたしに話しかけるのなら、奏に話しに行けばいい――そう言ってやったけれど、勇気が出ないのだとか。まったく、女々しいものだ。
「彼方、今日も調子悪いみたいでさー。病院行ってきなよ、って言っておいたんだけど……」
「大丈夫なの? 熱とかは?」
昼食時、奏と美香の会話を再び聞いていた。彼方のことは心配だった。
「熱はないみたいなんだけど……体調が悪いみたいで」
「あれじゃない?」
「かなぁ……」
そんな会話をしていて、「あれ」と言うのが気になったので訊ねる。
「あれって?」
「あー、涼は……何でもない」
「気になるんだけど」
「大丈夫、そのうち治ると思うよ?」
「……まあ、そう言うなら」
はぐらかされてしまった。奏と美香は心当たりがあるようだけど。二人が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。
◆
「連城ってさ、休みの日は何してるんだろう」
「自分で聞きなよ」
放課後、そんな会話を中島としていた。本当に、わたしに聞いても仕方がないと思うのだ。
いや、わたしも人の恋路にとやかく言えはしないのだけれど。
「そういやさ、うちの姉貴が深山に話があるって言ってんだけど」
「……姉貴?」
突然の話の展開に、わたしは思わず訊ねた。
わたしは年上の女性の知り合いは少ないし、中島と言う人はいないと思うのだけれど。
「あー、忘れたのか? 去年あたりに、お前に振られた中島菜月っていうんだけど」
そう言われ、わたしは考える。
振られた――というのは、告白してきてと言うことだろうか。
過去、わたしは告白されたことがある。確かに、それは中島某という名だったけれど、それは男性だ。当然、わたしが女の子だったときの記憶だから。
それが、こちらの世界では女性に、しかも中島の姉に告白されたということになっているのだろうか。それでは、わたしに告白してきた中島某と言う人物はどうなっているのか――そこまで考えて、わたしは曖昧に返事をする。
「あー、うん」
「大丈夫か? 振ってるんだから会いたくないかもしれないが」
「いや、大丈夫だよ。どこに行けばいいのかな」
「いや……あそこに」
そう言い、中島は教室の入り口を指さす。
そこには、背の高い、凛とした女性が立っていた。
当然ながら、見覚えはない。
「わかった、じゃあ話してくるよ」
そう言い、わたしは中島菜月の下へと向かった。
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