第3話



「お疲れさん」


 そう言い、中島がわたしの背中を叩く。思わず倒れ込みそうになってしまった。

 過度の疲労で碌に動けず座り込んでいたわたしは、乱れた呼吸を整えるため、大きく深呼吸をした。


「なあ、相談があるんだけどさ……連城ってどんな男がタイプなのかな」


 みんなに自らの恋心を知られてしまい開き直ったのか、そう訊ねてくる。

 どういう男の子がタイプか――そんな話を、昔にしたような気がする。

 昔と言うのはつまり、わたしが女だったころの話だけれど。

 あの時は、なんて言っていただろうか。思い出せなかった。


「さあ、わからない」

「じゃあ、好きなものとかは?」


 そう訊ねられ、小声で「BL」と答える。

 しかし、中島には聞き取れなかったようで、「なんか言ったか?」と聞き返されてしまった。


「奏はマンガとか好きだよ」

「そっか、マンガか。俺もマンガ好きなんだよな。もしかしたら話が合うかも」


 サンキュー、そう言い中島は走って言った。調子のいいやつ、なんて思いながら、ようやく息が整ったので、歩き出す。

 すると今度は、奏が話しかけてきた。


「涼、中島と仲良かったの?」

「さあ、どうだろう」

「……ふぅん」


 そう言いながら、わたしを見る奏の目は、面白いものを見つけたような目だった。

 もしかして、わたしが中島のことを好きだとでも思っているのだろうか――そう考えて、いや、わたしはいま男だと思い出す。そして気づく。

 そう、奏の好きなもの――。


「ネタにしないでよ?」

「なんのことかわかりませーん」


 そう言い、奏も走り去っていく。

 思わず溜め息を吐き、わたしも教室に急いだ。


 ◆


 そのあとの授業、古典の授業だったけれど、わたしは爆睡してしまった。

 こんなことは初めてだった。今までは授業中に眠ったことはなかったのだけれど、体育のダメージが予想以上に大きかった。

 古典の先生は女の林道という先生なのだけれど、あまりの爆睡っぷりにか、あるいは普段はまじめに受けている生徒だったため相当に疲れていると判断したのかはわからないけれど、わたしが注意されることはなかった。後者であると信じたい。


 授業の最後、わたしはチャイムの音を聞いて目を覚ました。

 そして、先生は言う。


「私、産休で休むって言っていたわよね。代理の先生を見つけたから、紹介するわ」


 そう言って教室の外に顔を出し、誰かを呼んだ。

 そうして入ってきたのは、若い男の先生だった。

 どこかで、見たことがあるような。その考えは、若い先生の自己紹介で確信に変わった。


「林道先生が産休で休まれるということで、代理を勤めます、北村浩二きたむらこうじです。よろしく。みんなとは、10歳くらい離れてるのかな。地元はここなので――」


 そう、北村浩二。浩二さんだ。わたしが小さかった頃、よく一緒に遊んでくれた。家が近くだったから、というのもあったが、母親同士が仲が良かったということもあり、一緒になることが多かった。

 子供の頃に遊んでもらっていた人に、今度はその人に授業を教わる、というのは、なんだか不思議な気分だ。

 けれど、特に何かがあるわけではなく、浩二さんも私に気がつくことはなく、その挨拶は終了し、先生二人は出ていった。

 そのあと、みんな、特に女子たちは浩二さん――北村先生の話でもちきりだった。林道先生は美人だったけれど、北村先生はかっこいい。わたしでもそう思った。


 ◆


 そして、放課後。わたしは奏と一緒に、帰路に着いた。彼方のお見舞いのためだ。

 こうして、奏と二人で歩くことはよくあったけれど、男になって考えると、この状況がデートみたいに思えてとても奇妙な感覚だった。

 恋愛的な感情は、奏には当然、持っていないけれど。


「何か、ゼリーでも買っていこうか?」

「いいって。どうせ大したことないし」


 そんなことを言われると、お見舞いに行く気がなくなるのだけれど。


「それに、涼が来るだけであの子は喜ぶから」

「そんなことないでしょ」


 彼――連城彼方の気持ちについては、気づいてはいた。女のわたしのことを、恋愛的に好きであったということには。

 そのことには、気づかぬふりをしてきたのだ。わたしにはその気持ちに応えられない。わたしには、恋愛がわからないから。

 でも。

 いまのわたしは男だ。恋愛感情は恐らくないだろう――この姉の趣味を考えると、一概に無視できない可能性なのかもしれないけれど。

 でも、彼方が女のわたしを好きだったのだから、女の子が好きなはずだ。

 奏の言い分は恐らく、話し相手ができる、とかそう言った意味だろう。


 そう、考えていた。


 

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