31. ためいき
「おらあああああああああっ!」
疾風が、力任せに剣を薙ぐ。ぎんと金属がぶつかるような音の直後にずぶり、と肉に食い込む音が混じった。浅沙の足首、巨大化したとは言えまだ細い部分にうまく刃が入りこんだようだ。
「ぎあっ!」
「はっ!」
怯んだ浅沙が足を振り上げるより早く、誠哉が光の刃を放つ。疾風が剣を引き抜いた同じ場所にそれが更に食い込んで、どす黒く濁った血が溢れ出した。
「いだだだだ! 痛いではないかあっ!」
「そりゃ、攻撃してるもの」
「痛くなくなればいいんじゃね? 要は早くくたばれ、ってことだけどさ」
巨大化したとは言え、容姿自体はほぼ浅沙のままだ。その目に涙を浮かべながら喚いた魔族に対し誠哉は淡々と、疾風は呆れ顔で毒を吐き捨てる。
そうして剣士二人は、再び動く。今度は誠哉のほうが、剣を振るのが早かった。
「次、行くよ」
「がっ!」
二度振られたことで発生した二条の光の刃が傷ついた足首の上、すねに突き刺さる。片方の足に攻撃を集中させることで動きを止め、今浅沙に術をかけている二人の翼人たちの負担を減らすつもりだろう。
「追加あ! おるぁあああああっ!」
「ひぎええええっ!」
そして、義兄の思惑に義弟が乗らないはずもなく、疾風がそのすねの傷を下から斬り上げた。ほんの少しだけ返り血が顔についたけれど、その程度のことは気にしていられない。
「あし、足が痛ええええ! きさまらあ!」
「だから、早くくたばれって言ってんだ! そしたら痛くなくなるぜ!」
はははと笑いながら、なおも疾風は剣を振る。すねについた傷、そこから見えた内側の肉を断つために更に刃を食い込ませた。
「おれる! 足、折れるう!」
「折ってんだ!」
「その方がこっちも、楽だからね!」
ばぎん、めきめきめき。
大木が折れるような音と共に、浅沙が足元から崩れ落ちる。疾風と誠哉の連続攻撃を受けて、ついに太い足が折れたのだ。
「おのれえ! おのれおのれ小姓共があ!」
「しつけえ!」
「お前がなあ!」
片足を折られなお喚く浅沙の言い草に腹を立てたのか、疾風がその胴体目掛けて突っ込んでいく。だが、その彼を待っていたのは丸太よりも太い、浅沙の腕だった。
「がっ!」
「疾風!」
振り回される腕に弾き飛ばされた疾風を視界の端だけで見送って、すぐに誠哉が反撃に転じる。光の刃を続けざまに三つ発生させ、疾風を殴った腕に叩きつけたのだ。
それから振り返り、疾風が風の魔術に受け止められたのを確認して義兄は小さく息をついた。腕の衝撃も、同じ魔術で低減されているようだ。
「済みません、ありがとうございます」
「何、こっちの負担が減ったからな」
「うひー。マジ助かった、サンキュ」
呆れ顔のまま黒い翼を軽く羽ばたかせ、エンシュリーズは己の放った風を浅沙の方へと押し戻す。それに乗り、疾風は苦笑を浮かべつつ剣を構え直した。そのまま、こちらを目を見開いて睨んでいる浅沙に向けて。
「まあ、そんなわけでもいっちょ行くぜっ!」
「来るかあ!」
「行くのは疾風だけじゃないけどね!」
浅沙が疾風を狙って構えた瞬間、その腕に更に光の刃が突き刺さる。ぎいと怯んだ魔族の顔、しかめられたもののまだ人よりも十二分に大きな目玉に疾風は、自分の剣を差し込んだ。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああああ!」
「おう、目ン玉は柔らかいな」
「疾風!」
「悪い、誠哉兄!」
慌てて己の顔をかきむしろうとする浅沙の手を、すんでのところで避ける。義弟を援護するために誠哉が飛ばした光の刃と入れ違いに、疾風は浅沙の上から飛び降りた。
「発動、風……散開、旋風!」
そうして当然のように、エンシュリーズの魔術が青年を受け止める。セラスラウドの方は相変わらず、浅沙を拘束することに集中しているようだが。
「抑えるだけに回れば、楽だね」
「まあな」
ぽつんと呟いたセラスラウドに、エンシュリーズはなおも風の足場を生み出しながら一言で答える。一瞬だけ端正な横顔に視線を向けてから、言葉を続けた。
「……まあ、己が手で殺れんのは不満だろうが」
「そうだね」
ぎり、と歯を噛み締めたその背中で、白い翼から魔力の光がふわりふわりと放たれる。浅沙の拘束が一層強まる中、彼は無理に笑顔を作ってみせた。
「僕もまだまだ、修行が足りないなあ」
「抜かせ」
吐き捨てた少女の目前で再び、剣士が二人その刃を魔族に突き立てていた。疾風が無事だった方の目に、誠哉が悲鳴を上げていた口の中に。
「があああああああああああ!」
「うるせえよ、早く終われ!」
「大丈夫、疾風」
ぐりぐりと突き刺した剣を回す疾風の悪態に、誠哉が小さくため息をついて答える。そうして、手の中で光る刃に力を込めた。
「今、終わるから」
「ががががっががが、ががああああ!」
恐らくは、腹の中にまで光の刃が到達したのだろう。砕かれた足とセラスラウドの拘束のせいで身動きも取れないまま、睡蓮浅沙はガクガクガクと震えて……その動きを、止めた。
力の抜けた腕が、館の屋根の一部をぶち抜いたのが、最後の動き。
ずがん、という音がして、屋根の一部が天井を突き破って落ちてきた。屋敷の中で戦い続けている蒼真と文女には、何が起きたのか分からない。
ただ、両手の爪に赤い血を宿らせた蒼真が、それこそ獣のように残酷な笑みを浮かべているのは分かる。文女の全身に刻まれた傷から流れた、その血が。
「はいはい、逃げても無駄ですよ」
「な、なんでどこまでもっ」
「獣人は基本、人よりも身体能力に優れていますから」
廊下に駆け出そうとした文女の前に、ふわりと蒼真が着地する。たった今までは彼女のほうが入口から遠かったはずなのに、ひと飛びでその位置を逆転させたのだ。
「ご覧のとおり、ね」
「だ、黙れ黙れだまれええっ! ケダモノのメスの分際でっ!」
「あなたが何で、と尋ねるから」
「………………っ!!」
ヒステリックに叫びながら殴りかかってくる文女の腕を無造作につかみ、力を入れた。握力だけでぼき、と折れた骨に魔族の女が、声にすらならない悲鳴を上げる。
「それに、私がケダモノのメスならあなたは魔族のメスじゃないの」
「ひい、いだい、いだいっ……」
文女という魔族は、こと攻撃力に関しては普通の人以下であるらしい。色違いたちを周囲に侍らせていたのも、ひとつには自身を守るためという理由があったのかもしれない。
だが、そのような推測は今の蒼真には関係がなかった。少なくとも、彼女を生かしておく理由はない。
夫とともに街を一つまるごと私物化したのはともかく、それを利用して人身売買や色違いたちの拉致を行っていた彼女を。
「な、何を言っているか、分からないわよ! この、ケダモノめが!」
「なら、言っても無駄ね」
それにそもそも、彼女とは言葉が通じるのに意思の疎通ができていない。これはもう、対話や説得で解決できる問題ではないのだ。
だから蒼真は、腕と同じように文女の首を無造作に掴んだ。無表情のまま己を掴み取った黒髪の女に、文女は顔を引きつらせる。やっと口から出たのは、哀れな言葉だった。
「こ、ころひゃ、ないれっ」
「あら、何を言っているのか分からないわ」
ぼきり。
蒼真が力を入れると同時に鳴った音は、文女の生命の終わりを意味していた。
そうして息も鼓動も失われ、モノと化したそれを無造作に床に放り捨てて蒼真は、ボソリと呟く。
「だって私、ケダモノだから」
表情のないその顔には、鮮やかな返り血が飛び散っていた。
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