29. 今度は一緒に
領主邸の屋根を破壊するほどのサイズにまで膨れ上がった浅沙を、シェオルの先導で建物から脱出していた誠哉たちは一息ついたところでやっと見上げた。カルカレンを始めとした色違いたちは、未だにぐったりと意識のないままだ。
「あれ、何?」
「……魔族が、巨大化したっぽいなあ」
軽く目を見張りながらシェオルが呟いた言葉に、カルマが呆れ顔で答えてみせる。身長こそやたらと大きくなっているものの姿形はそれなりに人のものを残しており、故にその結論が出たのだろう。
ただ、そういった者を見るという経験が誠哉や疾風にはもちろん全くないわけで。
「できるんですか?」
「できんのかよ?」
「さあ」
よってその二人から出てきた当然の疑問だったのだが、カルマはさらっと首を振っただけにとどめた。こちらも無論、そんなものを見るのは初めてだったのである。
見るのは初めてでも、それまでの経験から推測はできる。だから祈祷師の青年は、それを言葉にした。
「けどまあ、魔獣みたいにやたらでかくなる獣もいるしな。魔族にも魔獣操ったりするやつもいるみたいだし、何かやりゃできんだろ」
「そんな無茶な」
「無茶かどうかは分からんぜ?」
誠哉の独り言じみた返答には苦笑を浮かべながら返し、そして何でもない事のように続ける。
「何しろ俺たちもお前さんも魔族じゃねえからな、何ができるか知らねえわけだし」
「……あ、ああ」
「うん。みんな魔族じゃないから、分からない」
は、と目を見開いた疾風にちらりと視線を向けて、シェオルがこくこくと頷く。彼女と、そしてカルマの視線が向かったのはぽかんとした顔の、銀髪の青年。
側で眠っている彼らも含めて、色違いたちは魔族ではないとカルマは言いたかったのだろう。その意を受け取ることができたのか、誠哉が僅かに微笑んだのを確認して彼はにいと歯をむき出して笑ってみせた。
「ま、片付いた後にでも隊長たちに聞いてみるか。多分そこら辺、あの二人なら知ってる」
「だなあ。ひとまず、この子たちを安全なところに移さないと」
疾風もその言葉に乗ることにして、それから軽く肩をすくめた。
うっかり目を覚ましてもこちらの指示に従ってくれるかどうか分からない以上、色違いたちはこのまま運んでいくしかない。ただ、その途中あの巨大化した魔族の攻撃がこちらに向かないとも限らないし、文女と蒼真の戦闘が外にまで漏れてくる可能性もある。
さてどうするか、と全員が考え込んだところで不意に、二人の兄に呼びかける妹の声が飛び込んできた。
「誠哉お兄ちゃん、疾風兄さん、いた!」
「弓姫!」
どうやら別行動していたらしい妹は、小型の弓を手にしたまま建物の影に身を隠しながらもするすると兄たちのもとにたどり着いた。そうしてカルマたちの顔を確認すると、落とした声で情報を渡す。
「外で待機してた部隊、今街の方抑えてる。一部は先に入ってきて、施設の女の人たち保護してるわ」
「了解」
「……ところで、あれ何?」
カルマが頷いたところで、さすがの弓姫も先ほどの誠哉たちと同じことを口にした。「多分、巨大化した魔族」とこれも同じように答えてからカルマは、少し考える表情になる。弓姫の登場で中断された、これからどうするかという思考の再開だ。
「オバサンの方は蒼真が相手してくれてるから、まあいいとして……」
「……となると、あとはアレと獣人の残りじゃね?」
言葉に出したところで、疾風が魔族を見上げながら呟いた。睡蓮家に仕えている獣人たちのうち今もまだ無事で、なおかつあくまでもこちらを敵とみなす連中はどうにかして排除せねばならないだろう。大概の獣人たちは建物を盾にして探る限り、巨大化魔族の出現にパニックを起こして逃げ惑っているようだが。
得られた答えを理解できているのかいないのか、それでも巨大魔族を伺っていた弓姫が「あ」と声を上げた。
「隊長とエンシュさんだ」
「お?」
全員一斉に、弓姫が指差す方向に視線を集中させた。
魔族の周囲をひらり、ひらりと舞う姿が二つ見える。ひとつは白、ひとつは黒の翼で。時折光を放っているから、魔術で魔族を攻撃しているらしいことが分かる。
「術で対抗できっか?」
「弾かれてるみたいです」
「マジか」
「威力で足止めしてるだけ」
顔をしかめながらその様子を探るカルマに、弓姫が答える。もともと遠距離用の武器である弓を愛用している彼女だから、遠くまで見えるのだろう。
同じように見えるらしいシェオルが補足したのに、誠哉はなるほどと頷いた。そうして、一歩踏み出す。
「……僕が行きます。多分、僕なら対抗できる」
「光の剣でか。了解、任せる」
カルマは即答した。セラスラウドやエンシュリーズの魔術が弾かれるほどの身体なり結界なりを相手にするには、強力な刃が一番だろう。今この中で、天祢誠哉が使える光の剣が恐らくそれに該当する。
ならば、彼をあの場に派遣するのがこの状況を打破する一番の対策だ。
だが、彼を一人で行かせるのを嫌がる者がいる。例えば、一緒に育った義理の妹。
「私も行く」
「弓姫?」
「お前はやめとけ」
ムスッとした顔で申し出た弓姫だったが、即座にカルマに却下される。無論、理由は分かってはいるのだが。
「隊長たちの術も通ってねえんだ、弓矢じゃ余計に通らねえ」
「だけど」
「私でも無理だし、弓姫が危なくなったら誠哉が困る」
思わず反論しかけた弓姫に、シェオルがぼそりと言葉を落とした。義兄が困る、と言われればさすがの彼女も、口をつぐむしかないようだ。
そうして、誠哉を一人で行かせたくないもう一人が名乗りを上げた。
「俺が一緒に行くよ、誠哉兄」
「兄さん?」
「疾風、いいのか?」
「力なら誠哉兄には負けねえから、もしかしたら力押しで通せるかもしれねえし」
腰に下げた剣を軽く揺すって、疾風が誠哉に答える。あくまでも可能性の問題ではあるが、少なくとも弓姫よりは攻撃を届けられる確率は高い。
「それに」と一瞬だけ義弟は視線を外し、そうしてきっと顔を上げた。
「今度は寝坊しない、って決めたんだよ」
十年前、別れ別れになった日。疾風は朝寝坊して、誠哉を見送ることができなかった。そのまま十年離れてしまっていたことが、今の疾風の何処かに残っているらしい。
だから、今度は寝坊しない。一緒に行けるくらいには、力があるから。
その思いを受け取ったように、誠哉は「分かったよ」と頷いた。困ったように笑うのは、多分この義兄の癖だろう。その顔のままで彼は、カルマたちの方に向き直った。
「カルマさん、シェオル、弓姫。この子たちを頼むね」
「わっかりましたよう」
「任せとけ。可愛い妹も守ってみせますって」
「頑張って」
仕方がない、といった表情で弓姫は肩をすくめる。カルマはにんまりと、どこか満足げな笑みを浮かべる。そうしてあまり感情の浮かばない顔で、それでもしっかりとシェオルは首を縦に振った。ぱたん、と尻尾を振る音も付けて。
「うん。じゃあ、行ってきます」
「行ってくるぜ」
仲間たちに見送られて、二人の剣士は地面を蹴った。慌てて逃げ出す獣人たちの間をすり抜け、あっという間に入り組んだ建物の影に隠れるようにして見えなくなる。もっとも、そのうちまた見えるようになるだろうが。
「散開、集中射撃!」
エンシュリーズの詠唱とともに、掲げられた両手のひらから火の玉が続け様に放たれた。まっすぐに一か所を狙っているのだが、それらは浅沙の身体に触れる直前でばしばしと弾かれていく。
「散開、大地崩壊!」
セラスラウドの詠唱は、直接の攻撃ではなく浅沙の足元の地面を崩すものだった。がくん、と建物の一階分くらいも削れた地面に一瞬だけ足を取られた浅沙だったが、すぐにこちらを向いてにい、と楽しそうに笑う。
「これでえ、止められると、思うなあ!」
「うわっと」
ぐんと伸ばされた腕、鋭く尖った爪をかわしてセラスラウドは空中に距離を取る。同じようにふわりとやってきたエンシュリーズが、ちっと舌を打った。
「ちい、ほとんど通らん」
「また固くなったねえ……関節も無理っぽい?」
「口にでもぶち込めば行けるかも知れんが、それは向こうも分かっているだろうな」
「だよねえ」
「何をぼそぼそ、言っておる!」
翼人たちが交わす会話を聞き取れていないのかどうか、浅沙が腕を振るった。それだけで衝撃波が発生し、空を飛ぶ二人を狙う。
「散開、防御!」
「からの回避っ!」
とっさにエンシュが展開した防御魔術で衝撃波を弱め、その隙に2人は空を移動して逃れる。だが浅沙は、詠唱すら使用することなく次々と衝撃波を放ってきた。
「ああもう、魔族のクソッタレがあ!」
「言ってる暇あったら、対応策考える!」
「分かっておるわっ!」
どうにか直撃を免れつつ、叫んでの会話が続く。とは言えこちらは魔術の展開にはどうしても詠唱が必要で、それだけ不利な状況である。
そんな中、セラスラウドが妙な台詞を吐き出した。
「エンシュ、対応策が向こうから来てくれた!」
「は?」
一瞬だけ目を丸くしたエンシュの下方、地面近くから光の刃が浅沙目掛けて放たれた。どぶり、と音がして浅沙の足首、開けられた穴から出てこようと踏み出したそこに食い込む。
「遅くなりました!」
「待たせた!」
聞こえた声にセラスラウド、そしてエンシュリーズの顔がほころぶ。確かにこれは、セラスラウドの言うとおり向こうから来てくれた対応策だ。
浅沙の衝撃波と同じように、詠唱など必要ない天祢誠哉の、光の刃。
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