27. 考えは交わらない

「スイレン領主、睡蓮浅沙。貴様、旅人のうち西方人や東方人の女性を選んでは拉致し、屋敷裏の建物で何をしていた?」

「それとは別に、色違いの人たちもさらっているよね。それについても聞こうか」


 すっかり素に戻り、腕組みをしながらゆっくり歩み寄るエンシュリーズ。その横に付き添い、白い翼を僅かにはためかせながら目の笑っていない笑顔で言葉を紡ぐセラスラウド。

 二人の翼人にそう問われ、浅沙はあくまでも平然を装いながら答えを口にした。配下が慌てて部屋を出ようとしたところで、エンシュが睨みつけて動きを止める。


「そちらは知りませんな。色違いのコレクションは、文女の趣味です故」

「ふむ。ではあちらで、部下が暴れているのはそれか」

「え?」


 自分が手がけているわけではない、色違いたちの収集。そこまで責任を取らされては敵わない、とでも浅沙は思ったのだろうが、エンシュリーズの視線が壁の向こうに飛ばされたのに気づいて顔をしかめた。

 言われてみれば、微かにがたごとと何やら騒がしいような気がする。だが、妻が色違いたちを弄ぶ声や音をあまり耳にするつもりはないのと、そしてかき集めてきた小娘たちでこちらが遊ぶのを外に漏らしたくはないから屋敷の防音はかなりしっかりしているし、距離も離してある。

 そのせいで、文女の領域で何やらごたごたが起きていても浅沙には届いていなかった、らしい。今頃は文女の配下が慌てて、こちらに向かっている頃だろうか。


「まあどうせ、お互いの趣味やら何やらに干渉しないために私室を離して作ってたんだろうけど。それが悪かったね」

「ああ、通路には適当に岩の壁を作っておいたからな。使用人がやってくるなら、外から回ってこなければ無理だろう」


 その浅沙の考えを見透かしたかのようにセラスラウドが、そしてエンシュリーズが何やら楽しそうに言葉をぶつけてくる。つまり、自分と妻は分断されている状態だということだ。


「なかなか力の強い部下がいてね。色違いの子も部下にいるんだけど、その子を助けるために今頃奥方のお部屋はすごいことになってるだろうねえ。ベッドの天蓋が落っこちてたり、壁に穴開いてたりとかね」


 まるで今の文女の部屋を見てきたとでも言うように、セラスラウドはその様子を言い当ててみせる。ただ、それが正解だということは今の彼らには分からない。


「で、女の子たちは何に使ったのかな?」

「オンナノコ、などと可愛らしい言い方はわしはしませんなあ。あれは人のメス、獣人の子を産ませることもあれば村人の繁殖に使うこともございます」


 しかし、開き直ったように己の罪業を紡ぎあげた浅沙は、それが過ちであったことにすぐ気づく。たとえそれが自らの力を過信していたからにしろ、愚かな魔族は詠唱に繋ぎ止められてしまったからだ。


「魔に与し者たちを、留める心の壁よ。その力を以って、汝らが敵を逃すことなかれ」

「なっ」


 かつて、ヤマノ村でニックを閉じ込めた結界。それと同じものをセラスラウドは、この室内を効果範囲として生み出した。つまり、浅沙はこの部屋から出られないということになる。

 そうして彼は、更にその上に別の詠唱を重ねた。


「更にその力を以って、汝らが敵の力を奪え。滅ぼすために」

「ぐっ!?」


 瞬間、浅沙の身体にずんと圧力がかかる。がくりと膝をついた魔族の前に、色の違う翼人が二人ゆっくりと歩み寄った。

 いつの間にか配下たちは叩き潰されて床の上に伸びており、エンシュリーズが満足したように手のひらをはたいている。


「ば、かな……」

「エンシュは知ってるけど……僕は、こういう輩は大嫌いだからね。殺してしまってもかまわない、って許しは得ているんだよ。あきらめてくれないかな、魔族」

「そういうことだ。残念だったな、クソ領主」


 相変わらずの笑顔だが、やはりセラスラウドの涼やかな瞳は笑ってはいない。その端正な顔で浅沙を見下ろしながら、冷たい声で吐き捨てるように告げる。

 同じように少々行儀の悪い言葉を吐きながら、ほんの僅かにセラスラウドを伺うエンシュの視線に気づいて浅沙は、圧で歪む顔にいやらしい笑みを浮かべた。


「……そうか。貴様、元お小姓か」

「その呼ばれ方、僕は大嫌いでね」


 妻である文女が、誠哉に対して使った言葉。それと同じものを浅沙は、目の前にいる白い翼人の青年に対して使用した。もちろん、その言葉が彼を怒らせるであろうことは恐らく、承知の上でだろう。




 同じ頃、同じ言葉を使われたもう一人はその部屋から少し離れた文女の私室にとどまっていた。その手には短いながら、光の剣が形作られている。

 戦闘態勢は整っているのだが、彼が今その剣を振り上げることはない。何しろ、この部屋の主に即席の武器である柱を、蒼真が突きつけているからだ。そうして彼女は、誠哉に柔らかい言葉での指示を出した。


「誠哉さんは、色違いたちを何とか拘束してください。この女とは、私が戦います」

「でも、蒼真」

「誠哉さん、女相手はきっと戦いにくそうだと思いまして。違います?」

「……」


 思わず誠哉が口ごもったのは、それが間違っていないからだ。ニックに対して遠慮がなかったのは相手が少年の姿をしているとはいえ男だった、というのもある。無論、自身の時を止めていた敵だったから、という理由もあったけれど。

 それでも、更科を人質に取られる形になって抵抗できなかったこともあるし、だから蒼真はそう言ってくれたのだろう。


「ですから、お任せくださいな」

「……うん、ありがとう」


 誠哉は素直に、彼女の指示を受けることにした。他の色違いたちがのろのろと動き始めているから、蒼真と文女の戦いの巻き添えを食っても困るだろうし。


「は、混血の奴隷の分際でえらそうに。私の玩具に手を出さないでくださる?」

「私は違いますよ。うちの隊長、あなたがたのような腹黒ではないし、誠哉さんはあなたの玩具じゃないですから!」


 ら、の音に合わせて蒼真が柱を突き出す。文女は少しだけ身体をずらしたが、服の脇腹の部分を僅かに引きちぎられた。


「ええい、力馬鹿の混血がぁ!」

「色ボケコレクターに言われる筋合いはありません!」


 顔をしかめながらも文女がぶんと振り回した腕、その爪が柱の一部を切り裂く。金属化はしていないが、獣人の戦闘モードよりも長く鋭く伸びた爪はマニキュアでこーてぃんぐされているようで、かなり強靭なようだ。

 その間に誠哉は二人から離れ、カルカレン以外の色違いたちに駆け寄っていった。手から光の剣を消しつつ幼子の腹に軽い一撃を入れ、向かってきた翼人の首筋にももう一撃。


「うっ」

「がっ」

「ごめん。手加減はできてたと思うけど」


 倒れる二人を器用に両腕で受け止めて、誠哉はそのまま壊れたベッドを盾にするように入り込んだ。とりあえず腕の中の二人をそこに置き、タイミングを見計らって立ち上がるとその勢いのままに掌底を突き上げた。


「おぐっ!」

「はい、もう一人」


 ちょうどベッドを飛び越えてきた少女の顎に、見事に掌底はヒットする。そのままぐらりと倒れてきたのを受け止めて、先ほどの二人の横に並べた。ひとまずはこれで、あとは別室にいたりしたら見つけ次第気絶させていけばいいだろう。

 翼人の腕を戒めながら、女の戦いの方を伺ってみる。蒼真が振るっている柱の表面が先ほどよりもがさがさに切り裂かれていて、文女が漆黒の両眼を見開きながらなおも爪を振るっていた。


「全く、面倒ですわね。色違いではありませんけれど、飼い慣らして使用人用のメス穴にして差し上げますわ!」

「悪趣味!」


 文女の言葉に蒼真も、そして誠哉も顔をしかめる。聞いていて、気持ちのいい言葉ではないからだ。そうしてそれを、文女は至極当たり前のように吐き捨てながらなおも、爪を振るう。


「ほうらほら! どうせ大きくないんでしょう、男どもに揉みしだかれて大きくさせてあげるわあ!」

「そういうことしか言えないんですか、この色ボケババア!」

「ババアとは何よ、小娘え!」


 ばきり、とひときわ大きな音がして、蒼真の持っている柱の長さが半分近くになった。短い方は弾かれるように飛んで、壁際のタンスを見事に破壊する。


「ああっ! あのタンスと中の服、高かったのよおお!」

「知りません!」


 短くなった柱を、蒼真は片手に持ち替えた。空いたもう片手の指先、爪がラフェリナやシェオルのように伸びているのが誠哉からでも分かる。


「……これじゃ、逃げ出すのは無理かなあ……」


 眠らせている三名の拘束を終えて、誠哉は小さくため息をついた。せめて小さな女の子だけでも、安全なところに移してやりたいものだけれど。

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