18. 事の次第は

 そもそも。

 セラスラウドを隊長とする辺境守備隊、改めセフィル隊がスイレンの街に入ったのは、上からの命令が届いたためである。

 上総兄妹が生まれ、誠哉が育ったヤマノ村を離れるきっかけとなるその任務について副隊長であるエンシュリーズは隊員たちを集め、説明をすることになった。彼らがスイレンの街に入る、十日ほど前のことになる。


「街まるごと領主のお屋敷な、あの街ですよね?」

「うわ、マジですか……」


 エンシュが目的地となる街の概要を告げた時、驚いて声を上げたのは上総の妹と兄の2人だった。

 二人の義兄である誠哉はぽかんと目を見開いているだけで、その他の仲間たちは既に知っている話だったのか疾風と弓姫の反応を面白がっているようだ。生まれた村からほとんど出たことのない兄妹だからこその反応、なのかもしれない。


「正確にいえば、領主の一族が作った街でな。ここからだと馬車を使って……そうだな、北に五、六日ほどか。噂くらいは聞いたこともあるだろうな、お前たちも」


 そんな中、エンシュリーズはとつとつと話を続ける。十年居着いた村を離れる理由である新しい任務について、会議室を兼ねた食堂に揃った守備隊の隊員たちに話さなければならないからだ。


「街の名前からして領主の睡蓮家から取っているし、今でも街全体が領主の土地……というか、領主家の外庭や使用人の住居という形になっている。知らなければ、普通の街にしか見えんがな」

「はー……遠くの話だと思ってましたけど、何かすごいですね」

「だなあ。なあ、誠哉兄」

「……そうだね」


 すぐ隣りにいる義弟に同意を求められて、少し困ったように誠哉が頷く。それからエンシュに視線を向けたのは、話を先に進めてほしいという要望だろうか。


「我々の次の任務は、そのスイレンで起きている行方不明事件の解決だ」

「行方不明って……誠哉お兄ちゃんみたいな、ですか」

「まあ、そうなるか」


 今度は義妹が、銀髪の義兄の腕にしがみつく。その顔に嫌悪の感情が浮かび上がっているのは、魔族のせいで十年もの間引き離されていたことを思い出したからだろう。


「スイレン周辺で消えているのはほとんどが女ばかり、だそうだが」

「てことは、誠哉くんの場合とは方向性が違いますわね」


 命令書と同時に送られてきた資料に目を走らせるエンシュリーズの言葉に、アテルナルが顎に手を当てて考える顔になった。彼女もセフィル隊付きの医師であるため、彼らに同行することになる。


「いや、そうでもないんだが……ともかく、女がぞろぞろ行方不明になるというのは正直珍しくも何ともない。最近は数も減ってきたが、それでも辺境ではそこかしこで起こっている話だ」

「そしてたいてい、その被害者には共通点があるんだよね。種族であるとか、年齢層とか」


 アテルの視線も話を進めろと言うもののようで、だからエンシュはその通りにする。隊員たちを集める前に彼女とともに資料に目を通した隊長セラスラウドが、小さくため息をつきながら言葉を添えた。


「ある種族だけを集めて売り飛ばそうとした人買い、なんてのは可愛い方だったよねえ。小さい子にしか性欲を感じないド変態が黒幕だったこともあって、あん時は僕とエンシュが全力でぶっ飛ばした記憶が」

「うわあ」

「当然だ。あの下衆め」


 うわあ、と顔をしかめるカルマリオにちらりとだけ視線を向けて、エンシュリーズは小さく吐き捨てた後「で、今回の共通点だ」と話題を戻した。


「種族は東方人、及び西方人。街の住人よりは、通りかかった旅行者の方が多数を占める。そして年齢層は十代半ばから二十代前半……まあ大体、繁殖にふさわしい若い女ばかりだということだ」

「繁殖って」

「発情期?」

「いや、そういうことじゃなくて。要は、獣人でも翼人でもない若い女の子ばっか消えてるわけですね」


 エンシュの言い方に顔をしかめたシェオルが、ラフェリナと顔を見合わせる。その二人の頭を軽く叩いてカルマが、その説明をマイルドな言葉に言い直した。


「そういうことだ。一部に例外はあるが、その例外が……」

「例外ですか」


 言葉を続けかけたエンシュが、ふと誠哉に視線を向けて一瞬口ごもった。ん、と不思議そうに首を傾げた青年とその腕にくっついたままの弓姫に少しだけバツの悪そうな顔をした後で、彼女は言葉を続けた。ここで切っていい話ではない。


「いわゆる異色だ。これに関しては、性別も年齢もついでに種族も関係ないらしい。つまり、私と誠哉も対象となり得る」

「うわ」

「えー」

「……あのね、疾風、弓姫」


 誠哉の名前がエンシュの口から出た瞬間、上総兄妹が敏感に反応した。疾風が義兄の首元を抱え込み、弓姫は義兄の腕に更に強くしがみついたのである。

 ただでさえ行方不明事件、ということで弓姫が誠哉を気にかけていた上に、その誠哉がターゲット足り得るのであれば、まあ仕方のないことであろうか。

 義理の弟と妹にくっつかれて本気で困り顔をする誠哉を苦笑しながら一瞥して、カルマリオは納得したように頷いた。


「うちが調査に引っ張り出された理由は、要するにそこですか」

「そういうことだ。ターゲット該当者がかなり多いからな」

「色違いなのが誠哉と副隊長、若い女の子が弓姫と蒼真ってとこですね」

「そうですわね。私は……ちょっと無理かしら」


 カルマの指名から逃れていたアテルが、ほほほ、とから笑いをしながら顔を引きつらせる。さすがに若い、とは言い切れない年齢に差し掛かっている自覚はあるようだ。

 そんな彼らを半ば呆れ顔で見比べてから、エンシュリーズが更に言葉をつなぐ。出立前に、できるだけの情報は伝えておかなくてはならない。


「年齢はそうそう変えられるものではないから置いておくが、もうひとつ。この任務はできるだけ早急に、かつ内密に行えとのことだ」

「内緒で?」

「急ぎのお仕事……内緒って、誰に?」

「睡蓮家とスイレンの住民たちに対して、だね」


 言葉の意味はラフェリナもシェオルも理解できているが、その理由が分からない。それを教えてくれたのは隊長たるセラスラウド、その人だった。


「そもそも睡蓮家っていうのはね、政府や軍の上部と繋がってる家なんだ。街一つまるごと自分とこの屋敷、なんてのがまかり通る理由もそこ。普通は駐留部隊とか、お役所が口を挟んでくるはずだからね」

「そこら辺で旅の女や異色が消えても、今まではうまくもみ消してきたようだ。中には、消えた人間の同行者が行方不明になった事例もあるとかでな」


 セラスラウドとエンシュリーズ、二人の説明をおとなしく聞いていた隊員たちだったが、しばらく考えごとをしていたらしいカルマが不意に「あ」と声を上げた。


「急ぎでこっそり、ということは消えた人の中にやばい人がいたんですね。貴族の娘さんとか」

「まさにそれだ。ラズフェール家の末娘が巻き込まれた」

「ラズフェール……」


 視線が集まるその中央でカルマリオが指摘した事柄を、エンシュが深く頷いて肯定する。答えの中に出てきた家の名に蒼真が反応したが、セラスラウドは「ま、それはともかくとして」と肩をすくめるだけにとどめた。




「軍人一族の末娘さん、自分から危険に飛び込んでいくことなんてなかったのにねえ」


 スイレンの街には、いくつか宿がある。その一つ、さほど高くはない宿の一室でアテルナルは、小さくため息をついた。四人部屋には少し狭く、二つある二段ベッドの他には小さな机と椅子がある程度の部屋だ。


「無駄に正義感を振り回す性分、ってあいつが言ってた」

「それで、噂を聞いて身分を偽って調査に入り込んだ……ということですわね」

「一人で?」

「そんなわけ、ないと思う」


 ベッドの端でおとなしく座っているシェオルの髪を梳いてやりながら、アテルはもう一度息をつく。同じベッドの上段でごろんと寝転がっていたラフェリナの素朴な疑問に軽く答えてから、シェオルはちらりと女医に視線を向けた。


「お供くらい、連れて行くよね」

「そうね。姉妹と称して配下の女性を、さらに護衛として色違いの男性を連れていったそうよ」

「それで、全部消えたノ?」

「ええ」


 ぱたん、と振られた尻尾は二本。ふわふわしたラフェリナのものと、長く伸びたシェオルのもの。それらは形は違えども、同じ感情を示していた。なんてことだろう、と。


「もちろん、消えただけじゃ情報は入ってこないわ。街の外に別の配下を伏せていて、ある程度の日数が経っても自分が出てこないなら実家に情報を持って帰れ、と命じていたそうよ」

「出てこないなら、って予感あったノ? その人」

「そうでしょうね」


 ベッドの端からひょっこりと顔を出したラフェリナは、ちゃんと話を聞いていたようだ。自分を覗き込むようにして尋ねてくる彼女に、アテルは頷いてみせる。


「街の内外で人が消えて、街の外には怪しい者は見当たらない。つまり、一番疑わしいのはその街の偉い人だわ。やんちゃなお嬢さんは我が身をもって、その疑惑を固めたわけ」

「街の住民は、よってたかって偉い人の使用人。だから、まともに調べようとしてもまず無理」

「それで内緒ないしょ、なのカ」


 アテルナル、そしてシェオルの言葉にラフェリナもうんうんと頷く。いわば彼女たちは暫定的にだが、敵陣の真っ只中に潜り込んでいるわけだ。それ故の、固有名詞のない会話なのだが。

 不意に、入口の扉がここんこん、と妙なリズムで叩かれた。途端、シェオルがベッドから跳ねるように立ち上がってそちらに駆け寄っていく。長い尻尾がふわん、ふわんと上機嫌に振られているのが、ある意味彼女らしくはない。


「お帰り、カルマ」

「ただいまー。さすが、勘良いね」


 がちゃがちゃと解錠音の後に開かれた扉の向こうにいたのは、片手に果物や飲み物などが入った袋を抱えたカルマリオだった。シェオルに招き入れられるように中に入ると、即座に猫娘が扉を閉めて鍵をかける。


「おかえりなさい、カルマさん」

「お帰りなのダ」

「ただいまー。リリンセスカヤのお嬢様がやってきたって、お外賑やかだよ」


 挨拶を交わしながら袋の中から果実をひとつ取り出して、ぽんとラフェリナに投げる。同じ実をシェオルに手渡しながらカルマは、笑ってそんなことを言ってきた。


「あら、到着なさったようですね」

「明日には領主様にご挨拶、だとさ」


 中身がほんの少しだけ減った袋は、壁際の机の上にどんと置かれた。自分の分の実ともうひとつ取り出して、空いているベッドに腰を下ろしたカルマの足元にシェオルがちょこんと座り込む。そうして、先ほどもらった赤い実にかじりついた。


「それと、二人の方も確認。昼過ぎに入ったんだろうね、三つ隣の部屋に目印かかってる」

「同じお宿ですの?」

「そりゃ、懐具合はあっちもこっちも似たようなもんでしょ」


 手のひらほどの、赤い果実。歩み寄ってきたアテルナルにも渡し、カルマは肩をすくめながら赤い皮にがりっとかじった。皮は赤いけれど内側はほんのりピンク色で、酸味の混じった甘みが口の中に広がる。


「お宿、一緒なのカ。なら、ちょっと安心」

「でも、用心するに越したことはない」

「そうね……あなたたち、気をつけてね」

「わうん」

「任せて」


 楽天的なラフェリナと、少々悲観的にも思えるシェオル。その二人の言い分に小さく頷いてから、アテルが低い声でしっかりと言い聞かせた。

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