14. 静かな怒りとその力

「魔に与し者たちを、留める心の壁よ。今一度その力を以って、汝らが敵を逃すことなかれ」


 愛用の机に手をつき、目を閉じて何かに祈るようにセラスラウドは言葉を紡いだ。ばさ、とほんの僅か背の白い翼が羽ばたくと、そこからきらきらと魔力の光が粒となって室内に、更には壁を通り抜けて森の中へと広がっていく。

 普段は穏やかに微笑んでいることの多い彼だが、今はその端正な顔に怒りの表情が浮かんでいる。形の良い眉がつり上がり、きりと歯を噛みしめる音が聞こえるようだ。


「僕にできるのはこのくらいだけど、来たからには帰さないよ。お前は、そこで滅びていけ」


 詠唱の間に呟かれた言葉にもまた、底知れない怒りがこもっていた。その翼から、また魔力の粒がこぼれて広がっていく。今、森の中で彼の部下と対峙している魔族の少年を逃さないための、結界の糧として。




 びり、びりと村を囲む結界が震える。すっかり人の気配がなくなった村の中心にいるカルマは、空気を伝わって届いたその震えを感じ、ちっと舌を打って閉じていた目を開いた。


「ったくー。蒼真はいいけどラフェリナ、人の結界で無茶しやがんなあ」


 軽く頭を振って今一度目を閉じたカルマの足元を取り囲むように、ふわりと光の円が現れた。そのまま、先ほど村を覆った光に加わるように外へと広がっていく。何度も何度も、出現した光が広がり続ける。

 それが十回に及んだところで、再びカルマはまぶたを開いた。先ほど名を呼んだ少女がいる、と思われる方角に視線を投げて、どっと疲れの溜まった顔に苦笑を浮かべる。


「十枚重ねたし、これでちっとはマシだろ。後で説教だ、あの犬娘」


 がりがりと髪を掻き回してから、カルマは自分のロッドでこんと自身の額をこづいた。結界を維持するための、気合入れらしい。

 それからほんの少しだけ、あらぬ方向に顔を向けた。具体的には、空を見上げたのである。自分以外にも、同じような事をしている存在には当然のように気づいている。


「たーいちょ、あんま無理せんでくださいよ? 俺はいいんですけど」


 人のいない村の真ん中で、空に向けて吐き出されたその言葉を聞くものは、当然誰もいなかった。もちろん、声をかけたい相手であるセラスラウド当人に届くわけもないのだが。




 さて、カルマが愚痴を吐いた理由。つまり『人の結界で無茶をする』犬娘の方はというと、祈祷師の気持ちにはまるでお構いなしであった。


「だーかーらあ! お前ら、マズイって言ってんノっ!」


 のそのそと向かってくるアンデッドを、爪で叩き切る。噛み付いて首を折る。それでも間に合わないと見るや、蹴り飛ばして結界にぶつけて消し去る。

 強固な結界ではあるはずだが、意図的にアンデッドを叩きつけられていてはそうそう保つものでもない。彼女の背後、村の中心でカルマがぶつくさ愚痴を吐いているのも分かるのだが、あいにくラフェリナにはそこまで考える頭はなかった。


「カルマが結界強くしてくれたシ! お前ら、ぜーんぶぶつけて消しちゃうもんネっ!」


 あくまでも自分にとって良い方向にしか考えない犬娘は、それでも結界だけに頼る気はないらしく続けざまに二体の首を、自らの爪で跳ね飛ばした。そのままふわり、と着地して身構える。かなり数も減ってきたアンデッドたちは、それでものろのろとラフェリナの方に向き直った。


「反対側に回っても、無駄だよ? あっちには、蒼真がいるからネ」


 地面に手をついてにい、と牙を剥きながら笑うラフェリナ。血まみれのその姿は、確かに肉食獣のものであった。




 一方。

 犬娘が名を出した黒の彼女もまた、結界の強化は感じ取っていた。ただしこちらは故意にぶつけるようなことはせず、振り回すモールで順当にアンデッドを倒していく。

 ただ、多くのアンデッドを砕いていたせいか、あちこちにその体液が跳ね飛んでいる。彼女の手にもへばりついていたそれが、モールを振るった一瞬その手から武器を滑らせた。


「あ」


 一瞬だけ、空になった自分の手のひらとその向こうに飛んで行く、そのついでに数体をなぎ倒したモールを見つめる蒼真。

 だがその隙は本当に一瞬だけで、次の瞬間彼女は目の前にぬっと現れたアンデッドの頭を、素手で真横に薙ぎ払った。あっさりともげた屍の頭が、どさりと音を立てて地面に転がる。

 軽く振るった手の先に、鋭く伸びた爪が光る。にいと引かれた唇の端から、僅かに尖った牙が覗いた。黒い髪の中にちらちらと見える耳の上端が尖っていて、まるで獣の耳のようだ。


「ま、いいか。数減ってきたし、この状況なら誰かに見られるわけでもなし」


 眉間にしわを寄せながら蒼真は、無造作に手を伸ばす。そこにいた1体の顔を鷲掴みにして、その手をぐっと握りしめた。ぐしゃ、と顔面をむしり取られたアンデッドをそのまま突き飛ばし、蒼真は大地に手をつく。


「見られたらまあ、その時はその時ということで。それより早く、誠哉さんたちのところに行きたいし」


 そう呟きながら彼女が取った構え方は、シェオルやラフェリナが取るものと同じ態勢だった。即ち、獣が敵や獲物を狙う姿勢である。




 そうして、蒼真が早くそばに行きたいと願った青年は今、森の中で魔族の少年と対峙していた。周囲をのそのそと歩き回るアンデッドたちを、仲間に任せて。


「はああっ!」


 全力で剣を振り下ろした誠哉に対し、ニックは平然と笑みを浮かべてみせた。そして、無造作に左の腕で顔をかばう。


「おっと」

「くっ」


 ぎん、と金属同士がぶつかるような音がして、誠哉の剣は受け止められた。ニックの左腕は、色も光沢も誠哉の剣と同じように、つまり金属化している。

 そのままの勢いで足が地面についた瞬間、誠哉は大地を素早く蹴って少年から距離を取る。故に、ぶんと振るわれた彼の左腕の直撃は避けられた。

 だが、攻撃を避けられたとはいえニックの顔には、無邪気な笑みしか浮かんでいない。まるで、あくまでも自分が有利であるかのように。


「いくら武器持ってるったって、こんなことできちゃう僕に敵うと思ってんの?」

「やってみなきゃ分からないだろ」

「その前に、お兄さんが魔族になっちゃったりしてね!」

「させっか!」


 金属のままの手指を平然と動かしながら、ニックは誠哉をあざ笑う。そして、一瞬だけつまらなそうな顔になった。

 その少年めがけて、近場のアンデッドを片付けた疾風が剣を突き出した。だがその切っ先を、ニックは同じように金属化した右の手でむんずと掴む。片手で掴んだだけなのに、両手で剣を構える疾風と力は互角らしい。


「割り込んでくるの? そりゃ、君には大事なお兄さんだもんねえ。でも、僕には敵わないよね、君はっ!」

「がっ!」


 ニックはそのまま、疾風の剣を押し戻す。勢い良く戻された剣の柄で腹を打たれ、疾風はその場にしゃがみ込んだ。


「疾風!」


 義弟の前にかばうように滑り込んだ誠哉の剣と、ニックの腕が再びぶつかる。ぎんという耳障りな音の後、誠哉が繰り出した回し蹴りを避けるためにニックは、バックステップで距離を取った。

 そうして再び、少年は薄い笑みを浮かべた。今度は、遠くからちらりと見ただけでも分かるような邪悪な笑みだ。


「さすがに早いねえ、誠哉お兄さん。やっぱり、あの時みたいに不意打ちすべきだったかな」

「あの時?」


 ニックの言葉に、疾風は一瞬動きを止める。それに対し、誠哉ははっと目を見開いた。彼にとってはたった数日前、けれどその他の者にとっては10年前の、夢で見た光景を思い出したのだ。

 身動きの取れない自分を見下ろす、死んだ仲間たち。その彼らを殺したのは……今すぐそこで笑っている、魔族の少年だ。


「黙れっ!」

「いいよー」


 かっとなって再び斬りかかった誠哉の剣を腕で受け止め、ニックはちらりと疾風に視線を向けた。相変わらずの笑顔には、さすがの疾風も声を出すより先に大地を蹴る。理由は分からなくとも、目の前にいる魔族が敵であることに変わりはないのだから。


「誠哉兄、マジ手伝う!」

「助かる!」


 誠哉は右利き、疾風は左利き。故に、互いの利き手にぶつからぬよう場所を取り、二人はニックに斬りかかる。その刃を両腕で受け止めながら、魔族の少年は軽く顔をしかめた。


「めんどくさ。もうちょっと、アンデッド作っとけばよかったかな、大きいのとか」


 剣士を二人相手にしても力負けはしないようだが、面倒であることには違いないだろう。誠哉を跳ね飛ばしても力で勝る疾風を外すことができず、ニックはちっと舌を打つ。その視界の端で、アンデッドが頭をはねられた。


「……全く。アンデッドなんてくさいし、面倒」


 死者の頭を爪の一閃で落とした後、シェオルがぼそりと呟いた。

 アンデッドたちは、ゆっくりとではあるがその数を減らしていっている。森の中ということで、身軽なシェオルが主にその首をはねる数が多いようだ。

 弓姫は得意な武器自体がアンデッドとは相性が悪く、エンシュリーズは炎の魔術を主として使うために場所が悪い。誠哉と疾風は基本的にニックにかかりきりになっているため、猫娘がメインで戦うことになるのはしかたのないことだろう。


「ごめん、シェオル。しばらく耐えて」

「分かってる。弓姫はそれ、何とかして」

「うん」


 自分の背後で楮、そして気絶したままの更科を守っている弓姫にそれだけを伝え、シェオルは再び爪を閃かせる。弓姫が楮に話しかけたのを視界の端で確認しながら、アンデッドの首を噛み折った。


「ぺっ、ほんとまずい」

「食うな、とはさすがに言えんからな。集中、連続発火」


 口の中のモノを吐きながら文句をつけたシェオルに、エンシュが軽く肩をすくめる。直後、低く唱えた声と同時に、数体のアンデッドの頭部が次々に爆発した。


「ふん。この手は制御が面倒だ」

「器用にやってる」

「そうしなければ、引火するだろうが」


 二体の頭部を跳ね飛ばし、シェオルはエンシュリーズの愚痴に答える。それに対して翼人の少女は、ぐっと拳を握りしめた。何となく、怒りを抑えているらしいことが言葉の調子で分かる。

 アンデッドの頭部の内側に火種を潜り込ませ、爆発させる魔術。エンシュの得意な炎の魔術の中では周囲への延焼を防ぐ意味でもこの状況には最適なのだが、いかんせん最初の『火種を潜り込ませる』のが面倒らしい。


「ここが森の中でなければ、まとめて焼き払えたのだが」


 外見上可憐な少女であるエンシュリーズは、豪快に炎を撒き散らす戦い方がお好きなようだ。状況によって使い分ける程度の理性は、あるようだけれど。




 一方魔族の少年は、剣士二人の激しい剣撃を相手にしてもまだ余裕のある表情を保っている。ただ、その背中が見えない壁に触れたところで小さくため息をついた。軽く頭を振り、ぼそりと言葉を落とす。


「やれやれ。たかだか人間のくせに、強い結界張れるんだねえ」

「結界を張ったのが人間だけだと、誰が言ったよ」


 ニックの感心したような言葉に、疾風がふんと鼻を鳴らした。え、と声を上げたのは誠哉だったが、ニックも同じような表情を顔に浮かべる。つまりは、疑問。


「何を……」

「何だ、気づいてたんじゃねーの? カルマのおっさんが村に展開しているのは、『アンデッドを拒否する』結界だよ。てめえが余計なことしやがったからな」


 訝しげに顔を歪めたニックに対し、疾風の方が一瞬不思議そうに首を傾げる。だがすぐに気を取り直し、気づいていない魔族とそして義兄に説明をするために、言葉を続けた


「けどな、この場に張られている結界は違うんだよなあ」

「何?」

「てめえにゃ破れない、つーか逃がさない、『魔族を外に出さない』結界っつーやつ。祈祷師のおっさんが、使えるもんじゃねえよ?」


 それは、守備隊の中では常識とも言える知識だった。誠哉は知らなかったが、それは育った村がその知識とは縁遠いところだったからだ。

 この世界では一般的な知識だが、祈祷師はそもそもアンデッド対策の専門家だ。魔族相手の対策には長けておらず、そちらの専門家といえば……人間ではない。背中に翼を備えた翼人、と呼ばれる彼らがそうだ。

 十年前、この村で起きた事件の調査にやってきた部隊に翼人が二人いるのは、魔族が絡む事件らしいというところからだ。ならば当然、翼人の中でも魔族への対策に長じた者が派遣されているのは、何もおかしくない。


「……まさか」


 無論、ニックたち魔族もそのことは熟知している。だが彼は自分の力を少々ばかり過信していたのか、この辺境の地に派遣された程度の翼人が造るような結界など物の数ではない、とでも思っていたようだ。

 疾風と、彼のそばにいる誠哉の背後、森の木々の間に僅かに見える守備隊の宿舎。その壁の向こうから、見えないはずのこちらをまっすぐに見つめている姿が、魔族の脳裏にはっきりと浮かび上がる。

 金の髪と白い翼を持った、端正な顔に穏やかな怒りをみなぎらせている青年の姿が。


「こんなど田舎に放逐された癖に、そんな力があるってのかよ!」

「力があるから、てめえらだけでど田舎の面倒解決してこいって言われたんだってよ!」


 叫ぶニックに、疾風が大振りに斬りかかる。刃だけは受け止めたものの勢いを殺すことができず、無様にも少年は地面に顔面を叩きつけられた。次の瞬間必死に横に転がったせいで、疾風の続けざまの斬り下ろしを避けることはできたのだが。が、すぐにその顔が引きつる。

 疾風が動いたことで意識を現実に引き戻した誠哉が、義弟に少し遅れて動いたのだ。そうして、疾風の剣を避けたニックの腹に、刃を突き立てていた。

 正確には、ぎりぎりのところで金属化した魔族の腕が切っ先を掴みとっていた。だがその先端がほんの僅か、柔らかい腹に食い込んでいる。


「……惜しかったねえ。誠哉お兄さん」

「そうだね」

「んじゃ、もうちょい!」


 ニックの言葉に、誠哉がほんの僅か笑う。その直後、疾風が誠哉の肩越しに再び剣を突っ込んできた。これもまた、ニックは空いた方の手で捕まえる。だが。


「ぐっ!」

「昔から力馬鹿、って言われててなあ。今じゃあ、誠哉兄より俺の方が力あんだぜ」


 にい、と疾風が歯を剥き出しにした。彼の剣の先端は誠哉のそれよりも深く、ニックの肩を突いている。人間のものよりも黒っぽい、どろっとした血がその傷口から流れ出していた。

 ニックが、初めて顔を露骨に歪める。漆黒の目をくわっと見開き、吠えると同時に無理やり跳ね起きた。両手で、二振りの剣を掴んだまま。


「……ざけんなぁ!」

「わっ!」

「くうっ!」


 誠哉はとっさに手を放し、横っ飛びに転がる。疾風は剣を握りしめたままだったので、ニックに跳ね飛ばされかけて何とか踏みとどまった。そして、さすがに力が緩んだらしい魔族から自分の剣をもぎ取り返す。

 からん、と音がして、誠哉の剣が地面に転がった。ちょうどあった石にぶつかった音のようだが、それが合図だったかのようにニックは空いた両手を獣がやるように構える。両腕共に金属のままであるから、獣人たちと同じ一撃でも威力は更に高いだろう。


「クソッタレ。魔族のなりそこないの分際で、偉そうにしやがって」

「それが貴様の本性か。元から可愛くもないが、下衆が」

「でも、多分アンデッドよりは不味くない」


 口調が少々変化した少年を囲むように、その両横にエンシュとシェオルが進み出た。既にアンデッドたちは平らげられたらしく、そこかしこに屍に戻った者たちが倒れている。


「ちっ。手駒、あいつしか残ってねえじゃねえか……っ」

「はなして、はなしてえ! わたしはあ、ごしゅじんさまのところにかえるのおおおっ!」

「更科!」


 ニックの舌打ちの音を消すように、甲高い悲鳴が響く。誠哉たちが肩越しに振り返ると、楮の腕の中で更科がジタバタもがいていた。

 もがいてはいるのだが、両手首は腰の後ろで戒められているし足首も揃えて布で結ばれているため、そこまででしかない。その更科をがっしり抱きかかえている楮の横で、弓姫がふんと鼻を鳴らしながら弓を構えていた。もちろん、狙うはニックである。


「エンシュさんや隊長から、魔族のセコイやり方は聞いてるの。更科さんを使おうってくらいは読めるわよ、バーカ」

「……えー」

「あ、切れた」


 吐き捨てるようにそう、ニックに言い放つ弓姫。そんな義妹を見て弓姫、口悪いと言葉にはしなかったけれど、軽く誠哉が引いたのは事実である。実兄である疾風の方は、慣れているのか多少肩をすくめただけだが。

 とはいえ、つい先程まで更科がニックの言いなりになっていた以上、魔族の少年が彼女を何らかの形で利用するだろう推測はできた。だからこそ、シェオルはアンデッドの相手を自分が引き受けている間に弓姫に、更科を任せたのだろう。


「ま、いいや。あの女があのままでも、村の連中は僕のせいだとは思わねえだろうし」


 自身が一人だけになった事を知ってもなお、ニックはうっすらと笑みを浮かべ直した。漆黒の目を細め、ゆるりと自分を包囲する守備隊を見渡す。そうして、最後に見据えたのは目の前にいる、天祢誠哉。


「更科が狂ったのも、村がアンデッドに襲われたのもぜーんぶ、そこにいる銀髪の魔族のせいっ!?」


 ニックが台詞を言い切る前に、がいんと耳障りな金属音が響いた。少年を結界の壁まで弾き飛ばしたのは、誠哉の容赦のない一撃である。ただ、彼は剣を拾い上げてはいないのだけれど。


「あ、が」

「遅い」


 態勢を立て直そうとするニックの目の前に、するりと銀髪の青年は滑り込む。そうして、まるで見えない剣で下から切り上げるように両手を振り上げた。

 否。本当に誠哉は、見えない剣を持っているらしい。正確にはうっすらと、両手から伸びた光が剣の形を取っているのが見えるのだが。


「ぎゃああああああっ!」

「え、マジか」

「……お兄ちゃん?」


 そうして、その僅かにしか見えない光の剣が、自身の顔をかばったニックの両腕を斬り裂いたのだ。金属化したままの腕が半分まで裂けて、傷口からどす黒い血と白い骨のようなものが見える。いくら魔族でも、痛みで絶叫するはずだ。

 疾風が剣を握ったまま目を見張り、弓姫がつがえていた矢の先端が少しだけ下がる。エンシュリーズもシェオルも、あっけにとられたままその光景を見つめていた。


「僕のせいと言われても、それはしょうがないよな。僕を狙ってきた、お前のせいなんだから」

「ぎ、ぎぎぎ、ぎざまあ……」


 淡い光の剣を構え直し、誠哉はまっすぐにニックを見つめた。半ば断たれた両腕を何とか構え直し、ぎりぎりと歯を噛み締めながら自分を睨みつける魔族の少年めがけて、とんと軽く地面を蹴る。


「だったら、僕のせいで死んでくれ。僕が魔族になったかどうかなんて、意味はない」

「てめえが死ねよおおお!」


 あくまでも淡々と言葉を紡ぐ誠哉と、激高して叫ぶニック。少年が無理矢理に突き出した両腕が青年の腹の横をかすめたが、その代わりに青年は淡い光の切っ先を少年の胸に深々と突き刺した。


「があっ!」

「何で僕を狙ったのかは知らないけど、もう知る意味もないからね」


 べちゃ、とはねた黒い血を頬で受けながら、誠哉はボソリと言葉を落とした。ニックの耳にそれが届いたかどうかは、わからない。

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