2. 違った時の流れ方

 エンシュリーズがその村を訪れたのは、実に二十年ぶりだったと記憶している。

 とはいえ辺境の村は住民以外そうそう変化するものではないため、村の風景は前に訪れた時とほとんど変わっていないという印象を持っていた。

 仲間内ではエンシュと呼ばれる彼女は、東方人はおろか同族である通常の翼人よりも成長が遅い体質である。だから彼女もまた、以前訪れたときとほとんど変わりのない外見を保持していた。

 時に置いていかれた村と、翼人の少女。

 おかしなところで共通点を見出してしまい、彼女は呆れて頭を振った。見つけてどうなるというものでもないし、うかつに思い入れが高まっても困るのだ。

 何しろ彼女は今回、この村で起きた事件の調査にやってきたのだから。先行して入っている同僚と共に、この村で何が起きたのかを見極めねばならない。




 事件といっても、概要としては簡単なものだった。山の様子を見に行った若者が数名、殺されただけのこと。

 彼らの先頭に立った青年が行方をくらましており、その青年が犯人ではないかと目されている。

 その理由の一つに、若者のうちたった一人村へ戻ることのできた者がその青年の名を呼びながら息を引き取った、という証言がある。

 それだけなら本当に、ただの殺人事件。

 だが、行方をくらました青年が東方人であるにも関わらず銀髪である、というその一点において管轄の守備隊は、わざわざ人員を派遣することにしたのだ。その青年が、魔族のスパイであったという可能性を鑑みて。


「魔族のスパイによる殺人? は、スパイなんぞ放ったところでこんな辺境で何の情報を得るんだか」


 事前情報を口の中で呟いて、エンシュは肩をすくめる。

 魔族という存在はもともと人間や翼人といった知的存在が精神を堕落させたものであり、思考形態はさほど変わりがない。

 故に、「何もない辺境の村」にスパイを送り込んで情報を収集したり殺人を犯したりする理由など、見当たらないのだ。


「まあ、こっそりアジトでも造っているならともかく。それでも、殺してそれを表沙汰にする理由にはならんな」


 ふん、と純白の髪を無造作に掻き上げて、エンシュは村を獣から守っている結界の中に足を踏み入れた。




 20年前に会ったことがある村人たちは、同僚から説明を受けていたこともあってか目立つ容姿であるエンシュのことを覚えていたし、思い出してくれていた。その1人が、エンシュに自身の娘だという少女を引き合わせた。

 事件の当事者の義妹でもあるというその少女は、エンシュが事件の調査に来たことを知ると涙目になりながら必死に訴えてきた。


「お兄ちゃんを、誠哉お兄ちゃんを助けてください!」

「助ける?」


 少女の言葉に、エンシュは眉尻を下げる。

 銀髪の青年の名が誠哉だということは、既に事前情報で知っていた。その青年を「助けて」と訴えるということは、少なくともこの少女にとってかの青年はそのような罪を犯す人間ではないのだろう。

 それにどうやら、そう考えているのは幼い子供だけではないようだ。

 くるりと周囲を見回すと、少女と同じ目をした大人が数名そこには存在している。

 少女の兄、父親、その友人たち。


「誠哉兄ちゃん、悪い人じゃないもん!」

「そうさなあ。少なくとも俺たちは、誠哉坊が悪さをしたんじゃねえと信じてる」

「鍛冶屋もな、自分とこの若い衆を死なせてしまったせいでちいと頭がこんがらがってるだけなんだよ。本当は、分かってるはずなんだ」


 殺害された被害者は、この村に一軒だけある鍛冶屋で修行をしていた若者たちだった。山奥を縄張りとしているはずの肉食獣が最近村の方まで降りてくるようになったため、誠哉と共に山に入り調べることにしたのだそうだ。

 そうして誠哉は消え、若者たちは生命を落としたのだという。

 消えた青年が犯人だと思われているのはひとえに、その青年が人種としてはあり得ない色の髪を持っているからで。

 都でも未だ、異色の者に対する偏見は消えていない。ならば、二十年の時を経ても村の様子も、顔ぶれもほとんど変わらないこんな辺境では余計に根強いものがあるのだろう。


「……せいぜい、努力はしてみよう。確かにその青年を犯人にせずとも、状況の説明はできるはずだからな」


 エンシュは小さく溜息をついた。銀髪の青年が加害者ではなく、最大の被害者だという可能性も残されているのだ。

 それに。

 『まくろのこ』として生まれ、いわれなき差別を受けていた彼女にも理解してくれるひとはいた。

 髪の色故に忌避されていた青年を助けて欲しいというこの少女の願いは、きっとそのひとと一緒で。

 とても、とても分かるものだったから。


「私が差し向けられた理由も、まあ分からんでもないな」


 サラリと真っ白な髪を風になびかせて、少女は目を細めた。




「……シュ。エンシュリーズ?」


 名を呼ばれていることにやっと気づいて、エンシュは顔を上げた。彼女の目の前、シンプルだが大きめの執務机を挟んで向かい合っている、金髪白翼の男性の声だということはすぐに分かる。


「あ、ああ。考え事をしていた、済まなかったな」


 十年前の記憶を掘り返していた、ということまでは口にせず、少しだけ視線をずらせる。翼人としてはごく当たり前の色をその身体に持っている男性は、「ああ、そうなんだ」とだけ答えてほんわりと微笑んだ。

 髪の先は肩には届かず、まとっている服もごく質素で動きやすいもの。顔立ちは穏やかで、気さくな印象を受けるこの翼人がエンシュの上司に当たる、辺境警備隊隊長セラスラウドだ。十年前、エンシュと共に事件の調査に当たった同僚でもある。

 その手に持たれているのは、たった今エンシュが提出した魔族アジト強襲作戦の顛末を記した報告書だ。無論、突然現れた銀髪の青年についても記されている。


「で、報告書はそれでいいか?」

「うん、ありがとう。今ざっと読ませてもらったけど、相変わらず分かりやすくて助かるよ」


 あまり表情を変えないエンシュに対し、セラスラウドはにこにこと笑ったままだった。その表情が、一瞬の後に冷徹なものに変化する。彼にしては、珍しい表情だ。


「で、どうなんだい?」

「それは上総兄妹のことか、それとも拾い物か?」


 今報告書を読んだばかりのセラスラウドがエンシュに問うとしたら、そのどちらかだろう。十年の時を経て消えた義兄に再会した兄妹と、その当人である銀髪の青年。

 そしてセラスラウドの答えは、エンシュの推測を肯定するものだった。


「どっちもなんだけどね、差し当たっては後の方。その彼、天祢誠哉で間違いないのかい?」

「目立つ銀髪はじめ、肉体的特徴は合致している。上総兄妹の証言からも、まず間違いはないだろう」


 頷いてから理由を上げ、肯定の答えを返すエンシュ。ただほんの僅か考え込む顔をして、少しばかり言葉を付け足した。


「外見上疾風と同じくらいの年齢に見えることを除けば、だが」

「普通に生きてれば三十歳だったね」


 セラスラウドの空よりは濃い青の瞳が、報告書の上に視線を落とした。そこには今話題に出ている青年について、エンシュが知っている限りの事柄を書き付けてある。


「僕は東方人の歳の取り方ってよく分からないんだけど、十年前の年齢そのままならちょうどいいんだろう?」

「隊長殿は、相手の年齢を気にしたことなどろくにないだろうが。お陰で私は助かっているが」

「まあね」


 エンシュのつっけんどんな言い方には慣れているのだろう、セラスラウドは平然としたものだ。じっくりと報告書の文章を目で追いながら、ぽつんと言葉を紡ぐ。


「時間凍結、か。君使えないよね」


 紡いだ言葉は、天祢誠哉が十年前の姿を保持しているその理由であろう、術の名前だった。魔族が使う、術をかけたものを時の流れから遠ざける術である。

 例えば遠い未来に目的を達するため、自分にかける術。

 例えば何かを保存しておくために、そのものにかける術。

 利用方法を考えれば、大変に便利なものだ。

 だが、ひとつ問題がある。その術を行使するためには、膨大な魔力が必要になるのだ。結果、保存できるものが限定されてしまう。

 消費する魔力に見合ったものでなければ、術をかけるにふさわしい意味がない。


「あんな術、使えても使わん。食料の保存には最適だがな」

「魔力のコストが見合わないでしょ」

「見合っていれば今頃、もっと流通が盛んになっているな。それに、塩漬けや干物の味が良くなってはいないだろう」

「保存食ってわりと美味しいよね。うまみも栄養も増すって言うし」


 軽口を叩いてはいるが、真剣な眼差しのままの二人が考えていることはどうやら同じようだ。その結論を口に出したのは、セラスラウドだった。


「つまり、魔族の側にはその彼を保存するコストに見合う見返りがあった、ってことかな」

「そういうことだろうな」


 ふん、と鼻息も荒くエンシュが肯定する。よほど、『まくろのこ』呼ばわりされたのが腹立たしいのだろうか。そのことを知ってか知らずか、セラスラウドはこわばっていた顔にくすっと笑みを漏らすと話題を切り替えた。


「……銀髪で、名前が天祢誠哉。彼だよね? 君が昔助けたの」

「当時は赤子だったぞ。私が抱いて飛べるほどに小さくてな」


 腕で小さな物を抱き上げるような仕草をしたエンシュの表情が、僅かに緩んだ。

 辺境の村を二度に渡って訪れた、その最初の理由。

 生き残った銀髪の赤ん坊を救って上総の養父に渡したのは、エンシュ自身だった。


「まあ、私がこちらに派遣されてきたのはその縁でだが」

「だったねえ。知ってる人がいるってのは心強いものだからね、僕も助かった」


 昔を思い出したのか、二人は顔を見合わせると同時に表情を崩した。

 ほんの少しだけ時間をおいた後、セラスラウドは改めてエンシュを見つめる。その表情は既に、普段の彼らしいふんわりとした顔だった。


「とりあえず、上総の二人の様子見てきてくれるかい? 天祢誠哉が起きたら、アテル先生が連絡してくれるでしょう。もしかしたら、医務室に詰めているかもしれないけどね」

「アテルのことだ。案内とか言って誠哉をほいほい連れ歩きかねんがな。気をつけてくれよ」


 対してエンシュの方は、つまらなそうに口を軽く尖らせながら言葉を返した。

 この二人のやり取りは、いつもこのような感じで行われている。だから、互いに相手の表情に機嫌を損ねることはない。


「うん、分かってる。君、僕を何だと思ってるの」

「天然ボケの守備隊隊長殿。故に、私がツッコミとして配置されている。上もよく考えたものだ」


 そうして提示されたセラスラウドの質問に、きっぱりと答えるエンシュ。途端、隊長の顔がげんなりとした。自身がエンシュ言うところの天然ボケという自覚があるのかないのか、それは分からない。恐らくはない方だろうが。


「うわ、酷いなあそれ。ともかく、よろしく」

「分かっている。任せおけ」


 ひらり、と手を振ってエンシュは執務室を後にした。何はともあれ、まずは予期せぬ再会に混乱している同僚を落ち着かせるのが先だろう。




「天祢誠哉。銀髪ってことは先祖返りなのかな」


 エンシュが出ていった後の扉を見つめたまま、セラスラウドはぽつりと呟いた。


「魔族が狙うってことは、当然何かあるわけだよねえ……悪いけど僕、自分の身内には甘いんだ。疾風と弓姫のお兄さんなんなら、どうにかしなくちゃね」


 うっすらと、金髪の翼人は笑みを浮かべる。それはエンシュの前で見せていたようなのんびりとしたものではなく冷たく、鋭い笑みだった。




「……?」


 まぶたを開くと、木目のある天井が目に入った。暗くてジメジメした場所ではなく、どうやらどこかの建物の中らしい。


「あれ?」


 むくりと起き上がって天祢誠哉は、自分がベッドに寝かされていたことを知った。使いふるしではあるが清潔な寝具と、周囲を覆うカーテン。自身が着けているのも少し古びてはいるけれど、洗剤か何かの良い香りがする寝衣だ。


「……僕、助けられたのかな」


 腕を、身体を、足を確認して、誠哉はぽつんと呟く。いくらか傷を手当てした跡が見受けられたため、どうやら今いる場所は安全だろうと結論づけた。

 それとも、何らかの利用価値があると結論づけられたか。

 考えを巡らせようとした誠哉の思考は、不意に響いた声に遮られた。


「失礼します。あら、目が覚められました?」


 しゃっとカーテンが引かれる音と共に、どこか楽しそうな女性の声が流れ込んでくる。

 誠哉が視線を向けた先にいたのは、少し濃いめのブロンドをうなじでひとまとめにした女性だった。

 寝具やカーテンと同じような白っぽい上着を着ており、金属フレームの眼鏡をかけている。手に持っているのは恐らく誠哉に関する資料だろう。一目見た感じではどうやらこの部屋の主……即ち、医師であろうか。


「良かったわ。あ、私、アテルナル・レインといいます。見ての通りの西方人で、これでも医者なんですよ」


 誠哉の推測は的を射ていたようだ。アテルと呼んでくださいね、と言いながら女医は穏やかに微笑んで、ベッドの横に置いてあった小さな椅子に腰を下ろした。さすがに警戒する気も失くして、誠哉は自身の名を名乗ることにする。それと、念のための注釈も。


「あ、はい。天祢誠哉といいます。髪はこんな色ですが、一応生粋の東方人です」

「あまね、せいやくんですね。文字はどう書けばいいのかしら」


 髪の色について何も言われなかった。そのことに誠哉はほっと胸をなで下ろす。子供の頃から、好奇と嫌悪の目にさらされるのには慣れていたから。それから、思考を切り替える。

 西方人と違い、東方人の名前の表記には様々な文字を使う。名前を示す字を間違えることは失礼に当たる、とは東方人の中では口を酸っぱくして言われることだが、アテルも西方人ながらそのことは理解しているらしい。


「ああ、東方の字はいろいろありますもんね。済みません、自分で書いても?」

「ぜひ、お願いします」


 故に、誠哉の申し出はアテルにとっても渡りに船だったらしい。いそいそと書類とペンを差し出してきた。

 名前記入欄に自身の名を記し、ちらりと書類全体に視線を回してみる。外傷がいくつかある程度で、誠哉の身体自体には特に問題はないようだ。


「こういう字、なんですね。ありがとうございます」


 書類を返すと、アテルは誠哉の名を見直して納得したように頷いた。その書類を膝の上に置くと、改めてまっすぐに誠哉の顔を見つめてくる。どうやら、状況の説明をするつもりらしい。


「ええと、ここはこのあたりを管轄しています、辺境守備隊の宿舎です。あなたは我々守備隊の魔族アジト掃討作戦の中で発見され、ここに保護されました。ご理解いただけます?」

「はい。確かに僕、魔族に捕まっていましたから……といっても、ほとんど何も覚えてないんですけど」

「あら」


 そういうことならば理解はできる。

 少なくとも誠哉は、自分が山中で魔族の手によって捕らえられたところまでは記憶していた。共に山に入った鍛冶屋の若い衆がどうなったかまでは覚えていないのだが、後で尋ねればすむことだろう。


「眠ってらっしゃる間に、ここでできるレベルの診断はさせていただきました。特に健康上問題はなさそうですね。少し消化器が弱っているかもしれませんから、食事はできれば消化のいいものをとってくださいな」

「はい」

「それと、あなたの身柄に関してですが」


 不意に、アテルの声が硬くなった。誠哉が目を上げると、彼女の表情が僅かにこわばっているのが分かる。

 銀の髪を持っているせいで人の目を気にしていたこともあり、誠哉は他人の表情を読むことが何とはなしにできるようになっていた。何しろ今誠哉は、自分が置かれている状況をいまいち把握しきれていないのだから。


「詳しいことは後ほど、こちらの隊長からお話があると思いますが。端的に言いますと、あなたの身柄はこの隊でしばらく保護させていただきます」

「それは、僕が魔族のところにいたからですか」


 保護、といえば聞こえはいいが、実質的に監視下に置かれるということだろう。

 魔族のように本来とは異なる色の髪を持つ誠哉が、魔族のもとにいた。それだけで魔族から人命や生活の安寧を守る辺境守備隊としては、監視対象とする理由になるはずだ。

 何しろ、いつ魔族に変貌するかもしれない。その上に、変化したことが外見上からは恐らく分からないのだから。

 だが、それだけが辺境守備隊が誠哉を預かる理由ではない。アテルはそれを説明しようとして恐らく失敗したのだろう、ばりばりと髪を掻きむしった。


「それもあるんですけど……ああもう、回りくどい説明は私苦手だわ」


 ひとしきり髪をバサバサにしたところでアテルは、がっくりと肩を落とした。しばらくその姿勢のままだったが、いい加減埒が明かないと気づいたらしくがばっと顔を上げる。カーテンの外に向かって、声をかけた。


「ごめんなさい。入ってきてくれます?」

「はーい」


 その声に応じて、少女が一人入ってくる。彼女を見て誠哉は、訝しげに眉をひそめた。

 初めて会った相手ではない、と言うのが第一印象。だが、どこで会ったのかが思い出せない。

 癖のない黒髪を肩まで垂らした少女。見た目では恐らく、誠哉より少しだけ年下だろう。


「……君は?」

「あの……誠哉、お兄ちゃん」

「え?」


 誠哉お兄ちゃん。


 自分をそう呼ぶ少女を、誠哉は一人しか知らない。

 だが、その少女はまだ幼くて、今眼の前にいるこの少女とは年齢もまるで違う。

 そのはずなのだが。


「彼女は、上総弓姫ちゃんです。天祢誠哉くん」

「弓姫? 弓姫と同じ名前……え?」


 アテルに少女の名を告げられて、更に誠哉の思考は混乱した。

 幼い少女……誠哉の義妹と目の前の少女は、同じ名前である。

 言われてみれば黒い癖のない髪も、自分をじっと見つめる瞳も、よく似ている。

 あの弓姫が大きくなれば、この弓姫という少女になるだろうということは、何となく理解できる。

 当然、誠哉にとっては初対面の相手ではない。


「あなたの知っている上総弓姫ちゃん、本人ですよ」


 だから、アテルの言葉を一瞬、誠哉は当然のように聞き流しかけた。その意味をやっと捉えたところで彼は、次の一瞬頭の中が真っ白になった。

 目の前にいる弓姫は、天祢誠哉が知っている上総弓姫本人なのだと言われたから。

 天祢誠哉が魔族の手に落ちてから、ほんの数日しか経っていない、はずなのに。


「あなたをここで保護する、もうひとつの理由がこれです。あなたが魔族に捕らえられてからもう、十年経っているんですよ」

「……十年?」


 アテルの言葉が、分からない。

 一体彼女は、何を言っているのだろうか。


「お兄、ちゃん」

「弓、姫?」


 恐る恐る義妹の名を呼ぶ誠哉に、弓姫は「うん」と頷いた。泣きそうな目をして、それでも笑いかけてくるその表情は、間違いなくあの幼い少女と同じもの。


「私、お兄ちゃんの妹の弓姫だよ。もうね、二十歳なんだ」


 あの村を出て山に入り、魔族に囚われてから、誠哉の中ではたったの数日。

 だが、それ以外の世界は既に十年が経過しているのだという。証拠は、今目の前にいる義妹。


「なん、で」


 誠哉は、疑問の言葉を紡ぐことしかできなかった。

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