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 ――戦争。

 テレビのニュースや新聞や、もしくは小説や漫画の中の世界の話。

 あたしにはきっと、一生、関わりのないこと。そう思ってた。そう疑わずに生きてきた。

 所詮自分の身に降りかからなければそれは。他人事だったんだ。


「…戦、争…」

「…マオの世界には無いのか?」


 思わず零れたあたしの言葉に、シアが優しく声をかける。

 あたしは一体どんな顔をしているんだろう。自分より年下の子どもに、気遣わせるほどの。

 さっきまで話していた魔法や神さまなんて、非現実的でどこかまだ受け容れ難くて。なのにその言葉だけは不思議なくらい重たく、現実味を帯びていた。


 戦争。教科書とそれから国境を超えたテレビの向こう。そこに在ったのを、在るのを、あたしは知っている。

 ふるふると、シアの問いに応える。


「そうか、じゃあ。お前の生まれた国には?」

「……な、い…」


 …昔はあった。存在していた。だけどあたしは今までそれを、身をもって体験したことは無い。それはあたしにとって、無いのと同じことだった。

 答えたあたしにシアが何を思うのか、わからない。俯いたままのあたしは、顔を上げられなかったから。

 僅かな沈黙後、シアのやけに明るい声があたしの頭上に降ってきた。


「マオ、少し風にあたろう。ずっと中に居たし、リズの魔力にもあてられいただろう? 夜風は気持ちいいぞ」


 思わず顔を上げたその先、月明かりの下でシアが笑っていた。だけどすぐにその後ろから、少し慌てたようにリシュカさんが顔を出す。


「…ジェイド様、そろそろお休みになられた方が…」

「少しくらい平気だ。リズの結界もある」

「……」

「お前はくるなよ、中に居てくれ」

「…承知しました」


 シアの言葉にリシュカさんは大人しく退く。それからシアが立ち上がり、あたしの手をとった。


「ちょ…っ、シア…!?」

「見せたいものがある、きっとお前の世界には無いものだ」


 そう言って半ば強引に連れてこられたのは、夜のテラスだった。薄いレースのカーテンが開け放された窓から風に翻る。外には広がる星空と、それから――


「…海…」


 今は闇色の、それでも月明かりに瞬く大海。視界の殆どが海に染まっていた。


「シェルスフィアは海に囲まれた国だ。こちら側はからは見えないが、反対側には城下もあり神々と精霊の加護を受ける国民が暮らしている。神を喚よべるのは王族だけだが、精霊は神官や魔導師達が言葉を交わすことができ、生きていく上での知恵や力を借りるんだ。

海には12の神が居るといわれ、シェルスフィアはその内6人の神々と契約を交わしてきた。お前の中に居るというトリティアもそのひとり。一番最初に契約を交わしたのはもう何百年も前だがな。建国王は、一番はじめ。神々と契約をする時に約束した。この海を、守ると。海はすべてのはじまりであり、終着点でもある。決してこの海を血で汚すことはしないと。おれ達はそう、この血に約束したんだ。

――マオ、こっちへ」


 促されるままにシアの背中についていく。とられた手は、繋いだまま。潮風が頬を撫でる。胸のあたりが何故かほっとした。


「あそこに光の柱があるだろう?」


 テラスの手すりから僅かに身を乗り出し、シアが指差す方向に目を向ける。そこには確かに、白く輝く光の柱があった。間隔を空けて光を放つ2本の柱。海の中からまっすぐ空へと伸びている。


「あれは、加護の証だ。契約を交わした神それぞれからもたらされる、加護の光」

「…でも、数が…」


 さっきの話だと、6人の神様たちと契約を交わした、って。

 あ、でもあたしの中に居るかもしれないという神さま…トリティアは、まだちゃんと契約を交わせてないということだろうか。それにしても、数が少ない。


「王族といえど、神をそういくつも縛れはしない。王族の中でもそれぞれ役割と資格を持ち、代々受け継ぐ神は決まっている。契約は血と血で、主に親から子へと引き継がれる。魔力を持つ者と、15という年を経ていれば、資格は果たされる。光の柱は本当は7本あった。建国時の契約の証とした“約束の光”と、神々達との契約の柱。シェルスフィアはそうして、6人の神を従える王族と約束の光によって守られてきたんだ」


 柱を見つめるシアの横顔が、翳る。細められた目に揺れる雫。

 さっきも見た。哀しげな瞳。


「…えっと、つまり、今神様は、ひとりしか居ないってこと…?」


 遠慮がちに訊いたあたしに、シアはゆっくり首を振る。青い雫はそっと夜に紛れて消えていた。


「もう1本の光はリズに作らせたダミーだ」

「…ダミー…?」

「あの光はシェルスフィアが神々の加護に守られている象徴だった。神が確かにここに居ると。しかしそれが無くなれば、シェルスフィアの加護が失われたと他国に知れたら。…待っているのは他国からの侵略だ。だからリズに、せめてもの時間稼ぎにと見せ掛けの光の柱を作らせたんだ」

「ちょ、ちょっと待って…っ どうして神様達はいなくなっちゃったの…?!」


 つまり、今。この国を守っていた神さまは、ひとりも居ないってこと?

 トリティアだってシアとの契約が成功してないってことは、加護はきっと受けられないんだろう。実質あそこに光の柱が無いってことは。

 それに、シアも。契約は親から子へ、って言ってたけど、あの場にシアの両親と思われる人は居なかった。

 流石にリシュカさんは違うってわかる。シアの側近だって言ってたし。

 イレギュラーってことだろうか? でも確かに、条件を満たしていないように思う。シアは15歳には見えなかった。


「神が居なくなったというよりは…契約を継ぐ王族が、居なくなったんだ」

「…? どういう、こと…?」


 上手く状況が呑みこめないあたしに、シアがまた緩く笑う。

 さっきもそう。どうして、笑うんだろう。そんな大人びた、自嘲に似た笑いを。


「いまこの国に王族は、おれしか居ない。先代の王…おれの父も、母も姉も新族もみんな。王家の血を継ぐ者は皆、死んだ。

おれがこの国の最後の王だ」

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