桜川高校女子フットサル部

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桜川高校女子フットサル部第1ゲーム

一章 入部、そして、廃部?

一章 入部、そして、廃部?


 縦四十二メートル、横十二メートルのフットサルコートを少女がドリブルで駆け抜ける。華麗なフェイントで次々相手を抜く。亜麻色の長髪が軽やかに舞う。

 少女がシュートを放つ。鋭いシュートがゴールのサイドネットに突き刺さった。

 ゴールインと試合終了を告げる審判の笛が連続して吹かれた。

 会場である体育館が歓声に包まれる。全国中学校女子フットサル大会決勝、終了間際の勝ち越しゴール。盛り上がるなと言う方が無理な要求だ。

「すごーい」

 体育館の二階席から試合を見ていた美浦麻美は両手を胸の前で合わせ、感動していた。麻美は感動で潤んだ瞳で勝ち越しゴールを決めた少女、九条麗華を見つめる。

 父親はフットサルの日本代表。ハーフの母親は有名女優。父親のフットサルの才能と母親の美貌を受け継いだ九条麗華は、メディアに露出の多い両親の職業も相まって、天才フットサル少女として小学生の頃からテレビに取り上げられている。

 中学三年の麗華はたった今、最後の全国大会で優勝し、全国大会三連覇という天才少女に相応しい偉業を打ち立てた。

「すごい、すごいよ、麗華さん」

 九条麗華の大ファンの麻美は自分のことのように喜ぶ。

 麻美もフットサルをやっている。中学一年から学校の部活で始めた。麻美の中学はそれほど強いわけではなく地区大会の三回戦で敗退し、四カ月前に部活を引退した。

 麻美が麗華のことを知ったのは中学一年の秋だった。弟が見ていたテレビ番組で天才少女として麗華を特集していたのだ。

 初めて麗華を見た時、随分綺麗な子だなと思った。麻美が男だったら麗華の美貌に一瞬で魅了されただろうが、同性の麻美は同い年の麗華に嫉妬めいた感情しか抱かなかった。だが、麗華のフットサルのプレーを見た途端、麻美の感情は一変した。

 麗華のプレーは高い技術力を土台に天才しか思いつかない創造性溢れる魅力的なものだった。それは、麻美がおぼろげに考えていた理想のプレーを具現化したものだった。

 麻美は麗華のプレーの虜になった。それ以来、麻美は自分の試合や部活の練習の合間をぬって麗華が出る公式戦に足を運んだ。

 麗華が通う中学は麻美の通っている中学校の隣の地区だったので試合会場もそう遠くは無く、無理なく通えた。この点は幸運だった。

 たまにテレビの特集で麗華が出るときには欠かさず録画して何度も何度も麗華のプレーを見直した。ストーカー並みの麗華への執着だった。


 体育館では表彰式が始まった。キャプテンである麗華が優勝カップを受け取る。麻美は心からの拍手を送った。

 麗華と同じチームでプレーをする、それは麻美の夢だった。流れ星に祈るような、簡単には叶うことのない夢だと思っていた。しかし、麻美の願いは意図せず叶うのだった。

 全くの偶然だが、来年度麻美と麗華は桜川高校に入学する。元々桜川高校にフットサル部は無かったが、麗華が入学するに当たりフットサル部が新設される。そのフットサル部に入れば必然的に麗華とプレーできるわけだ。

「待ってなさい麗華さん。三年間すっぽんみたいに引っ付いて離れないんだから」

 バラ色の高校生活を思い浮かべ、麻美は満面の笑みを浮かべた。



 四月一日。麻美は真新しいセーラ服に袖を通した。今日は高校の入学式だ。

 麻美は自分の部屋で姿見に向かい服装や髪に乱れが無いかチェックする。少し茶色がかったセミロングの髪も、先週美容院にいったばかりなのでしっかりと整っている。

「うーん。高校生の私って、なかなか大人ぽいんじゃないかな」

 麻美は鏡に映る自分に話しかける。高校の制服を着ると、それだけでお姉さんになった気がする。麻美は鏡の前で片足でくるりと回ってみる。スカートが遠心力で広がる。

「うんうん。三百六十度どこから見ても完全無欠の高校生だよ」

 麻美は、これまた新しい学校指定のカバンを持って、部屋から出る。麻美の部屋は二階なので階段を降りて、玄関で新しいローファーをはく。

「忘れ物無い?」

 台所から母親が見送りに出てくる。

「大丈夫だよ。昨日の夜から準備してるんだから」

 麻美は、行ってきます、と母親に言って家を出た。


 入学式は午前中で終わり、午後は待ちに待った部活紹介と勧誘の時間が来た。麻美達新入生は体育館に集められ、各部活の紹介を聞いた。その後新入生は思い思いに各部活の部室を訪ね入部の手続きをする。

 フットサルは、一チーム五人でできる手軽さや、男女混合の大会や初心者向けの大会があることから経験者に限定されず世間に広まっている。しかし、中高の部活、それも女子となるとバレー、バスケ、テニス、ラクロスに比べ、マイナーな部類に入る。

 同級生がバレーやテニス部の部室を尋ねるのを横目で見ながら、麻美はフットサル部の部室に向かった。フットサル部の部室の前には一組の机と椅子が出ていて、そこにスーツを着た若い女性が座っていた。スーツを着ているので教師だと分かる。

「すいません、フットサル部に入部したいんですけど」

 麻美はスーツを着た女性に話しかけた。

「あ、はいはい。入部希望ね。ノートにクラス、名前、出身校、希望ポジションを書いて」

 女性は机の上に広げて置いてある大学ノートを指差し、麻美にボールペンを渡す。麻美はクラス、名前、出身校、希望ポジションを書く。書きながらノートに書かれている名前を調べる。ノートの一番上に、九条麗華、の名前があった。

 麗華の名前を見つけ麻美は嬉しくなる。麗華とはクラスが違うので、まだ会えていないが、近い内に部活で会えるはずだ。

「あなた、推薦組じゃないのよね」

 スーツを着た女性がまじまじと麻美の顔を見る。

「推薦組?」

「女子フットサル部はね、今年から新設された部なんだけど、学校側も力を入れていて色々な中学校からスポーツ推薦したのよ。ノートに書かれてるあなた以外の入部希望者は皆スポーツ推薦の人達なの。一般は今のところあなただけよ」

 そう言われて、麻美はノートに書かれた人たちの出身校を確認する。

「うわ、強豪中学ばかりですね。これなら強いチームになりますよ。私も頑張らなきゃ」

 自分がレギュラーになれる可能性はかなり低いが、麻美は気にしていなかった。麻美はフットサルができればそれだけで楽しめるし、麗華と同じチームなら補欠でも文句ない。

「そうね、頑張りましょう、美浦さん。あ、そうそう、私は顧問の柊です。よろしくね」

 女性がにっこり微笑みかけてきた。

「はい、よろしくお願いします」

 麻美は元気よく頭を下げた。


                    ※


 麻美が柊と話していた頃、麻美の憧れである九条麗華は校長室の来客用の革張りのソファに校長と向かい合って座っていた。麗華の隣にはフットサル日本代表の父親がいる。

「九条さんのおかげで選手もコーチも良い人材を集められました。ありがとうございます」

 校長が麗華の父親に向かって頭を下げる。

「娘がお世話になるのですから、これくらい当然です」

 フットサル日本代表の麗華の父親は持っている人脈を使って、麗華が入学する桜川高校のスポーツ推薦の選手集めやコーチの人選に助力していた。

「これからも色々とバックアップをお願いします。我々も協力は惜しみません。お嬢さんが在学中に全国優勝を狙えるチームにしてみせます」

「私も全力を尽くします。必ず全国優勝します」

 麗華は何でもないことのように約束した。普通の人が言えば自信過剰と思われるだろうが、中学全国大会三連覇の麗華が言うと信憑性がある。

 校長との挨拶を終え、麗華と父親は高校を出て有料駐車場に止めていたポルシェに乗る。

「あの校長の勘違いもひどいな」

 運転しながら父親は助手席にいる麗華に話しかける。

「本当。何が在学中に全国優勝を狙えるチームにするよ。私が入学するんだから一年目から全国優勝するに決まってるじゃない」

「そうだな。高校でも三連覇するか」

 父親は愉快そうに笑う。しかし、すぐに真面目な顔になる。

「コーチの片桐は若いがいい指導者だから問題ない。だが、チームメイトは心もとない。最低限の人材は集めたつもりだが、何の実績もない新興の高校に本当にいい人材は集まらない」

「かまわないわよ、そこそこの実力があれば。私以外は守備に専念してもらって、私が点を取ればそれで勝てるでしょ。まさか、守備もできないような人達じゃないんでしょ」

「まあな。だが、高校ともなれば、麗華一人の力で勝てた中学のようにはいかないぞ。個人技も大事だが組織力が大きなウェイトを占めてくる」

「そういう常識を覆すのが、天才、でしょ。それに、新興じゃないと先輩がいるじゃない。私、先輩後輩の序列って嫌いなの。私より下手な人に先輩面されるなんて嫌よ」

「なんだ、それが本音か」

 麗華の父親は声を出して笑った。

 だって、と麗華は少しムッとしたような、それでいて父親に甘える表情になる。

「まあいいさ。まずは好きなようにやってみろ。でも、困ったらちゃんと言うんだぞ」

「うん。ちゃんとパパとママに話す」

 そう言って麗華は窓の外の景色に目をやり、休みの日の予定を決めるかのように呟いた。

「まずは、春の大会で優勝ね」


                     ※


 麻美が桜川高校に入学して二ヶ月が経った。クラスで友達もでき、学校生活にも慣れてきた。フットサル部では憧れの麗華に会い、お話しできるようになった。しかし、麗華との会話はどこか表面的で、友達、と言える関係では無い感じだった。

 フットサル部は、麻美を入れて十人のメンバーで始動した。キャプテンは麗華だ。スポーツ推薦者以外の部員は麻美だけだった。片桐という名の二十代後半の男性コーチの指導の元、春の大会では地区大会を余裕で突破し、都大会まで勝ち進んでいた。

 スポーツ推薦組と麻美の実力差は大きく、麻美は練習試合を含め一度も試合に出られなかった。しかし、麻美はフットサルをやれるだけで楽しめる性格なので試合に出られないことは苦では無かった。いつかスポーツ推薦組に追いついてやる、と前向きに練習に励んでいた。

 夏休みに入り、都大会が始まった。都大会で優勝すると全国大会への出場権が得られる。

 麗華の活躍で桜川高校は都大会決勝まで進んだ。そこで、過去に全国優勝をしたこともある強豪校と対戦し、接戦の末、負けた。

 麗華はその才能を発揮し、一人で六点を取った。しかし、相手も強く、麗華以外のメンバーは太刀打ちできなかった。鉄壁であるはずの守備は崩壊し、八失点を喫した。

 一回も試合に出ていない麻美でも負けたことは悔しかった。しかし、一年生しかいない新設の部で都大会準優勝というのは満足いく成績だと思っていた。ところが、麗華はそうは思っていないのか、試合後、ずっと無表情で黙っていた。

 麗華はシャワーを浴び、帰り支度をするとさっさと更衣室から一人で出て行った。いつもは皆で揃って帰宅しているので、麗華の単独行動が麻美は気になった。

「麗華さん、一人で帰るのかな」

 麻美は近くにいたチームメイトに話しかけた。

「そうなんじゃない。私たちのプレーに怒ってて一緒に帰るのも嫌なのかも」

 麻美が話しかけた子は溜息をつく。スポーツ推薦組の彼女は麻美からすれば羨ましい実力の持ち主だが、そんな彼女でも麗華の足元にも及ばない。

「怒ってるなんて、そんなことないよ。だって、皆頑張ったんだし」

 麻美は麗華を追って更衣室を出る。会場の体育館を出た通りで麗華を見つけた。

「麗華さん」

 麗華が立ち止り、振り返った。

「一人で帰るの? 皆と一緒に帰らない」

「急いでるから」

 麗華が歩き出す。

 何か言わないと、と麻美は思った。呼び止めないといけない気がした。

「麗華さん! 次は勝とう。皆で頑張って都大会で優勝しよう」

 麗華が再び立ち止り、おもむろに麻美の方を向くと大股で詰め寄ってきた。

「あなた。何か役に立った?」

 麗華は麻美を見下し、冷たい口調で言った。

「え?」

「あなただけじゃない。私以外に今日の試合で役に立った人はいる?」

「あの…… その、皆頑張った、よね……」

「頑張るなんて当たり前よ。誰だって頑張ってるんだから」

 麗華が亜麻色の髪をかきあげ、麻美を睨みつける。

「下手で、足手纏いで、頑張るしか能が無いならフットサルやめたら。あなた達は役に立たないんだから、いてもいなくても同じでしょ。私は、役に立つメンバーが欲しいの」

「そんな……」

 そんな、ひどいよ、と麻美は思った。だが、麗華の迫力に押され、言葉にできなかった。

「それと、私は全国優勝を狙ってるの。都大会優勝が目標みたいなこと言わないで」

 麗華が麻美に背を向けて立ち去る。麻美と麗華の距離は二度と交わらない程に離れた。


 都大会の後、夏休みが終わるまでの十日間、フットサル部は休みになった。麻美は残っていた夏休みの宿題をやりながら、二学期を迎えた。


                   ※


 二学期の始業式の日は午前中で授業は終わる。昼過ぎからは部活がある。麻美はクラスの友達とお昼ご飯を食べてフットサル部の部室に向かった。

 校舎二階にある部室の扉を開けた麻美は、あれ? と目を瞬かせた。部室は無人だった。麻美は部室を見渡す。一人一人に割り当てられた鍵付きのロッカーが、麻美の所以外、全部開いている。

「何で開いてるの?」

 開いているロッカーを調べる。みんな練習用具や櫛や整髪剤といった私物を入れていたはずだ。教科書類を置いていた人もいた。しかし、ロッカーの中は綺麗に何も無かった。

「どうなってるの?」

 何が起きたのか全然分からない。どうしよう、と考えた結果、体育館に行ってみることにした。麻美は制服のままバッグを持って体育館に向かう。

 体育館は中央でネットで仕切られ、入り口側では女子バレー部が、奥側では男子バスケットボール部が練習の準備をしていた。今日は、体育館の入口側半分が女子フットサル部に割り当てられているはずなのに、と麻美は首をひねる。 

「おっかしいな…… 練習時間が変わったのかな……」

 体育館の入口で麻美は所在無げに立ち尽くす。

「美浦さん」

 後ろから呼ばれた。振り返るとフットサル部の顧問の柊がいた。

「柊先生。皆がいないんですけど、今日の練習時間って変わったんでしたっけ」

 麻美が尋ねると柊は困ったような顔で眉間に皺を寄せる。

「あのね、言いにくいんだけど…… あなた以外の部員はフットサル部を辞めたの」

 太陽が西から昇ってもここまで驚かないだろう、というほど麻美は仰天した。

「れ、麗華さんがフットサルを辞めたんですか!?」

 憧れの麗華がフットサルを辞めたなんて到底信じられない、というか、信じたくない。

「九条さんは、フットサルは辞めてないわ。星見台女子学院に転校して、そっちでフットサルを続けるはずよ」

「転校!?」

 麻美は大声で叫んだ。

「それに星見台って、あの星見台ですか!?」

 星見台女子学院は静岡県の学校だ。女子フットサルの強豪校でここ数年、全国大会の優勝、準優勝の常連だ。

 麻美の頭の中では都大会の後に聞いた、私は、役に立つ仲間が欲しいの、という麗華の声がリフレインしていた。

「夏休み中に急遽決まったのよ。それで、他の人達も別々の学校に転校しちゃった」

「ええ!?」

 麻美はまた仰天する。

「スポーツ推薦だと、たまにこういうことがあるのよ。いざ入学してみたけど想像していたのと違うから別の高校に転校するの。九条さん以外の人達は、九条さん目当てに入学したわけだから、九条さんがいなかったらここに残る意味が無いしね」

 麻美は口を半開きにして、ぽかん、とする。開いた口が塞がらない、というやつだ。

「片桐さんも辞めたわ。九条さんのお父さんがいるプロチームの二軍コーチになるそうよ」

「あ、あの、それじゃあ、フットサル部はどうなるんですか」

「どうもこうも、廃部よ」

 あっさりと柊は言ったが、麻美には死刑宣告のように重い言葉だった。

「そんなあ! 困ります!!」

「え? どうして」

「どうしてって、私はフットサルをしたいんです」

「え? えっ? 九条さん達はいないのよ。それでもフットサルやるの?」

「やります。麗華さんがいないのはとても残念だけど、私はフットサルがやりたいんです」

「そうなの…… 困ったわ、どうしよう……」

 柊が口に手を当てぶつぶつと呟く。どうやら雲行きはかなり怪しいようだ。

「部活を維持するには最低五人の部員が必要なのよ。現在フットサル部はあなた一人だけだから、規則から言って廃部にするしかないのよ」

「部員だったら、私が集めます。少し時間をください」

「時間なら確か、部の人数が足りなくなった場合三ヶ月の猶予があるはずよ。その間に人数が集められれば問題ないんだけど。うーん。問題はそれだけじゃないのよ。男子バスケ部と女子バレー部がもっと体育館を使いたいって言うから、フットサル部が確保していた時間を譲っちゃったのよ。廃部になるから問題ないと思って」

 桜川高校は都内で有名な進学校だが、数年前からスポーツにも力を入れ始めた。スポーツ推薦で有望な選手を集め、男子ではバスケが、女子ではバレーが全国クラスになった。

 男子バスケと女子バレー部としては少しでも多くの練習時間が欲しいのだろう。しかし、フットサル部も体育館が使えなければ練習できない。

「練習時間の問題ならバスケ部とバレー部の先生に相談すればいいじゃないんですか?」

「そうなんだけど、聞いてくれるかしら」

柊は片手を頬にあてて首を少し傾け、悩ましそうな顔になる。


 麻美と柊は、体育館にいる男子バスケ部と女子バレー部の顧問を呼んで、フットサル部が確保していた体育館の使用時間を返して欲しいと相談した。

「駄目駄目。一度約束したでしょ、柊先生」

「そうですよ。こっちは全国大会もあって忙しいんですから。分かりますね、柊先生」

 バスケ部の顧問の男性体育教諭の駒田とバレー部の顧問の女性体育教諭の田辺が揃って、首を横に振った。

中年の駒田と田辺は若い柊を完全に見下していた。柊もベテランの体育教諭二人には意見し難いのか、強く言い返せずにいる。仕方ないので麻美が言い返す。

「元はフットサル部が使うはずだったんですから、返してくれてもいいじゃないですか」

「駄目だ」

 男子バスケ部顧問の駒田が恫喝するような強い口調で言った。

「フットサル部とは言うが、人数が足りないだろう。部活を維持するには五人以上の部員が必要だ」

「人数ならこれから私が集めます。それに三ヶ月の猶予があるはずです」

「人数の問題だけではありません」

 バレー部顧問の田辺が口を挟んでくる。

「部活を維持するには、桜川高校の部活動として相応しい成績を収める必要があります」

「桜川高校として相応しい成績? なんですかその規則は?」

 随分と抽象的な規則だな、と麻美は思った。

「桜川高校に相応しい成績というのは、普通に部活動をしていれば取れる成績のことを言います。この規則は、人数がいるのをいいことに、活動しない部を作らない為の物です」

 田辺が説教じみた口調で説明する。そういう喋り方が身に沁みついているのだろう。

「それじゃあ、人数を集めてちゃんとした成績を出せば、フットサル部は存続できるんですね。それに、練習のための体育館の使用時間も返してくれるんですね」

「二つの規則が達成できるならば、君の言うようにするのもやぶさかではない」

「そうですね。ちゃんとした部活が増えるのは歓迎すべきことですから」

 駒田と田辺は大きく頷いた。

「今の言葉忘れないでくださいね。でも、桜川高校に相応しい成績って、具体的にどんなものなんですか」

「明確な基準はないのよ。校長先生、教頭先生、各部の顧問の先生で審議して決めるの」

 柊が麻美の耳もとで囁く。

「一つの目安としては、運動部なら公式戦で最低でも一勝をあげることだな」

「そうですね。最低限、公式戦で一勝はしてもらわないと」

 田辺と駒田は意地悪な笑みを浮かべ麻美を見る。公式戦で一勝なんてできるもんか、と馬鹿にしているのだ。

「あ、そうだ。公式戦での勝利なら九条さん達がいた時に達成していますが……」

 柊が発言したが二人の体育教師に睨まれ、尻すぼみ的に声が消えていった。

「九条さん達がいた時の成績は無効です。なにせ、部員が総入れ替え状態なのだから、新しい部員の成績で見るべきです」

 ぴしゃりと、女子バレー部顧問の駒田が言った。




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