第28話 きゅうり夫人 ②
「あれは何かしら?」
「どこをどう見ても大根だろうね」
紺碧の空。今日も霊魂の奔流は空をうねる。
「あれは?」
「しらたきだね。そばにあるのが牛すじ」
オレは一案を思いついた。スープで体が濡れるのも構わず牛すじ串を
「食べるものには困らなそうだけど」
琥珀色のスープには昆布、油揚げの
至純の真紅と呼ばれる色がある。悪逆の限りを尽くし日々人々の話題に上る、悪名が
「どうして会おうなんて言い出したのか、それが解せないんだけど」
呼び出されてホイホイやってきてしまった。
「あすこに誰か潜んでいますわ。幼卒DQNの一味かしら」
それにつきあってくれる花蝶姫が今は頼もしい。花蝶姫はそのハスキーな声で流行歌を歌っている。
「見張りかな。この分だと四方八方に置かれているだろう」
花蝶姫は皮下脂肪弁慶よりずっと知覚力が高いのだろう。用心していたはずなのにオレにはまったく見えなかった。歌声に気付いた斥候がやってきて、取り次ぎをしてくれた。
オレの前に幼卒DQN御一行様が勢揃いして儀式を淡々と遂行していた。いくら花蝶姫が
皮下脂肪弁慶:こんばんは。それにしてもあなたの名前はひどいですね
きゅうり夫人:突っ込んだら負けですかね…面倒なので繋ぎましょうか
皮下脂肪弁慶:ええ
ボイスチャットの要請。了承。
「ご覧の通り現在我々は
「節操がないですね」
「ゲームのいいところです。人間性を問われない。たかがゲームです」
「その力をどうやって……」
「答える義務はありませんね」
やがて訪れた沈黙を
「皮下脂肪さん、我々はDOFにより一層の刺激をもたらそうとしています。破壊と終焉の神を信仰してみませんか? 咎に有用な
「刺激、ですか」
「物語には山が必要です。山を際立たせるために谷があれば大人の物語です。谷とは
「お考えは解りました。でも谷ではなく、海底に沈んでしまうかもしれない」
「それは我々の理想であり、目標ですね。皆さん次第ではないでしょうか」
さて、オレの態度を表明しなければと考えて、あれ? と思った。オレはどっち側なのか。幼卒DQNに敵対するのか。
「幼卒DQNの力は強大過ぎる」
ぴゅうっ。スープの飛沫がちくわの林を抜けた風に舞う。
「このままじゃ、幼卒DQNに怯えてDOFをやめる人々が出る」
「それは一方的な考えですね。我々を倒そうと知恵を絞り、反目していた
そんなDOFに何が起こるのか。正直、見てみたい気持ちもある。でも。
「オレは傍観者でいたいと思います」
「我々の門戸はいつでも開かれています。気が変わりましたらいつでもどうぞ」
タフな人だな。『夫人』という名前の割に若い声に聞こえる。
きゅうり夫人との回線を切る。
晴天の空が陰った。頭を持ち上げる。巨大で長い物が二本、降りてきて。刺さる。スープは荒れた。
「おおい! どうするんだ?」
「ここを選んだのも神の御意志。神が与え給うた七難八苦を忍び、わたしたちの凱歌へと結びましょう」
やべえ、きゅうり夫人先生ノリノリだな。
「カガミ様、避難しましょう」
「そうだね」
二人で丘に駆ける。そこに転がっていたはんぺんの上によじ登り、振り返った。巨大な棒がスープをざばざばと掻き分けている。やがて、つみれを見つけると、挟んで、引き上げた。
「どうしてここまでしなきゃいけないんだよ」
「死ぬ、死ぬ」
高波が幼卒DQNの皆様に襲いかかった。二名ほど、呑まれた。
「あれって菜箸でしょうか?」
「ああ。そういうことなのか」
箸を持ってるのはどれだけ大きな人なのだろう。そして巨大な菜箸はまたスープの中に身を沈めた。ざぶん、ざぶん。かき回す。陸地を津波が襲った。そして
「やれやれ、大した執着だ。花蝶姫、一刻を争う。落ちよう」
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