第15話 始動 ①

「愛してるわ」

「オレもだよ」

 罪悪感と至福の間で揺れる。

 すると寝ていればいいものをチサトも目を半開きにしたまま身を起こす。

「愛してるわ」

「きめえ……」

 オレは今度こそチサトのダイブを回避してはしごを降りた。夢見心地で、足を踏み外しそうになる。非常食が短い足をわたわたと動かして駆け? 寄ってくる。

 さて、今日は猫缶にしようか。


 愛玩動物。

 オレの手足になるでもなく、麻薬を発見するでもなく、人を救助するでもなく、羊を管理することもなく、特に役に立つこともなく、オレの生命線である仕送りを頬張って生きている。

 

 見てくれこのまんまるで小さなな体を。

 奴の仕事は「可愛いこと」。

 動物は、愛玩動物は生まれるときにさいを振り、人間様に可愛いと思われるような要素を持っていれば生き延び、持たざれば死して、を繰り返した。故にひたすら人間を魅了する。

 最早もはや野生はどっかに行ってしまい、大自然に放り出しても生きていけないだろう。人間の余剰生産物をんで勢力を拡大する。

 故にオレは奴を捨てることができない。あのとき、拾ってしまったばっかりに。

 そういう意味では、ルーシーも同じなのかもしれない。

 いや。動物ってよりは……愛人?

 いや違うよそれにしてもなんて卑猥ひわいな響きなんだ。


 でも、ずっとこのままって訳にいかないだろう。

 オレはまだ、彼女に何もけずにいた。

 壊れてしまうのが、怖かった。


「新しいキャラでやる」

 まあチサトはへこたれて「DOFの顔も見たくない」とか言って止めるのだろう、と推量していた。いや、期待していた。

「あれ? この名前は既に使われていますになってる」

 チサトのパソコンを覗く。

「いや、チサトさぁ、また花散里って名前でやったらまた《流刑エグザイル》されちまうかもしれねえだろ」

「この名前がいいの」

 しかも本名だ。

「わかった。花散里を消せば新しい花散里でできるね」

「そこまでするのか……」

 チサトは躊躇なく花散里を消した。

 仕方ないのでチサトが生まれ変わって街に出てくるまで待ってやる。


「なんだかおしゃれさんだな」

 チサトはなんだかもこもこした奴を顔に巻いていた。ずり落ちたごん太いはちまきが鼻にかかっているようにも見える。

「チサトね、自分の影を見ると驚いちゃうんだって。だからこのシャド―ロールって奴を巻いておくの」

 なんだかひどいことになってるようだけど大丈夫だろうか。

「その得物は何だ」

 チサトは神社のお賽銭箱の上にぶら下がってるようなガラガラのついた太い紐を抱えている。

叶緒かねのおだって」

 もちろん大変大きな鈴がついているので街に騒音公害をもたらした。

「早く街を出よう」

 

 まるで大好物のラーメンを啜っているときみたいに、チサトはパソコンに向かい何か呟きながらDOFを続けた。オレは恐怖した。

 時折、花蝶姫がどうのこうの呟いているのが聞こえた。

 というわけで。

士房クラスタを作ろうと思う」

「何それ」

果実グレープと呼ばれる冒険者が集う同業組合だ。今から申請してくるんだが、名前をどうしようかと思ってな」

「チサトが決める。うーんとね。悪の秘密結社」

「ちょっと待て。反社会的な組織にするつもりか」

「うん」

 オレは唇を結んだ。


 かくして、ともかくめでたく悪の秘密結社、悪の秘密結社は結成された。

「色々決めなきゃいけないことがある。まずリーダーだ」

「カガミでいいよ。チサトそういうのわかんないし」

「リーダーの役職名はどうしよう。悪の枢軸らしく……総統? 党首? 書記長?」

「ハゲにしよう」

「オレハゲてないぞ」

「なんか偉そうなのはハゲだからハゲでいいの」

 と仰るのでオレはひどく納得して登録を済ませた。

「悪の秘密結社の本拠地も欲しいな」

 本拠地を決定するに当たり、色々考えなければならないことがある。まずは街へのアクセス。物資を如何なる方法で入手するにせよ、人のいない所は生活に不適だ。そして治安。咎。つまり他の人々を恐れ多くも殺すことになりそうなので警備兵が少ない地域を選びたい。更に気候、きれいな水など。


「本日より、悪の秘密結社の活動を始める」

 ぱちぱちぱち。

 何か号令でもしてみようか。

 アドルフ・ヒ○ラーよろしくオペラみたいに腕を振り上げる。

Adore me崇めよ!」

 ひらり、ルーシーの左手が挙がる。

「You bet!」

 慌ててチサトも右手を挙げて。

「ゆーべっと!」


 さあ、行こう! 

 オレ達は深夜の荒野を喚声を上げて無闇に走り回った。チサトの鈴がガランガラン言って邪魔を呼び寄せてくれる。もうホント頭がどうかしていた。

 でもなあに、狂人を演じてみるのも悪くないじゃないか。

 もちろんゲームだから、お外には邪魔がうようよしている。

 手始めに恋熊郵便屋とかいう善良な熊をなぶり殺しにした。うん。

「チサトはそうやって前線で敵をぶん殴ってるのが似合うな」

「は? 何それ。チサトがガサツな女みたいじゃない」

 はい。

 

 サバンナにはよこしまなシマウマなる邪魔がたむろ。邪なシマウマは黒地に赤のボーダーのシマウマで、御立派な角を有し肉食で人を襲って食べる。悪そうなサングラスもかけている。

 そもそもシマウマという動物は非常に賢く、ライオンの力量を看破し、若いライオンをからかい、強いライオンが来れば一目散に逃げる。よこしまなシマウマは更に賢く、狡猾こうかつに人を陥れる。

 チサトが興奮して叫ぶ。

「わらわら。獲物が沢山いるぅ」

 チサトが突撃していったのでオレも続いた。ルーシーが何か言いかけて仕方なく駆け出す。

「にゃォーン! 獲物が沢山来たぜぃ」

「突撃! お前が晩御飯!」

 十数頭の邪なシマウマは機敏な対応を見せ隊伍を成し、鶴翼の陣をいた。そこに吸い込まれるように飛び込んでいくオレとチサト。するとニャンニャン吠えながら邪なシマウマがオレを取り囲むように迫り、執拗に背後を狙う。残念ながらオレは背中に目を持たない。いいように袋だたきに遭う。

「あ、やべ。前に出すぎるなよ。肉食獣に喰われると蘇生ができなくなるからな」 

「まじ?」

 DOFにはほとんど、数字が表示されない。代わりになるのはざっくりとした棒グラフだ。FPS一人称視点が採用され、首を振らないと後ろは見えない。それでもゲームは立派に成立している。DOFを創ったのはrealizeという会社だがこの動詞には『現実化する』という意味がある(金を稼ぐという意味もあるが)。DOFには、可能な限りゲーム内の世界を現実の感覚と等しくしたいという思想が見て取れる。現実で人を殴っても『10ポイントのダメージを与えた!』と誰かが親切に教えてくれないのと同様、DOFでもそういった表示はない。体感して皮膚感覚で理解していくしかないのだ。


 必然フェケルティという能力を使うには因果律コーザリティを消費する。今、手札に切り札はあるがまだ切り札を使える程の因果律コーザリティが溜まってない。

 邪なシマウマは毎ターン《遅延行動ディレイアクト》という補助カードを出してきた。相手の行動を見てからメインカードを出して行動できるが、その行動に大幅なペナルティを負う。オレが狙わなかったシマウマは即座にオレに攻撃を仕掛けるので始末が悪い。次第に防戦一方になる。一度間合いを取って切り返そうにも気がつくとオレとチサトは四方を包囲されていた。

大体の動物系邪魔モンスターはこんなせこい戦術を採らない。というか知らない。素直に突っ込んできて実に素直にオレの《反撃カウンター》をお受けになる。

 

 準備完了。

 さあ、ルーシーの時間だ。

 

 オレを取り囲むシマウマを背後から矢継ぎ早に強襲。小麦粉を水で練った生地を熱湯に削り落とすが如く料理していった。

「囮がなってくれたから、助かったわ」

 と、ルーシー。

「ん。……ああ」オレは生煮えな返事をした。負傷がひどい。チサトはもう動ける状態ではない。

「どこかお座りできる所はないかな」

 目を凝らす。茶褐色の岩肌に、黒くぽっかりと陰が見える。

「お前じゃないよ」

 非常食がオレの言葉に反応してお座り・・・してしまう。い奴め。

「あそこで一休みしよう」

 コンピューターには、面倒だからしないとかここは手を抜こうだとかいう思考回路はない。天体の運行、天候、自然災害、生物の営み、生育、DOFにおけるすべての現象をシミュレーションしている。

 3メートルほどの空洞に身を滑り込ませる。中はどこまで続いているのか、どこまでも闇。

 マイクをオンにして大声を出してみると、反響の様子からかなり大きいことが予想できた。だんだん目が慣れてきて、何かぼんやりと見えてきた。ルーシーがしゃがみこむ。


「足跡が無数をあるわね。でもどれも相当古いものよ。奥に何か白く大きなものが見えるわ」

「そんなに見えるのか?」

かえって暗闇の方がよくく見えるくらいだわ」

 さすが日陰者シェイディ

 オレとチサトは手探りで壁伝いに進んでいくことしかできない。気がつくとルーシーの気配がない。先に行ってしまったんだろう。

 と、壁の質が変わった。

「どうやらここここは、神殿ね。古代々の人々が築いたものだと思うわ」

 一旦撤退して街に戻り、オークションハウスを覗く。燕尾服のお子様が対応してくれた。

「どんなもんをお求めですかん?」

「何か強い光を出すものが欲しい。できるだけ長い時間。できればローコストで」

「でしたらん……こちらは如何いかがざんしょん」

 そして示されたのは眠り苔というピンクい植物だった。

「この通り、常時ぐんぐぐうたららーん眠っておりますがん大きな衝撃を与えるとお目覚めてめといたんエネルギーを吐き出しますん。少々騒がしいのが難点てすがん」

 お値段はラーメン五百杯程。震える手でクリック、即決価格で即入札。間もなく届いた眠り苔を抱え生臭い臭いを撒き散らし息急き駆け足で洞窟に戻る。

「なんかさっきからサイコロ食べてる音がしてるけど何なのこれ? ごりごり」

 どうやらチサトはサイコロを食べたことがあるらしい。一体どんな動機でそんな奇行に及んだのやら。

「歯ぎしりみたいだな。苔に歯が生えているのか知らんが」

 紫に染まる空の下、ようやく神殿跡? に戻る。

「どれ、どうやったら起きるんだ?」

 手荒に扱ったら死んでしまうかもしれない。適当にクリックしてみる。

「まだするつもりぃ? あたしもう寝るの……」

 なんかいけないことをしてる気分になった。ああ、リアクションするのを忘れてた。

「苔がしゃべった!」

 と叫んでオレは双手もろてを挙げる。ああ、モーションキャプチャーをONにしていたのを忘れてた。カメラが反応して眠り苔は果敢に飛び降りると、派手な音を立てて石畳に激突なさった。鉢が割れる音が響く。

「いったーい! 何すんのよぉ!」

 と苔の分際で昔のマシンボイスみたいな声でさえずる。と、突然猛烈に発光した。

「こんなに広かったんだねえ」

 チサトが嘆声を漏らす。

 整然と石灰岩を敷き詰めて建造された神殿跡の奥に、二体の大きな像が三人と一叢むら睥睨へいげいしていた。一方は困っているようにも見え、一方は怒っているようにも見える。オレは眠り苔を拾おうと手を伸ばした。

「ちょっ! どこ触ってんのよバカ!」

「最低~。にやにや」

「いや、だって! ……そもそも苔に触って駄目なところがあるなんて知らねーし!」

「失礼しちゃうわ!」

「マジ最低~。ぷんすか」

「大体なんで苔ごときに気を遣わにゃならんのだ」

 オレは苔を鷲づかみにしてマントに乗せた。「ちょっ!? そんな無理矢理……」とか何とか言ってたけど聞く耳持たない。

「確かにここは神殿だな」

 眠り苔のおかげで建築物の隅々まで調査ができた。人工的な汚れがほとんどないところを見るとなるほどここは何か神聖な場所だったに違いない。部屋の中央に一段低いところがあり、天井はやたら高い。ここもさぞかし暖房費がかさむだろう。

「よし。ここを悪の秘密結社の基地にしよう」

「なんか神様に呪いをかけられそう」

「ここにボタンがあるわ」

 もちろん何も考えずに押してみると何か液体が染み出てきた。

「このままじゃダコになっちまう」

 湯気が立ちこめておりどうやらお湯だ。お湯が床に溜まっていく。

「神に拝謁はいえつする前に足々を清めるる必要があったみたいね」

「ふむ」

 血眼になって神殿を荒らしているといくつかの工芸品が見つかった。

「アジトには芸術品が似つかわしいだろうけど、今はとにかく先立つものが必要だ。売っ払っちまおう」

 そうしてオレは、このよくわからん神様のばちを受けるのだろう。いや、ネガティブな考え方はやめよう。谷があって、山が来たのだ。

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