第13話 妖狐とお買い物。(1)
五月の最後の日曜日。気持ち良い見事な快晴だ。
「ねっ! 今日は祐と冬花と買い物に行く日だよねっ?」
明るい声がリビングに広がる。声の主は都子だ。
昨日の夜から都子のテンションは高かったけど、当日になってまた一段とテンションが上がっていた。
「そうだな。でもまぁ、もう少し落ち着けよ……。出かける前に疲れちゃわないか?」
「大丈夫だよー! 楽しみだなぁー。冬花、早く来ないかな?」
「約束の時間までまだ随分あるぞ……?」
約束したのは午後一時。――現在の時刻は午前九時。このテンションがずっと続くのか?
想像すると少し怖い。昔、冬花の買い物に付き合ったことがあったけど、あの時も何軒も何軒も洋服屋を巡ったっけ。
冬花は嬉々として買い物をしていたけど、俺は最初の数軒以降は覚えていない。女子の買い物は恐ろしいという言葉を身をもって経験した。
「今日も……まさか、ね?」
「ん? 祐、どーしたの?」
「い、いや……なんでもない」
今日は平和な買い物ができるといいな……。
「こんにちはー」
「あっ、冬花! 待ってたよっ!」
約束の時間よりも早めに来た冬花を満面の笑みで迎える都子。その勢いに冬花は目を白黒させている。
そりゃそうだろう。例えるなら、大型犬がお気に入りにおもちゃに飛びつくようなものだ。
……流石に大型犬という例えは都子に悪いか。
冬花より頭一つほど小さい都子が、冬花の腕に抱きついている。
キラキラとした笑顔で抱きつく都子と、少し困ったような笑顔を浮かべている冬花。うん、二人の美少女がくっ付いている姿は目の保養になるし、実に絵になると思う。このシーンが観れない総司は可哀相だな。
「ちょっと、祐くん? 視線が少しえっちぃよ……? ほら、都子ちゃんも一回離れて、ね?」
いかんいかん、エッチな目で観ていたつもりはなかったけど、いつまでもこのままという訳にも行かないだろう。
「おほんっ……。とりあえず、都子? 俺たちも出かける準備しないと」
「うんっ!」
元気良く返事をして、軽やかに客間へと向かって行った。
「あはは……都子ちゃん、凄く楽しそうだね」
「あぁ、今日を凄く楽しみにしてたよ。今朝も、九時くらいにはソワソワしてた」
「そっか。じゃあ今日は都子ちゃんにしっかり楽しんでもらわないとね」
さっきまで都子に抱きつかれていた時は少し困ったような笑顔だったけど、今は柔らかい笑顔を浮かべていた。
そして――瞳にやる気の炎が灯っている。面倒見の良い冬花だ、都子に楽しんでもらおうとやる気を出したようだ。
平和な買い物ができると、良いな……。
「さー、どこから観て回るのっ?」
「まずは、洋服よっ!」
ワクワクした都子の問い掛けに、冬花がビシッと答えた。やっぱり、服を見るのか……。
冬花に連れられてやって来た洋服屋は以前も来たことのあるお店だった。
「都子ちゃんってスカート系が多いの?」
「うん、そうだねー。ヒラヒラしてて可愛いと思うんだっ」
「なるほどねぇ。じゃあ、上は今日はクリーム系のニットだけど、こだわりってある? もう少しすると暑くなってくるからニット系だとキツイと思うんだけど」
「そうだねー。Tシャツ買おうかなぁ?」
店内に入り、二人は早速服を選び始めた。こうなると、男の俺は手持ち無沙汰となる。
あまりキョロキョロしていると不審者に間違われるので注意が必要だ。
さて、どうしたものかと思っていると都子が声をかけてきた。
「祐。これとこれ、どっちがいいと思う?」
そう言って、都子が見せてきたのは白のスカートと迷彩柄のスカート。
「え? うーん、俺はあんまりファッションとか詳しくないからなぁ……」
「とりあえずでもいいから、祐の好みを教えてよー」
とりあえず、両方とも着ている姿を想像してみた。正直、都子自身が美少女だからどっちでも似合うと思うんだけど……。
「そうだなぁ……じゃあ、こっちかな? どっちも都子に似合いそうだとは思うけど」
「こっちかぁ。わかった、ありがとねっ!」
少し考えて、無難な白のスカートを指差した。迷彩柄も元気な都子に似合うとは思うんだけど、艶やかな黒髪に白のスカートが良く似合うと思う。
健康的なふとももとの相性もバッチリだと思う。
「ふぅ……」
女の子の服を選ぶって嬉しい反面、どういう反応をされるかわからなくて結構怖いんだよな……。
都子の反応から無難に選べたと安堵のため息をついていると、視線を感じる。
「ん? あれ、冬花? どうかしたのか?」
「都子ちゃんにも選んであげたんだから、私の服も選んでよね!」
「あ、あぁ……わかったよ」
冬花が少し拗ねたような表情で服を持って近づいてくる。
「前に選んでってお願いしたときは断ったくせに……」
「いや、あの時はもう何軒も周っててヘトヘトだったからで……いや、なんでもないです」
ジロッと睨まれて、言葉を濁す。
「これとこれ、なんだけど……祐くんはどっちが好きかな?」
冬花が持ってきたのはグリーン系のミリタリージャケットとデニムのジャケット。
都子の時の様に着ている姿を想像してみる。デニムジャケットの方が冬花の亜麻色の髪に合うんじゃないかな?
それに、冬花はデニム系を結構着ているイメージがあるので本人も好きだと思う。
「んー、こっちかな? こっちの方が冬花のイメージに合うと思う」
「わかった。……ありがと」
冬花は俺が選んだ服を胸に抱いて都子の方へと歩いて行った。
「はぁー、いい買い物が出来た!」
「だねっ! あのお店良かったよー」
お店から出た二人は満足げに会話をしていた。前回、冬花に連れまわされた時に比べれば、凄く楽だったんけど……店内に少なからずいた男性客からの視線が痛かった。そりゃ、美少女を二人も連れていれば俺でもそういう視線を向けると思うし仕方のない事だ。
次に本屋にやって来たけど、俺が定期的に買っている漫画の新刊もまだ発売は先だし店内をプラプラしていた。
特に見たいものないので二人を探すことにしたんだが……。
「見つからないな……。ん?」
すれ違った、二人組みの客の会話が耳に入った。
「外にいたナンパされてた二人、可愛かったよな」
「あぁ。でも男三人に囲まれてナンパされて――」
「ちょっと! すみません! それって黒髪ポニーテールと亜麻色のフワフワした髪の子ですかっ!?」
慌てて二人組みの話に割って入る。
「あ? あぁ、そうだったかな……?」
「っ!? ありがとうございます!」
本当は、店内を走るなんて危険行為は慎むべきだろうが今はそんな事を言っていられない。
この地域最大の売り場面積を誇っているだけあって、入り口まで遠い。まだか? と、気持ちばかりが
ようやく入り口が見えてきた――。
「ちょっとっ、冬花が怖がってるでしょ! 離れてよっ!」
「綺麗な顔して勇ましいなぁ。そうツンケンすんなよ」
「いやいや、強気なのもそそられるじゃねぇか。泣かせたくなるだろ?」
「ホント、お前は良い趣味してるよな」
都子のキツイ口調での拒絶を、嘲笑うかのような男たちの会話。ゲラゲラと笑っている声も不愉快に感じる。
入り口を出て、声のする方に視線を向ける。そこには壁際に冬花を庇って前に出る都子と、二人を囲む三人の男たち。二人を見るニタニタした目元に、無性に腹が立った。
「――んっ! 触るなっ!」
一人の男が、都子を無視して怯えている冬花に手を伸ばそうとした瞬間、小気味いい音が響く。
都子が男の手を叩き払った音だ。
手を払われた男が手をヒラヒラさせながら都子を睨みつける。
「いってぇな……」
「おいおい、大丈夫かよ。女に手を振り払われるとかマジでウケるんだけど」
「ちっ。てめぇ、たっぷり可愛がってやるから覚悟しとけよ――」
都子に手を払われた男が拳を振り上げようとしたところで、都子たち二人と男たちの間に割りこんで――。
「おい、何やってん――っ!」
丁度、男が突き出した拳に当たった。……地味に痛く半歩ほど後ずさる。
地味に痛い程度だったけど、女の子を殴ろうとするなんて……。
「……なに、睨んでんだよお前。急に横から入ってきておいて、部外者は引っ込んでろよ」
「部外者? 俺の友達を囲んでるのはお前らだろっ! 自分たちより弱そうな奴にしか絡めないのかよ、ゲス野郎」
売り言葉に買い言葉。ついつい、相手を煽ってしまった。良く考えてみれば、都子がこんな奴らに負けるとは思えないけど。
「カッコつけてしゃしゃり出てきたことを後悔しろっ!」
やはりと言うか、殴りかかってくる男。横に飛んで避ける。
ガラ空きになっている左側に剣道の体当たりの要領で身体をぶつけると殴りかかってきた男は尻餅をついた。
それを見て、もう一人の男が殴りかかってくるのが見えた。――あれ? 昔もこんなことがあったような?
どこであったのか思い出せなかったけど、身体が勝手に動く。
男の腕を掴んでそのまま引っ張り、自分を軸にまわして放り出す。
残りは一人か?
そちらを向くと、焦った様子で地面に転がる仲間と俺を交互に見ている男が視界に入った。
視線がぶつかると――。
「い、いや。悪かった。じゃあ、俺たちは行くから……」
口早に話し、仲間を叩き起こして引きずるように逃げていった。
その後姿を見ながら、さっきの感覚を思い出す。
勝手に身体が動いた時に感じた既視感はなんだったんだろう? 喧嘩をした記憶なんてないんだけどなぁ……。
「あはっ! やっぱり祐はカッコいいね!」
左腕に軽い衝撃と柔らかな感触が生まれ、考え事を中断させる。
左腕を抱きかかえた都子が満面の笑みで俺を見上げている。
「いやぁ……都子は大丈夫か? 冬花は?」
至近距離で赤茶色の瞳に見つめられると凄くドキドキする。つい、都子から視線をそらして冬花に声を掛ける。
「……うぅ」
「ん? 冬花どうした?」
冬花の返事が曖昧だったのでそちらを向くと、ヘナヘナとしゃがみこむ所であった。
「だ、大丈夫か?」
冬花の元へ行こうとした時――。尻餅をついた冬花のスカートが完璧にめくりあがってしまっている。視界に映るのは三角形の布切れ。ついつい視線が釘付けになってしまった。
「冬花、下着見えちゃってるよ?」
未だ、俺の左腕を抱えている都子が冬花に話しかける。その言葉にハッとし、両腕でスカートを押さえる冬花。
「――っ!」
顔を真っ赤にして俺を見つめる冬花。その瞳は少し潤んでいるように見える。
ジッと俺を見つめたあと、視線を地面に向けて冬花は呟いた。
「……祐くんのエッチ」
「うっ……。ご、ごめん……」
謝りつつも、脳裏に浮かぶのは足の付け根を守っていた三角形の布切れ。それは水色と白のストライプ――まさかの縞パンだった。
「もう! 祐くん、今見たの忘れてよっ!」
冬花の叫び声が空に響いた。
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