第12話 妖狐とおしゃべり。
「ふぅ……今日の夕飯も美味かったな」
都子が作ったビーフシチューは大変美味しかった。
いつもと同じ肉屋で買った同じ肉なのに凄く柔らかかったし、デミグラスソースもコクが出ていてビックリした。
母さんに聞いてみれば、いつもウチでビーフシチューを作るときに使っている材料とほとんど同じだそうだ。
これが料理する人間の力量の差なのだろうか。都子がやって来てからは飯が楽しみになった。母さんには申し訳ないけど、都子の料理は本当に美味しいと思う。
「それにしても……」
カバンの中から今日、学校で配られたプリントを取り出す。
このプリントを読んだ時にも『物の怪』の事が頭をよぎった。でも、もし『物の怪』の仕業なんだとしたら警察に対応出来るんだろうか?
実際に襲われたりしない限りは『物の怪』なんて存在を信じることは出来ないと思う。
そこら辺の事は、ただの高校生である俺がどうこう考えても無駄な事だ。
俺に出来る事はせいぜい、また襲われたときに逃げられるように心構えをしておく事くらいか……。
そういえば、『物の怪』って竹刀とか木刀みたいな物理攻撃が通じるのだろうか?
都子は短刀と蹴りで戦っていたから恐らく通じる気がする。機会があったら聞いてみよう。
物理攻撃が効くのであれば、最近再開した毎朝の素振りも役に立つかもしれないし。
コンコンコン――。扉がノックされる。
「ん? はーい!」
「祐、今大丈夫?」
「都子か。大丈夫だよ」
扉が開いて、その隙間から都子がひょっこりと顔を覗かせる。
「どうかした?」
「飲み物入れたから、どーかな? って思ってさ。紅茶だよ」
そういって、ティーポットとカップが載ったお盆を見せてくる。
ほのかにフルーティーな香りが鼻腔をくすぐった。
「じゃあ、もらおうかな」
「はーい!」
部屋に入ってきた都子がローテーブルにお盆を置き、カップに紅茶を注ぐ。
ポットから綺麗なオレンジ色の紅茶が注がれ、部屋にふわりと香りが広がる。
「うーん、やっぱり美味しいなぁ」
「えへへ。祐に褒めてもらえると嬉しいよ」
今まで紅茶をそんなに好んで飲んでいなかったので、気の利いた事は言えないから素直に思った事を伝えた。
そんな俺の言葉でも喜んでくれる都子の笑顔に背中がむず痒くなってしまう。
しばらく無言で紅茶を飲んでいたが、他の人がいる場では話せない内容だし今が『物の怪』について聞く機会なんじゃないだろうか?
「そういえば、『物の怪』についてちょっと質問があるんだけど、いいかな?」
「うん? 私に答えられる事なら」
キョトンとした表情を浮かべつつも、話を先へと促してくれた。
「んっと、『物の怪』って物理攻撃効くのか? 例えば、俺が木刀とかでけん制したり出来るかな? 流石に倒せるとは思ってないんだけどさ」
「んーそうだね。物理攻撃はちゃんと通じるよ。だから、蹴ったり殴ったりしても効果はあるけど……直接触るのはやめた方がいいかな?」
「あーそうなんだ、物理攻撃は通じるんだな。それで、直接触らない方が良いっていうのはどういう事?」
俺の疑問に都子は、カップに入った紅茶の水面を見つめて少し考えながら答えてくれた。
「うーんとね……この前、祐を襲ってたみたいに真っ黒になっちゃっている『物の怪』は負の感情っていうのかな? そういうのの塊だから触ってるだけで心に負荷がかかって発狂しちゃうんだよ」
「うわっ……それは怖いな」
「だから、もし遭遇しても逃げるのが一番だと思う」
触っただけで発狂するとか、負の感情って怖いんだな……。
俺が『物の怪』に襲われたときにもし都子が助けてくれなかったら、と思うと身体がブルッと震えた。
少し冷めた紅茶で唇を湿らせて、口を開く。
「そうだな……わかったよ。でも、そんな『物の怪』を倒せるって妖狐は凄いんだな」
「そんな事無いよ。真っ黒になっちゃった『物の怪』って基本的にはイノシシみたいに突っ込んでくるだけだからね。それに妖狐も『物の怪』の一種だからね」
「えっ、そうなのか? どういう違いがあるの?」
言われてみれば、妖狐も妖怪の一種だから『物の怪』なのかな?
それでも目の前の都子と、あのどす黒いものが同じ『物の怪』だとは到底思えない。
「負の感情というかエネルギーを吸収しすぎて理性がなくなっちゃった『物の怪』かそうじゃないかくらいの違いじゃないかなぁ……?」
「へぇ……『物の怪』にも色々いるんだな」
人間にも良い奴と悪い奴がいるように、『物の怪』もそんな感じなんだろう。
「ありがと、参考になったよ」
「祐の役にたてたなら私も嬉しいよっ! でも、どうして急にそんな事聞いてきたの?」
都子からすれば、当然の疑問だろう。
なんて答えればいいか一瞬迷ったけど、都子には話してみた方が良い気がする。
「あぁ……これ、今日学校で配られたプリントなんだけどさ」
そういって、机の上においてあったプリントを都子に渡す。
「学校の側で事件があったんだ。それで、フッと『物の怪』に襲われたときの事を思い出したんだ」
「んーなるほどね……」
なにやら思案げな顔をしている都子。『物の怪』の仕業なのでは? という俺の言葉に思うところでもあったのだろうか?
結局、都子はそれ以上その話題には触れず話は学校の話へと移っていった。
「ん、もうこんな時間か……。そろそろ、今日はお開きにしようか?」
時計を見ると十一時を過ぎていた。都子が紅茶を持ってきてくれたのが九時前だから、二時間近く喋っていたのか。
明日も学校だし、この辺で切り上げた方がいいだろう。少し名残惜しい気もするけど……。
「あっ、ホントだねー。色々お喋りできて楽しかったよ!」
都子のストレートな言葉にはまだまだ慣れそうにない。
顔とか耳が熱く感じるのでおそらく、赤くなっているんじゃないかな。
「……あはは、ありがと。俺は風呂入ってくるよ」
「はーい。――あっ!」
「ん? どうかした?」
何かを思いついたような顔をする都子。一体、どうしたのだろうか? と思ったのだが……。
「えへへ……お背中、流しましょうか?」
コテッと顔を傾けてからの上目遣い。パッチリした瞳がキラキラと輝いている。
一瞬、呼吸することすら忘れてしまっていた。
「――っ! だ、大丈夫だからっ!」
「祐がして欲しかったらいつでも言ってね?」
そういってウィンクをした都子は、ティーポットやカップが載ったお盆を持って軽やかな足取りで部屋を出て行った。
俺はその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。いつか都子をからかったり、ビックリさせることが出来るかな? なんて、俺のキャラじゃない事が頭の片隅に浮かんだのはきっと、混乱していたからだと思いたい……。
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