第6話 早く起きた朝は。
昨日の朝は、起きたら何故かベッドに都子が居て、動揺しているうちに起こしに来てくれた冬子に見られて……
冷たい冬子の視線がとにかく怖かった。――抱きつく都子は柔らかくて良い匂いがしたなぁ。
あの後、冬子の絶叫を聞きつけた母さんがひょっこりと俺の部屋をのぞく。
部屋の中をみてニンマリとした笑顔を作り、部屋の扉を閉める寸前に能天気な発言をしていた。
「あらあら、青春ねー。若いって良いわねー」
そんな事言わずに助けてくれればよかったのに……。
確かに、絵面的には青春っぽかった気がする。でも当事者になるとそんなこと気にしている余裕などないのだ。
ハーレム系の主人公には脱帽する。特にあの肉欲にまみれた感じとか。とりあえず、食っちゃおう的な行動とか。
俺にはとてもマネ出来ない。
その後、都子に離れてもらい、何故か怒り心頭な冬子をなんとか落ち着かせることに成功した。
その代償は、朝飯抜きでの登校である。まぁ、そのくらいで済んだといえばその通りだけど、育ち盛りの男子高校生が朝飯を抜くことはなかなかに拷問だと思う。
授業中にお腹が鳴るのをどう回避するか、鳴ったときはどう誤魔化すかと色々考えてしまった。
静かな授業中にお腹が鳴るのって凄く恥ずかしいんだよね。
その日の昼飯は『空腹は最高のスパイス』という言葉の意味を良く理解することが出来た。
ただ……通学中も授業の間の休み時間もやけに冬子の視線を感じた。
多分、都子のことでまだ色々と聞きたいのだと思うけど……正直、婚約者候補なんていったらどんな視線を向けられるかわかったもんじゃない。
それに俺自身まだちゃんと事態を理解できていない。『物の怪』に襲われ、そこを美少女な妖狐に助けられて、実はその妖狐が婚約者候補でした! なんてそうそう理解できる展開ではない。
その辺も含めて、どこまで冬子に話せば良いのか俺自身も良く分かっていないのだ。
帰宅部の俺は学校がない土曜にそこまで早起きする必要がない。
ただ、中学は剣道部で毎日朝練があったし、小学生の頃は毎朝学校へ行く前に庭で素振りをしていたので基本的には早起きな部類だと思う。
高校に入学してからは朝の素振りを辞めてしまったけど……今日からまた再開しようかな?
都子が言うには俺は『物の怪』を引き寄せやすい体質だそうだ。またいつ襲われるかもわからないし、危機管理は重要で用心することは大切だと思う。
流石に竹刀や木刀で『物の怪』を倒せるとは思わないけど、何もしないよりはマシだろう。
枕元の目覚まし時計を見ると午前六時半を過ぎた頃。
クローゼットにしまっていた竹刀を一年ぶりくらいに出す。買った時にもらったビニール袋に入れておいたのですぐに使えるだろう。
……あとでばらして手入れをしてあげよう。
竹刀を片手に階段を下りる。サンダルでは強く踏み込めないので下駄箱からスニーカーを取ってこなければならない。
庭に出るためにリビングに入るとそこには都子と母さんがもう既に起きていた。
「あれ? おはよう。二人とも早いね?」
「あら、おはよう。あんたこそ、学校が無いのにずいぶんと早く起きてるじゃない? それに竹刀なんて持ってどうしたのよ?」
「おはよー祐。私は毎日これくらいの時間には起きてたからねー」
「あんたに学校がなくてもお父さんは会社に行くのよ」
「あーなるほど……俺は少し身体を動かそうと思って」
そういって竹刀に視線を向ける。
「まぁ、そういう訳だから庭で素振りしてる」
「はいはい」
竹刀をジーっと見ていた都子。
そういえば、助けてもらった時に短刀で戦っていたってことは、剣術の心得があったりするのだろうか?
「都子? どうかした?」
「うんん、なんでもないよ」
屈託のない綺麗な笑顔でそういわれてしまうと言及は出来ない。
……男ってつくづく、美少女に弱い生き物なんだと思った。
「そっか」
そう言って庭へと出る。
軽く柔軟をしてから、竹刀を中段に構える。
息をフッと吐きまずは上下素振り。手首がだいぶ硬くなっているようだ。
汗が滲んでくるまで竹刀を地面すれすれまで振り下ろす。
汗をTシャツで拭い、正面素振りと左右素振りを混ぜて竹刀を振るう。足運びの確認も同時に行ってみる。
久々に握った竹刀だけど長年やっていただけあって心地良い感覚がある。
足運びの確認も終わり、跳躍素振りに移る。スニーカーが庭の砂を舞い散らす。
「――ふぅ」
百回目の振り下ろしが終わったときTシャツは汗でじっとりと濡れていた。
久々の激しい運動に息が切れているし、喉がカラカラだ。
リビングに戻って何か飲もうか、と思っていると庭とリビングの間の扉が開かれる。
「祐、お疲れさま! 素振りしてる祐、凄くカッコよかったよ!」
ストレートな賛辞と自分に向けられる笑顔に自分の顔が赤くなるのがわかる。
素振りをしたからではなく、体温が上がった気がする。
「はい、これ! 麦茶だよ。あとタオルも」
都子はそう言って、麦茶の入ったコップとタオルを渡してくれる。
こうも甲斐甲斐しく世話をされると凄くむず痒い……。
美少女に尽くされるって本当に嬉しいものだと、しみじみと思った。
ニコニコと俺を見る都子に、赤くなった顔をこれ以上見られるのは恥ずかしい……。
グイッと差し出された麦茶をイッキ飲みして、空のコップを都子に返す。
自分で台所に持って行けば良かったな、なんて思ったけどもうコップを返してしまった。将来は亭主関白にならないように気をつけないとなぁ、なんて良く分からない思考になった。
とにかくこの場を離れて冷静になろう。
「麦茶とタオル、ありがとね」
「ううん! 祐の役に立てたなら良かった」
どうして都子はこうも俺なんかを慕ってくれるのだろうか?
そんな疑問が頭によぎる。それも一瞬で笑顔で俺を見つめる視線に耐え切れず、早口でまくし立てる。
「――汗も凄くかいちゃったし、風呂でシャワー浴びて来るよ!」
「うん! いってらっしゃい」
春の陽だまりみたいな暖かな笑顔は破壊力抜群である。
少しぬるめのシャワーを頭から浴びる。
水のまま浴びても良いくらい、久々の素振りと都子の笑顔が効いているようだ。
――女の子にあんな笑顔を向けられたことなんて、生まれてから一度もなかったもんなぁ。
今まで自分の側にいた女の子といえば冬子くらいで、その冬子とは生まれてからずっと幼馴染をやっている。
兄妹も同然の存在みたいなもので、女の子としてあまり意識したことはなかった。
「ふぅ……」
ガシガシとやや乱暴に髪を洗う。
目をつむるとまぶたの裏に浮かぶのは先ほどの都子の笑顔。
うーん、ドキドキが止まらない。自分の女の子耐性の低さにビックリだ。
しばらく、シャワーを浴びていると幾分マシになってきた気がする。
平常心……平常心……。
深く息を吐き、シャワーを止めて風呂から出る。
「あ。着替え持ってくるの忘れた……」
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