第3話 妖狐の向かう先は。

 自身を妖狐だと言ったキツネ耳キツネ尻尾の美少女――山城都子やましろみやこ

 敬礼を崩した感じのポーズがなんとも可愛らしい。


 ポーズを解いてこちらに向かってくる。

 座り込んでいる俺の目の前まで来ると手を差し伸べてくれた。

 差し伸べられた手の意味が理解できなかったのでしばらくその手を見ていると俺の方へ伸びてくる。

 何かと思ったのも束の間で、俺の手をギュッと握って引っ張ってくれた。


「ほら、祐。立てる?」

「あ、あぁ」


 凄くスベスベとしていて柔らかい。女の子と手を繋いだのなんて幼稚園の遠足以来じゃないかな?

 手を借りて立ち上がったものの、手を離すが惜しい気がしてしまう。

 握手のような形で手を握りながら、目の前の美少女を観察してしまう。


 耳と尻尾はすごく自然に動いている。

 触ってみたいな……。モフモフしてそうで、触り心地も良さそうだ。

 しかし、初対面の美少女に耳とか尻尾を触らせて欲しいとお願いするのはなんだかセクハラっぽい感じがして嫌だな。

 って、まだ手を握り続けている時点でセクハラか!?


 慌てて手を離す。

 キョトンと首を傾げて俺を見上げる真紅の瞳。

 とにかく何か会話をしないと……。


「えっと、立つの手伝ってくれてありがとう。妖狐……。キツネの妖怪ってことだよな? じゃあ、その耳と尻尾はホンモノ?」

「うん、そうだよ!」


 ピョコピョコと耳が動く。


「ここまでどうやって来たの? その耳と尻尾で街中を歩いて大丈夫だったのか?」


 光の加減で銀色にも見える美しい白髪。今も太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 ぱっちり強気そうなつり目に宝石のような真紅の瞳。スッと通った鼻筋に小さな桜色の唇。

 髪の色も特徴的で容姿も抜群に優れている。その上でキツネ耳キツネ尻尾のオプションまで付いていれば、すれ違った万人が振り返るのではないだろうか?

 そんな俺の疑問になんでもないように答える美少女妖狐。


「故郷からは電車で来たよー。それに耳と尻尾は妖力が高まった状態でしか現れないから大丈夫なんだ」


 そう言ってからすぐに髪の毛が光り輝く白から艶やかな黒へと変わっていく。

 髪の色の変化が始まると同時に真紅の瞳も赤茶っぽい色になる。

 そして、色の変化が終わるとキツネ耳とキツネ尻尾も消えていった。


「なるほど……」


 確かにこの状態なら、単なる人間の美少女だ。

 美少女、という時点で人目は集めるだろうけど不自然ではない。


 軽い足取りで俺の後ろへと歩いていく妖狐を目で追うと、大きなボストンバッグがあった。

 ボストンバッグを肩に掛けると再び俺の前に戻ってくる。


「そういえば、えっと……山城さん?」

「都子でいいよー」

「あ、えっと、み、都子?」

「うん!」


 いかん、ドモってしまった。でもそもそも、女の子の名前を呼び捨てにするなんて冬花くらいで全然慣れてないんだから仕方無いよな?


「それで? なーに?」

「あ、うん。さっきの真っ黒い奴って一体なんなの?」

「あれはね、『物の怪』って言えばわかるかな?」

「物の怪? 妖怪とかそういう類の?」

「そうそう。そういう認識で良いと思うよ」 

  

 キツネ耳キツネ尻尾の妖狐がいたくらいだ。他にも色々いたとしても俺はもう驚かないぞ。


「祐はもともと、寄せ付けやすい体質だからね」

「え!? じゃあ……俺はまたああいう奴に出くわすってこと?」

「うーん、多分」


 マジかよ。俺、何か悪いことしたのかな?




 死を覚悟した出来事があったものの謎の美少女妖狐――山城都子に助けてもらい、無事に家路に着く。

 家路に着くのは良いのだが……。


「あの……都子? 都子もこっちに用があるのか?」


 そう、何故か都子が俺の一歩後ろを付いてくるのだ。


「そうだねー。こっちで合ってるはずだよ」

「そうですか……」


 はず、という言葉が若干怪しいけど美少女に屈託のない笑顔で言われれば、男としては納得せざるを得ない。



 そうこうしているうちに、自宅に着いてしまった。

 玄関の前に立つ俺と、俺の後ろに立つ都子。


「あのさ……ここ、俺ん家なんだけど?」

「うん、私の目的地もここだよー」


 これは一体どういうことだろうか? 美少女妖狐が俺の家になんの用事があるんだ?

 何と無くありえない妄想も出来るけど、まぁありえないだろう。

 考えてもわからないし、玄関に突っ立ってても仕方がないので家に入ろう。


「ただいま」

「あら、おかえり」


 リビングから顔を出した母さんが出迎えてくれる。

 そして、視線を都子へと移す。


「あら? もしかして山城都子ちゃん?」

「はい、お義母様。今日より笠間家でお世話になります、山城都子です」


 都子はそう言って深々と頭を下げた。さっきまでと全然口調が違う……。

 というか、今『おかあさま』って言ったような?


「え? おかあさま?」

「おじいちゃんからうちで預かって欲しいって電話があったのよ」

「はい。源七様から紹介されてこちらでお世話になります」


 源七は俺の父方の祖父の名前だ。

 そして、俺の疑問は華麗にスルーされたようだ。


「それにしても……」


 母さんがマジマジと玄関に佇む美少女妖狐をみて、軽くため息をついた。


「都子ちゃんみたいな美人さんが祐の婚約者候補だなんてね――」


 なんとも気の毒そうな目が印象的だった。

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