第2話 妖狐と出会った。
総司と交差点で別れて、住宅街に入った。
いつもよりも人通りが少ない通学路を一人で歩いていると、なにやら肌寒く感じてくる。それに……どう言葉にすればいいのか迷う肌にちくちくと刺さるような感覚。
心がざわめき、自然と早足になる。
一刻も早くこの感覚から逃れたいという思いで家へと急ぐ俺の目の前に――『何か』が居た。
「っ!? なんだ!?」
吸い込まれそうなほどに真っ黒な『何か』。
大きさは中型犬くらいのサイズだろうか? 真っ黒いモヤが掛かっていて良く分からないが、四本足のように見える。
見ているだけで、本能が「アレは危険だ」と警告を発しているような感覚。
視界に入った瞬間、さっきまで肌にちりちりと刺さるように感じていたものが鮮明になった気がする。
その『何か』に観られた気がした。
――ゾクッと背筋に寒気が走る。
モゾっと動いた次の瞬間、『何か』が俺に向かって飛び掛かってきた。
「――ひっ!?」
声にもならない悲鳴みたいなものが口から漏れるが、足がもつれて転ぶように『何か』を回避出来た。
何故だかわからないけど、触れられると危険な気がする。それほどまでに禍々しい黒色なのだ。
「あ、あぶねっ……」
しかし、今の俺の体勢は無様に尻餅をついてしまっているので次は避けられないだろう。
あとは横へ転がるくらいしか選択肢がない。
恐怖で心が塗りつくさせているにも関わらず、今の状況を冷静に観ている自分がいるようだ。
あぁ、次が避けられてもいつまでも避け続けられるわけじゃないだろうな――ここで俺は死ぬのかな?
軽い反動をつけて、『何か』が再び俺に飛び掛ってくる。目前に迫った『何か』がスローモーションで見える。
この引き伸ばされたように感じる時間は、走馬灯を見るためのロスタイムなんだろうか。
さっきまで友達と話していた自分がもの凄く懐かしい感じがする。
死にたくない――まだ、死にたくない! そう心が叫んだ。
「てやぁぁぁっ!」
掛け声と共に、俺の後ろから『何か』に突っ込んでいく人影。
俺の横をすり抜けたときにふわりと柔らかで優しい香りがした。
その人影は突っ込んでいく勢いを殺さずに、手に持っていた短刀を『何か』に向けて横薙ぎに振るう。
――シュッと空気を切り裂く音が鳴る。それほどに素早い横薙ぎ。
短刀であったため、そこまで深く『何か』を傷付けられなかったのであろう。
横薙ぎに短刀を振るった腕の動きに合わせてくるりと一回転し、そのまま『何か』を蹴り飛ばした。
飛び後ろ回し蹴りが綺麗に入った形である。
その回転に合わせて、長く美しい白い髪が舞い広がりキラキラと太陽の光を反射している。
ちらりと見えた顔は人形のようにもの凄く整っていた。白い髪と整った顔は、神秘的で神々しい雰囲気を纏っていてた。
蹴り飛ばした後とは思えないほどにフワッという擬音が似合いそうな、軽やかな着地。
舞い広がった銀色にも見える白髪は重力により垂れ下がると腰辺りまでの長さであった。
その人影が『何か』に向けて手をかざす。
次の瞬間、数個の青白い炎が人影をぐるりと囲むように、いきなり現れる。
「――行って」
鈴を転がしたような耳障りの良い声が聞こえると、青白い炎は『何か』へ向かって高速で飛んでいく。
次々と『何か』にまとわりつき、徐々に大きな一つの青い炎になっていく。
最後の一つが『何か』にまとわりつき、そして――ジュッと音を立てて消えた。
「……助かった、のか?」
カラカラの喉で何とか声を絞り出した俺の呟きを聞き、こちらに身体を向ける。
ぱっちりとしていて勝気そうなつり目。宝石のようにキラキラと輝いている真っ赤な瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。
「うん、助けに来たよっ! 祐!」
ぷっくりとした桜色の唇から明るく、快活で澄んだ声が発せられる。
正面をこちらに向けたことで直視した容姿や耳に心地良い声色に思わず、絵に描いたような美少女だと見惚れてしまう。
……ん?
「君は、俺の名前を知ってるの?」
「うん、もちろん! 笠間祐(かさまゆう)君でしょ?」
そう言って、ニコッとした笑顔を俺に向けてくれる。
んー? 俺にはこんな美少女の知り合いはいないと思うんだけどな……。
だってこの子、一度見たら忘れられないくらいの美少女だぜ? こんな子を忘れるほどボケてはいないと思いたい。
と言うか、顔にばかり気を取られていたけど――。
頭の上でピコピコ動いているケモ耳とか、身体の後ろから時々見えるキツネっぽい尻尾は一体……?
「私は、
――妖狐。
敬礼を崩したようなポーズを取り、はにかんだ笑顔とふさぁっと揺れる尻尾。
頭の上の耳がピコピコと動きながら、キツネ耳・キツネ尻尾の美少女――山城都子はあっけらかんと俺にそう言った。
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