妖狐が嫁入りにやって来た。

秋之瀬まこと

第1話 始まりの訪れ。

 学校からの帰り道、俺は死を覚悟した。

 目の前に迫る、よくわらかない禍々しいまでにドス黒い『何か』。

 遠い昔に見たような記憶があるソレが俺の目前まで迫っていた。

 ――まだ、死にたくない! そう心が叫んだ。


 ◇ ◇ ◇


「連絡事項は以上だ。気をつけて帰れよ」


 そう言葉を残し担任の先生は出席簿を片手に教室を出て行った。

 先生が出て行くと、クラスの雰囲気は途端に弛緩したものとなって、クラスメイトたちはそれぞれに思い思いの行動を取り始める。

 ある者は友達と会話をし、ある者は黙々と帰宅の準備をする。

 ある者は友達と連れ立ってどこかへ移動し、またある者は部活へと向かう。

 俺は帰宅部なので黙々と帰宅準備をするグループである。グループなどと言っても横にも縦にも連携があるわけでは無い。帰宅部ですから。

 宿題のプリントと筆記用具だけの薄いカバンを手に、席を立つ。

 教室の扉までの間にいるクラスメイトに声を掛けながら帰宅しようとした。


「おーい、ゆう。途中まで一緒に帰ろうぜ」


 後ろから俺に声を掛けてきたのは友人の福島総司ふくしまそうじ。コイツとは中学の頃からの付き合いだ。

 去年は違うクラスだったけど、今年は同じクラスとなった。


「おー、良いよ。今日はゲーセン寄ってく?」

「一昨日行ったばっかりだからな。そんな頻繁にゲーセン通いできるほどリッチマンじゃねぇよ」

「それもそうだ」


 バイトをしていない俺たちには週に何度もゲーセンに行けるほどの財力はない。

 これを機にバイトを始めようなんて気もさらさらない。そこまでしてゲーセンに行きたいわけじゃないし、友達と駄弁る程度なら小遣いの中でやりくりできる。

 ……そういえば去年、クラスのやつが彼女にクリスマスプレゼントを買うために短期のバイトしてたっけ。本人はサプライズのつもりで彼女に黙っていたんだけど、それを浮気と勘違いされて大変だったらしい。

 その話を聞いて「男女が付き合うのも大変だなぁ」なんて小学生並の感想を口にしたのを思い出した。



 昇降口を抜けて、校舎を出る。

 グラウンドではすでに部活の準備をしている生徒たちがちらほらといる。中には見知った顔もあったので、多分去年のクラスメイトとか同じ学年の奴らなんだろう。

 なにやら他の生徒に指示を出している様子だし、新入部員の指導をしているんだと思う。

 そんな光景をボーっと眺めていると、横から総司に声を掛けられた。


「そんなボーっと野郎を眺めて、どうしたんだ?」

「あぁ……いや、俺たちももう二年になったんだなぁって思ってさ」


 そう言って、グラウンドを顎で差す。

 総司はそれだけではピンと来なかったようだ。

 

「同じ学年の奴らが後輩を指導してるんだろうな」

「あーなるほど」


 今度は合点がいった様で頷いていた。

 部活といえば、気になっていたことがあったのでこの機会に訊いてみる。


「そういえば、総司はバスケ続けなかったな」

「いやぁ……高校生になれば彼女の一人でも出来るかと思ってよ? 部活じゃ出来ない青春が味わえるかと思いましてね?」

「……部活入ってる奴らの方が彼女いる率高くないか?」

「おう……」


 何だか暗い雰囲気になってきてしまった。


「ま、まぁなんだ? 彼女いる率なんてあくまでも俺たちの周りでは、ってことだし。そのうちできるさ……多分」

「お前はいいよな、志和しわが幼馴染とか。凄く可愛くて良い子じゃねぇか。けっ、エロゲかラノベの主人公かよ」

「いや、冬花とうかはただの幼馴染だからなぁ?」

「くそっ……マジでくそっ! これが持つものの余裕ということなのか……?」


 あぁ、総司が少し面倒臭い感じになってきた。こういう時は放置が一番だろう。

 俺の幼馴染の志和冬花しわとうかは確かに可愛いと思うし、性格も良いと思う。でも、幼稚園からずっと一緒だし家族みたいに思っているので女性として見たことがそもそも無い。


「ふぅ……そういえば、祐はどんな女の子が好みのタイプなんだ? 志和はタイプじゃないってことか?」


 ため息を一つ吐いてから、総司はそんな質問をしてきた。

 うーん……好みのタイプかぁ。


「好みのタイプはイマイチわかんないんだよな……。恋愛自体したことないし」

「確かに、お前って恋愛の話乗ってこないもんな」

「聞くのは新鮮で楽しいけど、特に提供出来るネタがないんだ」

「はーん、なるほどね。それで志和は?」

「冬花は幼馴染だからなぁ、家族枠だよ」

「……あーそうかぁ」


 やれやれ、とアメリカンなオーバーリアクションで肩をすくめて首を横に振る総司。

 そのリアクションは冬花との関係をたまに聞かれる俺がしたいくらいだ。

 まぁ、たまに聞かれるくらいに冬花は男子に人気があるということだろう。それは幼馴染として嬉しいことであり、少しモヤモヤすることでもある。

 その冬花が毎朝起こしにきてくれる、なんて話したらまた総司のテンションが変なことになるだろうから胸の中にしまっておこう。


 そうこう話しているうちに交差点に出た。


「っと。じゃあ、俺はこっちだから。また明日な!」

「おーまた明日」


 右手をヒラヒラと振りながら総司は交差点を曲がっていく。

 俺は横断歩道の信号が青に変わるのを、通り過ぎる車の流れを眺めながら待っていた。



 総司と別れた横断歩道を渡ってしばらくすると住宅街に入る。

 寄り道せずに帰宅する時間帯はもともと人通りが多いほうではないけど、今日はいつもよりも人通りが少ない。

 というか、住宅街に入った辺りですれ違ったご老人と犬くらいだ。犬を散歩させているのか、犬に引っ張られて散歩させられているのか判断に困った光景だった。


 それはそれで措いて置くして、だ。気のせいかさっきから肌寒く感じる。

 ゴールデンウィークが明けた時期だし、肌寒く感じること自体はそこまでおかしいことではない。

 ただ、日向にいるのに急に肌寒く感じたことと、肌にちりちりと刺さるような何とも言えない感覚が座りの悪い感情として心に広がっている。


 気味が悪いし、少し早足になりながら家への道を急ぐ。

 そんな俺の目の前に――『何か』が居た。

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