第5話 イモウトと芋女

登場人物紹介


主人公


邑上仁昭むらかみひろあき18歳 独身 B型


容姿:短髪の黒髪に黒いジャケットを着た青年、時系列が夏なのでTシャツだけの恰好の時も多い。その顔つきは18相応の物とは思えない顔つきで経験の多さが窺い知れる。


幼い頃に「怒龍組」に拾われ鉄砲玉をしていた生まれつき不死身の肉体を持つ青年。


他の組からも「不死身の幼龍」として恐れられている。


現在は休養のため、丘ノ下橋の喫茶店「immortal」に下宿している。


面倒事と偽善が嫌いな性格で、不死身の肉体を持ったおかげで心が冷めきっている。


丘ノ下橋に住む住人


赤枝あかえありす 15歳 独身 B型


容姿:メープル色の髪で、出会った際は白と水色を基調とした可愛らしい服を着ていた。死にたがっている時でなければ顔は人形のような綺麗さを持つ。


仁昭と同じ不死身の少女であり、仁昭に自殺を目撃されたことをきっかけに彼の妹となる。


感情の起伏が激しく、性格も親しい人と親しくない人とでは対応も異なる。


不死身で死ぬ事ができない事を不幸だと思っている。


會澤紳あいざわしん 61歳 既婚(子(故人)孫あり) O型


容姿:仕事中はこげ茶色のお洒落な革のジャケットを着ているお洒落そうに見える白髪の老人


 怒龍組の組長の怒龍大三郎の元片腕であり、現役の頃幼い仁昭を拾って育てていた。


現在は喫茶店「immortal」のマスターである。仁昭に対しては程よい距離を取る理想の父親像を演じている。


しかし、実の孫に対しては激甘であり、性格も変わってしまうほどに溺愛している。


彼の実子の會澤祐介あいざわゆうすけは3年前に亡くなっている。


會澤明音あいざわあかね10歳 独身 A型


容姿:おでこを出すように前髪を上に結んだ少女。何時も小学生の女の子らしい恰好をしているが時と場合によってズボンもはいている。


會澤紳の孫娘で、喫茶店「immortal」で祖父に引き取られ暮らしている。


7歳の頃に父親を亡くしている。しかし、性格に暗いところはなく明るく元気で人懐っこい性格である。


時折、自分にとっての闇となる部分に触れたとき、ヤクザの孫である事を思い出させるような殺気を見せることがある。


山野梨芋やまのりう 17歳 独身 O型


容姿:若干茶色に見えるセミロングヘアーをしている。同年代の女子と比べて胸は大きいが、少しぽっちゃりしている。


仁昭に丘ノ下橋駅で怒龍組の組員に絡まれていた所を救ってもらったことで仁昭と知り合う。


父親はサラリーマン、母親は専業主婦だが、祖父は代々続いてきた焼き芋屋であり、彼女も焼き芋が好物。


食べることが好きで、ダイエット宣言をよくしているが続かない。


怒龍組関係者


彬鷹将すぎたかまさる 38歳 既婚(子あり) O型


容姿:スキンヘッドにサングラスに黒スーツ。説明する必要もないくらいにヤのつく自営業の人。


怒龍組の幹部で、仁昭の上司。スキンヘッドにサングラスとその道にいる事がすぐわかる格好をしている。


ある理由により仁昭に休養を与えた。


怒龍大三郎どりゅうだいざぶろう 59歳 既婚(子あり) AB型


 怒龍組の組長。怒龍組は都内で顔を利かせているヤクザで本拠地は真宿。


堅剛組の組長、「堅剛虎鬼門けんごうとらきもん」や賦支山組の組長、「賦支山渉ふしやまわたる」とは長い間抗争を続けている。




第5話


「突然ですけど、人と外食中に自分で持ってきた調味料を自分の料理にかけてしまう人ってどう思いますか?」


「本当に突然だな……」


梨芋とのジョギング中、彼女はこう言った食べ物の話題しか話していない。


余計にお腹が空くのでやめたほうが良いと思うのだが、やめる気もなさそうである。


「店側としては良くは思わないだろうし、一緒に来た人もその人の事を良く知らなければ困惑したり、イメージを悪くすることもあるだろうな。

 しかし、世の中にはマヨラーと言う様な必ずマヨネーズを掛けて物を食べる人間もいる。他人に迷惑を掛けない限り、多様性は認められるべきだと思う。

皆で食うからあげに勝手にレモン汁を掛ける様な、周りの事を考えない愚行でなければ基本的に本人の自由だと思っているが……」


「立派な考えをお持ちなんですね!私も美味しければ良いと思います!」


彼女は俺の理屈をこねた理論に感動しているようだが、俺も彼女の美味しければ良いと言う短いながらも物事の本質を捉えている言葉に感心していた。


8月4日、午前10時30分。


あれから2日経ち、8月3日も梨芋とジョギングをしていた。


休養が始まって4日目。今までの暮らしと異なったのんびりとした暮らしに困惑する自分と、悪くはないと思っている2人の自分がいた。


「あっ!あそこにスーパーがありますよ!!

 ちょっとだけ何か買うなら大丈夫ですよね?」


彼女の指さす先には『NION』と言うスーパーがあった。


NIONは非常に大手の会社であり、今のスーパー基本的にNIONの傘下だ。


俺は彼女の少しと言う言葉に一抹の不安を覚える。彼女のダイエットを後押しするなら止めるべきなのだが……どうすればよいのだろうか?


「3つだけな。ダイエット成功させたいんだろう?」


「3つ……それってほとんどないじゃないですか」


彼女の「少し」は常人の「沢山」なので具体的に数を示すと、彼女からしたらないも同然と言う意見が返ってきて俺は困惑した。


ここは俺も心を鬼にして強く言ってあげるべきだろう。


「つべこべ言わずに俺の言う事に従う!お菓子は3つまで!

 痩せたいなら従え!!」


「ははははははーい!わわわわかりましたっ!!」


まるで遠足に行く前の先生の様である。何度も言うが俺は学校に行っていないので遠足がどの様なものか分からない。ただのイメージの話である。


俺は梨芋が本当に遠足のルールを守れるのかを確認するため、梨芋と一緒に買い物をすることにした。




「ほう最近のスーパーは焼き芋まで売っているのか?」


俺が古い人間なだけかも知れないが、昔は焼き芋は焼き芋屋が車を走らせて売っているイメージがあった。


まだ夏場で季節外れと言うイメージなので、この時期だとまだ焼き芋屋はまだ走っていないだろうが。


「そうなんですよ。最近は焼き芋はスーパーで買えますからね

 私、芋は好きなんですけど、焼き芋はスーパーで買わない事にしてるんです」


「何で?」


「おじいちゃんが焼き芋屋なので、そちらの焼き芋の方が美味しいからです!」


梨芋の祖父は焼き芋屋なのか。それならば芋が好きと言うのも当然かもしれないな。


前もスイートポテトを頼んでいたし、間違いないだろう。


店内へと入ると、梨芋は獲物を見つけた肉食動物の様なスピードであるコーナーへと向かっていく。


このスピードでジョギングができれば痩せられると言うのに。


今度は頭に芋を吊るしてジョギングをさせてみるべきだろうか。それを追いかける様に走らせる。


馬の調教と全く同じ方法である。それなら、あっと言う間に男の理想体型が得られそうである。


「後一個でした!スイートポテト!

 仁昭さん!このスーパーで売っているこれ本当に美味しいんですよ

 でも後一個しかないので今日は私が一人で食べますからね、とっちゃ駄目ですよ!」


はいはい、取らないからと俺は関心がなさそうに言っていると、何と彼女の横に突然誰かが姿を現した。


梨芋はスイートポテトの右側を掴むと、同時にその誰かは左を掴んでいた。


2人の間に静寂が訪れた。


「失礼ですけど、これは私が先に見つけたものです!

 横入りはずるいと思いますけど!」


「えっ……なに言ってるのあなた……

 見つけたとか関係ない……最初に取った人のもの……私が先に掴んだんだから私の物……」


「いいえ取ったスピードも私の方が早いです!」


「いや……私の方が早い……」


梨芋の奴……突然知らない人と喧嘩を始めてしまった。


これは止めてやらないと……梨芋の食べ物に対する情熱だけはある意味危険だからな。


俺は横に入って仲裁を入れようとした。


「おい!その辺にしてお……えっ!?ありすっ!」


「えっ?お兄ちゃん!」


「仁昭さんは黙っていてください!……えっ……お兄ちゃんって!

 どどどどどどういうことですかかかか!!

 えええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」




「まさか……おまえもスイートポテトが好物だったとは知らなかったぞ

 それに朝から買い出しのためにスーパーに来ていたとは……」


とりあえずスイートポテトの会計は俺が担当し、近くの公園まで俺が持ち歩くことになった。


その間も2人冷戦は終戦を知らない勢いで燃え上がっていたため、一息つくまで話しかける事すらできなかった。


「まぁ……自炊とかはしてるし……

 それより!さっきお兄ちゃんが買ったスイートポテト出して!

 勿論私の物だよね!」


「何言ってるんですか!!

 私の物に決まっています!

私は仁昭さんと話していて仁昭さん自身が私の方が先にその場に来ていた事を証明しているんですよ!!」


「は?だからぁ~先に来ていたとか関係ないから!

 それに私は痩せているけど、あんたはそんだけお腹にため込んでんだからよいでしょ!」


「何ですか!それ!デブって言いたいんですか!

 初対面で人が気にしている事をよく言えますね!!

 仁昭さんあなたがお兄さんなんですから、ここはビシッと叱ってやってください!」


結局の所、俺に賽を委ねるわけか。


これを丸く収めるには一方の味方をせず、公平にやるしかないだろう。


「ありすも流石に失礼だし、梨芋も少し落ち着け

 スイートポテトを半分にして食べればそれで良いだろう?」


「何ですか!そのやる気のない代替案は!!」

「そうだよ!お兄ちゃんここはジャンケンとか勝負して決めるべきだよ!」


同時に喋らないでくれ。俺は聖徳太子じゃない。


やはり、半分ずつと言う意見を通すにはお互いの悪い部分をはっきりさせなければならない。


俺は梨芋の方に向き直ると、最初にこう言った。


「梨芋……おまえはダイエット中って言ってたよな……

 痩せたいんだろ?だったらスイートポテトは半分でも十分だよな?」


「ええ……それはまぁ……そうなんですけど……」


梨芋は痛い所を突かれた様で、膨らんでいた風船が萎んでいく様に勢いがなくなっていく。


そして今度はありすの方に向き直り、こう言った。


「ありす……梨芋の方が先に売り場にいたんだし、それを横取りするのは良くないんじゃないか?

 お兄ちゃんとしてさ、そう言うマナーのなってない妹にはなって欲しくないし、

ここは半分で妥協するってのが大人の女性の対応だと思うぞ、違うか?」


「え、いや……ち、違わない……お兄ちゃんごめんなさい……」


こうしてスイートポテト騒動は幕を閉じた。


お互いに表面的には反省して、スイートポテトを半分にする事で妥協することになった。


半分に割るのは公平性を尊重して俺が割ることにした。


厚めの皮の中から柔らかそうな中身が飛び出してくるのを、二人は唾を飲みこみながらそれを見ていた。


そしてそれを2人に渡すとキラキラした目でこちらを見てお礼を言った。


2人とも少ない量ではあるがそれを味わって食べており、幸せそうな表情を浮かべている。


見ているこっちも何故かにやけてしまいそうな光景だった。


先ほどまで喧嘩した相手が横にいても、そんな事は気にも止めずただ目の前のスイートポテトに集中している。


食べ終わっても尚感傷に浸っている2人だが、それに浸りきるとありすの方が先に口を開いた。


「で、お兄ちゃんは何でこの芋女と一緒にいたの?」


「芋女!とは何ですか!!」


「だって……芋っぽいじゃん、それにスイートポテト好きだし

 私は別に焼き芋とかはあんま好きじゃないけど、芋女は好きそうな見た目してるよね?」


「まぁ……確かに焼き芋は好きですけど……

 でも納得いかないですーー!!芋女はやめてください梨芋って呼んでください!」


「『りう』って漢字でどう書くの?」


「えーと、梨に芋って……」


「やっぱ芋じゃん!!」


「そうですけど……だからと言って人の事を芋女って呼ぶのは……」


やれやれ、これでは埒が空きそうにない。


朝から公園のベンチで芋女と連呼するありすと、それを否定し続ける梨芋。


そしてそれを目の前で立って見ている俺がいる。


この様子は近所の方々からはどの様な目で映っているのだろうか。


幸いあまり人は通っていない様子だが、このまま小学生並みの言い争いをヒートアップさせるのも騒音的な問題で危険かもしれない。


「落ち着け、ついこの間この娘と知り合ってジョギングを付き合ってるだけだ

 俺も朝散歩するのを日課にしているから丁度良くてな、別に特別な関係じゃない」


「なーんだ……心配して損した……」


「ありすは何でほっとした顔をしてるんだ?」


「何でもない……」


変な奴だなと心で思いつつ、これでひと段落と言った所だろうと考え俺は安堵した。


すると梨芋にも聞きたい事があるらしく、今度は梨芋が口を開く。


「ありすちゃんって言うんだよね?

 ありすちゃんと仁昭さんって本当に兄妹なの?

 あんまりよくないかもしれないけど、全然似てないと思うんだよね……」


ついに、他人にこの質問をされてしまったか、どう答えれば良いのだろうか。


そして、今まで明らかに年下のありすに敬語使っているのはおかしいと思ったのか、梨芋はありすに向かって敬語をやめた様だ。


ありすも別にそんな事を気にするつもりは毛頭ない様で、その質問にこう答えた。


「勿論私とお兄ちゃんは血のつながった兄妹だよ!

 訳あって同居はしてないんだけどね……」


どうやら事情を知らない他人に対しては本物の兄妹として貫く事にしたらしい。


俺も話を合わせるべきだろうと思い、本当なのか確認する様に梨芋の向けた視線に対し俺は深く頷いた。


「へぇ……そうなんだ!

 それにしても、ありすちゃんって人形さんみたいで可愛いね

 頭とか撫でて良いかな?」


「やめて、髪ぼさぼさになるから……」


梨芋はどうやら俺たちの言う事を素直に信じたらしい。


それにしてもこの2人は仲が良くなったのか、悪いままなのか分からないな。


それからの二人のやり取りを見ていると、梨芋は近づこうとするのに、ありすはあまり歓迎していない態度を取っているように見えなくもない。 


しかし、俺の友達と妹の仲が悪いままではこれから困るので少しは仲良くして欲しいものである。


そのため、俺は一緒に昼食を取ることを俺は提案した。


どうやら梨芋も昼までは暇だと言っているので、昼食は3人で取ることにした。




この地域の食にはとても詳しい梨芋が自信を持ってお勧めするお店へとやってきた。


ビルの地下に作られ、古そうな赤煉瓦の壁を使った隠れ家的な印象を受けるこのイタリアンレストラン。


立派な口ひげを生やし、白いコック帽の良く似合う絵に書いたようなシェフが愛想よく俺達を出迎えてくれた。


そして注文を決め、しばらく待っていると。頼んだピザとスパゲッティが運ばれてくる。


注文したトマトとバジリコのピザは、チーズが見るだけで舌の上で蕩けていくあの感覚を味わえてしまいそうなとろけるモッツァレラチーズに、美味しい汁があふれ出した平らにカットされたトマト、モチモチと柔らかそうなピザの耳、どれを取ってもケチの付けどころがない。


ペペロンチーノのスパゲッティは、ペペロンチーノ事態シンプルで具材が多く入っている訳ではない。だからこそ、一つ一つの素材の味が求められる。何よりも麺の美味しさ、作りこみが重要なのだ。小粒に切られたベーコン。散りばめられた唐辛子が俺の食欲をそそっていく。このペペロンチーノはシンプルさの中で完璧さを見いだせているだろうか?もう皿に取り分ける作業なんてなしにして、フォークで食べてしまいたいくらいだ。


「じゃあ取り分けますね~、はい仁昭さん!

 男の子ですからこれぐらいは大丈夫ですよね?」


「ああ問題ないぞ!」


カットされた拍子に少し糸の様になったチーズを引いているピザが皿の上に、そしてもう一つの更にはペペロンチーノのスパゲッティが大盛に盛られている。


俺は迷わず、カットされたピザへと噛り付く。


もはや美味しいと言う言葉は不要だった。見るだけでも蕩けそうだったモッツァレラチーズチーズは俺の口の中ですぐに溶け込む様ようだった。そしてトマトの酸味とチーズの味が広がって俺の舌は満たされていく。


そして、シンプルなペペロンチーノ。俺はフォークで麺をすくい、それをゆっくりと口に入れる。


何だこれは!?ただパスタを茹でるだけ……具材が多くないので差別化できないペペロンチーノでもここまで他の物と違うのか!?程よく残された芯残し……そうアルデンテ!!

茹で過ぎず、茹でなさ過ぎず。残された芯は麺の質を最大限まで高める。こうして口の中に運ばれた麺に付いてくる唐辛子の程よい辛みと刺激が口の中に広がっていく。


「すっげぇ美味しいよ!梨芋!

 ここまで美味しいイタリア料理を食べたのは初めてだ!」


「仁昭さん本当ですか!! 

 そうですよね、この店本当に美味しいんですよ!

 仁昭さんが喜んでくれたのなら一緒に来たかいがありました」


そう微笑むと彼女は俺と一緒にこの店のイタリア料理を堪能し始めた。


ありすは美味しいと言いながらも、何か気に入らない事があるのだろうか……


先ほどから梨芋の事をじっと見ている気がする。


それに気づいた梨芋はありすに向かってこう質問した。


「どうかしたの?ありすちゃん

 もしかして食欲がない」


「別に……

 それにしてもよく食べるね」


料理は4人前の量があった。食べる比率として俺が1人前。ありすが0.5人前だとすれば。


梨芋は2.5人前の量を食べることになる。


しかし、そんな事も気にせずどんどん彼女の更に盛り付けられた量が減っていく。


ダイエットは……まだまだ先が長そうだ。


しかし、彼女が物を食べる時の幸せな顔を見ると、これで良いのだと思ってしまう自分がいた。


「は!もしかして!さっきから仁昭さん達が見ているのは!

 ダイエット中なのにこんなに食べて良いのかと言う無言の圧力なんですか!?」


「いや、ダイエットも重要だけど美味しい物を沢山美味しく食べるって事もやっぱり重要だよ。

 それに、おまえが幸せそうに物食べている所見るとこっちも良い気分になるしさ」


「えっ!?ひひひひひろあきさん!そそそそそそれはどういう……」


彼女は食べることを忘れてこちらを見ながら驚いている様だった。


何か不味い事を言ってしまっただろうか。フォローしなくては。


「いや、人が美味しく食べている所を見るとこっちも良い気分になるじゃん

 そういう事」


「あっ……そういう事……ですよね!

 私も人が美味しそうに食べているのを見ると元気になりますよ!」


彼女は先ほどの動揺を引っ込めた様で元の様子に戻った。


どうやらフォローしたおかげで、梨芋は元の調子に戻ってピザを食べ始めた様だった。


こうしてこうした他愛もない雑談を挟みつつ、昼食の時間はあっという間に過ぎていった。




「今日は本当に楽しかったです!

まさか仁昭さんの妹さんに会えるとは思ってませんでしたし!


「本当、俺も驚いたよ……」


お昼を食べると、用事のため梨芋とはここでお別れをすることになった。


お代は割り勘という事にしたが、やはり美味しくて量が多い分値段は少し張ってしまったが値段に恥じない料理を提供してくれたので大満足だった。


「それでは私はこれで失礼しますね、仁昭さん!

ありすちゃんも、またね!」


梨芋に向かって俺は手を振る。横ではありすがやる気なさそうにまたねーと言っている。


いつも通りここからは兄妹で過ごす事になった。


とりあえず丘ノ下橋駅へと向かう事となった。


梨芋と別れてから終始無言だったありすは突然口を開いた。


「ねぇ、お兄ちゃん……

 あの芋女ってダイエットするって言ってるけど、今は全然できてない感じでしょ?」


梨芋について質問をしてきたのだった。


さっきまで梨芋にあまり興味がなさそうな態度を取っていたのに、どうしたのだろう。


質問の意図は分からない。しかし、まずはありすの質問に答えることにした。


「まぁ、あの様子ならわかんだろ?

 まぁ無理にダイエットさせてもしょうがないし、のんびりさせておけば良いんだよ」


ありすはまぁそうだねと答えたきりまた口を閉じてしまった。


そして視界の奥の方に駅が見えてきた刹那、ありすはまた口を開いた。


「お兄ちゃん……芋女が本気でダイエットを始めるって事になったら

 私に教えてくれる?」


ありすは真剣な様子で俺に話しかける。


「えっ、良いけど……何で?」


「まぁ……ちょっと……

芋女は芋のままで丸みがあったほうが可愛いって言ってあげようかと思ってさ」


彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。


何だかんだで梨芋の事を気にかけてくれているのだろうか?


質問の意図に少し疑問を残している俺に対して、ありすは突然俺の腕を掴んできた。


「さぁいこう!お兄ちゃん!

 夜まであんまり時間ないし、今日もたっくさんお兄ちゃんと遊ぶよ!」


「ちょっと…...あんまひっぱんなって!!」


「ちゃんと目を離さないでよね!目離したら私容赦なく線路に飛び込んで死んでやるから」


「おまえが言うと洒落にならないからやめてくれ……

 それにおまえは電車に引かれても死なないし!」


「だから!私はお兄ちゃんがいなくなったら簡単に自殺ばっかする子になっちゃうって事!

 お兄ちゃんがいなかった時は何時も自傷用のカッター持ち歩いてたし……」


突然無口になったり、お喋りになったり、まだまだ知り合って日が浅いせいかこの妹のありすの事はまだまだ俺はよく分かっていない様だ。


それにしても俺と知り合う前は自傷用のカッターを持ち歩いていたのか。


リストカットは主に中学生から高校生くらいの女子がやっているらしいが、不死身の肉体を持つありすにはリストカットしても何度も傷が再生した上に跡も残らないので腕を見てもその跡がないから気づけるはずもない。


一体、何が彼女を執念深く自殺に駆り立てていたのだろうか。いや、そもそもありすが言うには俺が兄になる事でそれを止めているので直接の原因は除去できていないのではないだろうか。そもそも俺のいない所で自殺未遂をまだ繰り返している可能性まであるが。


まだまだありすには謎があるし、俺もまだありすに自分の事を詳しく話していない。


お互いに不死身と言う秘密の共有があるだけで、まだまだ知り合ったばかりなのだから。


「あっ!まーた難しい顔してる!さてはまた何か考え事?」


「あ、いや、すまん」


「一緒にいるのに上の空で考え事するなんてひどいよー!

 ほらそんな考え事したいなら、今日は桶羽黒の「ドウジャシティ」行くんだからアトラクションどこ行くか考えてよ!

 あっ!私幸せの青いミミズク絶対行くからね!後オバケ通りも忘れないでね!」


俺は、はいはいと言いながらアトラクションのパンフレットと睨めっこをする。


何時の間にか難しい事は忘れて、俺は妹と巡るアトラクション巡りを考えることに集中していた。


続く

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