第4話 兄妹らしく、俺らしく

登場人物紹介


主人公


邑上仁昭むらかみひろあき18歳 独身 B型


容姿:短髪の黒髪に黒いジャケットを着た青年、時系列が夏なのでTシャツだけの恰好の時も多い。その顔つきは18相応の物とは思えない顔つきで経験の多さが窺い知れる。


幼い頃に「怒龍組」に拾われ鉄砲玉をしていた生まれつき不死身の肉体を持つ青年。


他の組からも「不死身の幼龍」として恐れられている。


現在は休養のため、丘ノ下橋の喫茶店「immortal」に下宿している。


面倒事と偽善が嫌いな性格で、不死身の肉体を持ったおかげで心が冷めきっている。


丘ノ下橋に住む住人


赤枝あかえありす 15歳 独身 B型


容姿:メープル色の髪で、出会った際は白と水色を基調とした可愛らしい服を着ていた。死にたがっている時でなければ顔は人形のような綺麗さを持つ。


仁昭と同じ不死身の少女であり、仁昭に自殺を目撃されたことをきっかけに彼の妹となる。


感情の起伏が激しく、性格も親しい人と親しくない人とでは対応も異なる。


不死身で死ぬ事ができない事を不幸だと思っている。


會澤紳あいざわしん 61歳 既婚(子(故人)孫あり) O型


容姿:仕事中はこげ茶色のお洒落な革のジャケットを着ているお洒落そうに見える白髪の老人


 怒龍組の組長の怒龍大三郎の元片腕であり、現役の頃幼い仁昭を拾って育てていた。


現在は喫茶店「immortal」のマスターである。仁昭に対しては程よい距離を取る理想の父親像を演じている。


しかし、実の孫に対しては激甘であり、性格も変わってしまうほどに溺愛している。


彼の実子の會澤祐介あいざわゆうすけは3年前に亡くなっている。


會澤明音あいざわあかね10歳 独身 A型


容姿:おでこを出すように前髪を上に結んだ少女。何時も小学生の女の子らしい恰好をしているが時と場合によってズボンもはいている。


會澤紳の孫娘で、喫茶店「immortal」で祖父に引き取られ暮らしている。


7歳の頃に父親を亡くしている。しかし、性格に暗いところはなく明るく元気で人懐っこい性格である。


時折、自分にとっての闇となる部分に触れたとき、ヤクザの孫である事を思い出させるような殺気を見せることがある。


山野梨芋やまのりう 17歳 独身 O型


容姿:若干茶色に見えるセミロングヘアーをしている。同年代の女子と比べて胸は大きいが、少しぽっちゃりしている。


仁昭に丘ノ下橋駅で怒龍組の組員に絡まれていた所を救ってもらったことで仁昭と知り合う。


父親はサラリーマン、母親は専業主婦だが、祖父は代々続いてきた焼き芋屋であり、彼女も焼き芋が好物。


食べることが好きで、ダイエット宣言をよくしているが続かない。


怒龍組関係者


彬鷹将すぎたかまさる 38歳 既婚(子あり) O型


容姿:スキンヘッドにサングラスに黒スーツ。説明する必要もないくらいにヤのつく自営業の人。


怒龍組の幹部で、仁昭の上司。スキンヘッドにサングラスとその道にいる事がすぐわかる格好をしている。


ある理由により仁昭に休養を与えた。


怒龍大三郎どりゅうだいざぶろう 59歳 既婚(子あり) AB型


 怒龍組の組長。怒龍組は都内で顔を利かせているヤクザで本拠地は真宿。


堅剛組の組長、「堅剛虎鬼門けんごうとらきもん」や賦支山組の組長、「賦支山渉ふしやまわたる」とは長い間抗争を続けている。




第4話


「すまん、遅くなった......」


8月2日、12時15分。


集合の時刻は12時00分だが、何とか15分遅れで集合場所の丘ノ下橋駅に到着することができた。


梨芋と喫茶店にいたせいで時間を忘れてしまったので、走りながら携帯で妹に遅れる旨を伝えたのだった。


「いいえ、私も来たばかりだったから全然待ってないよ」


「そうか、まぁそれならいいんだ」


俺はにこやかな様子で迎え入れたありすを見て安堵をした。


どうやら彼女は時間ギリギリか、時間に少し遅れて来たから全然待ってないのだろう。


「うん......11時30分から待ってたけど、45分なんて大した時間じゃないから......

 全然待ってないよ!」


「すいませんでした!!」


正直、あの世界でやっていてろくな理由でなければどうなっていた事か。


しかし、それよりも相手を1時間近く待たせた事に心苦しさを感じていた。


喫茶店で女と談笑していて遅れたとは口が裂けても言えないな。


「今日はショッピングなんだろう?荷物は遅れて来たし俺が全部持つよ

 それで聞いていなかったけど、どこに行くんだい?」


「えーと今日は電車で詩舞谷に出ようと思うんだ

 まずは901に行きたいな」


詩舞谷の901か、王道だな。


思えば、真宿を拠点に活動していたから詩舞谷にはほとんど行った事がない。


正直、真宿の駅の構内を理解するだけで何年も掛かったので、すぐに詩舞谷の構内を理解する自信はなかった。


「詩舞谷にはよく行くのか?」


「うん、まぁそれなりかな

 お兄ちゃんは渋谷けっこう行った事あるの?」


「いや全然......」


「じゃあ今日は私が案内するね!

 でも意外だな、お兄ちゃんなんかヤンキーっぽい感じだから詩舞谷とか詳しいと思ったんだけど......」


ヤンキーじゃなくて本職なんだけどな。


もし、このまま本当に長く付き合う関係になった場合は、この事も何時かは言わなければならない日が来るかもしれない。


ただ、今はその時ではないと思う。こう言って逃げているだけの人間にはなりたくないので、時が来たら語るとしよう。




急行列車で15分ほど電車に揺られ、ようやく詩舞谷に到着した。


月曜日とはいえ今は世間的には夏休みと言う時期だ。


沢山の若者が駅に溜まっていた。


詩舞谷のポチ功前は、待ち合わせ場所として多く利用される。


しかし、人が多すぎて待ち合わせ場所として機能していないのではないかと言う疑問点がある。


喫煙所は煙草を吸う人間でごった返し、テレビのカメラも回っていたり、賑やかすぎる趣だ。


これならまだ、桶羽黒の桶ミミズク前の方がまだ待ち合わせ場所としての機能を維持しているのではないだろうか。


そこも真宿同様、ヤクザの街であるが......


「ねぇお兄ちゃんここからでも901見えるでしょ?

 あそこだよ!」


彼女が指を指した先を見ると、 そこには901と書かれた大きなビルが高くそびえたっていた。


「ああ、ならあそこに向かって歩いていけば良いな」


しかしその前には大きすぎるスクランブル交差点が待っていた。


こうして沢山の人間が集まってるのを見るとありすとはぐれてしまうと見つけられなくなってしまうなと考えていた。


ありすの身長は小さく、はぐれてしまったら流されてしまいそうだ。


俺は人ごみに入っていく前に彼女にこう言った。


「はぐれたりしない様に俺を見失わないようにしてくれよ」


「うん分かった!」


そう言うとありすはあろうことか俺の手を握ってきた。


「いや......流石にそれは......」


「兄妹なら普通のことだよ!さぁいこうお兄ちゃん!」


困惑する俺に対して自信満々な顔でこう言った。


俺には兄妹がいたことがないから分からないが、確かに兄妹ならこれくらいの事はするかもしれない。


まずは形からとも言えるし、俺は彼女の手を握り返しスクランブル交差点前の人ごみへと入っていった。




「この服どうかな?似合うかな」


「良いんじゃないか、少し大人っぽく見えるし色のセンスも悪くない

 これなんかどうだ、色合いも良くて可愛い印象の服だからおまえに似合うと思うぞ」


「わーい!じゃあ試着してみるね!

 でもお兄ちゃんこれじゃお兄ちゃんって言うより、お父さんじゃないかな?」


俺はまだお父さんと言われる年ではない!そもそも未成年だ。親の同意があれば結婚はできるが、しかし困ったことに俺には親権者がいない。一応會澤が親ということになるのか。


「もっと......そうだね......

 可愛いぞ!俺のありすは何を着ても似合いますな~って感じでテンション高く!」


もっとオヤジくさいし、それでは家族じゃなくて援助交際みたいである。


この娘のセンスのなさに俺は苦笑する。


「そっちのほうがオヤジ臭くないか......

 悪いが......こういう反応しかできない

 けど似合っていると思うのは本当だし、可愛いと思うのは本当だぞ」


そういうと妹は固まったと思ったら、早く着替えてくるねと言ってそのまま試着室に走り出してしまった。


一体何だというのだろうか。



初めて妹を持つ兄としては妹の行動すべてに興味津々であった。


「これだけで良いのか?あれだけ選んだんだしもっと買っても良いんだぞ

 お金が足りないなら少しくらいは出すぞ」


「大丈夫だよ......どちらかと言えば私はこうやって誰かとショッピングを楽しみたかっただけだから......」


「うん?何か言ったか」


「何でもないよーお兄ちゃん」


彼女はぼそぼそと何かを呟いたようだが俺には聞き取ることができなかった。


しかし、彼女は楽しそうにしていた。その姿を見ると俺は少しだけ安心をしていた。


そういえば今日は誰かが幸せそうにしているのを見ることが多い気がするな。


そして、その姿を見るたびに少し良い気分になっている自分がいる。


幸福には色々な形がある。別に自分が何かをしているから幸せというわけではなく、誰かの幸福を見ることが幸せと言う形もありなのではないだろうか。


他人の幸せを喜べる人間になる。自分がそんな聖人の様な考えをした人間とは思えない。


しかし、俺の心は今この状況を良いものと判断している。


勿論、それが空っぽのビンの様な俺を満たしてくれる、聖水になってくれるかはわからない。


けど俺はただ俺と一緒にいることで楽しそうにしている彼女をもっと見ていたいと思っていた。




「グラタン美味しいよ!お兄ちゃん

 お兄ちゃんはまぐろ丼だね、やっぱり和風が好きなのかな?」


「まぁな、日本人だし......」


気づけば14時00分になっていたので、そろそろお昼を食べることにした。


ファミリーレストランはどこも混んでいて、何とか1席空いている所を見つけたのでそこで食事を取れることとなった。


それにしても詩舞谷はこれだけ大きな街なのにファミリーレストランが少なすぎである。


スマートフォンで検索をかけてもほとんど出てこない。


そんな俺は朝にスイーツを色々食べさせてもらったので、あっさりしたものが欲しいと思ったのでまぐろ丼を注文した。


ファミリーレストランのまぐろ丼なので期待もしていなかったが、マグロの質もよく意外と美味しいというのが素直な感想であった。


ただ量が少ないのは値段的にどうしようもない部分なのだろう。


しかし、朝にスイーツを食べたのでこれで丁度良いくらいだった。


席が空いていないため、喫煙の席に案内されたため周りでは煙草を吸っている客がぽつぽつといるようだ。


俺は煙草を取り出してありすに質問する。


「煙草の煙とか許容できるか?」


「……家であいつが吸っているから

 別に良いよ……」


ありすは最初に会った時の目つきと口調でそう言った。


同居人が吸っているという事は父親や母親が吸っているという事だろうか。


あまり良い反応ではないので、今度からは目の前で煙草を吸わない方が良いだろうと俺は思った。


しかし、質問しておいてやはり吸わないと言うのも相手に遠慮していると思われるかもしれない。


この場は厚意に甘えて吸うべきだろう。吸い始めたその刹那、彼女は思いがけずにこう言った。


「すっごい似合ってる……

 カッコいいね!お兄ちゃん!!」


煙草は嫌じゃなかったのだろうか俺は彼女の豹変した態度に驚く。


「前から思ってたけどお兄ちゃんって年いくつなの?

 20代前半から30代なるかならないかだよね?」


「……今これをしていることが大声で言えない年だ……」


「えっ……未成年……ちなみに20からマイナスいくつ?」


俺の声が小さくなると彼女もそれに合わせて小さい声で話す。


「マイナス2だ」


「私と3歳しか変わらないんだ、意外……」


と言う事はこの娘は15歳か。しかし彼女は15歳と言う年齢に相応な見た目をしている。


それにしてもかなり年上に見られていたのか、先ほどもお父さんみたいと言われてしまい少しだけショックを受けている。


地雷を踏み抜きそうで彼女自身の事情についてはほとんど聞けていない。


俺の事もどうやら普通の人生を歩んでいるとは思われてないらしく、彼女からも俺の事情を詮索する事はされていない。


昨日から長い間一緒にいることになった。まだまだ時間はある。気長に彼女自身の事も知っていこう。




「今日は楽しかったね!そろそろお別れしなきゃだね……

 明日もお昼からどこかに行こう!お兄ちゃん!」


「俺も今は休みだからな、構わないぞ」


空もオレンジ色から暗く染まりもう夕方ではなく夜と言っても良い時間帯に丘ノ下橋駅にたどり着いた。


彼女は俺の事が見えなくなるまで、こちらを向いたまま帰っていく。


前に気をつけろよと心の中で思いながら、俺は手を振る。


今日一日を振り返って思う事は、俺は……いや俺たちは兄妹らしかったのだろうかという事だった。


俺には兄妹はいない。一応姉と言うべきか母親と言うべきか……いや兄かもしれない……。


歯切れが悪くなってしまうが、俺にとっての姉貴分とも言える女の接し方を何とか参考にしている。


今の俺の姿を先ほどから言っている『春海』が見たとしたらどう思うのだろうか。


何とか兄をやろうとしている俺を褒めてくれるだろうか。まだまだ兄になりきれてないなと言ってダメ出しをしてくるだろうか。


『あのコミニュケーションもろくに取れねぇガキだったおまえが兄貴にね~

 よく頑張ってんじゃねーか!えらいぞ!!』


『自分の妹になんだよその態度は!

 もっともっと自然に接しなきゃ兄妹っぽくないぞ!ほら!もっと男なら堂々としろ!』


ショートヘアーでじんわりと紅に染められた髪の毛、女らしくない黒い革のジャケットを羽織ったあいつは頭の中で俺に対して語り掛けていた。


しかし、それは想像上の出来事に過ぎない。何故なら彼女はもういないのだから……


そう何度も言い聞かせているのに俺はあいつの事をどうしても考えてしまう。


頭では分かっていても心は納得していないのだろうか。


気が付くと妹がいなくなってもまだ立ち尽くしている事に気づき、俺は大きく手を上げ伸びをして深呼吸をした。


さて、夜は晩御飯も喫茶店で用意されているだろうし、そろそろ帰るとしよう。


俺は彼女が買えるのを見届けると、自分の帰路へと歩いて行った。




「それっ!!やったー12マスだよ!

 すっごーい!株が売れて1万ドルだってー!」


晩御飯を食べ終えて、俺はあかねと人生ゲームをして遊んでいた。


あかねはたまに會澤に付き合ってもらっていた人生ゲームを倉庫でほこりを被った状態で持ってきた。


「やったじゃないか!

 オヤジとはやらないのか?」


「だっておじいちゃん……人生ゲームやるたびになんかむずかしい事いうんだもん

 結婚するマスに止まるたびに結婚はどうのこうのとかおむこさんはよく選べとか!

 つまんないよー」


會澤らしくてつい笑ってしまった。


會澤があかねに対してそんな事を言っている中あかねがちょっと困っている様子が容易に想像できたからだ。


最終的におじいちゃんつまらない!もうおじいちゃんと人生ゲームなんてしない!とか言われてショックを受けている會澤の姿も目の前にいるかの様に浮かんできた。


さて俺もルーレットを回さなくては。俺がルーレットを回すと針は9のマスを指した。


「9マスとなると……

 ゲッ!ゲッホの絵買わされて5万ドル……

 俺1週目でも買ったし何個買うんだよ、ゲッホの絵……」


「あはは!ひろあきおにいちゃん!絵がすきなんだね!」


「ゲッホン!ゲッホン!」


「ひろゆきおにいちゃんせきしてる~

 おもしろーい」


俺の渾身のギャグがあかねに笑いが取れたので合計10万ドルの出費くらい良しとしよう。


朝は梨芋と過ごして、昼はありすと過ごして、夜はあかねと過ごす。


名前だけ並べて女の子と過ごすと言っていると、とんでもない浮気性の男の様に見えるが、誰一人彼女はいない。


生活リズムが確定した様に見える。


「ゲッ!10マス戻るって……

 また絵買う事にはなりたくねぇな」


これから俺が休養中に過ごす時間、俺には何ができて何をするべきなのか。


それは俺にも分からない。


ただ今は俺の思う様に過ごすことが一番良いのではないかと思っている


「うっそだろ……

 まった!ゲッホの絵買わされたんだけど!!

 ゲッホン!ゲッホン!ゲッホーーーン!!」


「ひろあきおにいちゃんちょっとかわいそう......なんだけどそれほんとうおもしろーい」


結局、人生ゲームでの結果は俺が惨敗した。


借金にならなかっただけまだ良かったくらいだった。


ここでの暮らしは2日目。


具体的な休養の日数は聞いていないが、まだまだここでの生活は長くなりそうだ。


表の世界は初めてで、新鮮な経験も多い。


しかし、俺は俺らしく目の前の事に向き合っていきたい。


それで良いんだよな、春海……心の中の春海は自然と頷き返した様な気がしていた。


そして俺は、人生ゲームに惨敗しても人生では勝者でありたい。


掃いて捨てるほどの金を持つ金持ちだとか、人に尊敬される地位だとか、そんな目に見える価値と勝ちを求めている訳ではない。


自分の心を大事にして、自分の選択や行動に後悔しない様に日々を過ごし、最終的にはどんな結末になっても笑って死ねる様な人間になる……ただ俺は人間として当たり前にある死と言う物を持ち合わせていないので最後はもしかしたら体験する事はないかもしれない。


そのためにも春海を失った俺の心を少しずつ埋めていかなければならないだろう。


空っぽのビンに水……いや、水滴が少しずつ零れつつある。今はまだまだ始まり。まだまだこれからだ。


俺はそんな臭いことを思いながら、2日目の夜を過ごした。


続く

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