第1章 丘ノ下橋での日常
第3話 幸せのイチゴジャンボパフェ
登場人物紹介
主人公
容姿:短髪の黒髪に黒いジャケットを着た青年、時系列が夏なのでTシャツだけの恰好の時も多い。その顔つきは18相応の物とは思えない顔つきで経験の多さが窺い知れる。
幼い頃に「怒龍組」に拾われ鉄砲玉をしていた生まれつき不死身の肉体を持つ青年。
他の組からも「不死身の幼龍」として恐れられている。
現在は休養のため、丘ノ下橋の喫茶店「immortal」に下宿している。
面倒事と偽善が嫌いな性格で、不死身の肉体を持ったおかげで心が冷めきっている。
丘ノ下橋に住む住人
容姿:メープル色の髪で、出会った際は白と水色を基調とした可愛らしい服を着ていた。死にたがっている時でなければ顔は人形のような綺麗さを持つ。
仁昭と同じ不死身の少女であり、仁昭に自殺を目撃されたことをきっかけに彼の妹となる。
感情の起伏が激しく、性格も親しい人と親しくない人とでは対応も異なる。
不死身で死ぬ事ができない事を不幸だと思っている。
容姿:仕事中はこげ茶色のお洒落な革のジャケットを着ているお洒落そうに見える白髪の老人
怒龍組の組長の怒龍大三郎の元片腕であり、現役の頃幼い仁昭を拾って育てていた。
現在は喫茶店「immortal」のマスターである。仁昭に対しては程よい距離を取る理想の父親像を演じている。
しかし、実の孫に対しては激甘であり、性格も変わってしまうほどに溺愛している。
彼の実子の
容姿:おでこを出すように前髪を上に結んだ少女。何時も小学生の女の子らしい恰好をしているが時と場合によってズボンもはいている。
會澤紳の孫娘で、喫茶店「immortal」で祖父に引き取られ暮らしている。
7歳の頃に父親を亡くしている。しかし、性格に暗いところはなく明るく元気で人懐っこい性格である。
時折、自分にとっての闇となる部分に触れたとき、ヤクザの孫である事を思い出させるような殺気を見せることがある。
容姿:若干茶色に見えるセミロングヘアーをしている。同年代の女子と比べて胸は大きいが、少しぽっちゃりしている。
仁昭に丘ノ下橋駅で怒龍組の組員に絡まれていた所を救ってもらったことで仁昭と知り合う。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦だが、祖父は代々続いてきた焼き芋屋であり、彼女も焼き芋が好物。
食べることが好きで、ダイエット宣言をよくしているが続かない。
怒龍組関係者
容姿:スキンヘッドにサングラスに黒スーツ。説明する必要もないくらいにヤのつく自営業の人。
怒龍組の幹部で、仁昭の上司。スキンヘッドにサングラスとその道にいる事がすぐわかる格好をしている。
ある理由により仁昭に休養を与えた。
怒龍組の組長。怒龍組は都内で顔を利かせているヤクザで本拠地は真宿。
堅剛組の組長、「
第3話
「そういうわけで妹ができた」
「おまえ……今日見た夢の話を語るようなやつだったか?」
「……今度紹介するよ」
俺はカウンターに座り煙草をふかしながら會澤に昨日の出来事を話していた。
自分が信じられてない事を他人に信じてもらえないのは当然の話である。
俺も昨日の出来事は夢なのではないかと疑っているくらいだ。
あの後、俺はありすを濡らしたまま帰すわけにはいかないと思った。
夕方なので寒くなったら羽織ろうと持っていた革ジャンを着せて、ありすの家の前まで送った。
ありすは妹なのに別居するの……とわがままを言ってきたが、何とか納得させて家に帰らせた。
ありすとは別れる前に連絡先を交換している。
今日、彼女からメールが来ている事が昨日の出来事が本当であった何よりの証拠だった。
メールは2件。1件はお昼にショッピングに付き合ってほしいと言うありすからの誘いのメールだった。
何か買うものがあるから付き合ってほしいという事なのだろう。
俺には兄妹がいなかったので分からないが、兄妹ならよくする事なのだろうと思った。
そして、もう一件は……昨日助けた少女の山野梨芋……。
お礼は良いというのに都合のつく日を教えてほしいと頼んできた。
これは無視して、彼女の気が済むのを待つしかないだろう。
助けたつもりもないのに感謝されるのはやはりどこかに罪悪感がある。
勿論、彼女は善意でやっているので無視をするのにも罪悪感があるが……。
俺は何を選択しても罪悪感のあるこの状況に頭を抱えそうになる。
「それにしてもおまえ嘘つくならせめて彼女ができたにしろよ
妹ができたじゃバレバレでつまらんぞ、お前の場合は彼女でもバレバレでつまらないか......」
「うるせぇよ……」
喫茶店に連れてくる機会は何時でもあるだろう。
その時に會澤には今の暴言を謝ってもらうとしよう。
「あっ!ひろあきおにいちゃんおはよう!!」
「おう!おはよう」
起きてすぐにでも元気な声で挨拶するあかねはオレンジ色の女の子らしいパジャマ姿でこちらに走ってきた。
「あっ!!ひろあきおにいちゃんってまだ未成年なのに煙草吸ってる!!
いけないんだー!」
「おっ…すまない」
「いけないんだー!仁昭お兄ちゃん!!
未成年は煙草吸ったら駄目だゾ!
いーけないんだ!いけないんだ!警察に言っちゃお!」
「煙草を初めて勧めてきた奴が何言ってんだよ……」
俺が煙草を吸い始めたのは、3年前會澤の店に遊びに来たときの影響だ。
相変わらず孫娘には激甘である。
とにかく、あかねの目のつく所で煙草は吸わない様にしよう。
借りた自室で煙草は吸えるし、駅の喫煙所もあったはずだ。
でないと會澤の気持ち悪い一面を何度も拝むことになる。
俺はまだ吸い足りない思いを抑えて灰皿に煙草を捨てた。
「昼に用事あるしちょっと外散歩してくる」
「おう気をつけてな」
「いってらっしゃーーい!」
喫茶店の中に元気な声が木霊す中、俺はうるさいほどに鳴り響く鈴の音を鳴らし喫茶店の扉を開ける。
この娘は普段はとても明るく元気な娘だ。そしてしっかりしている。
だが、俺は昨日あかねの闇をほんの少し覗いてしまった。
彼女は父親を亡くしている。闇を抱えていても不思議ではない。
あかねはやはり無理して明るく振る舞っているのだろうか?
いずれにしてもしばらく同居する以上、あかねの事を気にかけてあげる必要がありそうだ。
8月2日 9時30分。
ありすとの約束の時刻は11時00分。
丘ノ下橋の駅前にて待ち合わせである。
1時間ほどこの辺を散歩して10時45分に駅に到着する。
そして、喫煙所で一服してから5分前に待ち合わせ場所に行けば大丈夫だろう。
俺のお気に入りの煙草であるスリースターと彬鷹の車の煙草入れから奪取したマルボーロをポケットに入れ、この街の施設を覚えることにした。
「大分この街の施設も把握できたかな」
9時58分と言うほぼ10時と言って差し支えない時間になっていた。
昨日行けなかった場所に行くことで俺はこの辺りの情報は大体掴み掛けていた。
そもそも、3年前に来たことがあったので一部思い出す作業だけで済む場所もあった。
俺はそろそろ駅に戻ろうと来た道を引き返そうとしたとき。
ふいに大きな声で呼び止められた。
「あっ!待ってください!!
やっぱり邑上さんですよね!昨日はありがとうございます!」
厄介な人間に捕まってしまった。
いくら小さな街とは言え都内で昨日会った人間と都合よく会うなんて出来過ぎである。
しかし会ってしまったのならば仕方がない。
「私ダイエットのためにこのコースを散歩しているんです
よければ休憩のために近くに美味しい喫茶店があるので一緒にどうですか?」
用事があるからと言って断ることもできるが、散歩をして来た道を引き返そうとしているのを目撃されている。
そこを突っ込まれると非常に苦しい。
そしてお礼をするために早速メールをしてくるこの執念。
時間が経ってもこれは改善されないだろうし、素直に好意を受けておくのが最善だろう。
きちんとお礼を受ければ満足してくれるだろう。
俺は観念する事にした。
「好きなメニューを選んでくださいね!
お金は私が払いますから!」
彼女は張り切った様子で俺を見ている。注文しないわけにはいかなそうだ。
喫茶店の内装は、うちの喫茶店とは違いファミリーレストランに近い雰囲気だ。
机と椅子が綺麗に2列に並べられており、俺たちの席は奥側で入り口は見えない。
妹とお昼を食べることになっているのであまり食べないほうが良いだろう。
それに、他人の驕りにお金を掛け過ぎるのもその人間の品性が問われてしまう。
俺は紅茶と一番安いケーキだけを頼むことにした。
「本当にそれだけで良いんですか?
男の人なんですし、もっと食べて良いんですよ!!」
「俺は小食だからこれで十分だよ」
「小食なのにその健康的な体を保てるって凄いですね!」
私は逆についつい沢山食べてしまって……その要らないところにそれが付いてしまって……」
彼女のぽっちゃりとした体型の原因は大食いと言うわけか。
先ほどもジョギングでダイエットをしていたようであるし、体型に少なからずコンプレックスがあるようだ。
「すいません!紅茶2つと今日のおすすめケーキと、いちごジャンボパフェとプリンアラモードとアイスクリーム6種盛とスイートポテトをお願いします!」
「了解!梨芋ちゃんはいつもよく食べるねぇ!」
お昼前にこれだけのお菓子を食べてお昼が食べられるのだろうか。
しかも喫茶店のマスターにも覚えられる大食いっぷりである。
ついつい沢山食べるというレベルではない。
「お昼まだなんだよね……食べられるの?」
俺が恐る恐る聞くと彼女は満面の笑みを浮かべてこういった。
「はい、お菓子は別腹なんです!」
マシュマロ系女子と言われる人々の名言と言える言葉が炸裂して、俺の心を思いっきり掴み上げた。
むしろここまでの肥満の道を辿りながら、ぽっちゃり体型で済んでいる事が奇跡の様に見える。
「うーん、おいしいーとろけちゃいそうです~」
彼女は満面の笑みを浮かべながらジャンボイチゴパフェを食べている。
女が大食いな事に嫌悪感を抱く男もいる、俺も燃費が悪そうで悪い印象を持っていた。
しかし、実際に幸せそうな顔をして食べているこの娘を見るとこちらまで美味しさが伝わってくるようで俺は自然と良い気分になっていた。
そんな俺の視線に彼女はふと気づくと…俺にこう言った。
「仁昭さんも食べますか?イチゴジャンボパフェ!
すっごく美味しいですよ」
見た目はただのイチゴパフェだ。ただ量が多いというだけで特別な物は一切入ってない。製法が特殊と言うわけでもない。
しかし、何故俺の口内には唾液が充満しているのだろう?
その秘密はやはり彼女が満面の笑みを浮かべながら幸せそうに食べている物だからなのだろう。
プラシーボ効果と似た様な物かもしれない。
プラシーボ効果は風邪薬だと偽って実は何の特効性もない薬を渡したにも関わらず風が治ってしまう様な現象をそう呼んでいる。
人間の精神は意外にも単純で、風邪薬だと信じて飲めばビールやウィスキーだって良薬になるのだ。最も風邪は治っても肝臓がどうなるのかまでは知らないが。
目の前で起こっている事もそれの応用なのかもしれない。
どんなに高級な料理であってもそれを気怠そうに食べている人がいるならば、不味いのかもしれないと認識する。
例え一袋50円もしないもやしであっても、その人が美味しそうに食べているのであれば、美味しいのかもしれないと認識する。
気付けば俺は彼女にこう返事をしていた。
「一口貰えないか?」
こう言うと彼女は俺に持っていたスプーンを手渡し、好きなだけすくってくださいねと言った。
しかし……これでは彼女と関節キスになってしまう。
俺がそのことに気づいて固まっていると彼女は不思議そうにしながら食べないんですかと聞いてくる。
指摘するのは何だか気恥ずかしい気持ちになりそうだ。しかし、渡されたスプーンを交換するのも相手に失礼な気がする。
しかし目の前には美味しそうなイチゴジャンボパフェがそびえ立っている。
俺は倫理観や間接キスなどと言う概念をどこかに置き去って、何時の間にかスプーンでパフェをすくい口に入れていた。
「旨いな!」
甘ったるい物はあまり好きではない。しかし、この甘ったるさが口に広がる感覚が何故かとても素晴らしい様に感じてしまった。
「ですよね!ここのパフェは本当に絶品なんですよ!
よければこっちのアイスクリーム6種盛も食べますか?」
「おお!勿論だ!」
気付けば彼女のスプーンで彼女の頼んだスイーツを全て試食してしまっていた。
その度に広がるほのかな甘みと、彼女の食べている時に見せる他人まで美味しい気分にさせてしまう笑顔のせいで魔法に掛かった様に楽しい一時を過ごしていた。
そして、何時の間にか彼女にお礼をされるためにここに来た事。本当は助けるつもりなどなかった罪悪感を忘れてしまっていた。
「それで私のおじいちゃんは焼き芋屋なんですよ!
Immortalって喫茶店に住んでいるんですよね。
私行こうとしたんですけど……あのマスター怖くて……
今度良かったら連れて行ってもらえませんか」
「構わないぞ、あのマスター基本的には優しいからな。
焼き芋屋の娘と言うと、焼き芋屋の娘だからスイートポテトが好きなのか?」
「はい!スイートポテトは大好物です!
あっ……勿論焼き芋も大好きですよ!」
気が付けば彼女との話も盛り上がり、料理は全て平らげた状態になった。
真面目な話、これからこの街で暮らしていくのに友達は必要だが出会う場がない。
しばらく話してみると、梨芋には本当に裏表がないように見える。
ヤクザの世界で生きていると裏表がない人間など稀であり、実際にヤクザの世界に関わっている女はオセロみたいに裏表を変えて生きている人間が多かった。
俺も小さいころから自己中な人間、自滅する考え方を持つ人間、他人を利用し、貶める事しか考えていない人間。色々な人間を見てきていたので審美眼はそれなりに養っている。
しかし彼女にはそれがない。まるで囲碁の白碁石の様に不純物のない白だ。闇が一切感じられない。
あいつも言っていたな。もしおまえがそれなりに自由を手にして、表の世界で生きることになったらまず新しく信頼できる友達を見つけろってな……
新しく……知り合った……ふと何かを忘れていたような気持ちが沸いてきた。
ふと時計を見ると12時00分……そう言えばお昼に約束をしていた……
しまった!と思った時にはもう遅い。妹との待ち合わせ時間に遅れることが確定してしまっていた。
「すまない!俺にもそろそろ用事があるから今日の所はこれでお開きにしようか!」
「そうですね。私がお金払って会計しますので仁昭さんは先に外に出てて良いですよ」
俺が喫茶店の外に出て、彼女を待つと彼女は何やら深刻な顔をして外に出てきた。
「どうした?もしかしてお金がないのか?」
「違います……よく考えたら私ダイエット中なのにあんな食べた上に、お礼のために喫茶店に誘ったのに私ばっかり食べてて罪悪感が……」
注文している段階で気づけよ!!と俺は心の中でツッコミを入れた。
でも彼女がスイーツをあんなに嬉しそうな顔で食べているのを見ると、こんな感じで食べてはダイエット中だった事に気づくという事をループしているような気がする。
しかし、俺も彼女の事は言えない。まさかスイーツと彼女自身の持つスキルの様な物に時間を忘れてしまうとは。
「別れる前に一つ良いですか?
仁昭さんは何時もこのコースで散歩されているんですか?」
「何時もと言うか俺はここに引っ越してきたばかりだ。
でも朝の散歩は日課だな。
こうやってまだ暑苦しくない日差しに照らされながら街を歩いていると、良い気分で一日を過ごせる気がするからな」
そういうと梨芋は俺の言葉に感心した様で、彼女はすぐさま前のめりになる。
「だったら、朝のジョギングに付き合ってもらえませんか?
私だけだと、多分3日坊主になっちゃいそうなんです!
人とやれば長続きすると思うのでお願いします!」
彼女の人の良さと無害さはまだ付き合いが短い中でもよく分かった気がする。
誰かと散歩するのも悪くない話だろうし、彼女の願いを聞き入れてあげてもよさそうだ。
「良いよ、俺も明日この辺を散歩するから。
メールとかで待ち合わせ場所決めてそこから一緒にジョギングをしよう。」
「ありがとうございます!
あと引き留めてしまってごめんなさい、用事あるんでしたよね!
私もこれから家に帰るのでこれで失礼しますね」
そう言って彼女が去っていくのを見届けると、俺は時間を完全にをオーバーしているので今日理解した地形を元に最短距離で駅へと走り出すことにした。
続く
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