第2話 イモウトはイモータル!?
第2話
「邪魔するぜ!」
扉を開けると鈴の音がうるさいほどに響いた。
洒落たカントリー調の喫茶店の名前は「immortal」と言う。
落ち着いたメープル色の長いカウンターに丸椅子が並べられているが誰一人座っていない。
そんなお洒落で寂しげな店内の奥からあの人は姿を現した。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
髪は既に白髪ではあるが、革のジャケットを着て洒落た格好をしている老人。
しかし、右目に付けられた眼帯がただのお洒落な老人のマスターでない事をうかがい知れるだろう。
この老人は、「
現在は抗争で視覚を半分失ってしまった事や、聴覚が若干劣ってしまっている事、年の問題、彼自身の意思もあって彼は組を引退した。
組長自身の想いとしては、彼に残ってほしいと思っていたそうだが、だが會澤の意思を尊重して泣く泣く組を引退させたそうだ。
「あぁ、まぁなオヤジは大丈夫なのか?
こんなうるせぇ鈴鳴らして、また耳聞こえなくなっちまったんじゃねぇの?」
「ふん、年より扱いするなと言いたい所だが
残念ながら組にいた頃より、悪くなってるな。
もう少しお前が離れて小さな声で喋れば、聴き取れなくなるかもしれんくらいだ」
喫茶店のマスターをしている會澤には、もう既に組にいた頃にあった覇気はもう感じられなくなっていた事に、俺は何とも言えない寂しさを覚えた。
そして、俺は會澤には特別な借りがある。
「何かあったら言えよ!
俺にできることならやってやるからさ」
「息子に心配されるぐらい老いぼれてなどはいない!
余計な心配なんかしてんじゃねぇ」
息子と言っても本当の息子ではない。
俺は會澤に拾われた孤児なのだ。
會澤に育てられ、物心ついた頃から組の鉄砲玉として育てられた。
なので、會澤は俺にとって父親に当たる存在である。
とは言え會澤には本当の息子がいる、息子はカタギであった。
「息子と言えばあんたの本当の息子さんの葬式、誘われてたのに蹴って済まなかったな」
「なーに、おまえとは関わりも薄いし会ったのも2、3度だろう?
どちらにしても組の抗争を優先するべきだ。当たり前の話だろう。」
俺と會澤は二人で、組での出来事や、喫茶店での出来事。
他愛のない話から、真面目な話まで、今まで会わなかった時間を埋める様に途切れることなく話し続けた。
「堅剛組との交戦でなぁ、あの『
もう少しって所だったが、流石は組長の妻って所か......逃げられちまったよ」
「ふん、まだまだ甘いな…俺なら仕留めてる」
「うるせーよ!引退したやつが口で言うなら簡単だぜ」
「そう言えば、娘もいるんだったな。
『堅剛 エリカ』だったか、あの『賦支山組20人殺害事件』で逮捕された。
今はムショ暮らしだが、出てきたら恐らく組にとっての脅威だろうな」
堅剛は雌鶏が鳴き過ぎていると言われ怒龍からも笑われていたな。
元々この世界は漢の世界だ、そう言った事を言う奴が出てきても仕方ないだろう。
だが、その事をを思うと俺は忘れようとしても忘れられないあいつの事を思い出す。
「まだ、あいつの事を気にしているのか......」
會澤は何かを察した様にそう言った。
「別に......そんなんじゃない......」
「そうか......」
そう言ってしばらくの時間、喫茶店が静寂に包まれたと思ったのも束の間。
店の奥の扉が勢いよく開かれた。
「おじいちゃん!コーヒー持ってきたよぉ!」
お盆にコーヒーを2杯入れて、俺たちの元に現れた10歳くらいの少女だった。
この娘は初めて見たが、恐らく......
「そこの兄ちゃんに渡してくれ、一杯は俺が飲む」
「はーい!」
元気よく挨拶をすると、俺の元にとことこと速足で歩いてくる。
お兄ちゃんこれどうぞと言いコーヒーを俺の目の前に置き、目の前の會澤にもはいおじいちゃんと言ってコーヒーを手渡した。
「オヤジの孫娘か......」
「うむ、今は俺が面倒を見ている......
そうだ!ちょうどいい!」
會澤はふと閃いた様に言うと、俺は何か面倒事を頼まれるなと思い身構える。
「このお兄ちゃんは俺が良く知っている男でな!
ちょっと遊んでもらうと良い」
會澤が孫娘に語り掛けると、孫娘はこのお兄ちゃんが遊んでくれるのやったーと言って飛び跳ねている。
俺は、何で俺がそんなことをしなければいけないんだと言う思いで會澤を睨み付けると。
「さっき俺のできる事ならしてくれるって言ったよな?
それに今遊べないった言ったらこの娘悲しむぞぉ、泣いちゃうかもしれん
孫娘を泣かすような奴はここから追い出すしかねーなぁ......」
俺をおちょくる様に発言する會澤に対して俺は抵抗する間もなく。
俺が泊まる部屋に荷物を置くまで待ってくれと言い、仕方なくこの娘と一緒に外に出ることにした。
「それで君名前はなんていうの?」
「私ね!あかねって言うの!お兄ちゃんは?」
「俺は仁昭だ、よろしく」
「よろしくねー!ひろあきお兄ちゃん!」
あかねは、にっこり笑ってこちらを見ている。
どうにも子供は苦手だ。嫌いと言うわけではないが、どう接して良いのか分からない。
髪型はデコを丸出しにした髪型ではあるが、デコが広いわけではないのでデコちゃんと呼ばれる様な感じでもない。
服装も動きやすそうな女の子でも似合う綺麗なカラーのズボンをはいているが、けっして男の子に見える女の子と言うわけでもない様だ。
「何して遊ぶんだい?」
「えーとね…キャッチボールして遊びたい!!」
女の子なのにおままごとじゃないのか。
おままごとに付き合うよりはまだこちらの方が慣れている物であったのでよしとするべきだろうか。
「いつも親父とはキャッチボールして遊ぶのか?」
「うん!おじいちゃん何時もキャッチボールして遊んでくれるの!」
會澤に育てられていた頃、俺も會澤とキャッチボールをしていた事を思い出した。
孫娘なのに接し方が息子と同じである事に俺は微笑をした。
會澤には息子が「2人」いたが、娘はいなかった。
會澤は相変わらず不器用な男なのだろう。
それにしてもあかねはやはり中身は男勝りのやんちゃな女の子なのだろうか。
會澤に育てられているのだから、そうであっても不思議には思えないが。
そんな彼女のおじいさんの他愛のない話をしながら歩いていると、あかねは突然こういった。
「ああっ!お兄ちゃんみてー!!」
どうしたのだろう。俺達は歩道で歩いている途中で突然横を向いて指さしたあかねの指先に視線を向けた。
車道を挟んだ向こう側の歩道にはチェーン店の喫茶店に入ろうか悩んでいるカップルがいた。
理想とも呼べるような美男美女のカップルだった。
男は顔立ちが良く、黒髪で落ち着いた印象の誠実そうな顔立ちをしている。
女は美顔で、長くて綺麗な黒髪をして清楚に見える白を基調とした服を着ていた。
「あの人たち幸せそうだよね!ねぇお兄ちゃん!私もあんな感じで幸せになれるかな?」
男勝りな女の子ってイメージではあったが、やはりカップルやお嫁さんに憧れを抱く感情はあるのだろう。
「あかねちゃんみたいに元気な娘ならきっとなれる」
「本当に!?わーい!やったぁ!!」
あかねちゃんは嬉しそうに笑うと、キャッチボールをする目的地の公園に走り出してしまった。
ちょっと待って先行くと危ないよと言いながら俺もあかねちゃんの後を追いかけて走り出した。
元気過ぎるのも困り所ではあるが、彼女の元気さに惹かれて良い男が現れてほしいものである。
最も會澤の目の黒いうちはダメな男や悪い男には意地でもあかねを渡さないだろう。
それ以前にあの様子じゃあかねを溺愛し過ぎて、良い男であっても渡さないのではないだろうか。
あかねと駆けっこと言う様な形式で走り続け、あっという間に目的地の公園に到着した。
「えーい!それっ!!」
あかねの渾身の一球を俺は持ってきたグローブで受け止めた。
それにしてもこのスピードとコントロール、10歳の少女のものとは思えないレベルだ。
平均的な中学1年の男よりも良い球を投げている気がする。
しかし、俺は小学校、中学校と在籍しているだけで1日も出席せず、卒業証明の書類だけ貰っただけなのであくまで俺の体感と独断と偏見である。
ちなみに勉強は独学と…あいつが教えてくれたので、高等学校卒業レベルの学力はしっかりと持っている。
俺はボールをあかねにコントロール良く投げ返すと、あかねはそれを余裕でキャッチした。
「ひろあきおにいちゃんボールがまっすぐだよね!
わたしひろあきおにいちゃんのボールすきっ!」
と言って俺にボールを投げ返す。
彼女は間違いなくそんな意味では言ってないが、不埒な解釈が出来るなと思ってしまった俺の心は汚れているのかもしれない。
俺はキャッチしたボールをありがとうと言って投げ返した。
「あれぇ?今ちょっと曲がったよ!
ひろあきおにいちゃんほかの事かんがえてたでしょ!」
子供ながら鋭いな......流石は會澤の孫娘と言った所か。
どの道に入ったとしても、将来は色んな意味で有望だろうな。
俺はごめんごめんと言いながらボールをキャッチして、キャッチボールを続けた。
「今日は楽しかったか?」
「うん!すーーーっごーーーく!楽しかったぁ!!
おじいちゃんとしかキャッチボールしてないからおにいちゃんとまたキャッチボールしたい!!」
分かった、また遊ぼうなと言って頭を撫でると、あかねはえへへと笑いながらそれを受け入れた。
それにしても人懐っこく元気な女の子だな。
父親が亡くなっていればもっと暗い子になってもおかしくないのに、彼女は自分の中の光を輝かせ続けている。
空もオレンジ色に染まり、この街も夜の近づきを思わせる様な景色へと変わっていく。
その綺麗な空の下で俺はあかねと手を繋ぎながら、喫茶店へと帰っていく。
そんな時だった......。
「うん?あれは......」
車道を挟んだ向こう側の歩道に見えるのは、さっき見かけた美男美女カップルの美女の方が先ほどの清楚な恰好とは違うセクシーな恰好をしている。
問題は一緒にいる相手だ。それは先ほどの美男ではなく、イケメンとは程遠いいやらしそうな顔をしている中年の男である。
明らかに高そうなスーツを着て、ここからでは見えないが高いブランドものの時計をしているのだろう。
女はその男と腕を組んで胸を押し付ける様に歩いている、そして二人はホテルへと入っていく。あのホテルは間違いなくビジネスホテルではなくラブホテルである。
「え......」
あかねは呆然としている。
援助交際だとか、ラブホテルだとか、もしかすると不倫だとかこの年で分かるはずもない。
だが浮気だという事は彼女にもわかるはずだ。
その時彼女はぼそっと口を開いた。
「死んじゃえばいいのに......」
俺は彼女がこう呟いたとき背筋が凍るような思いをした。
「うわきなんてする人なんてしんじゃえばいいんだよ......うわきされる人のきもちなんてなにも分かってないんだから......」
俺は10歳近く年齢の違う小学生の娘に恐怖を感じていた。
この怒りと悲しみが混じった殺気の様な物は、會澤が一度だけ俺に見せた殺気と同じものだったからだ。
そこには天真爛漫な明るさは一切ない。今にも何かを睨み付けるだけで人を殺しそうな雰囲気。
俺が不死身であっても、人間として残っている生存本能に直接語り掛ける様な殺気であった。
初めて常に輝き続けているあかねの闇に触れた瞬間だった。
「おにいちゃん!はやくいこっ!おじいちゃん待ってるよ!」
俺が固まっている間にあかねはいつも通りのあかねに戻ったようだ。
俺はじゃあ駆けっこだなと言いながら彼女を追いかけた。
あかねは部屋に戻り、喫茶店にはぼちぼちお客さんが点在していた。
満席には程遠いが常連客もいる様だ。
會澤は常連客といつも通り雑談を楽しんでいる。
冷蔵庫には朝食の納豆と夕食用に買ってきてある弁当が3つあるだけだ。
流石に小腹が空いてきたので、その辺のコンビニでも探して何か買ってくるとしよう。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
近くのコンビニを探すのに散歩をし過ぎてしまった。
もう空も相当暗くなっており、街灯が街を照らし始める時間だ。
ちなみに買い物の詳細であるが、女性の店員からお菓子とつまみと酒と煙草を買った。
幼い頃から組にいる成果、顔つきも20歳はとうに超えている雰囲気を醸し出してる様だ。
そもそも年齢確認と言う制度自体、煙草や酒を買い始めて3年。つい最近知ったばかりだ。
コンビニから喫茶店に戻る途中、この街の代表とも言える丘ノ下橋の横をもう一度通り過ぎようとした。
橋は大きくとても広い。しかし、この時間人は誰もいないのだろうかと思った時だった。
ふと1人の少女が手すりに立っている事に気づき俺はそちらに注目した。
少女は典型的な何かを諦めた様な、希望が何一つない事を悟った光のない目をしている。
目の前の水は枯れかかり、鋭く尖った岩がむき出しになった水面をじっと見ている。
この状況を見れば誰にでも分かる。彼女は自殺をしようとしている。
俺は止めようとはしなかった。普通の人間は止めるだろう。だが俺には誰かが死ぬことを止める『資格』などなかった。
少女の飛び降りはまるで葉の先に溜まった滴が下に零れ落ちる様に自然であった。
しかし人の自殺する様子としては妙な違和感があった。自然でありすぎる事への違和感だ。
色々な事を悟りきっている年であるとも思えない。死ぬ直前に踏みとどまる動作もなければ、死への思い切りの良さもない。
思い切り飛び込んだわけでもなければ未練や恐怖に囚われることなく死を選ぶ。
それに気づきふと飛び込んだ先の水面を見ると驚くべき光景が見えてきたのだった。
「えっ......嘘だろ......」
鋭い岩が露出した水面に飛び込んだ少女は何事もなかったかの様に川から岸へと歩いていく。
「......今日も駄目なのね......」
溜まりに溜まった鬱憤を静かに吐き捨てる様に彼女は呟いた。
この時俺は彼女の正体についてある仮説が立っていた。
この少女は俺と同じ不死身の肉体を持っている。
俺は岸で全身を濡らして歩く少女の元に気付けば走り出していた。
「おいっ!おまえ…大丈夫なのか!?」
走ってくる俺を見ても少女は一度だけ俺に視線を移しただけで、そのまま岸へと歩いていく。
俺は岸へと降りる階段を見つけて、そこから降りて少女の元に駆け寄った。
「なに......また自殺はやめろって言う人......そういうのは間に合ってるんだけど......」
「また」という事は何度も自殺に失敗しているという事だ。
さっきのはまぐれで助かったという事もなさそうだ。
つまり、俺の仮説はほぼ正解という事になる。
「悪いけどそういうのじゃない、君は不死身なんだろう?」
そう言うと少しどっきりとした顔を見せた。
今まで俺を見ても、水面を見ても、死を決意しても、死ねなくても変わらなかった顔に変化が生まれたのだ。
俺は彼女が不死身であることを確信する。
「あなたね......漫画やアニメとか見過ぎなんじゃないの?
不死身な人間なんているわけないじゃない......
あなたの妄想に付き合ってなんてられない......いるわけない......そういるわけないの......」
最後は俺に対しての呆れを演じる事ができず、自分に言い聞かせる様に言葉を吐いてしまっている。
これではいくら君が不死身と言った所で取り付くシマもなさそうだ。
こういう場合は言葉より、行動で示したほうが話も進みやすいだろう。
「分かるんだよ、俺も不死身だから......」
「あなた......やっぱりおかしい人なのね......」
「口で言っても埒があかないよな!
なら俺は持っているバタフライナイフで今から腹を刺す。
それで生きていたら信用してもらえるかな?」
そういうと俺は護身用に一応持っていたバタフライナイフを取り出した。
俺はバタフライナイフの刃を出したり入れたりしながら空中で回し始める。
「なに言ってるの......生きてるわけないでしょ......はやくそれしま......」
彼女が喋っている間に俺は持っていたバタフライナイフを腹に突き立てる。
不死身の肉体を持つものはナイフを突き立てられても出血は最小限。
せいぜいシャツに少しこびり付く程度だが、不思議な事に傷が治る際しばらくするとその出血を吸い取るかのようにシャツには血の跡など一切なくなる。
子供が鼻血を垂らして、服についた頑固な血の汚れを落とすのに必死なお母さんにも教えたい吸収方法だ。
俺はしばらく刺された状態でジャンプやバク宙をして見せ、最後にナイフを外し、シャツをめくって傷が治るのを見せた。
少女はあっけに取られ、言葉も出ない様子だった。
「俺が不死身だってことは分かっただろう
お前もさっきあそこから飛び込んで無傷だったんだ。
おまえも不死身なんじゃないのか?」
そう言っても餌を求める鯉の様に口をパクパクさせてあっ......あっ......としか声を発声することができないようだ。
どうやらあまりの事に言葉が出てこないらしい。
正直、俺も何で自分がこんなことをしているのか冷静になってみると分からなくなっていた。
ただ、初めて見つけた自分と同じ不死身の人間に興味が沸き、気が付いたら話しかけてしまっていた。
すると、彼女は突然......
「くうぅ......ううぅ......うわああああああああああああああああああああん!!!」
彼女はすすり泣く様に泣いたかと突然大声で泣き出してしまった。
先ほどまでの声の小ささとは打って変わって、何かが弾けた様に大声を出している。
「お、落ち着けって!なな、何故泣いているんだ?
理由を話してくれ!頼む!こ、これ人に見られると色々な意味でまずいっ!
俺が何か酷い事したなら謝るからさ!なっ!
頼むから泣き止んでくれ、なっ!なっ!」
子供のころからヤクザをやっていても、この様な修羅場に巡り合った事はなかった。
気付けば、どもり、一貫性のない主張と本音が漏れて、泣き止ませるつもりのない諭し方をしていた。
彼女は泣き止むことなく大声で泣き続けている。
どうしたら良いのか分からず、俺も泣き出してしまいたいくらいの気持ちになっていた。
しばらくすると彼女は段々と大泣きからすすり泣く様にシフトチェンジをし、ようやく言葉を話せるくらいに落ち着いた。
「やっと......くすっ......見つけた......
私の......ううぅ......お兄ちゃん......」
へっと言う素の声を思わず口に出してしまうくらい驚きが隠せなかった。
突然大声で泣きだしたり、見ず知らずの男をお兄ちゃんと言ったり、先ほどからこの娘には振り回されてばかりだ。
今までの俺は付き合っていられないので去るという選択肢を選んでいただろう。
しかし、俺は少女の事を何故か放っておく事ができなかった。
それを言葉で説明するには今は色々なものがつっかえていて上手く説明ができない。
同じ不死身である事なのか、彼女への同情心なのか、それが分からない。
少なくともそのモヤモヤを放置したままどこかへ行く事はできなかった。
俺は深呼吸をして、順序立ててこの少女と接していく事にした。
「さっきの質問の答えだけど君も不死身なんだよね?」
さっきの大泣きで少女の論理は飛躍し過ぎている。
まずは彼女が今何を思っているのか一つ一つ質問していかなければならないだろう。
彼女はこくこくと首をゆっくりと縦に2回振った。
この少女はまず不死身であることを自覚していて、それを俺に認めた。
次のSTEPに移るとしよう。
「泣いていた理由は何なんだい?
俺が不死身なのが泣くほど悲しかったのか?」
彼女はふるふると首を横に何度も振るった。
理由を聞くと彼女は、えーと......えーと......と言いながら口を開いた。
「何度も自殺しようとしたのに......死ねなくて......
うくぅ......本当に辛かった......ひっく......くすぅ......
でもあなたが来てくれて私…安心しちゃったみたい
止めようとしても......止めようとしても......心から溢れてくる感情が止められなくて......
ごめんなさい!ごめんなさい!やっぱり私なんて死んだほうが良い!」
「お、落ち着け!俺は別にそういう理由なら気にしてないから!」
「ほ、本当に?」
彼女の本当と言う問いに対して3回くらい答えたところでようやく落ち着いた様だ。
泣いていた理由は分かった。
次の質問に移るなら何で自殺をしようとしていたのが正しいかもしれないが、これは地雷を踏み抜く恐れがある。
今までの事を考察すると踏み抜く恐れではなく、確実に踏み抜くだろう。
自殺の理由に関してはスルーするとしよう。
今まで俺は話を整理してきた。
彼女の気持ちを落ち着かせる意味もあったが、これは俺自身を落ち着かせる段取りとも言えるだろう。
先ほどから論理が飛躍し過ぎていて全く想像のつかない彼女の言葉「お兄ちゃん」。
正直な話、この時点であってもどうしてそうなったのか想像もつかないが、聞いてみるしかないだろう。
「えーと......その......何で俺の事をお兄ちゃんって思ったんだ?」
「お兄ちゃんは......お兄ちゃんだから......」
「そ......それじゃわからねぇんだよ」
これはどうしたら良いのだろうか......
もし、見知らぬ人にお兄ちゃんと呼ばれた時どうすれば良いのかインターネットで質問したとする。
当然、レスポンスが付かないか、ろくな答えが返ってこないだろう。
誰かに相談しても解決できなさそうであるし、何とか自分の手で解決するしかない。
ここは、彼女の話に多少合わせるのが無難だろうか。
「じゃあ仮に俺がお兄ちゃんだとして、君はこれからどうしたんだい?
さっきから死にたがっているみたいだけど、自殺はやめるのか?」
「お兄ちゃんに会えたんだから......お兄ちゃんとずっといる......
いてくれないなら......私は何としてでも死ぬだけだから......」
つまり俺と一緒にいるなら自殺を辞めるという事になる。
しかしいくら自殺をしても彼女は不死身、死ぬことはできない。
この時俺はあの時彼女に駆け寄った本当の理由と彼女を放っておけない理由が分かった気がした。
正直な話、俺は彼女の気持ちを全て理解することはできないだろう。
でも、彼女が断片的に語ってくれた自分の想い、悲しみと苦しみ、絶望に光が差した時との涙を流すほどの喜び。
その想いは昔の自分に重なるものがあった。
昔の自分......それは組に入って鉄砲玉の仕事をし続けていた時の事。
俺は拾ってきた會澤のために尽くしていた。
しかし、會澤は組を引退し俺だけが取り残された。
俺は何のためにここで頑張っているのか分からなかった。
何をやっても死なない。
拳銃を乱射してくる相手に突っ込んでもしばらくすれば無傷。
火の中を走り続けても、火傷の後すら残らない。
時折、自分はどうして死なないのか、どうして敵の組の男たちはあんな簡単に死んでいけるのか…不謹慎な話かもしれないが羨ましく思う事すらあった。
そんな時、身体は不死身でも心が死んでいる俺にもう一度命をくれた女がいた。
その女は不死身ではない。銃で撃たれれば当然死ぬし、火の中を走れば全身が丸コゲになる普通の人間だ。
アイツは俺の教育係として配属された女だった。
アイツには沢山の事を教わった。沢山殴られた。沢山......一緒にいてくれた。
泣き言の様に死にたいと呟いた俺を本気で叱ってくれた。
不死身で痛覚を感じない俺に心の痛みを教えてくれた。
その痛みで泣き出した時は何時も胸を貸して泣き止むまで傍にいてくれた。
俺にもう一度生きていたいと思わせてくれた女......今はもう......いない。
今の俺には何もない......アイツみたいに誰かに光を与えられるような人間じゃない。
空っぽ......心が死んでいる......生きながら死んでいる人間だ。
そして目の前にいる少女......彼女も生きながら死んでいる。
俺は彼女の兄になることで彼女に光を与えることが出来る。
そして、アイツが死んだ事で空っぽになってしまった自分を再び満たせるかもしれない。
「分かった......今日から俺がおまえのお兄ちゃんだ」
「え......本当に?
頭のおかしい娘だって思わないの?」
自分が言ったことのおかしさを自覚しているタイプなのか。
「同じ不死身なんだ、別にそれが兄妹でもおかしくないだろう?
俺はおまえの事を良く知らない、おまえも俺の事を良く知らない。
でもこれから知っていけば良い
なんてたって家族なんだからな!今日からおまえはイモータルなイモウトだ!
よろしくな!」
そう言うと彼女はぽかんとしながら俺の事を見つめ、次の瞬間笑い始めた。
「ふふふ......『イモ』ータルな『イモ』ウトって寒すぎ......
それにお兄ちゃんはイモウトの事をイモウトって呼ばないよ
私はありす!お兄ちゃんには名前で呼んでほしいな」
何時の間にかキャラクターが変化した様に口調が変わってしまった。
これが本当の彼女の姿なのだろうか。
「分かった、ありす!これからよろしくな!」
「うん!」
ありすは屈託のない笑みを俺に向けた。
ありす......これから俺の妹になる少女は、先ほどの陰鬱な雰囲気が取り除かれるととても可愛い娘であることに気づいた。
髪はメープル色の綺麗な茶色の髪をしており、顔立ちは整っており人形の様な可愛さをしている。
服はさきほど川に飛び込んだせいで濡れてしまってせっかくの服が台無しになってしまっているが、年相応の白と水色を基調とした可愛い服を着ていた。
せっかくの綺麗な白い布地は泥で汚れてしまっているが。
「そうだ!お兄ちゃん、最後にひとつだけ良い?」
「なんだ、ありす!」
「うん!完璧だねお兄ちゃん
えへへ......また......ありすって呼ばれちゃった......」
どうやら質問をしたかったはずなのに自分の世界に入り込んでしまった様だ。
俺は頭をこつんと叩いて元の世界に戻した。
「いったーいもうお兄ちゃんの馬鹿ぁ!
まぁいいや、お兄ちゃん!
これからずっと私と一緒にいるって約束できる?」
ずっと一緒にいるか......
彼女の光を取り戻す以上、長い間一緒にいる必要があるだろう。
俺だって、アイツに心を開くのに長い時間が掛かった。
長丁場は覚悟の上だ。そんな覚悟もない人間に人の人生にかかわる資格などないだろう。
「勿論だ!」
「良かった!じゃあこれからずーーっと一緒だよ......
お兄ちゃん......」
続く
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