イモウトはイモータル~メンヘラの妹は、不死身で死にたがり屋~

7%の甘味料

序章 始まりの丘ノ下橋

第1話 丘ノ下橋の長い一日

第1話


自殺......日本では常日頃から報道されるありふれた行為。


線路への飛び込み自殺は、最も他人に迷惑の掛かる自殺方法である。


突発的である事が大半だが、理由があるものであるならば他人に存在を承認してもらいたいと言うのが適当であると考える。


いじめを苦にした自殺は、自殺の中でも最も関心のあるものとして報道される。

遺書の内容でいじめの事実がはっきりとしている場合は、加害者も吊し上げになることもある。


雪山での睡眠自殺、これは安楽死ができる自殺方法として最も有名である。


世の中は自殺に溢れている。だから目の前で少女が橋から飛び降りようとしていても不思議な事ではないのだ。


少女は典型的な何かを諦めた様な、希望が何一つない事を悟った光のない目をしている。


目の前の水は枯れかかり、鋭く尖った岩がむき出しになった水面をじっと見ている。


俺は止めようとはしなかった。普通の人間は止めるだろう。だが俺には誰かが死ぬことを止める『資格』などなかった。


少女の飛び降りはまるで葉の先に溜まった滴が下に零れ落ちる様に自然であった。


しかし人の自殺する様子としては妙な違和感があった。自然でありすぎる事への違和感だ。


色々な事を悟りきっている年であるとも思えない。死ぬ直前に踏みとどまる動作もなければ、死への思い切りの良さもない。


思い切り飛び込んだわけでもなければ未練や恐怖に囚われることなく死を選ぶ。


それに気づきふと飛び込んだ先の水面を見ると驚くべき光景が見えてきたのだった。


「えっ......嘘だろ......」


鋭い岩が露出した水面に飛び込んだ少女は何事もなかったかの様に川から岸へと歩いていく。


「......今日も駄目なのね......」


溜まりに溜まった鬱憤を静かに吐き捨てる様に彼女は呟いた。


この時俺は彼女の正体についてある仮説が立っていた。


俺は岸で全身を濡らして歩く少女の元に気付けば走り出していた。




















「そこの横断歩道を左に曲がった所で良い、そこからなら分かる......」


「......悪いな、俺もアイツは苦手だから途中で降ろさせてもらうぞ」


俺は高級車の助手席に乗りながら、スキンヘッドでサングラスを掛けたガタイの良いこの男に運転を任せていた。


「それにしても休養を取れって......一体なんでそんな事に?」


「......それは極秘だ」


「......それしかいわねぇのな...今まで散々俺をコキ使っておいて、いきなり休養って......

 おまえらの考えてる事なんか俺にはさっぱり分からんよ」


「知る必要もない......」


こいつの不愛想な態度と言葉が足りないのは相変わらずである。


俺は車に置いてある煙草のケースをそそくさとポケットに入れた。


「勝手に人の煙草を持っていくとは、良い度胸じゃないか?」


「おまえらの思う反抗期って奴だよ、何の理由も応えず俺を振り回してんだから少しくらい反抗させとけ」


そう言うとこいつは黙って前を向き始めたのだった。


こいつの場合は黙ることが答えなのだ、要するに勝手にしろと言っている。


この寡黙な男は、彬鷹将すぎたかまさると言う。一言でいえば俺の上司だ。


「そろそろ信号が変わる......まぁ良い休養を過ごせ。

 邑上にとっては一度も経験したことのない『夏休み』ってやつなんだからな......」


「俺の事おまえとかあいつって呼ばないの珍しいじゃねーか、夏休みねー......」


彬鷹が言った通り、俺は邑上仁昭むらかみひろあきと言う。


年齢は18だ。こう言うのもなんだが、黒塗りの高級車にスキンヘッドの男と乗っている未成年なんてまともな人生は送っていないだろう。


ましてや子供が当たり前の様に楽しみにしている夏休みと言うものすら楽しんだことはないのだ。


目的地に到着すると俺は車を気怠そうにゆっくりと降りた。


「では、また会えれば会おう......俺が死んでなければな......じゃあな」


「縁起でもねーこと言ってんじゃねーよ、またな」




高級車が走り去るのを見届けると、俺はこの日の前に配給されたスマートフォンを取り出し地図を呼び出した。


ここから歩いて目的地の喫茶店に向かうには、ここを真っすぐ歩き続けて牛丼屋の角を曲がった先が近い様だ。


俺は配給されたスマートフォンをカバンにしまい、そのまま真っすぐに歩き始めた。


昔ではあるがこの街に来たことはあった。しかし、当時の建物と今の建物の変化が大きく上手く思い出すことができない。


あの日から残り続けている店や脳裏に残っている地形のおかげで、断片的にこの道が正解であることを理解することができる。


しかし、あの日から変わってしまった派手な看板の店が俺の記憶に相違を呼び起こし邪魔をしてくるのだ。


この近辺にキャバクラなどあっただろうか?とは言え子供の頃はキャバクラなど分かるはずもないので記憶から消えているだけなのかもしれない。


ふと歩き続けていると駅に到着した。丘ノ下橋駅だ。


都内の中では他県に近く、丘ノ下橋から5駅もすれば他の県になる。


駅はあの時より改装もあったようだが、大きな変わりようもないのですぐに気づくことができた。


当時の記憶としてもこのまま真っすぐ歩いてたどり着いた事を思い出したので、自信を持って歩くことができると思った刹那。


俺の目にある光景が飛び込んできたのだった。


「やめてください!」


「よいじゃんかよ~、俺らと楽しく過ごそうぜそこで茶でも飲みながらよ~」


「兄貴っ!茶飲んだ後は勿論ホテルっすよねっ!」


「ばっかおめぇ!がっつきすぎなんだよぉ~俺はこの娘と茶が飲みたいだけ」


酔っぱらった男二人が女に絡んでいる。


しかし、この男達......日曜とは言えまだ昼であるというのにもう飲んでいるのか。


絡まれた女を見ると、その女は成人してなさそうな顔つきでそれなりの可愛さの様だ。


それなりと言うのが一番女にとって損しやすい位置取りである。


海外なら違うかもしれないが日本においては、美女と称される女は意外にナンパされない。


男側にもプライドと言うものがある。


自分の身の丈に合わない美女にアタックしても玉砕はしたくないだろう。男の扱い方が分かっていて軽くあしらわれる事も多い。


漫画なら美女に絡む男と言う状況はよくある話だが、それを現実に置き換えれば自分の身の丈の分からない馬鹿か、しがらみを全て捨てた勇者だ。


この女は、確かに顔もそれなりに可愛く出る所も出ているが、だが「ぼんきゅっぽん」と称される理想体型ではない。


出ているところが出ている分他の所も出ているのだ。デブと言うにはあまりに男の理想を押し付けすぎだが、いわゆるぽっちゃり体型と言うやつだ。


男のプライドの問題で、美女は狙われないし、当然ブスは狙われない。


となるとそれなりの女は気軽に遊べる、食いやすそうと言う理由で狙われる確率が高くなるのだ。


当然昼間から盛っている男の相手はしたくないし、駅前であるし、しばらくすれば警官も来るだろう。


俺は何も見なかったことにして歩こうとしたその時、ふとあの二人が見覚えのある顔であることに気づき、正体に気が付いてしまった。


「不味いな......これは......」


俺はそう呟くと、3人のいる場所に駆け寄ったのだ。


「昼間っから酒飲んで、女ナンパかよ。ずいぶんと景気が良いじゃねーか?」


「あぁん?てめぇ......何の用だよ?」


この2人を傷つけて正気に戻すことは後々の事を考えるとやめておいた方が良いだろう。


ここは暴力のない解決手段を提示していくしかないだろう。


「待たせて悪いね、ちょっと待ち合わせの時間に遅れちまった」


俺は絡まれている女に目配せをする。アイコンタクトと言う奴だ。


しかし彼女はまだ何か分からない様子でこちらを見ている。


伝わる様に祈りつつ、話を合わせろと念じながら彼女に視線を送った。


通じた様で、女はきょとんとした顔から何かを思いついた顔でこう言った。


「そそそそそうです!!私かっかかか彼氏がいてまままま待ち合わせしてたんです」


どもり過ぎである。


この女嘘が下手くそと言う次元じゃないくらい下手であった。


流石に酔っ払いでもこれくらいは見破ってしまうだろう。


「おい!!こいつ目が泳ぎまくってんじゃねーか!

 彼氏の振りして人の獲物を横取りかよ!ふざけやがって!!」


やはり失敗してしまった様だ。


しかも臨戦態勢になったしまった。最悪だ。


それでも相手に手を出さない方法となると、もうこの手段しかないな。


「拳で十分なのか?そんなふらふらとした足取りでさ?」


「あたぼうよ!兄ちゃんは知らないだろうけど俺らはある組織に属してんだ

 その辺の一般人に武器なんか使っちゃなぁ?」


酔ってるとはいえ、自分でそれを言っていくのか......


流石に呆れ返って溜息が出そうであったが、何とか抑えられた。


「そんな余裕ぶってる態度が気に食わないか......


 面倒だからさっさと出してよその懐に隠しているドスをさ」


「いやそんなもん使うまでもねーよ、おまえさんなんかに......


「良いから出せよ!クソ雑魚!てめぇなんかドスなきゃ勝負になんねーから言ってんだよ」


「何だと!!このガキィ!」


俺の煽りを受けて、一人の男が懐からドスを取り出した。


そのドスを持ちながら俺との距離を詰めていく。


「こええだろぉ…後悔してんだろ….これでさしたらなおまえ死ぬんだぜ......」

「兄貴!刃むけたらおとなしくなりますよ、やっちゃってください!」


「死ぬか…俺に死ぬことができたらどれだけ幸せだったんだろうな......」


「何?寝ぼけた事言ってんだついにとち狂ったか......えっ!?」


次の瞬間俺は相手の手を自分に引き寄せ、刃を自分の腹に突き立てた。


「あ......兄貴っ!!何やってんですか!あくまで脅しで......

 ってかカタギに手掛けるってやばいっすよ!!」


「違う!!俺は何もやってない!こいつが勝手に!!」


2人は慌てふためき、後ろで女も手で顔を塞いでこの光景を見ない様にしている。


俺は倒れたふりをしながらそっと突き立てた刃をそっと抜き、ゆっくりと立ち上がった。


「酔いは冷めたかな?二人とも」


そう言うと、俺は刺された場所をTシャツをめくって相手に見せつける。


先ほど刺された傷がみるみる塞がって元の傷のない腹に戻るまでを彼らに見届けさせた。


「お......おまえはまさか......あの......」


「そういう事だ、おまえらうちの組に泥を塗りつける真似をしてんじゃねーよ

 今のは見なかった事にしてやるからとっととおうちにでも帰んだな」


「すいませんでした!!」


男2人は酔いが冷めて凄い勢いで走り去っていった。


これで警察沙汰になって、自分の組が泥被ることもないだろう。


今の騒動で分かったと思うが俺は二重の意味で普通の人間ではない。


俺は生まれついた時から不死身の肉体を持っている。


ナイフで刺されようが傷はすぐ再生するし、鉄砲で打ち抜かれようとも死なない。


そして俺は物心ついた頃からその不死身の肉体を生かして、自分を拾った「怒龍組」で鉄砲玉をしていた。


ナイフで刺されようが、銃で打ち抜かれようが、爆発に巻き込まれようが死なない鉄砲玉。


これほど抗争において恐ろしい存在はないだろう。


他の組の中でも俺の存在はよく知られており、「不死身の幼龍」と呼ばれている。


「怒龍組」「堅剛組」「賦支山組」は都内のヤクザの中でもかなり顔が利く存在である。


何年も抗争を続け、沢山の血を流してきた。俺もその抗争に多く関わってきたのだ。


そんな俺はある時組から休養を貰い、ある人物の家で下宿するためにここまで来た。


これが今までの話の詳細と言うわけだ。


「さて片付いた事だし、さっさと向かうか…」


「待ってください!」


俺が去ろうとすると、そこには先ほど男2人に絡まれていた女が追いかけてきた。


「その......お腹は......大丈夫なんですか?」


この女は俺がお腹を刺したときそこからの様子を見ずに目を手で覆っていたな。


どう言い訳をするべきだろうか。流石に不死身だからですでは通らないだろうな。


「心配しなくて良い、あれは刺された振りをしてあいつらの酔いを醒ます芝居だ」


「えっ!?でも本当に刺さってるようにみえたんだけど…」


「俺はマジックがそれなりにできるからな…」


見え透いた嘘だが、まぁ今もお腹から血を流している訳でもない。


本当に刺されていたなら今平気な顔をしているはずもないので信じるだろう。


「なんだ、そうだったんですか!ちょっとビックリしちゃいました!」


正直な話、周りにもこの女にも女を助けるために体を張った勇敢な男として見られているだろう。


しかし、実際は女を助けるためではなく俺の勝手な都合で結果的に助かったに過ぎない。


別にこんな事は日本でもよくあることだ。


この女を助けずに目的に向かって寝覚めが悪くなることはないが、勘違いで感謝されるのには何故だか歯がゆい物を感じてしまう。


自分はそんな素晴らしい人間じゃないのに評価されているのだから。


「それじゃ、俺はこれで」


そのままその場を立ち去ろうとすると、女はまだ用があるのか呼び止める。


「待ってください!そ......そのまだお礼も言えていませんし!

恩返しもできていません!これから喫茶店でお茶をするつもりだったので一緒にどうですか?

 あっ!お金は私が払いますから!その!全部です!何頼んでも良いので!」


これでは恩返しと言う名のただの逆ナンである。


勿論、彼女にそう言った心は感じないし、素直にお礼がしたい気持ちで一杯なのだろう。


しかし、あまりあの人を待たせて機嫌を悪くするのも困る。


断るしかないだろうと考え、俺はこう言った。


「いやお礼なんて良いって......それに今は人を待たせているんだ。

 これ以上遅くなると、その人に迷惑がかかる」


するとこの女は少し考え込むと俺の予想の斜めを行く反応をしてきた。


「そうなんですか......じゃあ後日改めてお礼をするという事で連絡先を交換しましょう!

 えーっとスマートフォン持ってますか、CLINEってアプリやってればそれ交換しましょう!それからそれから......」


「落ち着け!だからそれ以前にお礼なんて良いって!

 何でそこまでしてお礼をしようとしてるんだ」


良い人ではないのに、相手から勘違いされているこの状況が歯がゆくて逃げ出してしまいたい気持ちで一杯だった。


「私のおじいちゃん言っていました!

 受けたご恩は必ず返せと!だから私はお礼をしなければいけないんです!」


これは、連絡先教えるまで待ち合わせ場所に付いていきかねない勢いだ。


こうなってしまった以上、連絡先を教えて逃げるに限るだろう。


「分かった…そこまで言うなら交換しよう。」


「有難うございます!!あっ!その前に自己紹介がまだでしたね!

 私の名前は山野梨芋やまのりうです!あなたのお名前は?」


「邑上 仁昭だ…」


結局、梨芋に押し通されるまま連絡先を交換することになってしまった。


梨芋は茶髪のセミロングぐらいの、肩まで掛かるか掛からないかぐらいの髪の長さをしている。


年は俺と同じくらいで、胸はかなり大きいが少しぽっちゃりした体型をしている。


しかし、これ以上関わっても歯がゆい思いをするだけだと思うので連絡先だけ教えて、相手が忘れていくのを待つしかない。


従ってもう会うこともないだろう。


この時の俺はそんな風に思っていた。




かなり長い道草を食ってしまったが、ようやくあの人の家にたどり着いた。


そこは喫茶店であり、その上が住居となっている。


ここが俺のしばらく厄介になる場所である。




自分の組の人間の不祥事の後始末、あの人との再会......今日が目まぐるしく多くの出来事に遭遇する。


そして、この後俺にとって衝撃の出来事、まさか俺に妹ができるなんて......この時の俺は今日の目まぐるしい出来事の半分も遭遇していなかった事に驚愕するのであった。


続く

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