015
ホリガン局長を通じて急ぎフェニックス市警に連絡してもらい、ガリヴァー・フォーマイルの身柄を拘束するよう要請したが、完全に出遅れた。フォーマイルはすでに行方をくらませていた。
『お役に立てず申し訳ない』
「いや、お気になさらずハナ警部。そもそもこちらの動きが遅すぎた」
『……代わりと言ってはなんですが、一応フォーマイルに関する情報をまとめておきました。そちらに送ります』
「ご協力感謝する」
送られてきた情報によれば、ガリヴァー・フォーマイルはアリゾナ州出身。現在42歳独身。別居中の妻と娘が2人。交際相手は特になし、ただしひいきの売春婦がいる模様。逮捕歴は未成年のころに窃盗とドラッグ所持、バーでのケンカでたびたび留置所入り、ほかにも余罪が多数。
探偵業のほうはというと、違法な調査活動を日常的に行っていた、法外な料金を請求された、ギャングとのつながりがある、などと黒い噂が多い。
そして、気になる点がひとつ――フォーマイルは20年前まで海兵隊に所属していたが、不名誉除隊になっている。退役軍人省に問い合わせたところ、作戦中の交戦規程違反により軍法会議で処罰されたらしい。
「しかも驚くなかれ。フォーマイルがかけられた軍法会議の陪審員に、ウォルター・カーツ大統領がいた。その当時は海兵隊中将だったが」
ウィンストニアは首をかしげる。「大統領? 狙われているのは確か、副大統領のはずだろう」
「それはそうなんだが、単なる偶然と決めつけるのも早計だぜ。大統領への嫌がらせが目的の可能性もなくはない。何も直接殺すだけが復讐じゃないんだ」
「まァ一応頭の隅に置いておくか。それで、フォーマイルの居場所に検討はついているのか」
「今のところは何も。馴染みの売春婦のヤサにはいなかったし、ここ最近訪れた形跡もない。実家も同じで、そもそも20年以上絶縁状態だ。予知された副大統領暗殺の期日を過ぎたら、向こうからウィリー・ヒューズに接触しようとしてくるかもしれないが、それを待つのは下策だな。リスクが大きすぎる」
「せめてこっちからアプローチを仕掛けられればいいんだけど……」
「ウィリー・ヒューズが逮捕されたことを報道してみたらどうだ? 何かしらアクションを起こすかもしれない」
「それはダメだ。作戦が失敗したとなったら、雇い主がどう動くかわからない。おれたちの優先事項は副大統領の身を守ることだ。わずかでも危険が及びそうな真似はできない。よっぽど勝算がないかぎりは」
「だいたい報道するにしても、内容がデリケートすぎるよ。副大統領暗殺未遂の容疑者が、イギリス人の若い女だなんて。その上アメリカ人が関与してるってことになれば、騒ぎが大きくなりかねない」
「なるほど。つまり八方ふさがりか。思ったより行き詰まるのが早かったな」
ウィンストニアは皮肉まじりに笑う。せっかく有用な情報提供してやったのに――とでも言いたげ。事実、こちらに反論の余地はないが。
フェニックス市警からの報告を待つあいだ、こちらもこちらでウィリー・ヒューズの足取りを寝る間も惜しんで追っていたが、成果は芳しくない。市警にも協力を要請しているが、彼らは彼らで〈
「……可能性があるとすれば、フォーマイルも副大統領暗殺の成功を見届けるために、ワシントンDC付近に潜伏していることも考えられる」
「まァ今のところ、ほかにできることもないだろう。それより、早めにハッキリさせておきたいことがある」
「何だ?」
「事件が解決した後のことについて、だ。ウィリー・ヒューズの身柄は、わが国が引き取らせてもらう」
「まだそんなこと言ってんのか」
「当然だ。副大統領暗殺の件は実際未遂ですらないのだし、明確な殺人容疑があるイギリスでもらっても文句はないはずだ」
「そういうことじゃない。何度言わせる? おれはヘンリー・ケイスだ」
「そうだよ。いいかげんしつこいって」
「そのカラダは抜け殻で、ウィリー・ヒューズ本人の精神はどこかへ消えてしまった――。事実としては確かにその通りだろう。だが、それじゃア納得できないんだよ。こちらの筋が通らない。貴様が憶えていなかろうと、中身が別人だろうと、罪を犯したのは間違いなくそのカラダだ。血で汚れているのはその手だ」
「それは……確かにそうかもしれないが……」
「責任能力がない精神疾患の被疑者も、精神病院に閉じ込められる。けっして野放しにはされない。それに、かならずしもウィリー・ヒューズの存在が消失してしまったとはかぎらない」
――おい、その先を言うのはやめろ。リンダは何も知らない。記憶が戻ったら、おれがウィリー・ヒューズそのものと化してしまうかもしれないことは。
よけいな心配をかけたくないのもある。だがそれ以上に、そのことが局長に知られたら、おそらくこの捜査から外される。少なくとも自由には動けなくなるだろう。それは困る。シークレットサービスとしての職務は、おれに残された数少ないアイデンティティだ。それを奪われるわけにはいかない。
「……もしかしたらウィリー・ヒューズの精神は、外に追い出されたまま近くを漂っているかもしれない。いずれ自分の肉体に戻ってくる可能性もある」
「だからって、ハイそうですかって仲間を売る気はないんだけど」
「私から言い出しておいて何だが、今の時点でこの話題をすべきではなかったな。忘れてくれ」
「……まァ、いいけどさ」
こちらの懇願が通じたのか、ウィンストニアは黙っていてくれた。第一印象ほど悪いヤツじゃないのかもしれない。
今のうちに、ウィンストニアを納得させられる理屈を考えておたほうがいいか? ……いや、今は黒幕の逮捕に集中すべきだ。残り時間はけっして長くない。もともとの予知の期日まで残り少なくなっているし、記憶喪失のこともある。
「とにかく今はフォーマイルだ。思ったんだが、このタイミングでヤツが姿を消した理由はなんだ?」
「理由って、当然捕まらないようにでしょ」
「……しまった。肝心なことを失念してた」
行方をくらませたということは、捕まらないように逃げたということは、その危機が迫っていると気づいたからだろう。そうでなければおかしい。
もしもウィリー・ヒューズとフォーマイルが、定期的に連絡を取り合っていたとしたら、とっくに何か不測の事態が起きたと認識しているはずだ。私立探偵がチョット足を使って調べれば、あのホテルの部屋にいた宿泊客が逮捕されたことくらいカンタンにわかるだろう。
「だが待て。……そういえば、押収した荷物のなかには携帯電話がなかったよな? となると直接会っていたか、公衆電話か、それとも――」
「あるいは、ホテルのフロントを伝言に使ったか」
「それだっ」
早急に確認しなけれならない。それとホテルへ向かう前に、この街でフォーマイルの捜索を市警に要請してくれるよう、内線でホリガン局長に頼んでおこう。
『ケイスか。さすがにその声はまだ慣れないな』
「局長、フォーマイルの件ですが」
『それどころじゃないぞケイス。ちょうど今、連絡しようと思っていたところだ。またとんでもないことが起きたぞ』
「いったい何なんです?」
局長のこのあわてようは尋常じゃない。よっぽどとんでもないことがあったのか。ジョン・レノンが暗殺されたとでも言い出しそうだ。
『おまえの心臓を移植されたレシピエントが、幽体離脱をしたと言い出したぞ』
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