012
脳死判定によって脳死が確定してから数時間も経たないうちに、臓器提供のための摘出手術が行われた。とうとう、おれのカラダとお別れする時が来てしまったわけだ。おれとリンダは別室で手術の様子を見学させてもらうことになった。
さっそく執刀医がメスを肌に入れると、心電図モニターに表示された血圧が急激に上昇した。かと思うと、脳死状態のおれの肉体が突然、のたうちまわるように暴れはじめた。まるでラザロだ。すぐに筋弛緩剤を投与して事なきを得たが、あのままだったらゾンビ映画みたいに、まわりの医師たちに襲いかかって噛みつきそうな雰囲気だった。
まさかリンダが危惧していた通り、脳死判定を誤診したのかとさえ思ったが、こういう反応は脳死状態ではいたって普通のことなのだという。医者が言うには、不随意運動だとか脊髄性ミオクローヌスだとか何とか。今回はうっかり忘れてしまったが、本来は事前に麻酔か筋弛緩剤を投与しておくそうだ。ちなみに脳死判定のときも、人工呼吸器を外した際には、手足を動かすことがあるらしい。酸素を求めるように。その現象は聖書にちなんで、実際ラザロ徴候というのだそうだ。
なるほど、ヘスターの言いたかったことはこれか。あの肉体は精神が不在の抜け殻だ。しかし、そんなことは関係ないとでもいうような活発さ。もしもおれの精神がここにあると知っていなかったら、とてもじゃないがアレを正視する勇気はなかっただろう。もっとも。そうでなければ今ごろおれは、あそこで生きたまま腹を裂かれていたわけだが。
最初のミスを除けば、摘出はフォードの流れ作業のごとく順調に進んでいった。手術チームの手際は素人目に見ても優れていた。よどみない手つきで腹部を切りひらき、次々と臓器を摘出していく。心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸――中身がカラッポになると詰め物で体裁を整え、腹を塞ぎ戻した。
抜かれたのは内臓だけじゃない。今度は眼球をえぐり出された。角膜移植というからてっきり角膜だけ取ればいいのかと思っていたが、眼球ごとのほうが状態を保てるそうだ。それから骨髄を採取されたし、骨も使える部分は抜き取られた。眼窩には義眼をはめて、骨の代わりにはパイプを入れた。さらに、棺桶に入れるとき目立たない部分の皮膚を、あちこち剥ぎ取られた。
驚かされたのは、摘出する部位ごとに別の手術チームが、入れ替わり立ち代わり現れたことだ。彼らは全米各地から集まっている。それぞれ摘出した臓器を持ち帰りしだい、そのまま移植手術を行う予定だ。心臓は特に新鮮さが命なので、次のチームが腎臓を取り出したときには、すでにヘリで飛び立っていた。
「心臓はノーフォーク、肺はフロリダ、肝臓はアラバマ、腎臓はテキサス、膵臓はカリフォルニア、小腸はカンザス、眼球はアイバンクで保管、皮膚は――」資料を読み上げるリンダの声が止まった。
「どうした? 皮膚はどこのどいつが手に入れるんだ? まァ、どこのどいつであれ、皮膚が必要っていうとやけどの治療なんだろうが」
「いや、えっと、その……」
「なんだ? 違うのか」
妙に歯切れが悪い。いったい何だというのだろう。リストにレシピエントの個人情報は性別と年齢くらいしか載ってないはずだ。となるとよっぽど遠く、まさか外国まで運ばれるとか? いや、それはないか。そうでなければ、わざわざ国外から臓器を求める子供と親が大挙したりしない。いくら皮膚くらいとはいえ。
「何がそんなに言いづらいんだ?」
「なんていうか……皮膚の使い道が、さ……」
「使い道? やけど以外の何に使うって?」
「……美容整形用」
……なるほど。意外な答えではあったが、そこまで驚くほどのことでもない。むしろこれは笑い話だろう。まさか整形される側も、自分の顔にケツの皮が使われるとは思うまい。こいつはケッサクだ。
だがおれの考えは、スターバックスのフラペチーノ並みに甘かった。
「ペニスの増大化に使うんだって……」
「…………」
「あと、残ったカラダのほうは、自動車事故シミュレーションの運転手役にされるってさ。フォード車の」
「――なんじゃそりゃアーッ!?」
確かにおれのカラダを使っていいとは言ったさ。いや、おれはそんなことまったく憶えちゃいないが。どういうヤツに使って、どういうヤツには使ってほしくないなんて、いちいち注文つけるつもりもない。誰でもいいから助けられるヤツを、片っ端から助けてくれればそれでいい。あとは医者にまかせるよ。
けど、けどなァ……そいつはいくらなんでも、あんまりなんじゃないか? 百歩譲って、自動車事故の実験台にされるのはいい。それで車の安全性が改善されるなら。だけどペニスはない。だったらおれにくれよペニス。おれの股に移植してくれよ。あるはずのものがないのは不安なんだ。
もしおれの皮膚でペニスをデカくしたヤツが目の前に現れたら、根元から切り落としておれの穴に突き立ててやる。そしてタマなしになったそいつをあざ笑いながら、ケツにぶち込んでやるのさ。
いや、どうせなら女にぶち込むほうがいいかな。
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