003
超能力者というヤツは、言うまでもなく数が少ない。アメリカ一国に限定すれば、さらにマイノリティだ。そして当然、国内に存在する超能力者をひとり残らず発見できるわけでもない。X-MENとは違い、超能力者とはいえ超能力以外はいたって普通の人間だ。同性愛者や共産主義者を見分けるのと同じくらい難しい。ゆえに政府は血まなこになって超能力者を捜索するハメになる。
だが、そんな政府の無様をあざ笑うかのように、おのれの超能力を駆使して、ちゃっかり政府要人に出世する者もいるのだ。例えばダグラス・ハウザーがそのひとり。彼はベトナム帰りの元陸軍コマンドーで、仕留めた敵兵は食べたパンの数より多い。退役後は連邦保安官へ転職、証人保護プログラムのエキスパートとして活躍した。さらに昨年には副大統領の座へと上りつめ、次期大統領の呼び声も高いときたもんだ。
そんなダグラス・ハウザーの正体は、
「その副大統領閣下が、とてつもなく不吉な未来を予知した。今から2週間後、彼は何者かの手により暗殺される」
シークレットサービス局長フランク・ホリガンは、まぶしそうに目を細めたしかめ面で言った。天気がくもりだろうと雨だろうと、彼は普段からこんな表情ばかりしているが、せめて今夜くらいはジョークだと言ってほしい。
「厳密には5月14日、月曜日、午前10時28分、旧行政府ビルの執務室で、脳天を一発ぶち抜かれるそうだ」
「なんでそこまで正確に時刻がわかるんですか?」
「おまえは警護任務に就かないから知らんだろうが、副大統領はこまめに腕時計を見る習慣がある。そうしていればこういうとき役に立つわけだ」
「なるほど。しかし、そこまでハッキリわかっているんだったら、何も問題ないじゃないですか。その時間、副大統領が執務室にいなければいい。そして代わりに手勢を待ち伏せさせておけば、ノコノコ現れた暗殺者をまんまと確保できる」
「いや、チョット待ってよケイス」リンダは頭を抱えながら、「そりゃア予知のとおり暗殺者が現れるならいいよ。だけど、そもそも副大統領の予知ってのは、どの程度信憑性があるもんなの? そこんトコ、どうなんですか局長」
「予知にはいくつか種類がある。高位の存在からのお告げや自動書記、あるいはそのものずばり未来の光景を垣間見るとかな。しかし副大統領の予知能力は、それらとは若干毛色が異なる。彼の場合は、未来の記憶を思い出すんだ。普通の人間にとっての過去と同じように」
人間は記憶を無意識に捏造するという。例えばこんな実験がある。被験者に偽造した幼少時の写真を見せながら、ありもしない出来事を騙る。すると被験者はさも懐かしそうに、まやかしの思い出を語り出すのだ。本当にあったことのように。
けれどもそれはあくまで、記憶が曖昧なころの場合だ。たった2週間前の、しかも忘れようとしても忘れられない強烈な記憶を、無自覚に捏造するなど普通ありえない。副大統領の語る未来の記憶であっても、それは同様だろう。
「むろん、副大統領の予知が必ずしも絶対とは言い切れない。われわれの行動いかんによって未来は変わる。考えうる最悪の事態は、未来が微妙に変化して、予知とはまったく異なるシチュエーションで暗殺が決行されることだ」
「……となると、なるべく予知の内容に逆らわないほうがいいんだよね。待ち伏せするにしても、副大統領をほかの場所へ移すのは避けるべきってこと?」
「いいやリンダ、そいつは確かに一番無難な策に思えるだろうが、いざってときに副大統領の背負うリスクがデカすぎる。たとえそれが合理的でも、シークレットサービスが使うべき手じゃない」
それにバタフライエフェクトだ。未来改変においては、ほんのささいなことが先々とんでもない変化をもたらすという。しかし、ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こすとしても、ブラジル国内での影響はたかが知れている。
「だから、暗殺という未来を確実に変えたければ、暗殺の期限よりもずっと早い段階で問題を解決すべきだ」
「だけどケイス、それこそバタフライエフェクトの影響が大きくなっちゃうんじゃない? 極端な話、副大統領の死を回避した結果、いずれ第3次世界大戦が起こるなんてことになるかも」
「長いスパンで考えれば、結局どっちも同じことさ。そもそも副大統領が予知能力を使わなければ、副大統領の地位に就くこともなく、暗殺の危険にさらされることもなかったんだから。未来を変える以上影響は避けられない。なら、何が一番賢い選択か」
「ケイスの言うとおりだ。
「だったらもったいぶってないで、教えてくれませんかね局長。旧行政府ビルの副大統領執務室を狙撃するのは、位置的にムリだ。何より副大統領はヘッドショットで即死したはずなのに、銃で撃たれたことをちゃんと認識できている。つまりは目の前に銃を構えた犯人がいたってことだ」
「そうとも、だが残念ながら、副大統領は犯人の姿を見ていない」
「さすがに犯人もバカじゃアないってわけですか……」
普通ならわざわざ顔を隠したりしない。銀行強盗とはわけが違うのだ。執務室までたどりつくのに覆面姿ではむしろ悪目立ちしてしまうし、死人に顔を知られたところで不都合はない。だが副大統領には予知がある。そこまで頭がまわるとなると、なかなか手ごわい相手のようだ。
「……いや、でも、チョット待ってください。犯人の顔じゃなくて、姿を見ていないってのはどういうことです?」
「敵は、おそらく
その言葉にリンダが目を剥く。「
この世に超能力は数あれど、透明人間ほど敵にまわして厄介なヤツはいないだろう。脅威の度合いは狙撃に勝るとも劣らない。しかし狙撃手の場合、狙撃ポイントを押さえればある程度対応できるが、透明人間の場合はそうもいかない。
透明人間の能力の範囲は、自分自身の肉体に限られる。つまり服も着られない
逆に言うと、事前にわかってさえいれば何とかなる。その点、予知で情報を得ているだけこちらが有利ではある。いつどこに現れるか判明しているから、待ち伏せするのはカンタンだし、あるいは先に向こうの居場所を特定して、奇襲してしまうのも手だ。透明人間だって、常時透明のまま過ごしているわけではないだろう。服を着ているときに襲えば、ただの人間を相手にしているのと何も変わらない。
「まァ落ち着けモンターグ。おそらくと言っただろう」
「というと?」
「いや、確かに
「トンプソン・コンテンダーって、もしかしてあのコンテンダーですか? 単発式の?『ハード・ターゲット』でランス・ヘンリクセンが使ってる?」
「そうだ。そのコンテンダーだ」
「そんなバカな――」
コンテンダーは銃身は最低でも12インチはある。どう考えても透明人間が隠し持てるサイズじゃない。
「副大統領の未来記憶では、目の前にコンテンダーを握る手があって、宙に浮いているのだそうだ」
「透明人間以外である可能性は? 例えば空間に穴を空けて、離れた場所とつなげる能力とか」
「おいおい、マーベルコミックの世界じゃアないんだ。そんな都合のいい超能力があってたまるか。それに一応、透明人間だと考える根拠はある。犯行が行われたとき、副大統領は来客していたのだそうだ。その相手がいなくなってから、犯行は行われた。暗殺者は出入りの際のドアの開閉に乗じて侵入したんだろう」
「わかりました。それにしても透明人間でトンプソン・コンテンダーを使う暗殺者、ねえ……。その情報だけで犯人を特定できるといいんですが」
「ああ、それと情報はもうひとつある。犯人のコンテンダーには、金メッキが施されているらしい」
「はぁ?」ケイスとリンダの口から思わずスットンキョウな声がもれた。「そいつはよっぽどのバカだろ。なんでまたそんなハデな真似を」
「殺し屋のなかには妙なこだわりを持つヤツも少なくない。おおかたそういう手合いのひとりだろうさ」
「さしずめ黄金銃ってトコだね。黄金銃を持つ男――」
いったい犯人がどういう思考回路をしているのか知らないが、おかげで重要な手がかりを得ることができた。もしも犯人が殺し屋だとすれば、そんなおかしなピストルを好んで使い、かつアメリカ合衆国副大統領の暗殺を依頼されるとなれば、それなりに名前の通った人間の可能性が高い。
「すでにCIAを通じて、各国の情報機関へ情報提供を要請してある。もちろん回答が得られるまで、ただ座して待っていてもしかたがない。おまえたちはおまえたちで、捜査を進めておいてくれ」
「
現時点で疑問は山ほどある。例えばなぜ大統領ではなく、副大統領がターゲットなのか。軍事面での相違を除けば、大統領と副大統領の政策方針は一致している。あえて格下を狙う理由があるとすれば、大統領に対する見せしめだろうか。それとも、副大統領のほうが警護が手薄とカンチガイしているのかもしれない。だがあいにくそんなことはない。あるいは別の事情が――
「まァ今夜はひとまず帰って寝ろ。今夜を逃したら、しばらくそんな暇はなくなってしまうだろうからな」
ホリガン局長のありがたいお言葉に従って、おれたちはさっさと部屋を出て行こうとしたが、電話の音に足を止められる。また嫌な予感がした。
「私だ。――何だと!」
「どうかしましたか局長」
「……市警から連絡があった。……オブライエンが……焼死体で発見された」
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