002
バカどもを留置所へぶち込んで、本日の仕事は無事終わり。子供のおもりから解放されて、大人の時間が始まる。いつものようにリンダとふたりで、行きつけのバーへとくり出した。
店に入ると、マスターが温かい笑顔で出迎えてくれる。
「彼女にはバカルディのオンザロック」
「この男にはウォッカマティーニ。ステアせずにシェイクでね」
この店のすばらしい点は、客が少なくて静かなところだ。酔ってバカ騒ぎする海兵隊員も、ケンカする海兵隊員もいない。穏やかな大人の空間。
海兵隊ってヤツはクソッタレどもの集まりだ。自分たちが大統領直轄だからってチョーシに乗っていやがる。おれは警護任務に就いたことがないからアレだが、同僚からはよく愚痴を聞かされている。特に揉め事が多いのは、大統領専用ヘリに乗るときだ。アレは海兵隊が運用しているからな。
そして何より気に食わないのは、アメリカ合衆国現大統領ウォルター・カーツが、海兵隊出身ということだ。まったく、冗談じゃないぜ。黙示録の日は近い。
「海兵隊なんざなァ――筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」
「なにケイス、もう酔っちゃったの? だらしない」
「酔ってねえ。おれは酔ってねえ。いいかァ、ヨッパライっていうのはなァ、今日ブタ箱にぶち込んでやった連中みたいなのを言うんだよォ」
「まァそうだけど。……にしても、今どきあんなプリンターで偽札造るなんて、時代遅れもいいとこだわよね。昨今の偽造防止技術が、どれだけ進歩してると思ってるんだか。そもそもあいつらのはクオリティ低すぎだったし。あの程度のレベルだったら、ドラッグストアのパートタイマーだって見分けられるわ」
「最近は件数が減ってきてる分、全体のクオリティが上がってきてるしな。ああいうのは久しぶりだ」
「ネットバンクとか電子マネーが普及したから、苦労して偽札造るより、クラッキングで数字弄るほうが手軽だしね。おかげで、瓶底メガネかけたへなちょこギークどもに偉そうなクチ利かれるのは――ホンット腹立つわ」
「あ――ア、もしおれの超能力がネット回線通して使えたら、カッコイイし便利なんだがなァ……」
「いやいや、そんなのSFじゃアあるまいし」
「いいよなァ……おまえの超能力は……。戦闘向きで使い勝手いいし。見た目もハデでカッコイイしよォ」
「またそれ? まったく……。何度も言ってるじゃんさ。そういうのを、隣の芝生は青いっていうんだよ。アタシに言わせりゃア、アンタのほうがよっぽどすごいと思うけど。ただでさえ貴重な、透視と精神感応の両方を実質使えるってだけでもハンパないってのに、そのうえ感覚まで共有できるとか。何なのソレ? エロいことし放題じゃん。あ――ア、うらやましい。くたばれこの
透視と同じことができると言っても、おれの場合は
まァ、エロに関しては否定しないが。怖気づいてしまって実際試したことはないものの、女のカラダに入ってセックスしてみたいと考えたこともなくはない。……いや、さすがに男に抱かれるのは気色悪いから、オナニーくらいで充分とか、レズビアンを選んだほうがいいかもしれないとか、わりと真剣に悩んだ時期も……。
「……そういうリンダの能力だって。おまえがその気になれば、やけどさせないように女の服だけ燃やして、ハダカにするのなんざ朝飯前じゃないか」
「さすがミスター・プレイボーイ。発想からして凡人とは格が違う」
「で、どうなんだ? できるのか?」
「実験台になってくれるなら試してもいいけど」
「マスター、ビールくれ。キリンの生」
「……お客さん、実を言うと、あっしも超能力者でしてね」
「え、マジで? マスターはどんな能力持ってんの?」
「ここに取り出したるは何の変哲もない1ドル銀貨。それがほらこの通り――ハイ、消えた」
「うお、マジかよすっげえ」
「そして現れた」
「おほっ、ほぉ――」
「しかもこの銀貨、穴が空いてるでしょう。実はコレ、映画『荒野の1ドル銀貨』でジュリアーノ・ジェンマが――」
『――今朝午前七時過ぎ、ワシントンDCのスミソニアン国立動物園で、1週間前から行方不明だった博物学者、トーマス・スタビンズ氏の遺体が発見されました』
和やかな場の空気を壊すように、店の隅に置いてあるテレビから、不穏すぎるニュースが流れてきた。
『遺体がライオンの檻に放置されていたところを、エサやりの飼育員が発見しました。遺体からは両脚がなくなっていましたが、ライオンが食べたというわけではなく、鋭利な刃物によって切断されていたとのことです。FBIは先月の事件と同じ連続殺人犯の犯行と見て捜査を――』
「なんだか最近物騒ですねェ……おかげでこっちは商売あがったりだ……」マスターがグラスを拭きながらぼやく。
「連続殺人犯……確か〈
ここ数ヶ月に渡って、巷を騒がせている
殺害された死体には共通点がある。頸動脈を切って念入りに血抜きがされている点、それと死体の一部が欠落している点だ。内臓がごっそりなくなっていることもあれば、首なし死体、はては乳房だけが切り取られていることもあった。そして、今回は両脚というわけだ。
犯人は何が目的でそんなことをするのか。標本にするため、フランケンシュタインの怪物を作るため、等々いろいろな説が噂されていたが、一番有力なのは食べるためだ。ゆえに〈
この殺人鬼がどんな理由で人肉を食べるのか、まったく理解できないし、考えたくもないし、心底どうでもいい。たとえどんな深遠な動機があろうと、襲われる側にとってはたまったもんじゃない。それよりも実際的にこいつの恐ろしいところは、現役のボクサーや警官、軍人まで餌食になっていることだ。もしかして犯人は人間じゃなくて、怪物なのかもしれない。
「お客さんたち、捜査官なんですよね。殺人鬼なんて早く捕まえちゃってくださいよ。怖くて夜も眠れやしない」
「おれだって、悪党はひとり残らずブタ箱にぶちこんでやりたいさ。けどあいにくだが、殺人は管轄外なもんでね」
「アタシらが殺人事件を扱えるのは、大統領が殺されたときだけ」
「おれたちはせいぜい、被害者にならないように気をつけようぜ」
「そうだね」
おそらく事件の捜査に忙殺されているであろうFBIをあざ笑っていると、リンダの携帯電話が鳴った。「誰ぇもう……こんな時間に……うわ、局長だ。なんか嫌な予感……無視しちゃおっかな……」
「そしたら今度はおれにかかってくるだけだ。おれらの行動パターンなんて読まれてる。あきらめろ」
リンダは忌々しげに舌打ちして、電話へ出る。「ヘーイ、ボス。アタシ今取り込み中なんで。もう切っていいスか? ――なに、ケイス? 知りませんよ居場所なんて。アタシはあいつのママじゃアないんで。自宅でひとり寂しくダッチワイフと寝てるんじゃないっスか。――すみません嘘ですケイスなら今アタシの隣にいます」
いったい局長に何を言われたのか、リンダは尋常じゃない量の冷や汗を流して事実を暴露した。
「つーかおまえ、ダッチワイフってなんだよこのアマ。デタラメ言うんじゃねえ。おれのハニーはな、お人形はお人形でもテディベアだ。くまもんっていってな――」
「ハイ、ハイ、了解です、サー。すぐそちらへ向かいます、サー。それでは。――ねえケイス、なんか緊急事態だってさ。速やかに出頭しろって」
「こりゃア明日の非番も期待できそうにないな。
残っていたグラスの中身をひと息に飲み干すと、おれたちは駆け足でバーをあとにするのだった。
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