001
ケネディ大統領の暗殺は、
だから弾丸が不自然に曲がって、命中したのだ。
それが事実かどうかなんて、おれの知ったことじゃアない。ただハッキリしているのは、合衆国軍やCIAに次いで、シークレットサービスが超能力者を積極的に利用してきたということだけだ。
もっとも、たとえ当時おれがケネディの護衛についていたとしても、こんな使い物にならない能力じゃア、何の役にも立たなかっただろうが。
「……それで、どうなのケイス? なかの様子は」
リンダが周囲を警戒しながら小声で尋ねてくる。しかし今のおれは、その問いに答えることができない。たとえ仮にこの相棒が、ハイスクール時代からの腐れ縁であるこの友人が、今この瞬間におれへの恋を自覚して情欲を抑えきれず、おれのペニスを激しくしごいたとしても、残念ながらおれは反応することができない。
――ああ、確かにカラダは正直だろう。与えられた快感を味わい尽くして吐き出すだろう。けれども、それを悦ぶべきおれの
狭い室内では3人の大学生が、札束の山を十字架のように崇めながら、酒に酔ってドンチャン騒ぎしている。そして、その狭い部屋をさらに狭くしている、大きなレーザープリンター。タレコミ屋の情報通りだ。こいつらはコレを使って偽札を刷ったのだ。容疑者の一人に
今でこそ、シークレットサービスはボディガードと同義のように思われているが、もとは偽造通貨を取り締まることを目的とした組織だ。ゆえに
……それにしてもこのバカの肉体ときたら、ひどい泥酔状態だ。どうやら飲酒だけではなく、マリファナも吸って多少ハイになっているらしい。おれは危うくトリップしてしまいそうになるのを、何とかこらえる。
まァいい。とにかく欲しい情報は手に入った。うっかり眠りこけてしまう前にヨッパライの肉体から
突然勝手にしゃべり出した自分の口に、リンダは驚かない。なにしろこのやり取りは毎度のことだ。
「あれ? なんだァ、もう戻って来ちゃったのか」
そう無念そうに言って、リンダは持っていた油性ペンのふたを閉じた。今回はあろうことか、無防備なおれの顔にラクガキしようとしていたらしい。
「……ちなみに、どんなのを描こうとしてたんだ?」
「マイク・タイソンのタトゥー」
「……もちろん見本はあるよな」
「記憶力には自信があるから」
「ヘスター並みの生き字引になってから出直して来い」
「えー、ヘスターのヤツと比べるのはさすがにヒキョーじゃない? いくらわたしが死ぬほど努力しても、せいぜい1冊分が限界だって」
「うるせえ。だったらおまえが間抜けヅラさらして突入しろ」
リンダの右手を操作して、自分自身の顔にラクガキさせようとする。だが瞬間的ならともかく、さすがに時間をかけると抵抗されてしまって、主導権を握るのは難しい。潔くあきらめて、今度こそ自分の肉体に戻る。
大きく深呼吸する。離脱しているあいだは、自力で呼吸することもままならない。潜水トレーニングで鍛えてはいるものの、それでも3分が限界だ。それ以上カラダを留守にしていると、酸素不足であの世逝きになりかねない。
「さて。それじゃア確認するぞ。室内には泥酔した男が3人いる。1人はズボンのうしろにピストルを持ってるから、念のため用心しろ」
「
「ああ……それと、やりすぎるなよ」
「もう、わかってるって」
おれは愛用のワルサーPPKを抜いて、安全装置を外す。
対してリンダはレミントンM870ショットガンのソードオフ――ただしこいつはあくまで、ドアの錠を破壊する専用の装備だ。ションベンくさいガキどもへ向けるには、殺傷能力が高すぎる。ほかに一応は小口径のリボルバーも持っているが、その出番がまわってくることはないだろう。リンダの射撃は絶望的にヘタクソというのもあるが、そもそもこの女には銃なんて必要ない。……まったく、うらやましいかぎり。
「ワンツースリーでドアを破って突入するぞ。心の準備はOK?」
「いつでもどうぞ」
「ワン、ツー――スリー!」
開幕の号砲。合図でリンダがショットガンをぶっ放す。ドアを乱暴に蹴り開けて部屋のなかへ。
「シークレットサービスだ! ひざまずいて両手を頭のうしろで組め!」
ショットガンの発砲音で、目が覚めたついでに酔いも醒めたか、3人とも早々に事態を理解して、すっかりあわてふためている。連中のアタマのなかでは、さしずめ走馬灯のようにこれまでの人生が駆け巡っていることだろう。どうしてこうなった、いったいどこで何を間違えた、それこそ死ぬ間際のごとく。実際ここで対処を間違えてしまえば、そのまま自分で掘った墓穴へと転げ落ちることになりかねない。
そして、たったひとりピストルを持っていたガキは、その対処を致命的に間違えてしまった。背中に隠していたピストルを抜こうとする。邪魔者であるおれたちを始末するために。
おれの能力では、相手の動きを封じることは難しい。ゆえにおれができることは、この青年を射殺することだけ。自分が殺されるより早く。リンダよりずっとマシとはいえ、銃を持つ相手を殺さず無力化できるほど、おれの腕はよくないのだ。しかし、なるべくならそんなことはしたくない。酒が不味くなる。
だから、しかたがない。ここは相棒にまかせることにしよう。
「――うお熱っちィ!」
青年は抜こうとしたピストルを床に取り落とした。見れば右の袖から炎が上がっている。焦って上着を脱ぎ捨てようとするが、引っかかって上手くいかない。――もっとも、とっくに火は消えているのだが。そんなことにも気付かず、いつまでも愉快なダンスを踊っている。
「“朝のナパーム弾の臭いは格別だ”――なんちゃって」そう言って、リンダはワーグナー『ワルキューレの騎行』のリズムを口ずさむ。
クラリス・リンダ・モンターグは
ところで、なぜ突入前、こいつにやりすぎるなとわざわざ釘を刺したのかと言えば――まだ新人のころ、うっかりミスで証拠品の偽札を、残らず灰にしてしまったことがあるからだ。さすがにもうあんなヘマをすることはないだろうが、未だに同僚のみんなその一件をからかい続けている。
さすがにもはや敵いっこないと観念してくれたようで、3人ともおとなしくひざまずいた。
「おまえたちを通貨偽造の容疑で逮捕する。おまえには黙秘権がある。供述は、法廷でおまえたちに不利な証拠として用いられることがある。おまえたちは弁護士の立会いを求める権利がある。もし自分たちで弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある」
「チョット! 次アタシがミランダやるって言ったじゃん!」
「カッコつけてキルゴア中佐の真似なんかしてるからだ」
ほかの捜査機関に比べれば、シークレットサービスの管轄ははるかに狭い。だからお決まりのミランダ警告ができる機会も、なかなか訪れない。
むろん、そんな機会は訪れないほうがいいに決まっているのだ。シークレットサービスは、いもしない暗殺者から大統領の命を守るため、日夜神経を尖らせているだけでいい。それが平和ってことだろ?
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