夢幻の章

 



 温かい。

 まるで、リリィに抱きしめられているみたいに。

 温かい。

 まるで、生きているみたいに。

 真っ暗だった。身体が重い。闇の中に、一人で浮かんでいる。

 リリィを召喚した時の感覚に似ている。

 あのときは、永遠の海を泳いでいたのはリリィだった。

 私は、光だった。

 今は、私が闇だ。闇と同化して、自分の中を泳いでいる。

 そして、気付く。

 私が、リリィのことを思い出していることに。

 今まで、何もわからなかったというのに。

 自分が誰かさえ。自分が存在しているのかさえ。

 私とは誰だろう。

 リリィ。

 私。

 わかる。

 思い出す。

 私の名はミア。

 世界一の、魔法使い。

 そして、リリィを愛している。









 唐突に、視界に赤が広がった。燃え上がるような赤だ。

 それに伴って、鈍い頭痛が私を襲った。思わず、う、と呻いて右手で頭を掴む。いつもと違う感触だった。カチューシャがない。どこかに落としたのだろうか。

 そういえば、とさらに思い当たる。私は左利きだから、こういう場合、いつもは左手で頭を触るのに。

 右手に意識を向けてみる。すると、右手は何かをきつく握りしめているようだった。咄嗟に離そうと思っても離せない。なんだか、長い時間握り続けた末に、ついには身体の一部になってしまったかのようだった。私は強ばる右手の力を抜き、自然と掴んでいる何かが転がり落ちるのを待った。

 音はほとんどなかった。さきほどからずっと吹いている風の音にかき消されたからかもしれない。でも、握っていた何かは手から離れて落ちたようだった。私はそれを何なのか見ようとした。

 そこで気付く。私は目を瞑っていたようだった。

 ゆっくりと目を開ける。

「…………ぁ」

 オレンジだった。夕暮れ時、なのかもしれない。

 リリィと私の、時間だった。

 そうか、斜陽が瞼を透かして、赤く見えていたのか。

 私はゆっくりと辺りを見回した。夕焼けと、緩やかな流れの小川がある。私は、芝生に寝転がっているようだった。

 いつもの癖で、バトルアックスを意識してみる。しかし、反応はなかった。この世界に、バトルアックスはない……ようだ。

「…………もしかして」

 私は自分の仮説を確かめようと思った。

 右手で、さっきまで掴んでいたものを拾ってみる。

 のぞき込んだ。

 黒い球体だった。

 創命龍の宝玉が、そこにあった。

「……やっぱり」

 私は、異世界に転生したようだった。

「リリィ……」

 私の呟きに応える彼女は、この世界にはいない。

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