魔法陣

 わたしは下着の中に『例のもの』を入れ、役所で謁見の間へのお目通りを求めた。

 兵士に持ち物検査をされて、謁見の間へ通される。本来ならばもっと厳重に検査されるはずだけど、事が事なので簡易なもので終わった。

『ミアについて新しくわかったことがあって……』

 役人にそう言ったら、慌てた様子で奥に引っ込んでまたすぐに出てきた。そして速攻でお目通りの許可が降りた。隣で厳粛に歩いているローブの男も、本当はわたしを謁見の間に急かしたいと思っている様子だった。

 異様に大きな扉を二人の男が開くと、カーペットが見え、その先に玉座に座る仮面の男がいた。わたしが入ると、立ち上がって両腕を広げる。

「それで、何がわかったんだい?」

 単刀直入に聞いてきたので、話が早かった。わたしも雑談などしている気分ではなかったし。

 わたしは司書室で練習した俊敏な動きで、下着の中から一枚の紙切れと炎水晶を取り出した。

「動かないで!」

 紙切れを左手に、炎水晶を右手に掲げてわたしは叫んだ。謁見の間にいた男全員が驚いて硬直する。仮面の男も例外ではなかった。

「……なんだ、それは?」

 仮面の男は震える声で言った。聞くまでもなく、答えがわかっているようだった。

「創命龍の宝玉を抽出する魔法陣です」

 その答えに、謁見の間にざわめきが広がる。わたしが踵を鳴らして紙切れに炎水晶を近づけると、男たちは静まった。

「……目的はなんだ?」

 いつもより低い声を仮面の男は出す。それにわたしは間髪入れずに、


「――創命龍の討伐にわたしも連れていって」


 と言った。

 再び広がるざわめき。それを仮面の男が制して、一歩前に進み出た。

「誰に聞いた?」

「少し考えれば誰にでもわかります」

 そう、考えれば誰にでもわかる。

 腕よりの魔法使いを各国から集める理由。今更『魔法陣』が必要な理由。『ミア』について知りたがる理由。

 パズルのピースを組み合わせれば、そこには『創命龍討伐』という一枚の絵が浮かび上がる。

「……そうか。そうだな。僕は情報を与えすぎたかもしれないな……」

 仮面の男は肩を震わせて、けたけた笑った。その小馬鹿にした態度にわたしはむっとして、炎水晶を強く握った。

 でも、男が態度を変える様子はない。

 ――わたしのほうが優位にいるはずなのに、なんでこんな余裕綽々としているんだ?

 もしかして……この男は……。

「いや、そもそも僕は前から君を討伐隊に入れようと思っていたんだ。『ミア』について君ほど近しい存在はいないからね」

 さらに近づいてこようとするので、わたしは一層炎水晶を近づけたが仮面の男は止まらなかった。

「今回の討伐は、討伐というよりも『調査』なんだ。創命龍の生態と、『ミア』の消息を知るためのね」


 『ミア』の消息の調査。わたしが待ちに待ち望んでいたことだった。


「……ほ、本当ですか?」

 だから、思わず気の緩んだ呟きを漏らしてしまう。

 この瞬間、わたしの優位性は瓦解した。

「ああ。そういうわけだから、僕としては是非君に入隊してほしい」

 仮面の男は躊躇なく近づいてくる。なので、わたしのほうはそれに合わせて下がるしかない。炎水晶を握るけど、それはただ無機質な感触をわたしに返してくるだけだ。

 この男はきっと気付いている。わたしが炎水晶を……魔法を使えないことに。

 どん、と背中が扉に当たった。

「――やっぱり。そんな気はしてたんだよね」

 ゆっくりと手を伸ばし、仮面の男はわたしの右手に握られた炎水晶に触れた。わたしは抵抗する気も失せて、おとなしく手を離す。

「『召喚魔法』は不可能、という研究を発表したのは誰だか知っているかい?」

「……知りません」

「それはね、『ミア』だよ」

 どきん、と胸が鳴る。

 一生懸命書いていたのに、何故かベッドの下に置いてあった論文を思い出す。

「妙だったんだよね。研究している間はずーっと『絶対に成功する』っていう内容で報告が上がってきていたんだ。でもある時、その主張をひっくり返した。それから『召喚魔法』の研究は凍結したんだ。僕はそれがすぐに嘘だとわかった。だけどなんで嘘をつくのかわからなかった。その理由がやっとわかったよ」

「な、なんで、ミアは嘘を……?」

 仮面の男は炎水晶を右手で弄びながら、飄々と言ってのけた。

「――君を守るためさ」

 今度は左手から『創命龍の魔法陣』を奪われる。でも、もうそんなことはどうでもよかった。

「初めて異世界から召喚に成功した被験体だ。世の中の魔法学者たちは君をバラバラに解体したがるだろう。その危険から『ミア』は君を庇った」

「そ、そんな……」

「異世界には『魔法』という概念がないんだろう? だから、君は魔法の類を一切使うことができない。学者たちに抗う術がないじゃないか」

 仮面の男は炎水晶を空中に浮かべると、鮮やかに燃やして見せた。炎水晶は跡形もなく蒸発し、わたしにはもう成す術がなくなった。

 これからどうなるんだろう。

 わたしがしたことは立派なテロ行為だ。もしかしたら、死罪、なんてこともあるかもしれない。

「……っ」

 せっかくここまで来た。なのに、届かなかった。炎水晶を使った精一杯のハッタリも一国の王には簡単に看破された。こんなところで死ねない。

 ミアの消息を掴むまで、わたしは死ぬわけには――。

「そうだなぁ……」

 仮面の男は振り返ると玉座へと戻り、もったいぶって座る。すると近くのローブの男が恭しく魔法陣を受け取り、わたしの横を通り抜けて謁見の間を出て行った。

「よし……」

 男は足を組み替える。


「――君の入隊を認めよう」


「は?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 その意味をゆっくりと咀嚼して、わたしは呆然と玉座に座る男……この国を治める『王』を見つめた。ごくり、と唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。

「ただし、条件がある」

 仮面の男は人差し指を立てて、それを揺らした。

「足手まといは連れていけない。出発予定は一年後だ。それまでに君には生物学の博士号を取ってもらう」

「え……?」

 博士号。よくわからないが、とてつもなく難しい資格なんじゃないだろうか。

 それを、たった一年、で?

「無理ならいいよ?」

 王は肩を竦めて立ち上がる。

「全ては君が決めることだ。……どうする?」

 きっと血が滲むような努力が必要になるだろう。

 どれだけ頑張っても無理かもしれない。途中で諦めたくなるかもしれない。

 でも、それでも。

 赤いカーペットの前に、ミアの姿が一瞬現れ、そして消えた。

「……やりたいです」

 愛おしい人に追いつくために。

 わたしは言った。

「……お願いします。やらせてください」

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