予感


「前に噂になっていた国家プロジェクト、どうやら中止になるらしいわよ」

 まもなく経っての夜の勉強の時間、シルビアさんは口火を切った。

「なんでも、何かトラブルがあったとか……」

 トラブル。それはもしかして、『創命龍』のページが紛失していたことだろうか。

 でも、そのことと国家プロジェクトに何の関係が……?

 わたしはノートに書き付ける手を止めた。シルビアさんはそれを不審そうな目つきで見る。

『……やっぱり駄目だな』

 なぜだか、唐突に仮面の男のその声がリフレインした。

 何が『駄目』なのか。国家プロジェクト。たくさんの魔法使いが召集される。ミアは『魔法使いの組織』と思われていた……。『創命龍』。

 色々なワードが浮かび上がり、たくさんの芽が生えて絡みついた。意味を成さない単語の羅列が組み合わさり、一つの大きな意志を紡ぎ上げていく。

「……そっか」

 そうだったのか。

 ――そういうことだったのか。

「……リリィ?」

 気付けば、わたしは立ち上がっていた。今はもう夜だ。そんなことはわかっているけど、こんなことをしている場合じゃない。

「シルビアさん、松明、ある?」

「え、あ、うん……。えっと、どこか行くの?」

「どこにあるっ?」

「し、司書室に……」

 わたしの慌てようがシルビアさんにも移って、二人で急いで司書室に向かう。シルビアさんが松明を探しているのが待ちきれなくて、意味はないとわかっているのにわたしはその場で足踏みした。

「は、はいっ! で、どこに行くの?」

 シルビアさんは松明に炎水晶で火を灯すと、わたしに渡してくれる。わたしはそれを受け取り、その問いに答えることなく、走り始める。後ろからシルビアさんの呼び声が聞こえたけど、わたしはとにかく走った。

 ――ミアの消息が、わかるかもしれない!

 図書館を出て、迷わずに森のほうに向かう。川沿いの道を駆け上る。松明を頼りに枝葉を掻き分け、最短距離を進んでいく。出来るだけ早く、家に着きたかった。

 ほとんど時間を要さないで、小屋にたどり着く。久しぶりに帰ってきた感慨に浸ることなく、ミアの部屋に急いだ。

 破り取られた『禁忌種図鑑』の一ページ。あれはどうしてもミアが必要としたものだ。それに、創命龍との『戦い』に出発したあの日、ミアのバトルアックスには確かに禍々しい魔法陣が刻まれていた。

 だから、『魔法陣』が記された一ページは絶対にこの家にあるはずなんだ。そして、それをミアが隠すとしたら……。

「……っ!」

 ベッドからミアの論文を取り出す。それをパラパラめくると、一枚の紙切れがひらひらと落ちた。

 論文の途中に挟まっていたんだ。

 こんなところに適当に突っ込んでおいたのか……なんてミアらしいんだろう。

 わたしはその紙切れを松明の明かりの下に晒した。荘厳な龍が描かれていて、その隣に複雑な魔法陣が刻まれている。

 それを丁寧に折りたたみ、わたしはポケットにしまう。

 とある覚悟を胸に秘めて、家から出た。空を見上げる。夜空を支配しているかのように、満月が浮かんでいた。

「…………ミア、待っててね」

 わたしは歩き出す。

 期限まで、残り二年――。

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