家族
仮面の男はこの国の魔法使いたちの頂点に君臨している王らしい。
その王様の元になぜわたしが呼ばれたのかというと、『禁忌種図鑑』を持っていたからだそうだ。シルビアさんが危惧した通り、わたしは国家の重要書物を盗難した疑いで王都に強制連行されたのだった。
でもそれは表向きの理由で、真の理由は他にあった。
禁帯出の『禁忌種図鑑』を特別に借りることを許されたのは、王都始まって以来、ミア一人だけらしい。それに王に言わせるとこの表現は適切ではないらしい。
『一人』ではなく『一団体』と王は言い直した。
「本来、禁忌種は数百人規模の討伐隊を組織して臨むべき相手だ。そもそも、その凶暴さと冒涜的特性故に一般人には秘匿されている存在。だから禁忌種『創命龍』の討伐を命じたとき、『ミア』は魔法使いの集団なんじゃないかと僕らは考えていた」
この仮面の男が即位してからまもなくして突然現れた謎の魔法使いが『ミア』だと言う。
『ミア』は一切正体を明かさず、そしてただ一度の失敗もなくどの魔法使いよりも早く仕事をこなした。だから王は正規の王直属の魔法使いではなく、『ミア』に仕事を依頼するようになっていった。
正規の魔法使いに頼めないほど強大な敵を――ミアに押しつけた。
それを聞いて、わたしはいつも血だらけで帰ってきていたミアを思い出した。
ミアは本来ひとりで抱えられるはずのない仕事を押しつけられていたんだ。休みもなく、毎日毎日、戦いに行っていた。危険な戦いに。
もう少しミアが弱かったら。もっとか弱い女の子だったら。きっと、こんなことになっていなかったに違いない。
ミアは強かった。いつも無傷だった。だから、だからミアは――。
「僕は『ミア』のことを教えてほしくて、君を呼んだんだよ」
仮面の男は立ち上がった。
「『ミア』とはいったい、何者なんだ?」
わたしはその問いについて考えた。色んなことを、ぐちゃぐちゃにして考えた。
ミアとは、いったいなんだったんだろう。わたしにとって、ミアはどう表現すればいい存在なんだろう。そもそも、言葉で表現出来る存在なんだろうか。
友達――違う。
恩人――違う。
主人――全然違う。
言葉に出来なくて、でも心で触れられて、あったかくて、切なくて、ずっと一緒にいたくて、わたしの価値を初めて認めてくれた人で、なんというか、なんともいえないというか、とにかく大切で、宝物で、一生をなげうってでも足りないような、尊い存在で――。
考えても考えてもわからないから、だから、わたしは自然と浮かんできた言葉を――。
「――わたしの、家族です」
謁見の間は沈黙で満たされた。仮面の男は微動だにせず、壁際の男たちは驚いたように口を開けている。
「……君は、『ミア』とそんなに近しい仲なのか?」
「はい。わたしにとってミアはかけがえのない存在ですが、ミアにとってもわたしはかけがえのない存在のはずです」
こう自信を持って言ってしまうわたしは、傲慢なんだろうか。だけど、ミアがこう聞かれても絶対にわたしと同じことを答えると思う。
なんとなく、わかる。
「驚いたな。君、魔術の心得は?」
「ありません」
「……そうか。じゃあ生物学については明るいか?」
「いいえ」
仮面の男はふむ、と唸って腕を組んだ。何かを悩んでいる様子だった。
「……やっぱり駄目だな」
思い直したように顔をあげて、仮面の男は玉座に戻る。
何が『駄目』なんだろう。それが気になったが、質問する前に男が口を開いた。
「君の『ミア』への愛情はよく理解したよ。でも、もっと具体的に『ミア』という組織について教えて欲しい」
そこでわたしは仮面の男が未だにミアのことを組織だと考えているに気付いた。その部分からわたしは説明しなくてはならないらしい。
でも、わたしはここでミアのことを説明していいんだろうか。ミアが隠していたということは、それをミアが知られたくないと思ったということだ。もしくは何かミアに危害が及ぶとか……。
「言っておくけど、君に拒否権はないよ」
仮面の男は黙っているわたしに釘を刺してくる。
でもわたしは絶対話す気はなかった。どんなひどい拷問を受けても、絶対に吐かない自信があった。
吐くくらいなら、今この場で舌をかみ切ってやる。
わたしが仮面の男をにらみつけていると、男は肩をすくめる。
「おいおい、早く話したほうが身のため――」
言い終わる前に、謁見の間の扉が慌ただしく開かれた。
「何事だっ!?」
「し、失礼しますっ!」
振り向くと、息も耐えたえのローブの男が入ってきたところだった。
男は言った。
「書物に『創命龍』のページがなくて……破られた跡が……ッ!」
わたしの身柄はひとまず王都の牢屋に移された。
牢屋と言ってもミアと一緒に暮らしていた小屋ほどボロくはなく、むしろ図書館の一室よりも綺麗に思われるほどだった。暖かい絨毯に厚い毛布、焼きたてのパンがバスケットに入れられて置かれていた。
窓はなかったが、十分快適だ。
わたしはひとまず夕食を採って、それからすることもないのでベッドに入った。お風呂に入れないのが気になったが、まあ贅沢も言えないだろう。
次の日の朝一番に、わたしは謁見の間に呼ばれた。
「『創命龍』のページの所在を知らないか?」
仮面の男は開口一番そう聞いてくる。
「……わたしも探したんですけど……どこにもなかったです」
わたしはそういえば一ページ破られた跡があったなぁ、と思い出す。
あれが『創命龍』のページだったんだ。となると、ミアが破ったんだろうか。
「あれはどうしても必要なんだよ」
王によると、『禁忌種図鑑』はその昔、大魔法使いが生涯かけて完成させた魔導書であり、この世に一冊しかないらしい。そして、破られた『創命龍』のページには創命龍の宝玉を取り出すことの出来る魔法陣が記されていたらしい。
そこでわたしの頭に一つの疑問が浮かぶ。
――どうして、『今』、その魔法陣が必要なんだろう。
「本当に、何も心当たりがないのかい?」
「うーん……」
『創命龍』の記述について探していたあのとき、わたしは『禁忌種図鑑』には『創命龍』について載っていないんだとばっかり思って、そのまま諦めた。だから、家の中を探したりはしなかったけど、でももしかしたらどこかにその一ページが隠されているかもしれない。
もちろん、そんなことは言わないけど。
「やっぱり、心当たりはないです」
そう言うと、謁見の間は沈黙に支配される。誰もが絶望的な表情をしていた。仮面の男の動作からもその落胆ぶりが伺えた。
それからわたしは別の部屋でミアについて根ほり葉ほり聞かれた。わたしは答えないと帰らせてもらえないと直感的に思ったし、拷問も嫌だったので適当なことを答えた。正確には、相手の尋問官がわたしに言って欲しいこと(『ミア』は数百人で構成された魔法使いの組織、だとか、わたしはその組織で雑用をしていた、だとか)を答えた。
そして一週間の後、わたしはイースティの町へ帰ることが認められた。
「リリィ……っ」
図書館の中に入ると、涙をぼろぼろ流したシルビアさんに抱きつかれた。なぜか図書館は無人で、シルビアさんの泣き声だけがこだましている。
「ほんとに、すっごい心配して、ああ、ほんとによかった、無事だった、わたしのリリィ……」
「お、大げさですよ、シルビアさん……」
そう言いつつもわたしは自分の頬に何かが流れるのを感じた。
後からわかったことだけど、シルビアさんはわたしが王都に強制連行されたショックで図書館を丸々一週間閉館にしていたらしい。わたしは逆にそのことにショックを受けた。
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