おむらいす


 トットットットット……という耳に心地よい音が軽快なリズムを刻んでいた。私の隣でリリィが始祖鳥の卵をかき混ぜる音だ。本当はほいっぱーという道具があったほうが良いらしいのだけど、私が王都に買いに行ったときに見つけられなかったので、箸で混ぜている。

「よし……」

 白身と黄身がよく混ざったところでリリィは手を止めた。そして私の方を見て、卵の入ったボウルを渡してくる。

「これに牛乳をこのスプーン二杯分入れて、よく溶いてもらえる?」

「わかった」

 リリィから箸を受け取り、それをとりあえずボールの上に置く。牛乳を二杯……だった、確か。コップに入った牛乳をスプーンですくい取り、こぼれないようにボウルに入れていく。一杯……二杯……。

 で、これをかき混ぜる。ボウルからこぼさないようにゆっくりと慎重にかき混ぜよう……。

 緊張で生唾をゴクリと飲み込んでからゆっくりと箸で円を描いていく。そういえば、この箸というものをリリィはすごく上手に使うのでびっくりした。私には箸でご飯を食べるということが到底出来そうにない。やっぱりリリィはすごい。

 そんなリリィは、隣で何かの野菜を切っている。最初に縦横に切れ目を入れたあと、垂直になるように包丁で切っていく。とても小さくなった何かをさらに小さくするトントントンという音が気持ちよかった。

 その後、牛乳につけてあった始祖鳥の肉を取り出して、またこれも小さく切っていく。プリプリとした色のいい肉が前に食べたからあげを思い起こさせて食欲を注ぐ。

「よいしょ」

 それから、リリィはふらいぱんを取り出した。そして私に目配せしてくる。

「わかった」

 私はかき混ぜるのをやめて、コンロに火をつける。このコンロは火炎石というものを火種にしているので、魔力を持たないリリィにはつけることが出来ない。火が起きて、リリィはそれを具合の良いところを探して調節する。それにサッと油を入れて、始祖鳥の肉を入れた。

「ミア、ほらかき混ぜて!」

「……忘れてた」

 ジュージューいっているのをぼーっと見ていたらリリィに注意される。でも、このかき混ぜるのってリリィがやっている作業に比べたらなんだか簡単な気がして面白くない。私もジュージューやってみたい。

 リリィは色々な野菜や調味料を入れたあと、トマトで作ったソースをかけて火を少し小さくした。片手でフライパンを操作しながら、もう一方の手で買ってきた炊いてあるご飯が乗っている皿を取り出す。

「よっ」

 ご飯をふらいぱんの中に入れて、ほんの少しだけ火を強くした。それからはふらいぱんを動かし、シャーシャーとご飯を混ぜていく。香ばしい匂いが漂ってきて、私のお腹が鳴った。

 火を消して、リリィは私に向き直る。

「よし、じゃあミアもやってみよう!」

「え?」

「今からオムライスの卵焼いていきます」

 と言うと、リリィは小さなふらいぱんを二つ取り出して、一つを私に握らせた。

「人に作ってもらうご飯もおいしいけど、自分で作ったご飯もおいしいんだよ」

「……どうやるの?」

 リリィは「見てて」と言って、さっき私が混ぜた卵を小さい方のふらいぱんに流し込んだ。

「固くなってきたところを箸で中に混ぜていって……で、いい加減になったら……この隅に箸を入れて、トントンって叩く……よいしょ、っと……ほら、卵がフライパンから離れたでしょ……そこに、あ、ちょっとそっちのフライパン取ってくれる? ありがと……それでチキンライスをこの卵の上にのせて、こうやってたたむ……で、お皿に盛りつけて、っと……完成! わかった?」

 ぜんぜんわからなかった。

 わかったことと言えば、リリィが料理上手なこと、そしておむらいすという食べ物がどんでもなくおいしそうなことだけだ。

 リリィがお皿に盛りつけたおむらいすは、まるで絹みたいにしなやかな卵でご飯が包まれていて、食べ物というより芸術品のようだった。そこに、さっきご飯に混ぜ合わせていたトマトのソースを素早くかけて、その隣に「まあ色を考えてね」と山菜を少し添える。

「私のが冷めちゃう前にミアのも作ろう! おー!」

「で、できない……と思う」

「大丈夫、ちゃんとに教えるから」

 そう言って私の後ろに立つと、リリィは私に覆い被さるようにして両手を私の手に合わせた。リリィの柔らかな身体とその鼓動が私に接する。

 ……柔らかい身体。召喚してすぐの頃よりもリリィは肉付きが良くなった。痩せぎすで不健康そうだった身体は今では血色もよく豊満とは全然言えないけれど普通の女の子……の姿になっていると思う。

「じゃあまずはー、卵をフライパンに入れます」

 リリィは私の手を促し、卵の入っている木のお椀を持たせる。私の両手にはリリィの両手が重ねられているので、失敗の不安はない。

 でもこれでは、私が作っているというよりもリリィが作っているのと一緒ではないのだろうか。

 そんな疑問を口にする暇もなく、リリィは私の手を使ってぱっぱと料理を進めていく。ここはこう、そこはこうやって……と端々に笑い声を挟みながらの耳元での助言が、より近くリリィを感じられて気持ちが良い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る