「おむらいす作るの……なにか手伝いたい」

 帰ってきて開口一番にそう言った。リビングに転移して、すぐに言った。リビングのテーブルに座って書き物をしていたリリィは唐突に現れた私に「わわっ」という声を上げて椅子から転げ落ちた。

「……大丈夫?」

「それはこっちの台詞だよ!」

 立ち上がって、私の身体に触ってくるリリィは泣きそうな顔をしていた。それで、自分が返り血でビチョビチョになっていることに気付く。足下に視線を落とすと血溜まりが出来てしまっていた。……いつもなら裏の川で水浴びしてから家に帰ってくるところを、リリィのことばかり考えていてうっかり忘れていた。

「怪我はない?」

「うん、全部、返り血」

「……ほんとに?」

 リリィは瞳に涙を溜めながら、私の顔を見つめてくる。

「ほんとに、大丈夫」

 深く頷くと、安堵したように息を吐く。リリィは肩をすくめて、

「うん。今度は嘘じゃないみたい」

「……私、リリィに嘘ついたことない」

「はい、いま嘘ついた」

 リリィは苦笑して、私の唇に人差し指で触れる。なんとなく条件反射でその指をくわえるとリリィはひゃっと悲鳴をあげた。

「び、びっくりした……」

「なめてほしかった?」

「ち、違うよ……ミアは嘘つくときに唇を軽く噛むくせがあるから」

 リリィは笑う。

「今も、それに昨日も唇噛んでたよ」

 思わず、自分の唇を触ってしまう。そんな癖、今まで知らなかった。いや自分で自分が嘘ついているときの表情なんて見れないから当たり前ではあるけれど。

「昨日、バレてた?」

「うん」

 リリィはそっと、私の手のひらに手のひらを重ねてくる。その温かさが戦いを終えた身体に深く染み入る。

「ほんとは、昨日の血は返り血じゃなかったんでしょう?」

「……うん」

「……そうだと思った」

 積もり始めの雪みたいに哀しそうな笑顔を、リリィは浮かべた。抱きしめなければならないような気がして、でも抱きしめたら間違えてしまうような気がした。

「あんまり、ミアに嘘ついてほしくないんだ……」

 ふっと舞い散る埃に視線をやりながら呟く。

「私はミアのこと何も知らないんだな、って哀しくなるから」

「……」

 それは出来ないな、と思う。嘘をつかないといけないこと、知られてはいけないことがあるから。リリィに無駄な心配をさせたくないから。

 近くに、リリィの瞳があった。だけれど、私とリリィとの間には決して詰めることの出来ない隔たりがあった。

 確かに、お互いにとってお互いはかけがえのない存在だ。だが、そこには守る者と守られる者という立場の違いがある。そんなことはリリィもわかっているはずだ。

「……ごめんね、変なこと言ってミアを困らせて」

「……別に、困ってない」

「……そっか」

 たぶん、今もまた、私は唇を噛んでいたのだろう。リリィはそれに気付きながらも、あえて指摘はしない。

 きっと、これでいいのだろう。

 これが一番、上手くいく。

「さて、と」

 リリィが声色を変えて、手を自分の腰に当てる。哀しみが隠れてしまったその表情は、差し込む光に照らされて生き生きと輝いている。

 私の顔を見て、リリィは言う。

「ミアには何を手伝ってもらおうかなっ」

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