釣り
次の日、北方の森。
私は湖を目視出来る木の上で、じっとヤツらが現れるのを待っていた。寒々とした曇り空の昨日とは違って、今日の空は晴れ渡り、穏やかな光が森の木々に注がれていた。その光のお陰で湖は輝きを返しているけれど、やはり底は深いのか、中にいるはずの一角龍の姿を確認することは出来ない。
『一角龍は二体いた』
昨日の晩、私は王都にそのことについての報告を書き記し、転移させた。そのような報告をしても王都に何か援軍のようなものが期待出来るはずもないことはわかっているが、もしかしたら報酬が二倍になったりするかもしれない。
王都は昨晩のうちに返しを寄越すことなく、今朝早くに『援軍を出すことはできない』という旨の文章が転移されてきた。そんなことを聞いたつもりはないのだけれど、と思ったが、そういう迂遠なやり取りが好きな連中だ。勝手にさせておこう。
リリィはというと、昨日の今日なので、やっぱり心配していた。私が仕事に向かおうとすると、真っ赤に腫らした目で、
『あのね……ミア……』
『なに?』
『今日の晩ご飯はオムライスだから……だから、早く帰ってきてね……』
と言っていた。そう、昨日はあの後、おむらいす、というものの材料を王都に買いに行った。その食べ物を早速作ってくれるらしい。
『わかった。絶対、早く帰ってくる』
おむらいすのために。ミアのために。絶対に帰ってくる。
私は湖を見据える。湖であるから波紋は一輪もなく、静謐な空気を漂わせている。だが、少し考えればそれが妙であることに気付く。波がないからと言って、波紋が立っていないのは明らかに不自然だ。
当然のことだけど、湖にはそこに住む魚たちがいて、両生類がいる。それらが一切の波紋を立てずにどうして生きられるだろう。……つまり、その湖に生物はいない。一種類の生物を除いて。
湖の奥底には、たぶん一角龍の巣がある。ヤツらは湖中の壁に穴を掘って、そこで生涯を過ごす。外に出るのは餌を取りに行くときだけで、それ以外は常に洞穴の中で息を潜めているはずだ……。
こちらから何かを仕掛けないと……進展はなし、か。
昨日と状況はほとんど変わらない。違いと言えば、一角龍が二体……いや、二体以上、いるのを知っているということ。これは小さなようで結構大きな差ではある。
しかし、いくら私でも一角龍を二体同時に相手にするのは分が悪い。各個撃破することを考えなくてはならない。
「…………」
幹に立てかけてあるバトルアックスを傍らに寄せる。野暮なほどに硬く黒いそれに触れると、今までの戦いの記憶が蘇ってきて何か良いアイディアが浮かびそうな気がする。いくら血を吸っても錆びることのないその『相棒』は無言で私を見返してきた。
「……よし」
柄の部分を弄んでいると、一つの案が閃いた。
釣りをしよう、と思った。
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