からあげ


 恥ずかしいことこの上なかった。

 たぶんリリィもそう感じているのだろう、台所にこもると『で、出来るまで部屋で待ってて……』なんて真っ赤な顔で言っていた。あんな恥ずかしいやりとりをした後に真顔でご飯作って食べることが出来る人がいたら是非お話を聞いてみたい。

 でも、私との間を隔てていた壁のようなものがなくなったように感じて、どうしようもないほどに嬉しかった。何より、自然に敬語が抜けているのが嬉しい。

 窓から覗ける森の日はもう暮れかかっていて、お昼ご飯ではなく夕食になってしまったなぁなんてベッドに座りながら思う。考えてみれば人の料理を食べるのなんて独り立ちする前以来だ。リリィが作ってくれるというのもあるけれど、それ以前に素直に楽しみだった。

 リリィに言われて小屋の裏から始祖鳥の肉を持っていったきり、台所には入っていない。だからどんな料理が運ばれてくるのだろうとドキドキする。こういう感覚も、やっぱり新鮮だ。

 丸机の下には書きかけの論文が広がっていて、そう言えばこれも書かないといけないんだったと思い出す。夕食を食べたらやらないと……でもこの部屋でやるとリリィの寝る邪魔になってしまうだろうか。このままでも不便だし、リリィの部屋が必要かもしれない。確か物置同然になっている開かずの部屋があるから、あそこを整理すれば使えるようになるだろう。

 これからの生活の色々に思いを馳せていると、ドアの外から『ごめんー』と声がかかる。開けて欲しいようなので、ドアノブを回す。

「ありがとう、両手が塞がっちゃってて……」

 大皿一枚を両手で持ち、小皿二枚を腕に乗せているリリィがそこに立っていた。器用だなーと思って眺めていると、ぱっぱとその三枚を丸机に並べて慌ただしく台所に戻っていく。

 大皿には茶色い物体がたくさん積み上がっていて、魔法も使わずにリリィがどうやってこんなものを生成したのか首を傾げてしまう。そうこうしているうちに今度は調味料とパンが入ったバスケットを持ったリリィが走り込んでくる。

「ミア、座ってー」

 ベッドに座っている私にリリィがニコニコしながら手招きしてくる。自分が作った料理を食べてもらえるのが嬉しくてしょうがないといった調子だ。

 いきなり表情多彩になったリリィに面くらいながらも、しぶしぶリリィの向かいに座る。なんだか、前と逆の構図な気がする……。

「これ、なに?」

 大皿に転がっている茶色の物体を指さして訊く。するとリリィ一際笑顔を輝かして、

「始祖鳥のからあげだよ」

「からあげ?」

「うん。牛乳で血抜きしてさっと揚げたんだ」

 言っていることがよくわからなかったが、とりあえず食べてみればわかると思って手を伸ばす。しかし、その手をリリィの手が遮った。

「その前に」

「え?」

「手を合わせて?」

 リリィがふくれっ面で両手を合わせてこちらを見てくるので、やっと意味がわかる。居住まいを正して、両手をパンっと合わせた。

「いただきます」「いただ、きます……」

 こんなこと言うのは本当に何年ぶりだろう。そう言えばおばあさんも『いただきますを忘れてはいけませんよ』なんて言っていたっけ……。

「はい、どうぞ、召し上がれ」

 そう言ってリリィはバスケットの中からパンを取り出して手渡してくれる。私はそれを受け取りつつも、からあげ、というものが気になってしょうがない。

 ……どんな味がするんだろう。

「あ、塩振るとおいしいよ」

 大皿に軽く塩をかけると、リリィはこちらににっこりと微笑んで頷いてくる。私はからあげに手を伸ばした。フォークとかが必要だなぁ、と苦笑しながらよくわからないことを呟くリリィを放っておいて、からあげを口に入れる。

「……っ」

 丁度良い温かさと香ばしいしょっぱさが口に広がった。噛んでみると、からっとした今までに味わったことのない歯ごたえもつかの間、中から肉汁が溢れ出してくる。噛めば噛むほどに濃厚になってくる肉の味に、いつも感じるはずの臭みはまったくない。むしろ、良い香りが鼻に抜ける。

「どう?」

 リリィが訊いてくるが、そんなことに構っている暇はない。

 私は大皿からもう一つからあげを取り、口に放り込む。始祖鳥の肉の旨みと、やっぱり、森の中に寝転がっているみたいな青々とした心地良い香りが口に広がる。

「なんか、すっごいいい匂いする。すっごい」

「うん、山菜を小さく刻んで入れてみたんだ。香り付け程度だけどね」

 リリィもからあげに手を伸ばし、それを食べる。すると少し頬を火照らせてにんまりと口元を緩めた。

「よし、おいしく出来てる」

 からあげを食べ、それが残っているうちにパンを口に押し込む。その動作を黙々と繰り返しているだけなのに、たぶん、いや絶対、今まで生きてきた中で一番幸福な時間を過ごしていると感じる。本当においしい。すごい。もうこのまま死んでしまいたいほど。

 料理ってすごいんだなぁ、とリリィを見ても思う。つい昨日まで真っ暗な顔をしていたリリィの顔が、こんなに幸せそうにほころんでいる。

 私が見ているのに気付いたのか、リリィがこっちを向いてニコリと笑いかけてくる。それに頷きを返して、またからあげを詰め込む。

「あ、サラダも食べないとダメだよ!」

 私の前に小皿を寄せ、食べるのを促してくる。小皿の上には何も変わらない山菜がポツンと置いてある。まあリリィが言うなら、と山菜を摘み、口に含む。

 少し軽くなってはいるものの、やっぱり苦い。からあげの衝撃が大きかった分、なんとなくがっかりしてしまう。

「ん……やっぱりなかなか苦みとれないね……」

 山菜を口に運んだリリィが渋い顔で忙しく瞬きしている。

「塩入れて茹でるくらいじゃダメか……」

「そうすると苦みがとれるの?」

「うん……でもあんまり上手くいかなかったみたい」

 あはは、と笑うリリィを見ると、どうしてだか口に広がっていた苦みが消えていくような気がする。

 ずっと一人でまずいご飯を食べて生きてきた。でも今は、私に笑いかけてくれる人がいて、おいしいご飯もある。

「ほんとに、おいしいよ」

「そう?」

「うん。リリィ、ありがと」

 お礼を言われてリリィは赤くなる。それを誤魔化すように笑いながら、またからあげを一つ、その小さなお口に入れた。

 本当に、召喚魔法の研究をして良かったなぁ、とからあげを頬張るリリィの姿を見て思った。

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