王都


 王都に来るのは久しぶりだった。

 やたら大きい門の前には広場があり、その中心にはこれまた無駄に大きい噴水が水しぶきを上げている。一際大きく水しぶきが上がるたびに、子供たちが元気な声をあげて服をびしょびしょにしていた。

 いつも私は広場から通りに入ってすぐのパン屋の裏口前に転移する。そこで少し広場を眺めてからパンなどの必要な食料を買いに行く。

 前までは、広場で楽しそうにする子供たちやそれを見ながら話す主婦たちを見て、出所のわからない胸の痛みを感じていた。けれど、何故だか今日はその痛みを感じない。リリィに頼まれたものを買わなければならない、という義務感がよくわからない感傷に浸ることを制しているのかもしれない。

 私は広場を背に、通りを歩き始める。特別な日でもないのに王都の通りは混んでいて、気をつけないと一歩進むたびに人にぶつかってしまいそうだ。

「え、と……」

 リリィに頼まれたものを反芻する。

『まず包丁と……お塩、胡椒、砂糖に牛乳も欲しいです……あ、そうだ、油と小麦粉もお願いします』

 何をどのように使ってどんなものを作るのかわからないが、とりあえずそれらを買っていけばいいらしい。でもそんなものを買ったことがないので、どこでそれらを手に入れればいいのかわからない。結構時間がかかるかもしれない。

 あまりの混みように辟易しながら歩いていると、家々の隙間から大きな城をのぞくことが出来る。あそこに会ったこともない私のクライアントが住んでいるらしい。いつも貴重なお仕事をありがとう、という意味をこめて、なんとなく小さく礼をした。

 しばらく歩くと通りが十字に交差している場所に出た。その真ん中には大きな掲示板があり、王都周辺の情報が集められている。

 何か仕事に関係のあることが書かれていないだろうか、そんなことを思って人混みの外から背伸びして掲示板を見る。


 北の村落で『一角龍』被害!

 昨日の昼過ぎ頃、村落に一角龍が出現。次々と家屋をなぎ倒し、30分ほど暴れた後に北の森に消えた。この災害による死者はゼロ。負傷者十二名。

 遠征による人員不足により討伐隊の組織に時間がかかる旨を本日未明に王政府が発表。対応の遅れに批判が集まっている。


「…………ん」

 一角龍、か。

 北に出没するという例はあまり聞いたことがない。本来なら王都よりも南に生息している生物で、よく出没する町では一角龍駆除専門の魔術師たちが討伐を生業にしているものだが、北の、しかも村落なのでいなかったのだろう。だから被害が結構大きくなった。

 すぐに村に下りてくるという可能性は低いが、絶対にないと言い切れるわけでもないだろう。魔術師が不足していて緊急を要する、となれば私にお鉢が回ってくるかもしれない。

「…………」

 大丈夫かな、と思った。

 リリィはまだ不安定だ。やっと自傷行為をしなくなってきたとはいえ、いつどんな拍子でまた死のうとするかわからない。そのときに私がいなかったら、本当に死んでしまうかもしれない。

 数日前に『もう一度、あなたを召喚する』なんて決意したものだけど、リリィは魔力を持っていないから肉体から離れた魂を再び見つけるのは難しいだろう。

「でも」

 きっと、大丈夫だ。もうリリィは自傷行為なんてしない。私の料理がおいしくないからではあるが、自分から何かをしようと動き始めた。

 だから、大丈夫。リリィはもう大丈夫。これから、すべてが上手くいく。

 そう考えると、不安で薄暗く見えた掲示板がなんだか明るく見えてくるから不思議だ。

 とりあえずリリィのお使いを早く済ませて家に帰ろう。そう思って、私は掲示板の人だかりから離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る