料理


「あの……これ……」

 その日の昼食の出来事である。

 朝食のときに片づけずに置いておいた丸机に昼食を並べたときに、リリィが遠慮がちに声をあげた。おずおずと顎を上げ、こちらを上目遣いに見て言った。

「これ……ご飯ですか?」

「うん」

「そうですか……」

 始祖鳥の肉を焼いたものと近くで採れた山菜を皿に載せたものだが、何か変なところがあっただろうか。私がいぶかしみながら丸机に座るその一挙一動を、リリィはジロジロ観察している。

 リリィはさっきからずっとこうだった。朝食が終わったあと、論文を執筆している私を部屋の隅からずっと見ていた。けれどそれに気付いて私がリリィの方を見やると、彼女は挙動不審に目を反らしてしまう。確かに私の観察くらいしかやることがないか……と気にしないでいたが、あんまりにも私の方を見ているので、

『どうしたの?』

 と訊くと、

『いえっ、すみません……ごめんなさい』

 と口の中で何か早口でブツブツ言って、まるで要領を得ない。まあ気にすることでもないかと思って、論文に戻ったがその様子をまたリリィは注視していた。

「食べよう」

 私はそう言って、山菜に手を伸ばしてそれを口に運ぶ。山菜の苦みが口に広がったが、それを無理矢理噛みしめてゴクンと飲み下した。

 リリィは驚いたようにその様子を見ていて、見よう見まねと言った体で山菜を指でつまみ上げた。目を強く瞑って、山菜に噛みつく。

「んっ」

 山菜を噛んだ瞬間、リリィは顔を歪めその目には涙が広がった。それを我慢するようにすごい勢いで咀嚼し始め、ゲホゲホやりながら喉の奥に押しやる。……どうしたのだろう。

「あの……」

 涙目になったリリィがこちらを見る。

「これ……ご飯ですか?」

「うん」

 私が首肯すると、リリィはもっと泣きそうな顔になった。私は始祖鳥の肉に手を伸ばし、骨の近くから肉をちぎって口に運ぶ。少しくせのある臭いを発しながら、それは胃袋に収まっていく。

 リリィの方を見ると、何かに躊躇したように手を止め、それから首を振ってもう一度始祖鳥の肉に手を伸ばす。その手は震えていて、うまく肉をちぎることが出来ない。始祖鳥の肉を食べるのは初めてなのだろうか。

 ちぎった肉を渡してやると、ありがとうございますと早口で言い、それから手の中に収まったそれをしげしげと眺め始めた。別にどれだけ眺めても始祖鳥の肉は始祖鳥の肉

でしかないが、何か珍しいのだろうか。

 意を決したようにリリィは始祖鳥の肉を口に入れる。入れた瞬間、口からそれを吐き出した。

「ごほっ、んぐっ…………げほっ、げほっ……」

 ――どうしたのだろう。

 食事を取ることに何かの抵抗があるのだろうか。いや、もしかしたら召喚魔法の影響かもしれない。口からものを入れると吐き出してしまうなら直接体内に転移させるという方法で……。

「…………あのっ」

「大丈夫?」

「はい……。えと……これ、ご飯ですか?」

「うん」

 リリィは恐ろしい獣でも見たように、目をカッと見開いて私を見た。うららかな昼の陽気にはそぐわない顔だった。

 彼女は皿を持って立ち上がって、そのまま部屋を出ていく。それについていくと、リリィは台所に入る。

「調味料はありますか?」

「ない」

 ……ちょうみりょう、というものは確か、塩とか胡椒とかの総称だった、と思う。だったらそんなものはない。あれらは少量なのにやたら値の張るよくわからないものだ。そういうものを買う金はないと言ったら嘘になる、というか金自体は有り余っているのだが、私は無駄なものを買うのは好きじゃない。

 リリィは私をびっくりしたように二度見すると、手元の皿を見た。そこには何の変哲もない私のいつもの昼ご飯が広がっているだけで、不審な点はない。リリィが何に驚いているのか、さっぱりわからなかった。

 彼女は私に向き直ると、何かを言いたそうに口を開きかけて、それを閉ざした。目を不自然に色々な方向に飛ばし、挙げ句の果てに俯いてしまう。

「何か言いたいことがある?」

 そう訊くと顔をあげて、目を合わせてくる。

「何でも言ってくれて構わない。私はリリィのして欲しいことは極力叶えてあげたいと思っているから」

「……ありがとう、ございます」

 リリィはもじもじと切り出しにくそうにしている。なので、リリィに目を合わせてゆっくり頷いてあげると、恐る恐るといった調子で口を開いた。

「あの……この料理……まずいです」

 がんっと脳天に蹴りでも食らったかのような衝撃を受けた。

 まずい……。言われてみれば味に気にしてご飯を作ったことなんかなかった。だって食べるのはいつも一人……私だけなのだから、私自身が味を気にしなければ無駄な時間を割くことも必要ないわけで。だから料理に味付けなどしたことはなかった。

 それに、私に料理を教えてくれる人なんて、いなかった。

「それはごめん」

 どうしようもないことなので素直に謝ることにした。

「いえ……」

 顔をあげると、リリィは笑いそうで泣きそうな中途半端な顔をしている。私が今まで見てきたリリィの顔は申し訳なさそうにしていたり怒っていたり泣いていたりの顔だったので、少しおかしな気分になった。

「それでなんですけど……」

 リリィは一瞬だけ私に目を合わせて、

「よかったら、私に作らせて……欲しいです」

 と言った。

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