剣脚商売 ~現代美脚ストッキング剣豪譚~

一石楠耳

ボーイミーツタイツ編

第1話 汝、礼賛入信せよ

 寒風吹きすさび、脚に繊維をまとわぬ女性は、脱落しかねない荒野。

 その只中に存在する一つの町。

 ここは孤立無援にして自給自足の美脚の場、その名も『脚長町あしながまち』。

 群雄割拠の美脚はこの町で日々研鑽を重ね、さらなる先鋭化を進めていたのである。

 即ち、まさに此処、戦後にあらず。

 今や戦中!

 女性とストッキングは、戦いの中で更に強くなるのである。


「女心と秋の空か」


 穴あきの外套をまとった女が、そうつぶやきながら、脚長町をモデルウォークで練り歩く。彼女の全身はすっぽりと、ボロに包まれていた。

 街路樹の銀杏は葉を散らし、コートに隠れた脚部にまとわりついてくる。

 振り払って女が立ち入るのは、オープンカフェ。

 ポケットに手を突っ込んだまま、女は店内にまで脚を運び、カウンター越しに注文一つ。


「マスター、一番強い酒を」

「……酒は置いてないよ、お嬢ちゃん」

「それにしちゃあ酔っ払いが、大勢いるようだが」


 穴あきコートのポケットから、ボロ布女が指を伸ばして示すは、店外歩道に集いし男の群れ。

 男どもの中心には、グレーのレギンスに包まれた脚をオープンテラスでひけらかし、衆目を集める女が一人。

 その装い、実にガーリー!

 この者、名を、『雑魚場ざこばレギン』と言う!


 レギンは自分を指さし嘲笑するボロ布女の姿を見つけるや、カフェのウインドーガラスに、一切微塵躊躇なしの飛び蹴りを放った。

 爪先のフットネイルは針のように一点特化にて、美脚女子の体重に全女子力を上乗せする。

 その多大なる重みに耐えんと、解き放たれるペディキュアは、フットネイルを彩り良くコーティングし、シンナー臭にメロメロと有象無象の男たちは酩酊するのだ。


「ケーケケケケケ!」


 哄笑とともに店内に突入するレギン。ウインドーガラスを損害賠償が発生するまでに粉々とし、ボロコートの女をその美脚にて刺し貫く。

 ボロ布女、刺されて曰く。


「何者だ、お前」

「知れたこと! 美脚とがらせ刺し貫くは、『刺脚しきゃく』と相場が決まってる! 我こそは第一の刺脚・雑魚場レギン! ケーケケケ!」

「『刺脚しきゃく』だあ? では一体お前、何か刺したか? 蚊が刺したほどにも感じぬが」

「何ッ!?」


 驚く無かれ、レギンスに包まれた雑魚場レギンの脚は、ボロ布をまとった女の内ももに挟み込まれ、その勢いをたちどころに削がれていたのだ。


「バカな、腹を狙ったはずだッ!」

「脚の長さを、見誤ったようだな」

「大したヒールも履いていない女の、腹と股下を……刺し違えるわけがあるかッ!! そこまで脚が長い女はいない!」

「はっはっは、では種明かしと行こうじゃないか」


 外套を脱ぎ去った女の、モノトーンのコーディネートが明らかとなる。

 ショートパンツに控えしは、薄手の黒ストッキングの美脚。

 陰影によりライン際立つ蠱惑のナイロンに脚を包みし、ボロ布の女。いや今や、薄黒ストの女。

 この者、名を、『月脚礼賛つきあし らいさん』と言う!


「わたしの脚のラインが放つ力にお前は自然と引き寄せられ、腹から脚へ、狙いを下に外したと。つまりはこういうわけよ」

「バカな、そんなものに脚を包んで……。あざとい!!」

「あざとい結構! 口を慎め、レギンスの女。そして足元を包め!」


 賢明な諸氏は既に周知のことであろう。レギンスとは、美脚の刀を収めるに足るタイツ状のボトムスではあるが、足元を覆わぬことで足部の五指を自在に操り、多種多彩なネイル戦術を取ることが可能な履物である。

 股引のようだと揶揄もされるが、雑魚場レギンの脚のラインとガーリーなトップスを持てば、女子力と戦闘力の対消滅により、灰色の股引にとどまらぬ独特の魅力を生むに至っているのだった。

 そんなレギンのむき出しの足首をがっしと掴み、この『刺脚しきゃく』を月脚礼賛は諸手で持ち上げた。

 逆さ吊りにされた雑魚場レギン。しかしどうして、圧倒的な劣勢にあってなおもレギンは笑う。


「ケーケケケケケケ! 愚かなり月脚! 逆さ吊りにして実力差を見せつけたかったのか? だがそれは悪手! 手など使うからそういうことになるのだ! この脚に魅せつけられる男たちの視線を見よッ!」


 彼女の言う通り、オープンカフェのオープンテラスに、どやどやとたむろしていたレギンの取り巻きの男どもは、どよめき色めき立っているではないか。

 天地逆転して脚も露わにぶら下げられた女子の魅力を、目を皿にして、余さず総じて受け止めているのだ。


「この注目の中であれば、行ける! 『脚光きゃっこう』!!」


 叫びとともにレギンの脚は光を発した。

 至近距離にて目眩ましを受けた月脚礼賛は、たまらずレギンを掴んでいた手を解き放つ。


「男の注目度が光を発する! これぞ『脚光きゃっこう』!」

「小癪な真似だな」

「言いたいように言うがいい。美脚をより鋭い武器とするための男も連れぬ女が、負け惜しみを! どうだ、我がギャラリーが羨ましいか?」

「……はっはっはっは……! 春夏冬はるなつふゆ二升五合にしょうごんごう

「なんだそりゃ? まじないか?」

「いいや、商売人のご高説ありがとうってこった」


 輝く雑魚場レギンの脚に、月脚礼賛の蹴りが放たれる。

 美しき脚同士が打ち合わされる時特有の、「キン」というあの金属音が響き、女同士に火花が散った。


「そんなグレーのナマクラで、わたしの斬撃を受けきれるか? 脚ごと撫で斬るぞ、レギンスの女」

「我が脚はもとより切った張ったの戦い向けの装甲ではない! フットネイルが貴様を刺し貫くのだ! 『刺脚しきゃく』! 『刺脚しきゃく』!! ケーケケケケ!」


 さながらフェンシングのように、凝ったネイルの爪先を、続けざまに繰り出すレギン。

 針のごとく尖るその爪先を、透け感バッチリの黒のシアータイツにて蹴散らす、月脚礼賛。

 礼賛の脚の動きは、瞬時にして華麗にして暴力にして扇情!

 いつのまにやらレギンの足首は、薄黒ストのふくらはぎに絡め取られ、切っ先を完全に封じられていた。


「バカな!? 我が『刺脚しきゃく』を……受け止めただとッ!?」

「レギンス女、忠告してやろう。お前、足元がお留守なのさ」


 礼賛による、薄黒の軌跡を残した回転蹴りによって、雑魚場レギンはカフェの外へと追い返された。

 かつてレギンを囲んでいた男たちも、『剣脚けんきゃく』に対し恐る恐る、散り散りと去っていく。

 服切り裂かれ戦い敗れた雑魚場レギンは、最後に「バカなーッ……!?」と一言残して、気を失った。

 『K.O.』! 勝負は決した!


「安心しろ、峰打ちだ。それと、お前。リアクションの語彙が少ないぞ」


 ――さて、レギンスと薄黒ストの対決が終結したオープンカフェから視点移り、ここは何処か。

 ここは、そう、『脚長町あしながまち』の町長室!

 呵々大笑の中年男がいる。それは、そう、町長!


「ぐうーぬはははははあぁ! 聞け、民よ! 男女平等の行き着いた先、これが今、世界を巻き込む大いなる戦の本質よ!」


 この者、名を、『歯牙直哉我しが なおやが』と言う!


「かつてこの国で女が! 飯を炊く権利と、子供を育み情を注ぐ権利と、家族の財政を全て、掌握し! 男が働き家を支え、大黒柱と呼ばれたように! 適材適所! 分業による権利の等しき分割が産む平等! それが再び此処にある」


 歯牙町長は、自らの思想と政治理念を高らかに語った。

 これは政見放送である。公共の電波やインターネット放送、その他のミラー配信の実況やコメント弾幕に乗せ、歯牙町長の言葉はあまねく響きわたっていたのだった。

 そして視点は再び、ウインドーガラス破れ乱雑な店内と化した、オープンカフェへと舞い戻る。


「にしても、目の付け所がいいじゃないか。おかげで楽をしたぞ」


 そう言って月脚礼賛がねめつけたのは、店内の端のテーブル。

 そこにはキャラメルマキアートのストローを口にくわえ、ぽかんと佇む少年の姿があった。


「ハア? オレに話しかけてんのかよアンタ!?」

「他に客はいない。あるのはお前が見つめる、このきゃくだけよ」

「誰がンなもん見つめてんだよ、オバハン!」

「お前だ、小僧」

「小僧って言うんじゃねえよオバハン」

「わたしの名は月脚礼賛だ。お前も名乗れ、小僧」

「オレの名前?」


 この者、名を、『果轟丸はて ごうまる』と言う!


「オレは、果。果轟丸」

「ゴーマルか、悪くない名だ」

「あんたは変な名前だな、礼賛オバハン」

「礼賛オバハンなどとおかしな呼び方をするな、ゴーマル。熟女好きのマニアックなガキみたいだぞ」

「マニアックじゃねえ!」

「確かに、お前は至極真っ当だ。見とれるべき脚にしっかり見とれている」

「だから! さっきからおかしな事ばかり言ってるんじゃねーよ! 見るとか見ないとか!」

「やれやれ。子供を懐柔するには甘いモノが必要なようだな。マスター、あの小僧にもう一杯、甘々のマキアートをくれてやってくれ」


 その手に飲料水のペットボトルを一本持ちすっくと立つ、オープンカフェのマスター。

 ところがふと気づくと、カウンター越しのこのマスター、実に筋骨隆々にして図体デカし。

 よくよく見ればその手に握るペットボトルは500ミリではない、ウォーターサーバーに使用される20リットルではないか。その質量、実に40倍。

 スイングされたペットボトルは飛沫を巻き上げ月脚礼賛を吹き飛ばし、彼女をカフェの外へと叩きだした!


 カフェより飛び出た礼賛のもとに一歩脚を踏み入れ、転げた剣脚けんきゃくの顔をまたぐは、制服姿の少女。

 ひらりと散る銀杏の葉が制服少女の足に落ち、スカートより垣間見える漆黒の布地を、嫌が応にも映えさせた。

 次回、剣脚商売。

 対戦者、黒タイツ眼鏡女子高生。

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