12 王城攻防戦(前編)

 王都へと到着した私たち救援部隊は、その惨状を目の辺りにし、衝撃を受けていました。

 至る所から火の手が上がっており、パッ見渡すだけでも、いくつも崩れた建物の姿が目に入ります。

 学園都市も大概でしたが、ここはそれ以上のようです。


「これは酷いですね......」


 眼鏡の位置を指で正しながら、メイナード先生がそう呟きます。

 そこに先行して偵察にいってた教師の方が、メイナード先生の傍へと降り立ちました。


「報告します。王都警備隊の本部は目下、壊滅状態。大隊長以下の指揮官級の人員は、いずれも死亡または行方不明とのことです。その為、指揮を執るものがおらず、混乱が続いている模様です」


「......成程、報せは本当でしたか。警備隊の助けが得られないのは、厳しいですね。王城の方の情報は、何か手に入りましたか?」


「はい。どうも強力かつ特殊な結界が、王城一帯に張られたようで、中へと入ること自体は可能なようですが、外への脱出が阻害されているらしく、現在は内部の情報が全く得られない状況だそうです」


「......王城内では果たして何が起きているのやら。......彼女が守ってる以上、王族の方々はまだ無事だと信じたいですが......。これ以上は、実際に行ってみるしかないでしょうね」


 メイナード先生が一人一人の表情を確認するように、ゆっくりと首を左右に動かします。


「部隊を二つに分けます。ブルーノ先生、あなたには、警備隊の方への応援をお願いします。警備隊の生き残りを取り纏め、王都の治安維持に全力を注いで下さい」


「......いいだろう。任せ給え」


 ブルーノ先生が、巌のような顔を縦に震わせます。


「学生たちはブルーノ先生の指示に従って下さい。残りの先生方は、私と共に、王城内へと向かいます。優先目標は第一が王族の保護、第二が奪われた八星武器アハトシュテルンの奪還です」


「メイナード先生。お願いです、私も連れて行ってください」


 何故でしょう。気が付けば私は、そんな言葉を口にしていました。

 王城組の方が、間違いなく命の危険は大きいに違いありません。

 にも関わらず、どうしてわざわざ危険な道を選ぶのかと。


 目的は、ユーディットの仇討ちか、というとそれも違います。

 私のカンは、仇は王城にはいない、そう告げています。

 ですが同時に、王城へと向かわなければならない、不思議とそんな確信めいた何かを覚えています。


「......ふむ。足手まといになれば見捨てます。その覚悟があるのなら」


 何かを図るような目つきで、私を暫く見つめた後、どうにか許しを与えてくれました。


「覚悟は十二分にあるつもりです。お許し頂き、ありがとうございます」


 確かに死ぬのは怖いのですが、ここで困難な道を選ぶことで、私はより高みへと行ける。

 そう思うだけで、不思議なもので恐怖はあっさりと無視できます。


「わ、わたくしも行きますわ!いえ、連れて行ってください!」


 そんなことを考えていると、隣にいたアーデルハイトが、そう叫ぶのが聞こえてきました。

 その碧の瞳からは涙がこぼれ、全身の震えを必死に押さえつけようと、血が滲む程に拳を握りしめています。

 そんな彼女の姿は、見ているだけで、ただ痛ましいばかりです。


「やめておきなさい。そんな状態では、死にに行くようなものです」


「それでもっ。それでも行かなければ......ならないのです。わたくしはユーディットに......」


 最後の方は、言葉になっていませんでしたが、彼女がユーディットの死に責任を感じていることだけは、痛いほど伝わってきます。


「メイナード先生。私が彼女をフォローするので、どうか御許可を頂けませんか?」


 ......何を血迷ったのか、思わずそんな言葉を口にしていました。


 私自身が足手まといになる可能性の方が高いにも関わらず、不遜な発言だと我ながら思います。

 ......ですが、大事な友人の為ならば、多少の我儘は仕方ないでしょう、きっと。


「やれやれ、こうして問答をしている時間も惜しいですし、許可は出しますが、最初の言葉通り、足手まといになれば見捨てます。......二人とも、分かりましたね」


「「はい!」」


「では出発します。罠の危険がありますので、極力、私の足跡をなぞるようにして付いて来て下さい」


 ◆◆◆


 メイナード先生の先導の元、私達救援部隊一行は、王城へと辿り着きます。


 王城一帯に張られているという結界は、事前の報告通り、何の障害もなくあっさりと超えることが出来ました。


「何も見えませんね......」


 ただ内側に入って分かったのですが、結界の外の景色が黒い膜のようなもので遮られています。

 どうやら内部から外部へ出ていく一切を、その結界が遮断しているようです。


 先生方が、結界へと魔法で攻撃を仕掛けますが、どれも吸い込まれるように消えていきます。


「......魔法具による通信もダメですね。正攻法での解除には時間が足りません。ここは手っ取り早く術者を倒す方向に、全力を尽くすべきでしょう」


 どうやらこの結界は、閉じ込めることに特化した、非常に厄介なモノのようです。


 ですがどの道、このような事態を引き起こした以上、下手人は倒すか捕える必要があります。

 目的が定まった分、事態が分かりやすくなったので、ここは前向きに良しとしておきましょうか。


 一行は城門を抜け、いよいよ王城内部へと侵入しました。

 ここまで妨害らしい妨害はありません。今の所、敵味方問わず、誰とも出会いません。


 もっともそれは生きている人間に限った話です。

 王城内の通路を抜けていく中で、何度も人の死体が目に入ります。

 鎧を纏った騎士、メイド服姿の女性など、その種類は様々ですが、共通するのは、どれも血を抜き取られたような跡があることです。


「全員、止まって下さい!」


 小声ながらも強い口調でメイナード先生が、待ったをかけます。


「この先はいよいよ玉座の間です。敵が待ち受けていますので、覚悟を決めて下さい」


 その言葉に私も遅ればせながら風属性の魔法で、先の様子を探ります。

 部屋の奥の方に10名程が固まっています。そこから少し離れてバラバラに取り囲む形で30人程います。

 どちらの集団もあまり動いていないことから、現在なんらかの理由で膠着状態に陥っていると推測できます。


「先陣は私が切りますので、皆さんはその後に続いて下さい」


 メイナード先生が、いくつもの防御魔法を次々と展開していきます。

 赤、青、緑、白......何種類もの魔力光が瞬き、弾け合い、幻想的な姿が描き出されます。

 ......以前、アーデルハイトが、私との試合で使った防御魔法の重ね掛けと、似てはいますが、扱われている魔力の量や、その緻密さは比べものにもなりません。

 さすがはメイナード先生と言ったとこでしょう。只々凄いの一言ですね。


「はぁぁ!!」


 周囲に旋風が吹き荒れ、メイナード先生が一気に加速します。

 ......私も後れを取ってはいけませんね。

 私も魔法による防御をいくつか掛けた後、すぐさま先生の後を追いました。


 広間へと到着すると、奥の方で扇状に陣取っている黒ずくめの男たちの姿が見えます。

 各々武器を構えて、何かを待っている様子です。


 ......どうやらあれが私たちの倒すべき敵のようですね。


 男たちの囲った先には、純白の甲冑を全身に纏った騎士が、立ち塞がるように蒼く輝く巨大な盾を掲げています。

 その更に後方に、幾人かの人影が見えます。

 ......情報から判断すれば、恐らく王族方を守っているのでしょう。


 純白の騎士が、こちらの存在に気付き、声を上げます。


「メイナード先生!?......助けに来てくれたのですか!」


「陛下は......御無事のようですね。......宮廷魔導師たちはどこに?」


 その言葉に、一瞬、逡巡しゅんじゅんする姿を見せます。


「......彼らは、あの・・宝物庫の警護に回っています」


「成程......。ラウラ、良く頑張りましたね。後もう少しだけ耐えて下さい。すぐに助け出しますから」


「はい......。お願いします、先生......」


 あれが、近衛のラウラ・ヴォーヴェライト団長ですか。

 彼女は、王国の若手魔導師の中でも、5本の指に入る程有名な方です。

 エトワール魔法学園において主席という輝かしい成績で卒業。その後、近衛騎士団へと入団すると、その才覚をもって、近衛騎士団・副団長という大役まで瞬く間に上り詰めます。

 その異例ともいえる、早い出世の陰には、公爵家出身という高貴な身分の後押しもあったようですが、それでも彼女の実力を疑う余地はありません。

 そして、去年あったとある事件によって空席となった近衛騎士団・団長の座に、就いたのが彼女という訳です。


 ......となるとその手に持つ蒼い大盾が、先の近衛騎士団・団長から受け継いだ八星神器アハトシュテルンの一つ、"アイギスエーイス"ですね。


 それを示すように、彼女たちを覆う形で、半球状の透明な結界が張られており、敵の接近を防いでいます。

 あの結界は"絶対遮断結界アブソリュートサンクトゥム"といい、"アイギスエーイス"の持つ能力によって作られたものです。

 その効果は絶大で、ありと物理・魔法問わずありとあらゆる攻撃をシャットアウトします。

 ただ、内部からの攻撃をもシャットアウトしてしまうという重大な欠点があります。

 にも関わらず、その能力の使用に至ったのは、そこまで追い詰められたからなのでしょう。


 事実、部屋のあちこちに、近衛騎士と思われる人の死体が転がっており、王族の護衛に残っているのはラウラ団長ただ一人のみ。

 どうやら私達は、かなりギリギリのタイミングでの到着だったようですね。


 しかし、余り安心してばかりもいられません。

 敵も馬鹿ではありませんので、結界へ閉じこもったラウラ団長たちを無視して、こちらへと攻撃を仕掛けてきます。


「異端者よ、裁きを受けよ!」


 一人突出していたメイナード先生が魔法による集中砲火を受けます。


「甘いですよ!」


 しかし、学園最強の呼び名は、伊達ではありません。

 全ての攻撃を躱し、往なし、魔法によって迎撃し、更には反撃を加えていました。

 それはまるで見ているものを魅了する、華麗なる舞踏のようでした。


「マクスウェル教授をやらせるな!」


 メイナード先生に敵の注意が向かった隙を突き、後方にいた他の先生方が、一斉に攻撃を開始します。

 結果として奇襲を受けた形となり、敵はその数をあっさりと減らしていきます。


「成程、今度の異端者は少しは骨があるようですね」


 声のする方へと振り向くと、どこに隠れていたのか、一際異彩を放つ男が現れます。

 黒ローブ姿というのは他の者たちと共通なのですが、その全身の至る所に、悪趣味とも言える金ぴかな装飾が施されており、一目で集団の長だと分かります。


 その男が、スッと手を横に掲げると、黒ローブ達は無言のまま、後ろへと下がっていきます。


「あなたがこの騒ぎの元凶ですか?」


 メイナード先生が、誰何の声を上げます。


「ええ、その通りですよ。......我が名は、クロト。宗教組織"セブンズベトレイヤー"の長を務めております。......しかし、元凶呼ばわりとは少々言葉が悪いですね。我らは、ただ正義を為しているだけだというのに」


「......それであなた方は一体、何が目的なのですか?」


「やれやれ、噂に聞く"審判下す雷帝インクイジター"も案外短気なことだ。もう少し、会話を楽しむということを知るべきですよ。......ですがまあ、いいでしょう。答えて差し上げます。......我らは皆、罪人なのです」


「罪人?......それがこの騒動とどう関係があるのです?」


 そう聞きながらも一瞬、メイナード先生の視線が横に逸れました。


「我らはかつて、悪神によって誑かされ、偉大なる我らが七大神・・・に対し、背信の罪を犯しました。しかし七大神は、その罪を寛大なる御心によってお許しになられた。そうして我らは、正道へと導かれ、救われたのです」


「......意味が分かりませんね。それがどうして王城襲撃などという重大事を引き起こす事に繋がるのですか?」


「許されたとはいえ、我らが犯した、かつての罪が消えたわけではありません。故に我らは罪を雪ぐ為、より罪深き者の血。そう、この国の異端者たちの生き血を、神へと捧げるべく行動しているのです」


「その為に、王城の人々から血を奪ったと?」


「そう!その通りです!この国は、あの凶神によって建てられた、悪しき王国の流れを汲んでいる!ならばこそ!この国の存在そのものが罪なのです!!」


 何が琴線に触れたのか、クロトが突然、狂乱したように捲し立てるように叫び出します。

 ハァハァと荒い息遣いが、こちらまで聞こえてきます。 


「故に、七大神に受けた恩も忘れ、この国でのうのう暮らしている異端者共。その全ての血を欲しているのですよ!......そして、その手始めが、悪しき王族の血なのです」


 声のトーンが上がったり下がったりで、とても不安定です。

 何か得体の知れない気持ち悪さを感じます。


「成程、やはり狂信者とは、会話が成り立ちませんね。......ですが、時間は十分稼がせて頂きました。やりなさい!」


 魔力光の発散を抑えた状態で、隠密に魔法を構築していた先生方が、ここぞとばかりに一斉に魔法を放ちます。


 ......卑怯だと言われるかもしれませんが、こんな状況で呑気に会話をしている方が悪いのです。

 いくつもの魔法が、セブンスベトレイヤーと名乗る集団へと炸裂しました。


「やれやれ。やはり、大罪人とは、愚か者ばかりの集まりなのですね」


 先程の必死とも言える表情が、まるで演技だったと思える程に、急に冷淡な声色へと変化します。


「......余裕ぶっても無駄ですよ。残るはあなただけです」


「ははっ、果たしてそうでしょうか?」


「メイナード先生!気を付けて下さい!奴は神器をっ!」


 ラウラ団長が警告を発しますが、少し遅かったようです。

 クロトは余裕の表情を見せながら、ローブの下から杖を取り出します。

 変わった形状の、まるで水のように澄み切った、透明な杖です。

 ......美しい杖ですが、何故だか私には、その姿が悲し気に見えました。


「そこの異端者の言う通り、これは神器ですよ。銘は"ケリュケイオン・ヴァッサ"。偉大なる七大神が一柱、"エルマーレ"が用いたとされる、七星神器ズィーベンシュテルンです」


 そんな口上を垂れながら、クロトが杖を振るいます。


「敬虔なる神の僕たちよ、神敵を打ち倒すべく、その身を奮わせよ!」


 横たわるセブンズベトレイヤーの構成員達へと、七色に揺らめく光が降り注ぎます。


 その効果は、劇的と言っていいものでした。

 降り注ぐ光によって、倒れた彼らの傷がまるで逆再生でもしたかのように、見る見るうちに塞がっていきます。


 これは恐らく"ケリュケイオン・ヴァッサ"の持つ能力の一つ、"極光治癒オーロラヒーリング"ですね。

 確か、死以外のあらゆる致命傷を癒すと言われている、特級の治癒能力だったと記憶しています。


 半死体だった者が一人、また一人と起き上がっていく様は、まるでゾンビのようで、ちょっと怖いですね。


「まさか"ケリュケイオン・ヴァッサ"に認められているとは.....」


 八星神器アハトシュテルンは、どれも強力な能力を保有していますが、それ故に使用者を選びます。


 特に"ケリュケイオン・ヴァッサ"は使用者を選り好みすることで有名で、現在では扱える者もおらず、王城の宝物庫で眠っていたのです。

 そんな気難しい神器がまさか、テロリストなんかを使用者に選ぶとは思いもよりませんでした。


 しかし想定外の出来事であるとはいえ、私達はちゃんと考慮しておくべきだったのでしょう。

 盗まれたと報告があった時点で、敵に利用される危険があるということを。


「......いい加減、些事は終わらせなければなりませんね」


 言いながらクロトが視線を、部屋の奥へと向けます。

 その視線の先には、盾を構えたラウラ団長の姿があります。


「健気にも異端者が、神器で防御結界を張っていますが、それももう限界でしょう」


 ラウラ団長が、"絶対遮断結界アブソリュートサンクトゥム"を使い、王族を守っています。

 おかげで、王族はまだ無事なようですが、それもいつまで持つのか。

 ラウラ団長の疲れた様子を見るに、限界が近いのはまず間違いないでしょう。


「......そこの連中はもはや時間の問題です。なので、後はあなた方を始末すれば、我々の目的は達成したも同然。ですのでそろそろ終わりにしましょうか」


 クロトの指示により、復活したセブンズベトレイヤーの構成員達が、再び襲い掛かってきます。


「各員、相手を倒す際は、必ず頭を潰すようにして下さい!......これ以上の敵の復活は、阻止しなければなりません!」


「ははは、無駄ですよ。知っていますか?人間というものは、そう簡単には死なない、いえ死ねないのです。例え、頭を潰されようが、全身を灰にされようが、魂がその場にある限り、即座に完全な死が訪れることはないのです!」


 先生たちの必死の攻撃により、相手は次々と倒れていきますが、その度に"極光治癒オーロラヒーリング"によって復活します。

 頭を潰されようが、心臓を貫かれようがお構いなしです。

 どうやらクロトの言っていることは、残念ながら本当のようですね。

 少々その内容には興味がありますが、今はそれを呑気に尋ねている状況ではありません。


 しかし、これではキリがないですね。

 メイナード先生もそう感じたのか、目標変更の指示を下します。


「優先目標をクロトに変更。この際、神器ごと潰しても構いません。責任は私が取ります!」


「「了解!」」


「甘いですね。ケリュケイオン・ヴァッサが癒すだけしか、能が無いとでも思いましたか。......見なさい七星神器ズィーベンシュテルンの真なる力を!」


 クロトが手にした杖を高く掲げます。


疾風波濤デリュージュ


 掲げられた杖の先から大量の水が一気に溢れ出てきます。


 一塊となったそれらが、大きなうねりと化します。

 水が竜となったがごとく部屋中を縦横無尽に駆け巡り、先生方を襲います。


 治癒能力だけでも手に負えないのに、このような能力まであるとは。

 神器の力とは、かくも恐ろしいものなのですね......。


妖精治癒フェアリーヒーリング


 水流によって押し流されて負傷を負った先生方を、暖かな光が包み込みます。

 後方に控えていたアーデルハイトが、治癒魔法を使ったようです。


 ......私にも治癒魔法が使えれば良かったのですが、無いモノねだりはいけませんね。

 今私に出来ることを、地道にやりましょう。


「神器の持つ力が一つだけだと、思いましたか?......残念ながら、所詮あなた方のような異端者では、七星神器ズィーベンシュテルンの真理には迫ることは出来ません。我らのように信仰厚き者でなければ、その秘めたる力を引き出すことは叶わないのです」


 自身が崇める七大神への信仰の厚さを誇るかのように、クロトが胸を張ります。


「全く狂信者という連中は手に負えませんね。......仕方がありません。あまり気は進みませんが、あれを使うとしましょう」


 対するメイナード先生は、どこから取り出したのか、先ほどまで使っていたはずの杖とは明らかに形状の異なった、翼の生えた杖を手にしていました。

 その杖は、姿形は全然別物ですが、どうもクロトが持つケリュケイオン・ヴァッサと、良く似た雰囲気を持っているように感じられます。


「行きますよ!救世天雷ゼウスエクスマキーナ!」


 敵の頭上に、いくつもの雷球が召喚されます。その数、なんと50を超えています。


 召喚から一拍の時を経た後、雷球一つ一つから、雷光が敵へと向かって次々とほとばります。

 部屋中を、雷光が所狭しと駆け巡り、敵が次々とその奔流に呑み込まれていきます。


 うっ。巻き込まれそうで、ちょっと怖いです。

 メイナード先生ならば、ちゃんとコントロールはしてるはずなので、大丈夫なんでしょうけど。


 雷光が一頻ひとしきり蹂躙を終えた後、残った敵は再びクロトだけとなりました。

 そのクロトも無傷とはいかなかったらしく、黒いローブがボロボロに破け、肌がそこかしこから露出している有様です。


「貴様!......その杖からは、七星神器ズィーベンシュテルンに匹敵する程の魔力を感じるぞ!一体何だそれは!」


 ですがそんな自身の惨状すら気にならない程に、クロトは再び興奮状態に陥っていました。


「この杖の銘は、"ケラウノス・トネール"。まあ、平たく言えば神器の一つという事になるのですかね」


「ふざけるな!そんな名の神器など存在しない!」


「私に文句を言われましても......。ある方からの頂き物ですし......」


「ふざけるな!神器は、この世にただ七星神器ズィーベンシュテルンがあるのみ!他の神器の存在など認めぬわ!」


「......ずっと気になっていたのですが、どうしてズィーベンなのですか?神器は元々、アハトあるのものでしょう?」


 そんな疑問をメイナード先生が口にします。

 確かに、それは私も気になってはいました。


 八大神が使っていたモノなのですから、当然のことながら、神器もそれに合わせて8つ存在します。

 だからこそ、八星神器アハトシュテルンと呼ばれているのですが......。


「ふん!悪神が使いし道具ガラクタに、神器を名乗ることなど許されないのだよ!」


 悪神......ですか。

 話の流れから察するに、どうも八大神のどなたかに何か、思うところでもあるようですね。

 ですが、そんな事は、今はどうでもいい話ですね。


「そうですか。まあ話はこれくらいでお仕舞にして、そろそろ決着を付けましょう」


 メイナード先生もまた、これ以上、狂信者の戯言に付き合っていられないと思ったのか、クロトとの会話を切り上げて、大掛かりな魔法を構築し始めます。

 その余波で、紫に輝く魔力が先生の周囲をバチバチと迸っています。


「いいでしょう!偽物が本物に叶わない事を教えて差し上げます!」


 それに対抗するようにクロトの周りにも水飛沫が舞い上がります。

 どうやら互いに、強力な魔法で勝負を掛けるようです。


「では行きますよ。雷光奔流ライトニングトーレント!」


「偉大なる水の女神"エルマーレ"の御力を、その目で見届けるがいい!受けよ!疾風波濤デリュージュ!」


 2人から放たれた、雷光の奔流と、水の波濤、その二つの大きな力が激突します。

 それは一瞬の間だけ均衡を見せましたが、すぐに天秤は傾きます。

 雷光の圧力が、水の波濤を弾き飛ばすように、徐々に押していきます。


「ぐはぁぁ!」


 魔法の競り合いに敗れたクロトの身体が、その衝撃で大きく吹き飛ばされます。


 しかし、ここで不幸な出来事が起きます。


「きゃあっ」


 飛ばされたクロトはどういう偶然か、後方にいたはずのアーデルハイトの背後へと落下します。

 クロトはもはや全身ボロボロにも関わらず、すぐ起き上がると、素早くアーデルハイトへと組みつきます。


審判下す雷帝インクイジター!この娘の命がどうなってもいいのかっ!」


 アーデルハイトが、クロトによって捕らわれ、人質とされてしまいました。


 これはちょっとマズイ事態になってきましたね。

 それそろ、私も動かざるを得ないようです。

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