10 現状と把握

 メイナード先生を中心とした学園の教師達の活躍によって、学園都市を襲撃した黒ずくめの集団を撃退することに成功しました。

 微力ながら、私もそのお手伝いをさせて頂きました。


 しかし、残念なことに全くの無事という訳には行きませんでした。

 今回の一件で犠牲になった人達が何人もいて、その中にはユーディットの存在がありました。

 メイナード先生からそれを知らされた私は、すぐさま遺体の安置所となっていた建物へと向かいます。


「ユーディット......」


 彼女の遺体は、傷一つ見当たらない至って綺麗なものでした。

 これで死んでいると言われても、ちょっと信じ難いです。


「......でももう死んでいるんですよね」

「......ええ。死者は生き返りません」


 治癒魔法は、術者の力量に大きく左右されるものの、時間さえ掛ければ、どのような傷でも癒すことが可能だと言われています。

 ただしその例外として、"死者の蘇生"があります。


 闘技場の保護結界による死の回避は、一見、"死者の蘇生"を為しているように思えますが、実際の所は死の直前に陥った対象を隔離し、同時に治癒魔法によって傷を癒す、現象としてはただそれだけの事に過ぎません。

 あれは決して、死体を蘇らせている訳では無いのです。


 これは、聞きかじった話に過ぎませんが、完全な死体からの蘇生は、理論の上では治癒魔法の延長線上の技術として可能だと言われているそうです。

 ただし今の所、ヒューマンやエルフなどといった人間種に対する成功例はまだ一つもないそうですが......。

 治癒魔法そのものが扱える者が数少ない為、また、実証実験を行うのが難しい分野の魔法である為、思うように研究が進んでいないそうです。

 ......私が治癒魔法を使えれば。今この時ばかりは、そう思わずにはいられませんでした。


 "落ちこぼれ"として、長い事、浮いていた私にとって彼女は、学園生活で初めて出来た友達です。

 ......蘇生が叶わないのならば、せめて仇を討ってあげるくらい、してあげないといけませんね。

 犯人は、アルドと名乗る銀色の大槍を持った大男だそうです。

 見つけたら、ただじゃ置きませんよ!


 ◆


 事態が落ち着いて来たことで、ある程度状況が見えてきました。

 どうやら黒ずくめの集団による魔法学園への襲撃は、計画的な犯行だった模様です。


 ここ学園都市エトワールだけでなく、隣接する迷宮都市ステラにも襲撃があったようで、現在、王都の周辺地域は混乱の坩堝るつぼと化しています。

 またその隙に乗じて、王都そのものへの襲撃があったらしく、事態は混迷の度合いを増していました。


「成程、王族の脱出は間に合わず、近衛と共に籠城中、と。......それで、どのくらい持ちそうですか?」


 メイナード先生が、先ほどから魔法具による通信で各地から情報を集めています。


「......何ですって?帝国が動いた?それは本当ですか?」


 漏れ聞こえてくる話を勘案するに、どうもきな臭い状況になっているようです。


 沈痛な表情で、通信を終えたメイナード先生が、現状について語ってくれました。


「どうやら事態は、一刻の猶予も許さなくなりつつあります......」


 眼鏡の位置を指で正しながら、冷静を装おうとしているようですが、その手が微かに震えています。


学園都市うちと迷宮都市への襲撃は、どうやら陽動だったようです。彼らの本当の狙いは、王城のようです」


 それからメイナード先生が語ってくれた話によると、王都アステリア内に突如として出現した黒ずくめの一団の奇襲を受け、王都の警備隊がその機能を喪失。王都を混乱の渦中へと陥れた後、その一団はそのまま王城へと侵攻したそうです。

 ハッキリとは分からないようですがどうも、一団の狙いは、国王の命のようです。現在、国王は、他の王族らと共に、近衛騎士達の手で守られながら、玉座の間で籠城中とのことです。


「陛下は御無事なのか?」


「王城の宮廷魔導師たちは、何をやっているんだ?」


 ここまで事の成り行きを聞いて、この場に集まっていた人達の一部が、騒めき始めます。


「......更に悪い知らせがあります。王城の宝物庫より八星神器アハトシュテルンの一つ"ケリュケイオン・ヴァッサ"が盗まれたそうです」


「なんとっ......」


「我が国の至宝が......」


 メイナード先生の言葉に、特に教師たちの間から、驚愕の声が聞こえてきます。


 八星神器アハトシュテルンとは、かつて古代王国の時代に、国王ナーミアが従えていたされる"八大神"が所持していたとされる、8種の魔法武具です。

 いずれも、特別かつ強大な力を持つとされますが、神器自身が使い手を選ぶ為、誰にでも扱えるものではないそうです。


 現在、正統王国には、盗まれた神器を含め、3つの八星神器アハトシュテルンが現存しています。

 残る神器は、"ガラティーン・フランメ"と"アイギス・エーイス"。

 "アイギス・エーイス"の使い手は、近衛騎士団のラウラ団長だったと記憶しています。

 守りに特化した神器で、強力な結界を展開する能力を持っているという話です。

 もう一つの"ガラティーン・フランメ"は確か......。


 いずれにせよ、八星神器アハトシュテルンが盗まれたとなれば一大事です。

 八星神器アハトシュテルンは単なる魔法武具ではなく、神々の遺産であり、同時に正統グランフォール王国が、古代王国の正統たる血脈であること主張する為の、大事なピースの一つです。

 それを失ったとなれば、各国からの批判の声は、まず避けられません。

 ......ましてそれが神聖帝国の手に渡りでもすれば、八星神器アハトシュテルンを既に2つ所持している神聖帝国に数の上でも逆転され、王国の権威は地に落ちてしまうでしょう。


「それだけではありません。帝国の大部隊が現在、国境付近に集結しつつあるという報告も受けています」


「まさか、帝国が!?」


「よりにもよって、こんな時にとは、なんという事だ!」


 メイナード先生の追撃の言葉で、場の騒めきが更に大きくなります。

 今度は、教師達だけではなく、生徒達の間からも動揺の声が上がっています。


「王都の混乱の隙を突いたような、この絶妙のタイミングでの帝国の行軍。一連の事件は、裏で繋がっていると考えるべきでしょう」


 確かにあまりにもタイミングが良すぎます。

 大規模な軍隊というモノは、そう易々と動かせるものではありません。

 仮に王都の混乱を、魔法具によって即座に伝えていたとしても、普通はもっと時間が掛かるはずです。事前の準備が無ければ、ですが。

 ......これを偶然と呼ぶのなら、大抵のことは偶然で済んでしまいますね。


「帝国が動員した軍は相当な数です。国境付近に駐留している部隊だけでは恐らく、対応できず突破されてしまうでしょう」


 勿論、近場の領軍などから、援軍は向かっているのでしょうが、それだけでは心許ないようです。


「事態を重くみた軍の上層部は、迷宮都市の冒険者ギルドに対して支援を要請しました。現在、在野の冒険者たちによって傭兵軍の編成が行われています」


 ただ、迷宮都市から帝国との国境までは距離がある為、まず援軍は間に合いません。

 それでもなお、わざわざ迷宮都市で兵を募るのは、恐らく国境際での防衛に失敗した際に備えてのことです。

 迷宮都市の冒険者たちは、大迷宮の攻略という大目標の元、日々魔物と戦う精鋭たちです。

 その練度は、戦争規模の集団戦においての連携の拙さを差し引いてもなお、王国軍の一般的な兵士の平均値を大きく上回ります。

 最悪、王国の領土内にある程度引き込んでから、彼らの手を借りて、一気に叩く算段のようです。

 国土を侵されれば、当然、人的にも経済的にも被害の度合いは一気に跳ね上がります。

 にも拘わらずそんな想定までしているとは、軍の上層部は、現状を相当深刻なモノだと捉えているようですね。


「上層部からの我々への要請は、王城へと残された王族の救援です」


 王都内の警備隊が機能していない今、王都近くで動ける戦力は、学園都市の教師陣と迷宮都市の冒険者たちです。

 冒険者たちが、帝国軍への対応に回るならば、教師陣が王都へと向かうべきでしょう。

 荒くれ者が多い冒険者よりも、教師陣の方が、少数精鋭での行動には向いているでしょうし。


「これより、王城への救援部隊の志願者を募ります。参加条件は、飛行フライは使える者に限ります。指揮はこの私、メイナード・マクスウェルが執ります」


 メイナード先生が、杖を高く掲げ上げ、皆を鼓舞するようにそう宣言します。

 チラホラと手が挙がっていますが、その数は予想以上に少ないですね。


 どうやらこの場にいる教師陣は半分程が参加するようですが、それでも全然数が足りません。

 というのも、学生からの志願者が非常に少ないのです。


 原因は、恐らく、大規模遠征のせいですね。

 丁度今の時期、3年生以上の生徒達の多くは、魔物との実戦経験を積むべく、半年ごとに行われている集団遠征に出かけています。

 授業の一環として行われる為、当然それには教師達も数多く同行しています。

 その為、現在の学園は1年のうち、最も人が少ない時期なのです。

 しかも、残っている学生も、2年生以下の生徒がほとんどであり、現時点で、飛行フライの魔法を会得した生徒となると、かなり限られます。

 そもそも魔法学園の生徒達は、生徒同士の試合以外に対人戦闘の経験が無い人たちばかりです。

 そんな彼らに、テロリストの手から王族を救助しろと言っても、まずもって無理な話でしょう。


 そんなことを考えながらも、私自身はというと、当然の如く救援部隊に志願しました。

 飛行フライの魔法は大分前に習得してから随分とその扱いは上達しました。

 実戦で使っても問題ないレベルだという自負があります。

 対人戦闘の経験という点も、同学年の他の生徒と比べれば、レイン先生に扱かれている分、大分マシだと思います。

 それにこういう、安全弁の存在しない危地へ赴くこともまた、私が成長する上できっと大事な事だと思えます。

 私は、こういう機会から逃げる自分では居たくありません。

 ......それに何よりユーディットの仇が、もしかしたらそこに居るかもしれない、そう思えば、参加しないという選択肢など、初めから有って無いようなものです。


 結局、30人程が集まり、救援部隊が結成されました。

 とはいえ、私含め半数以上は学生なので、あまり心許ない戦力ではあります。


「アーデルハイト......。無理はしないで下さいね」


「......ええ。わたくしなら大丈夫ですわ」


 参加する生徒の中には、アーデルハイトの姿もありました。

 あまりに酷い顔色だったので、私は止めたのですが、全く聞き入れてくれません。

 どうも彼女は、ユーディットの死に対し、責任を感じているようです。

 彼女に責任など無いとは思いますが、所詮それは私が客観視出来ているからに過ぎません。

 きっと私がアーデルハイトと同じ立場だったなら、きっと同じことを考えた気がしますから。

 なので、せめて友人として、なるべく彼女をフォローしてあげたいと思います。


 学生の参加者は、他に知っている所では、クロード君が参加していますね。

 それと彼の取り巻きの、えっと名前は忘れましたが、その彼も一緒です。

 ......彼も飛行フライの魔法を使えたんですね。

 少し見直しました。今度名前を聞いたら、ちゃんと覚えることにしましょう。


 そうしてメイナード先生を先頭として、救援部隊が学園都市を出発します。

 全員が飛行フライの魔法を発動し、大空へと飛び立ちます。

 こんな状況には、不釣り合いな雲一つない晴れた空です。


 王都アステリアへと向かう道中、これからの事に私は思いを馳せます。


 果たしてユーディットの仇は、そこにいるのでしょうか?

 相手は相当な実力者のようですが、果たして今の私の実力で勝てるのでしょうか。


 そんな風に若干好戦的な思考に身を委ねつつ、興奮を胸の内へと押し隠しながら、ただ空を翔けていきます。


 ◆◆◆


 一方その頃、王都近くのとある場所にて。


「ご苦労様。無事入手出来たみたいだね~」


「ったく。こんなもの何に使うってんだよ」


 そう言いながら、男はその手に持った宝玉を、目の前の少年に、ぞんざいな手つきで投げ渡す。


「これは特別製だからね~。もっちろん、使い道はいくつも用意してあるよっ。......ただね~、実際にどう活用するかは状況次第かな~」


 受け取った少年はというと、軽い口調でそう返答しながらも、視線を相手へと向けようとはしない。

 ただ受け取った宝玉を、ひたすら嘗め回すように観察しているだけだ。


「はんっ、まあどうでもいいさ。それよりも、折角の熱い戦いのチャンスを取り上げたんだ。代わりの相手は当然準備してくれてるんだろうな?」


「まあそう焦らないでよ。君にお誂え向きの、取って置きの相手を用意してるよ。だからもうちょっとの間、辛抱してくれると嬉しいな~」


「ちっ。わぁったよ。......期待してるぜ?」


 そんな会話が取り交わされていたが、今のエステルには勿論、知る由もなかった。

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