9R 襲撃、そして

 エステルが黒ずくめの集団と対峙していた頃、ユーディットもまた襲撃を受けていた。


 学園全体を揺るがすような崩壊音が、何度も鳴り響く。

 辺りからはいくつもの火の手が上がり、まだ昼間だというにも関わらず、空は赤く染まっていた。


「異端者たちに裁きの鉄槌を!」


「今こそ天罰を下せ!」


 熱狂的ともいえる叫びを上げながら、崩壊した建物の奥から黒ずくめの一団が現れる。

 男女の別も分からない20人程の集団だ。

 共通点と言えば、全員が黒一色のローブを身に着け、フードを被って顔を布で覆い隠していること、魔法媒体と思われる杖を所持していること、それくらいのものであり、イマイチ統一感を感じられない集団であった。


 突然の襲撃に、周りの生徒達は冷静さを失いつつある中、ユーディットは冷静に今の状況を俯瞰し、何かが変だと感じていた。


 この襲撃の目的は何だろうか?

 一見すれば魔法学園に対して破壊活動を行っているように見える。ならば学園の存在を危険視した他国の差し金か?

 あるいは、それは陽動で、実は学園に眠る研究資料の奪取か。

 それとも裏を突いて、学園にいる正統王国貴族の誰かを殺害するのが目的か。

 ......色々な可能性がユーディットの頭をよぎるがどれもしっくりと来ない。


 そもそも行動が余りにも派手すぎるのだ。

 学園の施設を破壊するだけなら、もっと静かにかつ一気に事を進めるべきだ。その方が当然、妨害の余地も少なくなる。

 こんな敷地の奥深くまで、これだけの人数を送り込めたのだ。やろうと思えば出来ただろう。

 では、狙いは研究資料か?

 それも違う気がする。大体、これだけ派手に火を付ければ、お目当ての資料ごとうっかり燃やしかねない。

 となると誰かの暗殺が目的なのか?いやそれはない。

 誰がこんな派手な暗殺を企てるというのか。


 ぐるぐると思考が頭の中を巡るが、あと少しのところで答えに辿り着けない。

 そんなもどかしい気持ちに、悶々とするユーディットをよそに、事態は進展を見せていた。


「なんだ貴様らは!」


 審判役を務めていた先生が生徒達を庇うように前へと進み出る。


「異端者どもに名乗る名はない!」


 だが、そんな言葉は一笑に付されて、先生へと攻撃魔法が放たれる。


「甘い!」


 とはいえ、先生もこの魔法学園で教鞭を執れる程の腕前の持ち主。

 あっさりと迎撃し、その勢いのまま攻勢へと出る。


「ぐあぁぁ!」


 一団の先頭にいた2名ほどが、その一撃であっさりと吹き飛ばされる。


 だが仲間がやられたにも関わらず、欠片も動揺を見せず、黒ずくめ達は、先生を包囲する陣形を取り始める。


「同胞たちよ!目の前の異端者を滅ぼせ!」


「はっ!」


 個々の実力においていくら優ってようと、多勢に無勢。

 あっという間に、先生は押し込まれてしまう。


 そして黒ずくめの一人が放った氷の矢が、先生への背中へと突き刺さらんとしたその時、


「ボクも事も忘れてもらっちゃ困るね!」


 ユーディットが先生の背中を庇うように、その前へと降り立つ。

 盾のように展開された炎の防御結界によって、氷の矢が霧散する。


「すまない。助かった」


「先生!僕たちも戦います!」


 ユーディットに釣られたのか、さっきまで守られているだけだった生徒達が、参戦を申し出てくる。

 これで彼我の人数差は、ほとんど無くなった。


 状況の好転に皆が、安心感を覚えたその矢先の出来事だった。

 悲劇が無情にも訪れる。


 黒ずくめの一団の後方から、一人の男が、前へと進み出てくる。

 その男は、被っていたフードを脱ぎ捨てると、相手を食らうような獰猛な笑みを見せつけてくる。


 恐らく30代前後だろうか、厳つい顔立ちに加え獣のような鋭い眼光の持ち主で、気が弱い者ならば目の前に立つだけで、思わず後ずさりしてしまう程の威圧感がある。

 体格も2m近い身長に、如何にも筋肉の鎧を纏っています、と主張しているような体躯の良さだ。

 また存在感を主張しているのはその男本人だけではなく、手に持つ装飾に彩られた銀色の大槍ランスもまた、特徴的だ。

 5mを超える巨大さを誇り、その柄全体にいくつもの精微な刻印が刻まれているのが見て取れる。

 一目見るだけで、相当な逸品なのだと分かる。


 集団の先頭に立った男は、おもむろに手に持った大槍を構える。

 その動作が余りに自然だったため、皆それをただ黙って見ていただけだった。

 そして、それが命取りとなった。


「はっ!」


 辺りに一筋の風が走った。

 男の手の中にあったはずの槍が、いつの間にか忽然と姿を消していた。


 何が起きたのか理解出来ずに、ユーディットは周囲を見回す。


「えっ!?」


 そこには、上半身を吹き飛ばされた先生の姿があった。

 残った下半身の上側から、勢い良く血が噴き出している。


「いやぁぁぁぁ!!」


 遅れて、その惨劇を目の当たりにした女子生徒達の悲鳴が響いてくる。


「おいおい、うるせぇよ」


 言葉とは裏腹にご機嫌な様子で、男が片手で大槍を弄んでいた。

 いつの間に回収したのか、ユーディットには見当もつかなかったが、ただ一つ分かったのは、その槍が血で赤く染まっているということだけだった。


「さぁて、餓鬼共、ちょっと俺と遊ぼうじゃねぇか」


 男は、口の端を吊り上げながら、更に前へと進み出て、今度は生徒たちの方へと大槍の切っ先を向ける。


「落ち着いて闘技場内へと退避するんだ!そこなら安全だ!」


 先生の死という現実に狂乱寸前の生徒達。

 そんな彼らを宥めるように、上級生の一人が指示を飛ばす。

 その言葉を受け、動きを止めていた生徒たちは、フラフラと闘技場の内側へと向かう。


「ふん。馬鹿が......」


 無視されたのが気に食わなかったのか、男が再び手に持つ大槍を投擲した。

 ユーディットは今度こそ、その瞬間を見逃さなかった。


 大槍は、奇妙な軌道を描きつつも物凄い速度で飛翔し、上級生へと突き刺さる。


「ぐはぁっ......」


 立ったまま腹に大穴を開けた上級生は、その口から盛大に血を吐き出した後、フラフラと揺れて、やがてバタンと倒れた。


 しかし、上級生は既に闘技場内に入っていたので、保護結界の力によって復活するはず。

 ユーディットはそう信じて、彼の様子を見守っていた。


 だが、いくら待っていても穴が開いたその肉体が動き出す気配はなく、血だまりの上で微動だにすることなく横たわり続けていた。


「そ、そんな......」


「う、うそ......」


 やがてそれを察した生徒たちから、絶望に満ちた声が上がってくる。

 安全圏だったはずの、闘技場内で人が死んだ。

 理由は分からないが、保護結界が機能していないのだ。


 これは危険な兆候である。このままだとこの場は大混乱に陥り、収集が付かなくなる。

 そう判断したユーディットは、生徒たちにわざと急かすように大声で指示を出す。


「皆、落ち着くんだ!全員杖を構えて、防御魔法を使って!さあ急いで!」


「ふんっ、次の獲物はお前か」


 いつの間に回収したのか、男の手の中には大槍が戻っている。

 全身に悪寒が走るのを感じたユーディットは急いで魔法を発動する。


 間をおかず、男が再度大槍を投擲するのが見えた。

 大槍は、再び何かに惑うような軌道を一瞬描いた後、一直線にユーディットの元へと飛んでくる。


 先程と同じ出来事を繰り返すし再生するように、大槍がユーディットの身体に大きな風穴を空けた。

 生徒達は、この短期間で繰り返される惨劇の数々にただ息を呑むことしか出来ないでいた。


「むっ」


 だが、ここで不思議な現象が起こった。

 大槍の直撃を食らい、空いたはずの傷口からは血が一滴も流れ出ておらず、かと思えばそのままユーディットの姿がゆっくりとブレながら消えていく。


 どうやら槍が貫いたのは魔法で作られたダミーだったらしい。

 ユーディットが直前に発動した幻影擬体ミラージュデコイにより生み出されたものだ。


 そして、本物はというと、その隙に、上空へと飛翔していた。


火炎奔流バーンストリーム!」


 ユーディットが手に持つレイピアの先から、炎の渦がほとばしる。

 うねりをあげながら、火炎の奔流となって男を襲う。

 だが上空からの奇襲にも関わらず、男の表情には動揺の色は全く見られない。


「はぁあぁ!」


 大槍の一振りで、ユーディットの渾身の一撃はあっさりと掻き消されてしまう。


「成程な。必中は必中だが、フェイク相手でも命中したって扱われるわけか。大層な代物の割に、使えねぇなぁ」


 大槍を玩具おもちゃのように弄びながら、男が呟く。

 やがて視線がゆっくりとユーディットの方へと向けられた。


「......それで嬢ちゃん。名前は?」


「月並みなセリフだけど、人に名前を尋ねるなら、先に自分が名乗りなよ」


 男の放つ威圧感に負けないようにか、常ならぬ強い口調でそう返すユーディット。


「ははっ、確かに違いねぇ。そうだな......俺の名は、アルド。アルド・マージだ」


「おいっ!」


 アルドと名乗った男の言葉に、黒ずくめの集団は明らかな動揺を見せる。


「なに、いいじゃねぇか。大体、手を貸してやってはいるが、別にお前らの仲間になった訳じゃねぇしな。お前らがこそこそとするのは勝手だが、俺は俺で好きにやらせてもらうぜ」


「だがっ......」


 反論を許さない強い断言に、黒ずくめたちは何かを口ごもるが、結局は押し黙る。


「んで、嬢ちゃんの名前は?......こっちはちゃんと名乗ったんだから、教えてくれよ」


「......やれやれ。分かったよ。ボクの名は、ユーディット。......あまり気安くは呼ばないでくれると助かるよ」


「ユーディット、ね。覚えたぜ」


 アルドがいい事を聞いたとばかりに、破顔する。

 顔つきの割に幼く純粋な表情に思わず、ユーディットは毒気を抜かれてしまう。


「覚えてくれなくて結構だよ。まったく......」


「そうつれないこと言うなよ。ユーディット」


「だから気安く呼ぶなと言ってるのに......」


「さてと無駄話も悪かぁないが、そろそろ仕事に戻らないとな。......その前にだ。悪いことは言わねえ。ユーディット、武器を捨てて投降しな。そうすればお前だけは助けてやるよ」


 何を思ったのか、アルドが突然そんなことを言い出す。

 不思議なことに、その口調から、悪意は微塵にも感じられない。


「何を勝手なことを!異端者は全て滅するのみ!」


「ああん?」


 黒ずくめの一人が、アルドへとそう文句を言うが、僅か一睨みで黙らされてしまう。


「......ボクがこの場にいる人たちを見捨てるとでも?......そうだと思われているなら、ちょっと不愉快な気分だよ」


「......じゃあ仕方ねぇな。嬢ちゃん以外の全員をぶっ殺してから、連れていくことにするぜ」


 その言葉を合図に、アルドが手に持つ大槍の重量など全く感じさせない軽快な動きで、ユーディットへと迫る。


「皆、逃げてっ!」


 遅まきながら後方の生徒達に逃走を促すが、動ける者はいない。

 皆、恐怖に足が竦んでしまっている。


天雷招来サンダーバースト!」


 万事休すかと思われたその時、上空からアルドへと向かって巨大な雷の柱が降り注ぐ。


「ぐおああああっ!」


 苦悶の声と共に、アルドの姿が雷の奔流へと呑み込まれる。


「ユーディット!大丈夫ですか?」


 突然のことに呆然としていたユーディットの傍に、アーデルハイトが駆け寄ってくる。


「アーデルハイト!?どうしてここに?それに今のは一体なに?」


「メイナード教授ですわ」


 アーデルハイトの視線の先を追うと、40歳前後と見える眼鏡をかけた細身の男性が、ローブを風に靡かせながらこちらへと歩いてくるのが見えた。


「遅くなってしまい申し訳ない。皆さん怪我はありませんか?」


 彼の名は、メイナード・マクスウェル。

 "審判下す雷帝インクイジター"の二つ名を持ち、学園最強の教師との呼び声が高いその人である。


「あー、くそっ。......いてぇじゃねぇか。どこのどいつだ、ったく......」


 雷の柱が消えた後には、ズタボロになったローブを身に纏ったアルドの姿があった。

 だが、あれだけの魔法の直撃を受けたにしては、やけに傷が少ない。


「......む。その槍はまさか......」


 その様子にメイナードは眼鏡をクイッっと押し上げ、目を光らせる。


先刻さっきの魔法。てめえがマクスウェルって野郎か。......ようやく骨のある奴が出て来たなぁ」


 野獣のような笑みを浮かべ、メイナードへと突進するアルド。

 だがそれに待ったの声がかかる。


「アルド、目的は既に達しました。撤退して下さい」


「ああん?ここからが楽しいところじゃねぇか。邪魔すんなよ、テオ」


 いつの間にそこに居たのか、テオと呼ばれたその男は、悠遊とした動きでアルドの隣へと降り立つ。

 纏う服装こそ一団と同じ黒のローブだが、その手には漆黒の大鎌を持ち、死神もかくやというような特徴的な姿をしている。

 ......のだが、そんな見た目に反し、受ける印象は酷く薄い。 

 強く意識しなければ、つい見逃してしまいそうな程の存在感の無さである。


「マクスウェルとの交戦はいまは・・・避けろと、マスターからの指示です」


 男は感情を伺わせない声で、淡々と言う。

 だが、その言葉には、アルドを動かすだけの効力はあったようだ。

 アルドの表情が、あからさまにやる気を失ったそれに変わる。


「......ちっ、悪ぃが俺はここで一抜けだ。あとはてめぇらで好きに――」


 そう言いかけたまま、アルドの表情が凍ったように固まる。


「こぉんな所にもクソエルフがいるじゃねぇか!」


 そんな言葉と共に、アルドの表情の硬直は一瞬で解除され、元の獰猛な目付きへと戻る。


 次の瞬間、アルドは大槍をその手の内から解き放っていた。

 大槍が飛翔する。その向かう先にはアーデルハイトの姿があった。


「え!?」


 突如として、矛先を向けられ、驚愕の表情を浮かべるアーデルハイト。

 どうにか回避すべく、彼女は必死に身をよじるがその動きに合わせて大槍も、その矛先を修正してくる。


(避けられない!?)


 アーデルハイトは、反射的に目を瞑り、もはや足掻くことも出来ずにただ衝突の瞬間を待つ。


「危ないっ!」


 声と共にアーデルハイトは押し倒され、直後、ズシャァァァ!!と、肉を引き裂いた音が耳へと聞こえてくる。


 倒れた上体を起こしながら、恐る恐る目を開けるとそこには、大槍の襲撃からアーデルハイトを庇い、倒れたユーディットの姿があった。


「よ、良かった......。ぶ、じ、みたい、だ、ね......」


 腹の右側にくり抜かれたような大穴が空いており、まだ立っているのが不思議な状態だ。

 下半身は噴き出した血の色で真っ赤に染まっており、その姿からもはやユーディットの命は、風前の灯火であることが分かる。

 そんな酷い有様にも拘らず、血を吐きながらもただアーデルハイトの身を案じるユーディット。


「ああっ、ユーディットっ。待ってて下さい。すぐに治療しますから!軽治癒ライトヒーリング


 血に濡れながらも、ユーディットを抱きかかえ、必死の表情で、治癒魔法を発動するアーデルハイト。


軽治癒ライトヒーリングっ」「軽治癒ライトヒーリングっ」「軽治癒ライトヒーリングっっ」


 だが、もはやユーディットの負ったダメージは、アーデルハイトの治癒魔法で癒せる範囲を超えていた。

 表面上の傷は徐々に塞がっていくが、それに反比例するかの如く、ユーディットの全身からは力が失われていく。


「ああああ!?ユーディット......。軽治癒ライトヒーリングっ」


 もはや用を為していない治癒魔法を、なおも繰り言のように使い続けるアーデルハイト。

 そんな彼女の腕の中で、無情にもユーディットの瞳から徐々に光が失われていく。


「そんな......。ユーディット......」


 アーデルハイトは、絶望の余りに放心し、ただユーディットに縋りつき、涙を流す事しか出来ないでいた。


「ちっ。別のまとに当たっても、命中判定かよ。ホント使えねぇなぁ、おい」


 一方、この惨状を引き起こした張本人であるアルドは、苛立ちを隠せない様子でそう呟く。


「ユーディットの嬢ちゃんに感謝しな、クソエルフ。次に会った時は、今度こそ確実にぶっ殺してやるからな」


 アルドは無造作に大槍を手元へと引き寄せると、血を払い、そのまま背中を向ける。


「待ちなさい!逃がしませんよ」


 メイナードが引き止めるも、もはやここに用は無いとばかりに、振り返りもしない。


煙幕スモークスクリーン


「くっ。邪魔ですっ」


 メイナードが逃走を阻止すべく、立ち塞がろうとするが、テオが放った魔法がそれを邪魔する。

 周囲一帯に煙が舞い、アルドたちの姿を覆い隠す。

 メイナードが急いで風の魔法で煙を吹き飛ばすが、後には二人の姿はどこにもなかった。


 その後、メイナードの活躍によって、その場にいた黒ずくめの集団は全員が倒され、もしくは捕縛されることになった。

 ......だがユーディットを含め、幾人もの命が失われたという事実に変わりはなかった。

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