7R 彼女の試練

 正統グランフォール王国の王都アステリアから、馬車で3時間という近傍に位置する、学園都市エトワール。

 この都市は、ここエトワール魔法学園を中心に成り立っている。


 この魔法学園は、グランダスト大陸全土においても最高峰の魔法学校と謳われており、事実、卒業生たちの多くは卒業後も華々しい活躍を遂げている。


「どこかに、わたくしと競い合えるような人はいないのかしら」


 そんな由緒正しき学園の生徒としては、あるまじき呟きを漏らす少女がいた。


 彼女の名は、アーデルハイト・ブラントミュラー。11歳になったばかりのエルフの少女である。

 祖父に、ナーミア教国教皇サイラス・ブラントミュラーを持ち、両親ともに純血のエルフであり、ナーミア教国において至尊に最も近き血筋の持ち主の一人である。

 また幼少の頃より魔法の才に目覚め、僅か8歳にして治癒魔法すらも扱う教国きっての才女でもある。


 そんな彼女が10歳の時、故郷を離れ大陸の北東部に位置する正統グランフォール王国へと留学することになった。

 その理由を説明しようとすれば、ナーミア教国の成り立ちにまで遡ることになる。


 ナーミア教国は、主神ナーミアとその眷属神たる八大神を崇める宗教、"ナーミア教"を柱として存在する国家である。

 その成り立ちを語るには、大陸における主要国家の変遷について、まず語る必要があるだろう。


 今より2000年以上も昔、このグランダスト大陸は、古代グランフォール王国(古代王国)と呼ばれるたった一つの巨大国家が支配していた。


 その国では、後に現在のナーミア教において主神の地位に置かれている人物でもある、初代国王ナーミアが君臨していた。

 彼の治世によって、大陸全土は大きな戦乱もなく安定しており、そこで暮らす人々は安寧の時を過ごしていた。


 そんな古代王国だったが、とある出来事を引き金にして、ゆっくりと崩壊への道を歩み始める。

 それは、国王ナーミアの退位と、その直後に起きた彼の失踪という事件だ。


 退位自体は、一応ナーミア自身の手によって主導されたものであった為、大きな混乱もなく次代の国王へと王権は引き継がれた。

 しかし、その直後に彼が行方を晦ましたのが、古代王国にとっては大きな打撃となった。

 現在へと残る歴史書では、ナーミアの在位期間は、100年であったととも、500年であったとも書かれており、詳細な在位期間は判然としないが、ともかく非常に長い期間、彼の高い治世能力に頼っていたのは間違いないとされる。

 なので、そんな国家の屋台骨ともいえる存在を失った古代王国の崩壊は、ある意味では必然の出来事だったと言えるだろう。 


 その後、数百年の緩やかな衰退期を経て、大陸西部にはいくつもの小国が乱立。現在のディレンシア諸国連合(連合国)成立の切っ掛けとなる。

 一方その頃、大陸の南部でもまた覇を唱える者がいた。その者は、古代王国の2代目国王の子孫を名乗り、その由緒ある血筋の元、現在の神聖グランフォール帝国(神聖帝国)を建国する。

 そして更に時を同じくして、かつての古代王国の中心であり、混乱の渦中にあった大陸北東部では、古代王国の3代目国王の子孫らによって、かつての古代王国が正統グランフォール王国(正統王国)と名を変え再建される。


 これら大陸の混乱期には、各地の施政は大きく荒れ、凶悪な疫病がいくつも流行り、貧困が広がり、大きな争いが幾度となく起こった。

 苦しみの渦中にいた民衆たちは、程なくして古の国王ナーミアの治世を懐かしむようになる。

 そんな中で徐々にナーミアの存在は神格化されていき、やがて"ナーミア教"と呼ばれる一大宗教の成立へと相成った訳だ。


 ナーミア教国が成立したのは、ナーミア教の誕生から更に100年以上も後のことである。

 その頃の正統王国では、エルフとヒューマン、2種族間の対立が激しくなり、内戦の危機を迎えていた。

 当時、エルフという種族は、ナーミア神によって生み出された種族だと信じられていた為、殊更ナーミア教への信仰が強く、それがヒューマン種族との間に確執を招いていた。

 対立が限界を迎えようとしているのを感じた時の教皇は、エルフ種族全体の総移住計画を発案。

 内戦へと発展し泥沼の争いをするよりはと、時の正統王国国王もまた、それを承認し、当時ほとんど人が住んでいなかった大陸東部の森林地帯へと移住することが決定した。

 そうして移住したエルフ達によりナーミア教国は、仮初ではあっても平穏の中で成立することになったのであった。


 そうやって出来たナーミア教国だったが、建国当初の一触即発な雰囲気はすぐに薄れ、正統王国との関係は決して悪いものでは無かった。

 そうなったのは特に両国と国境を接する神聖帝国の存在が大きい。かの国は拡大傾向が強く、両国とも常に領土侵略の危険に晒されていた為、それに対抗すべく手を取り合ったのだ。


 以来、両国の首脳たちは、その良好な関係の存続を命題の一つとしており、その為の方策の一つが交換留学生制度であった。

 その制度に基づき、アーデルハイトもまた両国の融和を願って送り出された一人なのである。


 そんなアーデルハイトではあったが、本国の思惑など気にも留めず、ただ彼女は好敵手に飢えていた。

 たしかにこの魔法学園には優秀な人材が数多く集まっているのだろう。

 事実、彼女が所属するマクスウェル研究室のメイナード教授などは、今の彼女では及びもつかない実力の持ち主だし、研究室の先輩の中にも尊敬に値する力量の持ち主も何人かはいる。


 だが、それでもアーデルハイトにとっては不満だった。

 なぜなら彼女に比肩もしくは圧倒する実力を持つものは全員、彼女よりもいくつも年上なのだ。

 そして彼女は、同じ年齢まで修練を積めば、そのいずれにも実力で追い超せるという自信があった。


 だからこそ、彼女は自分と同世代の好敵手を求めていた。

 同じ条件で競い合える仲間ライバルの存在こそを欲していたのだ。

 そうすることで更なる高みへと、至れると信じて。


 だが現実はままならないものである。

 同級生たちの実力を初めて知ることになった1年生末の選抜戦では、ほとんど苦戦する事なく、全勝で終えた。

 2年生に進級してからは、Sクラスの2位と3位から相次いで挑戦を受けたが、いずれも切り札を温存したまま、アーデルハイトの圧勝に終わった。


 この学園の同級生には、もはや競い合える仲間ライバルは居ないのではないか。

 そう望みを諦めかけていたとき、彼女の目の前に一人の少女が立ち塞がった。


 彼女の名は、エステル・クロドメール。

 正統王国の侯爵家の息女。

 歳の割に小柄な体に、肩にかからない程度の青い髪、顔の造形はまあ整っている方だと言える。


 彼女については、その姉と兄が、アーデルハイトと同じマクスウェル研究室所属である為、何度か話を聞いたことがあった。

 尊敬すべき先輩でもある彼らから、直接エステルについて語られた事は無かったが、周りが良くその事で、騒いでいたのを耳にしたのだ。

 

 曰く、"落ちこぼれ"。エステルを表す端的かつ的確な言葉である。

 というのも彼女は魔法を全く使えないのだ。

 いやただ使えないだけではない、噂では魔力感知すら出来ないそうだ。

 一応、座学の成績だけは優れているらしいのだが、魔法を扱えない魔導師など、この学園において存在価値は無いのだ。


 周りの人間が騒ぐのを余所に、アーデルハイトは、すぐにエステルへの興味を失った。

 良くも悪くも彼女の価値観において、弱者に対する興味は露程も存在し得ないのだ。

 彼女が関心を持つのは、ただ自分と競い合える可能性を持つ者だけ。


 だがこの3ヶ月で失ったはずの興味を、一気に取り戻す出来事が起こった。

 Gクラス最下位だったはずのエステルが、Aクラス1位、Sクラス3位を相手に次々に勝利するという快挙を成し遂げたのだ。

 特にAクラス1位だったクロードという少年に勝利した事は、アーデルハイトの関心を特に引いた。

 というのも彼が、彼女が戦った同世代の相手の中で、最も手強かったからだ。

 そんな彼に実質、引き分けとはいえ勝利を得たのだ。"落ちこぼれ"と蔑まれていたはずの少女が。


 その奇妙な出来事に何か予感めいたモノを感じたアーデルハイトは、その予感が正しかったことをすぐ知ることになった。

 エステルが彼女に対し、試合を挑んできたのだ。


 エステルは、アーデルハイトが予想した以上に強かった。

 得意な戦法を封じる立ち回りをされ、予想以上の苦戦を強いられ、これまでの試合で使わなかった――というよりも使う必要が無かった――治癒魔法を使う事態になった。

 最もその時点では、彼女は純粋に自分と競い合える可能性を持った少女の登場を、ただ歓迎していただけであった。

 所詮いくつもある内の切り札の一つを切った、それだけの事であり、今この場で負ける可能性など、彼女の脳内には全く存在していなかった。


 その証として、全力を持って決着を付けに掛かると、案の定、あっさりとエステルを追い詰めることに成功した。


「もう逃げ場はありません。これで終わりですわ。降参しなさい」


「お断りします」


 勝利者の余裕をもって、堂々とそう宣告するアーデルハイトに対し、エステルはほぼノータイムでそう切り返す。

 あまりの応答の速さに、何かの間違いだと思い、更に何度か似たような問答を繰り返すが、答えは変わらず。


 どうやらエステルには、降参する気など更々ないらしい。


 この時点では、状況も読めない愚か者だと、エステルの評価を一段下げたアーデルハイトだったが、その直後から、歯車が狂い始めた。


 アーデルハイトの魔法によって四方を炎の壁で取り囲まれ、上空へと逃れる道すら、塞がれているこの状況。

 もはや四方八方どこにも逃げ場などなく、完全にエステルは詰んでいたはずだった。


 ただアーデルハイトにとって誤算だったのは、こんな八方塞がりの状況でもなお、降参を選択しないエステルの判断だった。

 試合の決着をつけるには、相手の降参、もしくは保護結界の発動。この2通りしかない。

 エステルが降参に応じる気がない以上、彼女を倒す手段は、致死量を超えるダメージを与えて、保護結界を発動させるしかない。

 これまで学園における試合は、全て降参による決着であったし、アーデルハイト自身、高貴な生まれということもあり、血生臭い事柄とは無縁の人生を歩んでいた。

 

 なので人を殺す――実際に死ぬわけでないが――経験など、これが初めてである。

 一瞬ならぬ躊躇が、アーデルハイトを襲う。

 が、魔導師をやっていれば、いつかそんな時が来る。そんな当たり前の事実など、彼女はとっくの昔から理解していた。

 

 それでも躊躇ったのは、余りにその訪れがあまりに突然過ぎた為だ。 

 そうして彼女は、初めて人を殺す覚悟を決め、止めの一撃を放つべく、全身に紫電を纏い、エステルへと突撃する。


雷纏蹴撃サンダーストライク


 ただ、そんなアーデルハイトの逡巡が、エステルに考える時間を与えてしまったのか。

 彼女は、目を疑うような行動に出た。


 剣を片手で構えると、そのまま自分の腕を切り落としたのだ。


「っ......!?」


 目の前で起こったあまりの奇行に、アーデルハイトは試合中だということも忘れ、声にならない悲鳴を上げる。


獄炎創造ヘルフレイムクリエイション


 そうして停止してしまった彼女の視界の中では、エステルが動揺など全くない様子で、切り落とした腕を燃え盛る球体へと変える。

 その球体の保有する熱量は、近くにいたアーデルハイトには嫌という程分かった。

 まずもって、こんな近くにいる相手に対して、使用する魔法ではない。

 そのまま放たれれば、アーデルハイトは勿論、エステルだってまず生きてはいられない。

 それ程の威力が、その魔法には秘められていた。


 常識的に考えれば、こんなのはハッタリに過ぎない。だがエステルの澄んだ瞳で見つめられれば、そんな甘い考えに逃げることなど出来そうもなかった。

 あの瞳は、間違いなく本気だ。

 あの魔法で、自分もろとも相手を倒す気なのだ、アーデルハイトはそう理解させられた。


 そんなエステルに、アーデルハイトは戦慄する。

 たしかにこの闘技場内では、致死の攻撃を加えられても保護結界が守ってくれる為、現実に死ぬことは無い。

 だが、ああもあっさり、相手を殺し、そして自分もまた死ぬ決断を出来るものなのだろうか。


 現にアーデルハイトは、エステルに止めを刺すと決意するまでに、僅かならぬ躊躇を要した。

 それもその前に、降伏勧告を何度も行っており、それを受け入れられなかった故のやむを得ずの処置なのだ。


 何よりアーデルハイトに衝撃を与えたのは、その前後のエステルの態度だった。

 自分は死ぬ、相手は殺すという異常な状況を選択したにも関わらず、彼女の態度は、表情は、目の色は、何一つ揺らぐ様子は無かった。


 いっそエステルが、楽し気に笑みの一つでも浮かべくれていれば、ただの異常者の狂行として断じることも出来たのだが、生憎そういう訳でもなかった。

 アーデルハイトの目から見たエステルは、ただ純粋に勝利を求めているようにしか見えなかったからだ。


 純粋な勝利への渇望だけで、自身の腕を切り落とし、その身を焼くことも辞さない。

 今のアーデルハイトにはとても理解出来ない論理だった。


 人は理解の及ばないモノを前に、恐怖を覚える。

 アーデルハイトは生まれて初めて、他人を恐怖することになった。


 ◆


 結局、試合そのものには、アーデルハイトが勝利を得た。


 エステルが放った自爆とも言える爆炎の魔法に、アーデルハイトは命からがらどうにか耐えきり、一方で放った側のエステルには死亡判定が下された。

 結果だけ見れば、文句のつけようがない勝利だ。

 だが、アーデルハイトは自分が勝ったなどとは微塵にも思ってはいなかった。いや、とてもそんな心境には成れなかった。

 彼女は、初めて覚えた他人への恐怖に、ただ身を震わせることしか出来ないでいた。


 ◆◆◆


 エステルとの試合の日からずっと、どこか上の空な日々をアーデルハイトは送っていた。

 だが、時間とは無情なもので、そんな彼女にも容赦なく新たな試練は訪れる。


 それはエステルとの試合の翌々日のこと。再びアーデルハイトは試合を行うことになった。

 今度の対戦相手は、ユーディットと名乗る少女。

 アーデルハイトと同じく、留学生らしいのだが、出身国など詳しい情報は分からない。

 家名がないので、恐らく平民であり、この学園に編入出来るだけのコネを持つ以上、恐らくどこかの大商人のご令嬢といった所か?


 それ以外に知っている情報は、あとは精々、つい最近編入して来て、Sクラス2位へとあっさり上り詰めて来たということくらいだ。


 以前のアーデルハイトならば、そんな情報を知ったならば、新たな好敵手の出現だと手放しに喜んでいただろう。

 だが、今の彼女には、それはどこか他人事のように感じられた。



 アーデルハイトが闘技場へと到着して、少し待つとユーディットもすぐにやって来た。

 燃え盛る炎のような髪を持つ少女だ。それに合わせるように、活発的な表情をしている。

 

 ただ彼女もまた、何かを感じさせる独特の雰囲気を持っていた。

 見た目も顔だちも全く違うにも関わらず、どこかエステルと対峙したときに感じた何かを、思い出させる少女である。

 

 折れかけていた心が刺激され、思わずつい話かけてしまう。


「ユーディット。あなたはどこの研究室なのかしら?」


「君が一昨日戦ったエステルと同じだよ」


 やはり。という思いがアーデルハイトの胸中をよぎる。


「......ということはエステルとは仲がいいのかしら?」


「そうだねぇ。この前ちょっと殺し合ったくらいには仲がいいのかな?」


 笑みを浮かべたまま、そんなことをのたまうユーディットに対し、アーデルハイトは内心の動揺を抑えることが出来ないでいた。

 まさか、彼女もまたあのエステルと同類なのか。

 また、エステルと戦かった時のような恐怖を、再び味あわされるのか。

 そう思うと、アーデルハイトは心は恐怖に揺らぎ始める。


 そんな中、アーデルハイトの心情を汲み取ってくれることなどなく、無情にも試合開始の合図は告げられた。

 

 序盤は案の定、アーデルハイトの防戦一方だった。

 対戦相手であるユーディットが強いのもあるが、それ以上にアーデルハイトが、本調子とは言い難い状況だったからだ。


「う~ん。エステルとの試合での戦いぶりは何処へ行ったのかな?」


「う、うるさいですわね!」


 ユーディットの攻勢を必死に捌きながらも、どうにか虚勢を張り、言い返すことには成功するが、内心の動揺は全く収まってはいない。


「ふーん。一昨日までは如何にも強い相手探してます、って感じでやる気満々だった癖に、今は借りてきた猫みたいに大人しいよね」


 ユーディットの言葉は的を得ていた。

 確かに、エステルと戦うまでは、自分と競い合える相手を求めていた。

 しかし、今のアーデルハイトは違う。

 エステルの得体の知れない行動に怯え、自分が求めていたのは、あんなものじゃないと、ただ心のうちで叫ぶだけだ。


「......競い合うって、そう生易しいものじゃないからね」


 そんなアーデルハイトの内心を見透かしたように、同情するようにユーディットがポツリと呟く。

 それと同時に攻撃の手がわずかに緩まる。

 

 何気ない一言ではあったが、その言葉はアーデルハイトの心を抉る鋭い刃のようであった。


「......そう、ですわね。......もしかしたわたくしはただ、甘えていたのかもしれませんわね」


「甘えてもいいと思うよ?......正直エステルと競うのは、多分......並大抵の覚悟じゃ務まらないよ。あの子はちょーっとズレてるからね」


 エステルと同じ研究室であるユーディットは、昨日彼女に出会ったばかりのアーデルハイトよりも余程、近しく接しているはず。

 その大変さを想像するだに、アーデルハイトは思わず共感の念を感じざるを得なかった。


「ユーディット。......あなたはどうしてエステルと競い合えるのです?」


「そうだね。ボク自身も何度か心が折れそうにはなったよ。......だけどさ。やっぱり負けるのは悔しいじゃないか」


 ただそれだけだよと、完全に攻撃を止めて、ユーディットはその場へと立ち止まる。

 それに応じるようにアーデルハイトもまた動きを止める。


「レイン先生は言っていたよ。エステルは、魔法の才能は大したことないって」


「才能が無い?まさか短期間であれだけの成長を遂げておいて、そんなはずは......」


「う~ん。......それについては、うちの研究室にちょっとした絡繰りがあるだけだよ。実際、単純な上達速度だけなら、多分同じ環境にいるボクの方がエステルよりも上なんだよね」


 そこまで言って、ユーディットがどこか遠い目をしながら首を横に振る。


「だけどね。それでもエステルは絶対追いすがってくる。どんなに辛い状況でも、必ず彼女は前に進むんだ。......何があろうと絶対に諦めずにね」


 そう言うユーディットの表情は真剣そのもの。


「そう、そんな姿を見せられたら、ボクだって立ち止まってなんかいられない」


 そうしてユーディットの瞳が問いかけてくる。

 じゃあキミはどうなんだ、と。


「わ、わたくしは......」


 これまでアーデルハイトは、順風満帆な道を歩んでいた。才能にも恵まれ、一歩一歩着実に成長を続ける。

 そんな日々に若干の飽きを感じ始め、好敵手を求めた。

 長らく求め、ついに現れた相手は、けれど好敵手などと生易しい言葉で呼べるものでは無かった。

 そこでアーデルハイトの心は折れそうになる。

 こんな相手とは競えない。戦えない。


「わ、わたくしは......」


 だけど、本当にそれでいいのか。競い合える相手を求めていたのではないのか?

 その相手がちょっと恐怖心を刺激する存在だっただけで、あっさりと諦めていいのか。

 お前の求めていたものへの情熱はその程度なのか。

 そう自身へと問いかける。


「わ、わたくしは......」


 エステルは、そしておそらく目の前のユーディットは、ずっと求めていた相手だ。

 だけどここで逃げれば、おそらくそれは失われる。

 彼女たちと競い合う資格は無くなるだろう。

 ......だけどそんなことは認められない。


「わ、わたくしは!ずっとあなたたちのような好敵手を求めていたのです!あなたたちの存在を歓迎致しますわ。さあ、わたくしと思う存分競い合いましょう!」


 アーデルハイトは言葉を震わせながらも、そう宣言する。

 それは自分自身に覚悟を決めるように、促す為の言葉でもあった。


「ふふっ。それがキミの選択か。いいよ。ならボクらと一緒に高みを目指そう」


「ええ。あなたたち二人はわたくしの仲間ライバルですわ。いえ、わたくしがあなたたちの仲間ライバルとして相応しいということを証明して見せましょう!今から!ここで!」


 そう言い切ったアーデルハイトの表情は、これまで見たことない程に冴え冴えとしていた。


 ......そしてアーデルハイトとユーディット、二人の戦いが本当の意味で始まった。

 

 2時間近く激戦を繰り広げ、異例とも言える長きに渡ったその試合は、最終的にアーデルハイトの勝利に終わった。


 そして、それから更に1週間後、サウスパレス研究室に新たな仲間が増えたのだった。 


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