6 VSアーデルハイト
本日は、ついにアーデルハイトさんとの初対戦の日です。
これまで彼女の戦う姿は何度か目にしましたが、どの試合も余裕たっぷりな内容ばかりでした。
はっきり言って底がしれません。
......せめてクロード君との試合を見れていれば良かったのですが、今更言っても仕方のない話です。
「レイン先生は、私とアーデルハイトさん、どちらが勝つと思いますか?」
「そうですね。......強い方が勝つと思いますよ」
どうやらレイン先生にとっては、私と彼女どちらが強いか、なんて些末な問題らしく、軽く流されてしまいます。
まあいいです。私は私で頑張るだけです。
私もこの1ヶ月の修行の日々で、ますます実力を付けた自負があります。
例え、相手が2年生最強でも、二つ名持ちでも、簡単に敗れるつもりはありません。
いえ、勝つつもりで行きます!
「勝つにしろ、負けるにしろ、彼女との戦いはきっと君の糧となるよ。全力で悔いの残らないよう戦いなさい」
「エステルが負けても、すぐにボクが仇を討ってあげるから、安心して戦ってきなよ」
二人からエール?をもらい、私は闘技場へと向かいます。
闘技場には、既にアーデルハイトさんの姿がありました。
腰まで伸ばした長い金髪の間から、エルフ特有の長い耳がその姿を覗かせています。
その佇まいは凛とし、"
とても私と同じ11歳の少女だとは思えません。
......主に胸部の辺りが。別に羨ましい訳じゃありませんよ。
「エステル・クロドメールですわね。楽しい楽しい決戦の舞台へようこそ。歓迎致しますわ」
彼女の碧眼の瞳にジッと見つめられ、その圧力に思わず後ろに下がりそうになりましたが、辛うじて堪えます。
「......それは光栄ですね。私も今日という日を楽しみにしていましたよ」
戦う前から気持ちで負けていてはいけません!
強気な言葉を返しつつ、私は一歩前へと踏み出します。
「あなたは、昨年度までは魔法が使えなかったと聞きましたわ。......それが僅か3月足らずで急速に実力を付けたのは、どういう絡繰りでしょうか」
教えて下さいませんか?
そう問いかけるように乾いた笑みを向けてきます。
「そういえば、あなたはどこの研究室に所属を?」
「サウスパレス研究室ですよ」
「サウスパレス?......聞いた事の無い名ですわね。教授の名は?」
「レイン・サウスパレス先生ですよ」
「......やはり聞いた事がありませんわね」
確かに先生の名は、この学園では有名ではありません。
......と言いますか、私自身、レイン先生に直接出会うまで、知りませんでしたし。
「まあいいでしょう。あなたの上達の秘訣も気になりますが、それよりも今一番の興味は、あなたがわたくし相手にどこまで戦えるか、それだけですわ」
「そうですか。それでは期待に沿えるよう頑張らないといけませんね」
「あなたが倒したカーティス、だったかしら。彼ではわたくしに本気を出させる事は出来ませんでしたわ。果たしてあなたはどうかしら?......どうかがっかりさせないで下さいね」
私は、剣を真っ直ぐに構え、その握る拳に力を込めます。
こうして対峙するだけでも、伝わる圧力だけで彼女の魔力保持量の多さが、嫌という程分かります。
これでは、持久戦は厳しそうですね。
「では、試合開始!」
合図と共に、私は早めに勝負を付けるべく、すぐさま動き出します。
「
これまで見た彼女の試合は全て、初手で防御系の魔法を張り巡らせ態勢を整えてから、その万全の守りを持って安全に突撃し、そのまま鎧袖一触で蹴散らすというパターンでした。
防御を完全に固めた彼女は、正直手に負えません。
それだけは阻止しないと!
牽制の風の刃はたやすく回避されていますが、今の所、防御魔法を使わせないという作戦自体は成功しています。
まあ問題は、ここからどう攻めるかなのですが。
牽制程度ではろくにダメージを与えられませんし、避けられないような広範囲魔法を使おうとすれば、その隙に守りを固められる危険があります。
そうなるとあとはジリ貧ですので、それは避けたいところですね。
私は、結局前へ出ることに決めました。
クロスレンジは彼女の得意距離でもありますが、私も負けているつもりはありません。
それに態勢を整えていない今ならば、武器を持たない彼女に私の剣を防ぐ術はないでしょう。
魔法の技量で負けている相手に、わざわざ、馬鹿正直に魔法戦を挑む必要はないのです。
風の刃の牽制を途切れさせないようにしつつ、慎重に距離を詰めていきます。
「
十分に距離を詰めたところで、風の刃による牽制を中止し、愛剣"シュタイフェ・ブリーゼ"を用いた近接戦へと切り替えます。
武器も防具も持たない彼女には、避ける以外の選択肢はありません。
しかし
「やぁぁ!」
袈裟懸けの一撃を仕掛けます。
アーデルハイトさんはそれを一歩下がって回避しますが、予想通り、完璧には回避出来ず、僅かですが出血を強いる事に成功しました。
このまま、小さな傷を積み重ねてあげましょう!
「やりますわね」
今がチャンスです。
勢いに乗って、剣による攻撃を仕掛け続けます。
寸での所で、直撃こそ回避されていますが、それでも確実に傷を負わせています。
そうした小さな努力を積み重ねた結果、気が付けば彼女の全身のあちこちから、血が流れています。
今のところは、私の思惑通り事は進んでいます。
このまま、押し切ってそのまま倒してしまいましょう!
......ですがそんな力押しを、黙って許す程、アーデルハイトさんは甘い相手ではありませんでした。
「ふふ、やはりあなたは強い。ですがこの程度では、まだまだ足りませんわね!」
アーデルハイトさんの表情に、酷薄な笑みを浮かんでいるのが見えます。
まずい!?何か、来る!?
「
彼女の傷口から流れ出ていた血が一斉に、糸状に変化し、まるで意志を持ったように私へと飛んできます。
それらは、腕を、足を、そして全身を絡めとり、私の動きを封じます。
完全にやられました......。
初めて見ましたが、これはおそらく水属性の魔法ですね。
水属性の魔法は、液体を生み出し、それを操る魔法ですが、その場に既に液体が存在する場合、それを操ることで魔法構築の時間をかなり短縮出来ます。
下手にかすり傷をいくつも負わせたのが、仇となったようです。
一方的な攻撃を受けながらも、なんら動揺していなかった姿を見るに、そこまで計算ずくで攻撃をワザと受けていた疑惑すらあります。
「
血の呪縛から逃れようと、私がもがいている隙に、彼女は大きく距離を取り、次々と魔法を発動させます。
様々な属性の防御魔法が、次々と発動し、彼女の周囲を何重にも覆います。
遂に彼女の鉄壁の守りが、完成してしまいました。
これは、少々どころではなく厳しい状況になりましたね......。
「まだまだ、これで終わりではありませんわよ」
状況は更に悪い方へと転がります。
漸く呪縛から逃れた私の目の前で、ダメ押しの展開が繰り広げられました。
「
その言葉と共に、彼女の全身が淡い光に包まれます。
私が必死になって付けた傷が、見る見るうちに塞がっていきます。
ここに来て、まさかの治癒魔法です。
治癒魔法は、無属性魔法の一種であり、中でも特に難しいとされる魔法で、その難易度の高さは、一説では魔導師1000人中、一人でも扱えれば良い方とだと言われている程です。
当然、私は扱うことが出来ません。
まさか治癒魔法まで扱うとは。"
治癒魔法によって、私がこの試合でつけた傷は元通りとなり、もはや傷一つ見当たりません。
あれだけ頑張って残った成果は、精々、多少の血を失わせたのと、制服のローブをボロボロにしてやった、その程度のモノです。
「人の頑張りを、コケにするような真似をしてくれますね......」
あんまりなちゃぶ台返しに、やるせない憤りを覚えますが、そんな気持ちだけでは、状況は何一つ好転してはくれません。
「わたくしも切り札を一つ使う羽目になりましたわ。あなたは十分に頑張りました。......ですが、そろそろチェックメイトの時間ですわ!」
万全の防御でその身を固めたアーデルハイトさんが、ゆっくりとした足取りでこちらへと向かってきます。
......これは完全に、形勢が逆転してしまいましたね。
「
アーデルハイトさんが手を前に
「この程度っ!」
どうにか魔力によってそれを
「逃がしませんわ!」
ここで逃げても端に追い詰められて、ますます不利になります。
ダメージ覚悟で、攻勢に出ようとしますが、
「
どうやら読まれていたらしく、仕掛ける寸前で炎の壁に四方を囲まれてしまいました。
この魔法、こちらが動かなければダメージはほとんど無いのですが、壁をすり抜けて脱出しようとすれば、かなりのダメージを覚悟する必要があります。
となれば残る逃げ場は......。
私は
そこには、紫電を纏ったアーデルハイトさんの姿がありました。
「もう逃げ場はありません。これで終わりですわ。降参しなさい」
もはや己の勝利を確信しているらしく、その表情は自信に満ちています。
「お断りします」
その降伏の勧告に対し、私は間髪入れずに返答します。
どんな不利な状況だろうと、必ず活路はあります。
諦めなかったからこそ、今の私があるのですから!
「あなたの負けはもはや確定的ですわ。もうどこにも活路などありません。あなたの負けですわ」
「それでも、お断りします」
このまま足掻かずに負けを認めるなんて事、私には考えられません。
「っつ。そうですか。分かりましたわ」
数瞬の沈黙の後、余裕の表情から一転、覚悟を決めたそれへと変わります。
「
紫の雷光と化したアーデルハイトさんが、私の元へと一直線に飛び蹴りを放ちます。
四方は炎の壁、下は地面、そして上には彼女自身とこれでは八方塞がりです。もはや私に逃げ場はありません。
止むを得ませんね。この手だけは使いたくは無かったのですが......。
まあ何もせずに負けを認めるよりはマシです。
私はすかさず片手で剣を持ち、自らの左腕目掛けて振り下ろしました。
「くっ!」
痛みで一瞬意識が飛びそうになりますが、どうにか歯を食いしばって耐えます。
......今はそんなものに、構っている暇はないのです。
千切れた飛んだ左腕を残った右腕で素早くキャッチし、それを魔力媒体として魔法を発動します。
「
レイン先生との修行中に作り上げた、
中空へと投げ出された私の左腕を、赤い炎が包み、それが見る見るうちに、丸い球体状へと膨れ上がります。
魔力媒体の優劣は、主に魔力の許容量や伝達速度によって決められます。
その為、"魔法を扱う生物の肉体"は、"魔力を多く内包することが出来"、"魔力を良く通す"といった点で、優れた魔力媒体となり得る素質を秘めています。
故に、現在の魔力媒体の常識において、高性能な魔力媒体には、
ですが今私が行ったのは、更にそこから一歩踏み込んだ考えに拠るものです。
魔導師である私の肉体は、視点を変えれば、優秀な魔力媒体としても見ることが出来ます。
しかも、つい先程まで私自身と繋がっていたとなれば、まだ内部には残留魔力がたっぷりと残っています。
優秀な魔力媒体に、私の魔力が既にたっぷりと浸透している。
魔力媒体として、扱い続ける為の加工がされていない為、常用するのは不可能ですが、今この場において、使い捨てにするのであれば、これ以上はないと言えるモノです。
この千切れた腕を魔力媒体として用いれば、そこらの魔法用の杖などでは、及びもつかない程、高速かつ高威力の魔法が行使できます。
「へっ、はぁぁ!?あなた何をやってますの!」
アーデルハイトさんの顔が驚愕に染まります。ですが、今更逃げられませんよ。
一緒に焼け死ぬ痛みを味わいましょう。
爆炎が弾け、私を、彼女を、四方の炎の壁をも飲み込んでいきます。
赤く視界が染まるのを見届けながら、やり遂げた気持ちで私は目を閉じました。
◆◆◆
さすがに今回は、無茶をやり過ぎたせいか、心身のダメージが大きかったようで、私が目覚めたのは3日後の朝でした。
特に腕一本を犠牲にしたのはやり過ぎだったようで、その再生に大きく体力を削がれてしまったようです。
保護結界も決して万能では無いのです。
そんなことを考えながら身体を起こすと、近くの椅子に座ったまま、半睡状態のユーディットが見えました。
「おはようございます」
「あ、エステル。目が覚めたんだ。......って、おはようございます......じゃないよ!何を呑気な事を言って。もうっ!」
ユーディットがぷりぷりと怒りながら、そんなことを言います。
......どうやら心配をかけてしまったようですね。
「そういえば、試合はどうなりました?」
「エステル君、君の負けだよ」
いつの間にか、部屋の中へと来ていたレイン先生がそう教えてくれます。
そうですか......。負けてしまいましたか。
私が相打ち覚悟の魔法を放った後、闘技場の保護結界が作動したのは、どうやら私だけだったようです。
アーデルハイトさんは纏っていた防御魔法は全て剥がされ、全身ボロボロにこそなりましたが、それでもどうにか生き残ったようです。
あれだけやっても倒しきれないとは、本当に恐ろしい防御力ですね。
その様子を聞くに、今の私の実力では、正攻法での突破は難しかったでしょうね。
「エステルも負けて、ボクも負けて。サウスパレス研究室もまだまだだね~」
「あら、ユーディットも負けたんですか?」
「うん。あの人は今の2年生の中じゃ別格だと思うよ。......正直、今のボクたちじゃあ、ちょっと敵わないね」
私の試合の2日後に、ユーディットもアーデルハイトさんと戦ったようですが、彼女もまた敗れたそうです。
とはいえかなり善戦したらしく、決着まで2時間近くも要したそうです。
「いやー。彼女がベストの状態なら、もっと早くボクが負けていたと思うよ」
アーデルハイトさんも、私との試合のダメージが残っていたのでしょうか?
「うーん。ある意味ではそうかもね」
ある意味とはどういう意味なのでしょう?そう尋ねますが、ユーディットは言葉を濁すばかりです。
うーん、気になりますね。
まあ何にせよ、ユーディットと私、2人ともまだ2年生の頂点に立つには実力が不足しているということです。
今後もお互いを高めあって、上を目指さなくちゃいけませんね。
そんな私の前向きな主張にも、ユーディットは意味あり気な笑みを浮かべるばかりでした。
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